神様の決め事 | ナノ


 ポツポツポツ、と雨が降ってきた。傘を持ってきていないわたしは雨に打たれながら紅桜と似蔵がいる、鬼兵隊という高杉が率いる一派をつきとめていた。情報によれば、どこかに船があると言っていたので海周辺を探していたら見つかるだろう。情報を買うのにかなりの額を使ってしまったけど、高杉を捕まえればあんな額、ありんこのようなものだろう。…きっと。
 辺りは暗い夜、追い打ちをかけるような雨。寒さに身震いをしていると、ひとつ、大きな影が見えた。顔を上げれば大きな船。どうもあそこから怪しいにおいがするので、行動しないよりはいいだろうと、大きな影に近づいた。
 船だ。船の辺りにうろついていた人一人を捕まえて身ぐるみを剥がす。騒ごうとしたので気絶させて、髪を一つにくくって何気なく船の側まで歩いた。完璧に怪しまれていない。そこらへんの奴らの会話から、似蔵が腕をなくして帰ってきた、という話しを聞いて似蔵はこの船にいるということが確定し、一人の攘夷浪士が船に戻っていったので、それについていくように、ごく自然にその後を追った。

 船の中に潜入することに成功し、トイレにいくフリをして天井にコンコン、と二度中指を当て、空洞であるかを確認した。着流しを脱ごうかとも思ったが、何かあったときのために着流しはカモフラージュになるので、着用したまま、トイレの天井の正方形の板を外した。しかし異様に漂う異臭に思わずもどしそうになり、急いで天井を閉めた。臭すぎて天井からの移動は無理だ。ほんとうに臭い。
 トイレから出て、まず似蔵の姿を探すことに決めた。いくつも部屋があるようで、どれがどの部屋なのか把握しきれていないわたしは冒険をしようなど、そんなの思うはずがない。ひとつでも中が見えるような部屋があればいいのだが、都合よくそんな部屋があるはずが、

「…神楽ちゃん…?」

 攘夷浪士を蹴る神楽ちゃん。夢なのかと、この光景は夢なのかと目を擦ったが、夢ではなかった。なぜ神楽ちゃんが?あの部屋に捕まるのはまだ早い。周りにいる奴らが全員倒れてくれないと色々と聞き出せない。早足で、不自然でないようにその部屋を通りすぎる。今のところ、髪が長い人間が誰一人としていないので、ちょっと焦っている。
 甲板のような場所へ出た。嫌に静かである。暗いし、雨が降っていたりしているので奥の方が見えなかったが、物陰に隠れながら、自分の歩いたルートを紙に書こうとした、その時だ。

「本当にかぐや姫が降りてきやがった。」

 完全に、わたしの気配に気づいている。それに比べてわたしは気配にも気付かなかった。雨のせいだろうか。きりきりと痛むお腹に、ドキドキと強く胸を打つ心臓。
 この声を、知っている。「出てこいよ、譲ちゃん。」
 立ち上がると、先程よりも異様に視界が良くなる。前には、煙管を持った隻眼の男が笑って立っている。微笑むようにわたしを見た。

「また会ったな、昨日ぶりか?」
「……。」
「その顔、なんとなく理解しているような顔だが」
「……高杉、」

 目を伏せる。三度、あのように会っていたのに、わたしは、わからなかった。桂も、高杉も、指名手配されている攘夷浪士の顔が見れるにも関わらず、わたしはそれを確認しないでいた。だから、こんな事態になってしまった。雨を遮る音が近づいてくる。

「ここに来ちゃ、もう逃げられねえ。だが、それはお前も同じのはずだ。真選組の副長補佐がいると知ればここの奴ら総出でお前を襲うに違いあるめーよ。今、お前にとっちゃすごく不利な立場だろう。真選組の応援も見当たらない。それに、目の前にいるのが敵の総大将。何を確かめにここに乗り込んだんだか。バカはこれだから困る。俺の個人的な意見は、願ったり叶ったりなんだが。」

 今この目の前の奴に掴みかかって首を跳ねればそこでお終いにできる。だけど、わたしにだってわかる。目の前の奴は強い。もっと真面目に仕事をして、もっと真面目に私生活を送ればこんな気の緩みはなかったのだろう。きりきりと痛むお腹を抑えて蹲りたかった。自然と腰が曲がって行くが、弱い姿を見せることだけは絶対にしたくない。攻撃するなら刀よりもクナイのほうが軽いし素早く出せる、着流しの中に手を入れた。しかしその手は目の前の奴に掴まれる。前もこんなことがあったような。

「女の体して男に変装はいただけねェな。もっと腹を引きしめる必要がある。」

 ぐり、と服を握られると同時にお腹には強い圧力がかかる。痛みで声が漏れると、クツクツと面白がるように笑う目の前の奴は、「悪かねーな」と肩を抱いてきた。「やめろ」肩を抱いていた手は上へ上へと、指は首を這った。「やめて、」「重い身体引きずってここまで来てもらったんだ、礼を言わなきゃ後味が悪い。」「離してよ、」「元忍もここまで落ちぶれたら、忍してました、なんて言えねェだろう。それとも腹が痛いんで気が抜けてました、とでも言うのか?」
 元忍だということを、なぜこいつは知っている?ぐりぐりと重い圧力にお腹は悲鳴を上げる。声を出すものかと我慢していたわたしも、思わず痛みに声を上げた。目の前の奴は面白がっているんだ。

「俺はお前が気に入った。このまま真選組に返す気もない。」
「…は、」
「言ったろ?旅をしようってな。」

 首を這っていた指は顎にまで到達していた。首を傾げて近付いてくる目の前の奴に抵抗しようとも、更に強い力に痛みに集中が入ってしまう。立っていられるのもやっとだ。似蔵の奴、見つけたら一発大事なところを蹴ってやる。お腹の痛みを放っておいて、掴まれていた腕を思い切り振った。目の前のやつの手は離れてくれたが、すぐに抜いた刀の刀身がこちらに向けられる。

「言っただろう。お前は逃げられない。」