神様の決め事 | ナノ


「…で?名前ちゃんはどうしてそんなにキレてんの?」
「攘夷浪士とあの憎たらしい男に休日の半日を奪われたから。」
「休日の時くらい攘夷浪士の事とか忘れちまえばいいだろうよ。」
「それはわたしの中の何かが許さなかったから。銀ちゃんいちご牛乳」
「てめっいちご牛乳は銀さんのですぅー渡しませんー」
「いちご牛乳って言ってんのが聞こえないのか天パ!」

 言った通り、攘夷浪士とあの憎たらしい隻眼男に半日を奪われてしまった。せっかく完璧なプランが出来ていたのに、これじゃあもうプランとかなかったと言ってもいい。あの後、隻眼の男の頬をベチンと叩いてやった。目を丸くしていた男を鼻で笑ってやって、甘味処で団子を食べ、万事屋のお土産用にと買った団子もくる途中すべて食べてしまった。

「くそ…あの男め…。せっかく攘夷浪士捕まえて色々聞き出そうと思ってたのに…!煙管吹かして女みたいな格好して『この顔をの顔を知らないわけがあるめえ』だと?左目の包帯がお洒落なんだか知らねえだけど腹立つぜェェ!殺してやりてェェェ!!でもちょっとかっこよかった」
「え なに最後の。ちょっとおい、どういうことだ説明しろ特に最後」
「なんかね!煙管吹かした隻眼の男がね!あ!短髪のけっこうかっこいい男の人なんだけどね!そいつに仕事を邪魔されてね!イライラしてんの!アアアアア腹立つぜェェェェ!!」
「……煙管吹かして隻眼で女なみたいな格好…?」
「…あれ、もしかして女の人なのかな。でもおっぱいなかったんだけど…」
「…………」

 銀ちゃんはわたしを見て停止した。そりゃもう綺麗にピッタリと。「いや、ありえねーよ。絶対ありえねーよ俺はこんな現実受け止めねーよ。まずあいつが自ら敵に接触するとか絶対ありえねーよ、だって、うん、アリエナイ」「え?なに?アリコ?」一人芝居をしているのか銀ちゃんは頭を抱えてアリエナイアリエナイと頭を左右に振っている。銀ちゃんが持ってきてくれたいちご牛乳を飲みながら目の前の銀髪を見つめた。銀ちゃん、その人知ってるの、と脳内に言葉が浮かんだ。でもそれを訊けるような雰囲気ではない。

「あ!名前!」
「おっ、神楽ちゃん!おひさー!明日もお休みだからさあ、今日泊まってくね!」
「キャッホ〜イ!朝までオセロオセロ!」
「キャッホ〜イ!」
「……。銀ちゃん?」

 神楽ちゃんの声に銀ちゃんを振りかえってみる。まだ頭を抱えて唸っているが、大丈夫だろうか。

「大丈夫?銀ちゃん」
「え?あ?お、神楽帰ったのか」
「銀ちゃん酢こんぶ〜」
「冷蔵庫にあるから勝手に食べなさい。」

 頭を上げて天井を見た銀ちゃんはなぜか冷や汗のようなものを掻いていた。「これ言っちまったほうがいいのかな〜、あ〜でもこいつ変にプライドあっから探しにいくかな〜でもよォ〜」とまた唸り始めた。こいつって、わたしのこと?「銀ちゃん、今日泊まっていくね」「おー……おおお!?」天井からわたしに視線を向け、なんで!?と叫んできたので今日と明日が非番だということを伝えると、別に泊まっていかなくても、と寝床に布団を二枚敷いた。完璧銀ちゃんとわたしの分である。
 「なんでわたし銀ちゃんの隣で寝なきゃいけないの」クナイをチラつかせながら見下ろすと、真剣な顔つきになったと思ったら「いい機会だなと思って」という銀ちゃんにクナイを放った。





「万事屋ってさー、ホントに仕事ないのね」
「名前ちゃんそれ以上いったら泣くかも。」

 昨夜は神楽ちゃんとオセロをして、一夜を過ごした記憶がある。あとは覚えていない。銀ちゃんがいうには二人揃ってソファーで寝ていたから布団を掛けてそのまま放置したらしい。隣で銀ちゃんは納豆をねりねりと死んだ魚のような目で練っている。神楽ちゃんは久々の夜更かしなのかまだ向かいのソファーでぐーすかぴーすかと寝息を立てながら寝ている。
 ねりねりねりねり、ねりねりねりねり、静かな万事屋に響くのは納豆をねりねりしている音と寝息だけ。静かな朝だ。たまに定春の欠伸が聞こえる程度。「真選組ってさ〜朝早いからさ〜仕事も忙しくってさ〜こんな納豆ねりねりしている時間ないんだよね。ほんとこういう時間って幸せだわ〜」ご飯の上に納豆をかけ、ご飯にがっつく銀ちゃんと静かに味を堪能するわたし。こういう時間がないので、本当にありがたい。

「銀ちゃんも真選組に入ればいいのに」
「ああ?何言ってんのお前」
「だって強いし、頼もしいし、毎日退屈しなそうだし」
「嬉しいこといってくれるじゃないの。」
「……最近さ、」

 初めて自分の心の内を人に話そうと思った。忍であった自分を、忍である自分を、不安と思っている自分を。普段は感じないのに、こうして誰かに話そうと脳内を駆け廻らせると色々な思いが浮かんできた。あまり、自分のことを話さないからかもしれない。常日頃からこんなことを思っていると、頭がパンクしそうになるからかもしれない。自分は容量が悪いから、処理しきれないのだ。

「誰かに、殺気向けられてる気がするんだ。思い込みかもしれないけど、一人になった時、いつも向けられるんだよね。それを確認するためにこの頃夜歩いてるんだけど、やっぱり殺気感じるんだ。人殺してるからかな。一人になると、感じるんだ。」

 うわ、すごい暗い雰囲気になっちゃったよ。こんな雰囲気にしたいわけじゃなかったのに、わたしがそうさせてしまったのだ。本当に、申し訳ないと思う。楽しい朝食の時間をこんな話題で暗くしてしまうなんて、本当に、わたしどうかしちゃったのかもしれない。茶碗と箸を置いて、「ごめん」と呟くと同時に頭には銀ちゃんの手が置かれた。

「その時は俺が護ってやるから心配すんな」

 ああ、この人はすごい。心配してることを、言わずともわかっている。緩む口元をきゅっと結んで、自然と目が細められる。嬉しい。
 茶碗と箸を持ち、「うん」と緩んだ口元で返すと、頭の上にあった手は銀ちゃんの真横に移動した。
 空っぽの茶碗、並々に注がれた麦茶。わたしと銀ちゃんはぐぐっと気持ちの良いくらいに一気飲みをして一息を吐いた。「銀さーん新八ですー」文句を言いつつも立ち上がり玄関の鍵を開けにいった銀ちゃん。ドアが開くと、「あっ」とわたしに笑顔を見せてくれる新八。

「おはよう、新八くん」
「どうしたんですか?あ、朝食食べてたんですか」
「昨日泊まったんだ。新八ライブだったの?」
「はい!あれ神楽ちゃんなんでこんなとこで寝てるの?」
「オセロしてたの!新八も麦茶いる?」
「あ、じゃあお言葉に甘えて…」

 新しいコップに麦茶を注いで新八に渡す。自宅からここまでの距離の間に何も飲んでいないだろうから美味しく感じるだろう。「ん〜」神楽ちゃんか腕を伸ばして起き上がった。寝ぼけた神楽ちゃんはわたしをジッと見つめて「オセロ…」名残惜しそうに呟く。昨日は圧勝と言ってもいいほどにわたしが勝ってしまった。負けたのが悔しいのだろう。
 すると、ドンドン、とドアが叩かれる音に四人は一斉に振り向いた。「ババアか?」しかしシルエットはお登勢さんではない。もっと、なんかこう、なんだ、違う。「エリザベスじゃないですか?」新八が言った。