神様の決め事 | ナノ


「…お茶です。」
「………。」
「あの…今日は何の用で?」

 万事屋に訪ねてきたのは、一人?一匹のエリザベスと呼ばれたアヒルだった。アヒルは皆に否定されたけど、アヒルだった。アヒルは口を開けない。銀ちゃんも新八も神楽ちゃんもわたしも、何も言わないアヒルに困り果てる。

「…なんなんだよ。何しに来たんだよこの人。恐えーよ。黙ったままなんだけど。怒ってんの?なんか怒ってんの?なんか俺悪いことした?」
「納豆臭いから死にかけてるのかも」
「お前はちょっと黙ってなさい。300円あげるから」
「つかこのアヒル、何者なの」
「あー…あれよ、桂。ヅラのペット的な何か」
「桂ァァァ!」
「落ち着け!こいつは何もしてない!今はとりあえず客だ!刀を抜くなってオイ待て早まるんじゃねえ!」
「……見て見ぬふり、する。あの、うん。非番だし…ちょっと外出てくる。」
「…悪ィな」


 万事屋を出て手すりに寄り掛かった。銀ちゃん達と行動していると、あまり攘夷浪士を捕まえることはできないんだろうな、と一人で解析を始める。攘夷戦争のことはあまりよく知らないが、銀ちゃんは桂と共にあの戦場を戦った者同士、そう簡単に切れる絆ではないということだ。銀ちゃんは攘夷浪士ではない。逆に、攘夷浪士ではないから、わたし達幕府側にも、攘夷浪士側にも敵として見なされてもおかしくないということと、どちらか、あるいはどちらにも味方につけるということ。まあ、銀ちゃんなら、と思う反面、疑うことも、ないとは言い切れない。わたしはただ攘夷浪士に刀を振るわなければならない上の命令に従わないといけない。と、いうことはだ。「坂田銀時を斬れ」と言われたら、そうするしかないということだ。銀ちゃんなら幕府にも攘夷浪士にも喧嘩ぶっかけないとは断言できないだろうし。
 そんなことを思っていたら、銀ちゃんがドアを引いて顔を見せた。

「?どこいくの?」
「ん?お前も来る?刀鍛冶」

 仕事の依頼だけどな、暇してるよりはいいんじゃねー?とエラそうにヘラヘラとした表情で言うので、わたしは銀ちゃんに毒を吐きながら後ろについていく。今持ってきている刀もそろそろ新しいのに新調しようかと思っていたところだ。依頼先の腕を見て、今後頼もうか決めよう。

 ガァン、ガァン、と鉄を打つ音が響く。わたしと銀ちゃんは耳に手を添えてその光景を見て、銀ちゃんは「あの〜すいませ〜ん。万事屋ですけどォ」と一声かけるも、この音だ、聞こえていないらしい。長髪の男と、鉢巻をしている女の子、二人の手で鉄は打たれていた。

「…聞こえてないみたいだね。」

 ガァン、ガァン、ガァン。

「すいませーん万事屋ですけどォ!!」
「あー!!あんだってェ!?」
「万事屋ですけどォ!!お電話いただいてまいりましたァ!!」
「新聞ならいらねーって言ってんだろーが!!」
「バーカバーカウンコ!!」

 「どうせ聞こえてないだろ。」ぼそりと呟く銀ちゃんに弁城して、わたしも「お前の母ちゃんでーべそー!」と叫ぶと「でべそじゃない!」と言う声と、トンカチが同時に飛んできた。そのトンカチはなぜか銀ちゃんに当たる。傷を作った銀ちゃんは「てめェェ!!」と木刀を片手に今にも飛びつきそうだったので、わたしは銀ちゃんを抑え、近くまでやってきて万事屋ですけど、と二つのトンカチを片足で押さえ作業を遮った。



「いや、大変すまぬことをした!こちらも汗だくで仕事をしているゆえ手が滑ってしまった。申し訳ない!!」
「いえいえ。」

 「ぜってーきこえてたよコイツら。」「でべそじゃないって言ってたもんね。」大声を張る男とは真逆の隣の女の子を見る限り、人見知りなのだと感じた。焦点がわたしや銀ちゃんの方に向いているわけでない。どちらかと言うと、わたし達の奥にあるもの、壁、などに焦点が合っているようだった。
 普段から鍛冶屋を使わないわたしは、刀がどう作られているか知らなかった。こんな場所なのか、と辺りを見渡していると、銀ちゃんの質問や応答に答えずに自分の話しだけを進める声が聞こえてくる。顔の向きを男にやった。女の子の名前は鉄子、というらしい。シャイなあんちきしょうな性格みたいだ。それにしても声でけーなコイツ。

「でね!!今回貴殿に頼みたい仕事というのは…、実は先代…つまり私の父が作り上げた傑作『紅桜』が何者かに盗まれましてな!!」

 「(紅桜?)」自然と眉が寄っていくのがわかる。紅桜、昨日、攘夷浪士達が、確かにその名前を口にしていた。紅桜、高杉、ぐらいの単語しか聞こえてこなかったが、恐らく高杉らの手によって紅桜が盗まれたのだろう。それを伝えてやればよいのだが、何か突っかかるものがある。なぜかわからないが、この男の、雰囲気だ。
 紅桜とは、岩も斬り割き月明かりに照らすと淡い紅色を帯びる、夜桜の如く怪しく美しい名刀、という説明を受けた。「そうですか!スゴイっすね!で、犯人に心当たりはないんですか!」銀ちゃんは負けじと大声で答えるも、男は銀ちゃんの話しを聞いていないようだ。

「しかし紅桜は決して人が触れていい代物ではない!!」
「お兄さん!?人の話聞こう!!どこ見てる?俺のこと見てる!?」
「お兄さん、紅桜が盗まれたのはいつ頃ですか?最近ですか?」

 わりと落ち着いた声で訊いた。男は大きく開いてた口を小さくした後、ここ最近のことだ、とわたしの質問には答えてくれた。それを見た銀ちゃんは眉をピクピクさせて拳を震わしていた。
 最近のことか。どうも辻斬りと関連性があるような気がする。攘夷浪士が関係しているのは間違いなさそうだ。探ってみようか。
 男がなかなか銀ちゃんの話に答えないので、銀ちゃんは痺れを切らしていた。すると、黙っていた女の子が小さな声でボソリと呟いた。

「…兄者と話す時は、もっと耳元に寄って腹から声を出さんと…」
「えっ、そうなの。じゃっ……、お兄さァァァァァァん!!あの…」
「うるさーい!!」
「えええええええ!!」




「攘夷浪士が関係してる?」
「うん。昨日見かけた攘夷浪士達が確かに『紅桜』って言ってた。それに、『高杉』、とも言ってた。ちょっと探ってこようかと思って…」
「真選組に連絡入れないのか?」
「ちょっとまだ、いいかなって。確実な情報が手に入ったら伝えようと思ってるから。それじゃあ銀ちゃんも紅桜探索頑張ってね。」
「おー…悪ィな。今度ガムでも買ってやるわ。」
「やすっ」

 攘夷浪士や紅桜のことも気になるが、一番気になるのはあの鍛冶屋の男だ。なにか、絶対に隠していることがある。言い切れるほどに。しかしそれを男に伝えるには証拠が不十分すぎて、逆に言い任されてしまうだろう。なにか証拠が掴めればいいのだが…、何もない。

「そうだ…。銀ちゃん万事屋戻る?」
「…なんで?」
「ちょっとこれを…」

 わたしはこの場で着物の帯を緩めると、「ちょっ、おまっ、えっ!?」と慌てた声を出す銀ちゃんを睨む。ホントにエロ大魔王だな。皆こんなものなのか?帯を銀ちゃんに手渡し、着物を脱ぐと、銀ちゃんから残念そうな目が向けられた。「……。」「………。」
 真選組に入ってから、初めての忍装束。道具の使い方は思えているが、うまく扱えるか心配だが。

「へー…結構様になってるもんだな。」
「よろしくね銀ちゃん。それじゃあ、またあとでね。」
「無茶すんなよ。」
「銀ちゃんもね?」

 路地に入る。それからわたしは姿を消した。


 結局夜になるまで収穫はなし。やけに攘夷浪士を見かけないのが怪しい。暗い路地裏はとても臭かったが、脚の疲れもあってその場にしゃがみ込んだ。前みたいに体力つけないとやっていけないなあ、なんて思っていたら、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。それと、激しい音も聞こえてくる。大きな音で、完璧に近くの橋から聞こえてくる音だ。木が割れる音も、水飛沫があがる音も聞こえてくる。「銀さんんん!!」新八の、声も。
 危険を感じた。新八ではなく、銀ちゃんに。何があったかはわからないが、路地裏を出て、曲がってまっすぐ右にある橋を見れば、見事に壊れている橋が。それと、新八とあのアヒルが、いた。走る速度を落として、新八とアヒルの側までやって橋の下を見れば、銀ちゃんとあの人斬り似蔵が、木刀と、何かで戦っている。もしかしたらあの何か、紅桜じゃ?

「名前さん!」
「……!銀ちゃん!刀を離して!」

 わたしの反応が遅れたわけではない、しかしあの刀は確かに、動いている。銀ちゃんの木刀に絡まったコードのような生きているようなものが絡まり、わたしの声とそれに気付いた銀ちゃんは似蔵を蹴って離れるが、すぐに立ち上がった似蔵は刀を構え、銀ちゃんに斬りかかる。木刀と刀の差は、誰が見てもわかるように、銀ちゃんは飛ばされ、木刀は粉々に砕け散った。反動で壁に打ち付けられた銀ちゃんは態勢を立て直すも、胸には血飛沫が。新八もアヒルも、わたしも、当然のように驚く。すると、似蔵から決めてとなる突きが。

「銀ちゃん避けて、銀ちゃん!」

 刀を持った。今なら後ろを取れる、確実に。刀を飛ばすよりも、降りて心臓を突く方が確実に仕留めることができる。わたしは手すりに足を掛けると、隣の新八が、アヒルの腕を振り切って似蔵を目がけて、飛んだ。叫びながら、似蔵の真上らへんに落ちていく。それに気付いたが反応は遅れた似蔵は少し身体を捻ったものの、右腕一本、新八に持っていかれる。
 「アララ、腕がとれちまったよ。ひどいことするね、僕。」似蔵から殺気が感じられ、わたしは似蔵の真下へ移動し、水に隠れている足首に足を掛けて似蔵を押し倒して刀を突く。ざっくりと、刀は似蔵の左腕に刺さったが、心臓までには及ばなかった。似蔵がお腹を蹴り、わたしは仰向けになって水の中へ浸った。

「オイ!そこで何をやっている!」

 奉行所。なんだ、真選組の屯所集合って言ったのに。
 起き上がり、銀ちゃんの元へ歩く。新八もハッとして銀ちゃんの元へと寄った。

「新八、おめーはやればできる子だと思ってたよ。」
「銀ちゃん、」
「銀さん!」



 新八と共に銀ちゃんを万事屋に連れてきた。机の上にはわたしの着物が置いてある。しかしそれに対してお礼を言えるほど、心の余裕はない。新八から、似蔵のあの刀が紅桜だということを知らされ、やはり、と後悔した。もっと早く伝えておけば、こんなことにはならなかったのかもしれない。銀ちゃんに付いた血を拭き取り、包帯を取り出して巻きつける。隣には新八と、向かいにはお妙さんが眉を八の字にしてその光景を見ていた。

「これでよし、っと。……お妙さん。わたしはこれから似蔵の跡を追う。銀ちゃんのことをよろしくお願いします。新八が言ったように、無理をさせないように、」
「え?名前さん、似蔵のいるところを知ってるんですか?」
「それを今から探すの。まあ大体の目星はついてるけど。あ、それとお妙さん。銀ちゃんが起きたら、似蔵は高杉の仲間だってこと伝えておいてください。」
「…わかったわ。」

 似蔵に蹴られた部分が以外にも効いていて、結構痛い部類に入る。思いっきり蹴ってくれたのだ。「名前ちゃんも、無理はしないようにね。銀さんみたいになっちゃだめよ。」「…はーい。」
 紅桜、高杉、似蔵。似蔵は、高杉の仲間だ。「新八も、無理しないようにね。」微笑むと、新八も微笑んでコクリと頷いた。
 外の風は涼しい。雨が降りそうだ。