神様の決め事 | ナノ


「辻斬り?」
「ああ。一応気をつけろよ。昼間にはないとはいえ、お前ここんとこ夜出掛けてるそうじゃねえか」
「やだ副長ストーカーですか?警察呼びますよ?ただ肉まん買いに行ってるだけですから」
「警察は俺だ。…ちょ、おいどこに電話してる」
「……あ、もしもし奉行所の方ですか?実はいまストーカーされていて…はい、場所は真選組の屯所で名はひじか、」
「オイイイイ!」

 世の中物騒になったものだなーと茶を啜れば向かいの副長は溜め息を吐いた。「まあお前がやられることはないだろうな。相手さんは浪人ばかりを狙うらしい。」「…はい、それじゃあ真選組の屯所で待ってます!」「オイイイイイてめっ、斬る!斬る!!」今日は待ちに待った休日デーだ。一日目、まずは最近行けなかった甘味処へ行って、お登勢さんのところで少し話をしてその後本屋に寄ろう。最後に万事屋でぐーたらして終わり。二日目は、故郷に帰る。この間お世話になった女の子に団子を届けよう。最高の休日プランだ。休日は何のためにあるのか、それは休む為にあるものだ。だからわたしはこの二日間、溜まった疲れを出そうと思う。免許かなんか持ってたら好きなところに行けたろうけど、こうして歩いて江戸の街並みを堪能するのもまたいいだろう。
 最近物騒な出来事がたくさんだ。立てこもり事件や麻薬の密輸だとか、どれも仕事現場に立ち寄ったが、まあ、正直いうとこんなめんどくさいことは初めてである。さっさと突入して捕まえちゃえばいいのに。なんて事も出来ないのだが。

「さて、真選組の制服と二日間おさらばだっ。さらば真選組!」
「勝手にさらばしてんじゃねェ」
「それでは副長頑張ってくださいね〜一人で。」
「いちいちムカつく野郎だなテメーは」

 屯所を出て軽い足取りで甘味処の近道を移動している時だった。腰に刀を下げている三人の男達がなにやら身振り手振りで何かを伝えようと会話している。説明している男の顔は真剣で、こそこそと話しているところから彼らは恐らく、攘夷浪士だ。建物の陰に身を寄せ、会話を聞こうと耳を寄せた。「紅桜が、……高杉……で、」どうやら、攘夷浪士らしい。休日に嫌なものを聞いてしまった。幸い着物の下には軽く動けるように以前着用していた忍の装束があり、何かあれば着物を脱いでこれで行動すればいい。男達が奥へ奥へと暗い路地裏へ消えていく。わたしは建物から身を離し男達の後ろをついて行った。

 ここらへんの地理は大体わかる。男達はわたしの存在に気付かずに、呑気に笑いながらどこかへと足を運んでいる。高杉のお仲間ならばどこかで高杉の話題を出すだろうから隠れていれば、いつか、必ず、話題が出る。今さっきだって高杉という名を口にしていたし、確信が持てる。この辺りには港がある。もしかしたら高杉らが乗っている船があるのかもしれない。本格的に動こうと思い携帯の電源を切り、懐に手を入れ、クナイと糸を掴み男達に攻撃をしかけようと力を入れた。「そこで何してるんだい」「!」



「……名字のやつ、携帯の電源切ってやがる…こんな大事な時に」
「違いやすぜ土方さん。あいつは土方さんの声を聞きたくなくて着信拒否をしているに……あれ俺のも出ねえや」
「ハッハッハッハッ!トシに総悟!お前ら名前に何かしたんじゃないのか!きっと俺ならでっ…あれでないんだけど。」
「……」
「……」
「……」
「…チッ、仕方ねえ。近藤さん、俺ァ名字を探しに行ってくる。何かあったら連絡いれてくれ。」
「何かあっても連絡は入れねえですぜ。手柄は俺のもんだ」
「テメー総悟」
「よしわかった!高杉の情報が手に入ったら連絡を入れる!」
「できるだけ確かな情報で頼む。潜伏しているかも定かでないからな。」




「…あっ…この間の…!」
「また会ったな譲ちゃん」
「……え?なんでこんなところに?」
「あんたの姿が見えたんで追ってみただけの話だ。何だ、何かつけてるのか」
「ちょっと職業柄見逃せない場面に遭遇しまして…ですね…。」

 煙管を銜えたこの男、二度会ったことがある男である。一度目も二度目も自分からぶつかった。目の前の男から目を離し先程までみていた場所に振り返ると、三人の男は動き出した。とりあえずあいつらの身柄を確保するのが最優先だ、と判断しクナイと糸を取り出し、駆けようとした瞬間、後ろから腕を掴まれた。犯人はわかっている。後ろを振り返ると煙管を銜えた男、笠を深く被っているので顔全体は見えない。ギリギリと腕は小刻みに震えていてこの男の力の強さが目に見える。
 男は、笑っている。開きかけた口は閉じることはなく、煙管一点を見つめた。

「まさか、この顔を知らないわけがあるめえ」

 男は笠を掴み、外した。そこには隻眼の、鮮やかな着物に身を包んでいる…、……

「……誰?」
「………は?」
「いやだって名前知らないし。で、誰。」
「………おめえ、攘夷志士の顔を見たことがねえのか」
「…あんた攘夷浪士なの?でもわたしの知っている限りの攘夷浪士は、腰に刀を下げている、といっても鍔の付いている刀で、もっとコソコソしているものだと思ってるし…第一真選組であるわたしに近づきはしないんじゃないかって…」
「そうかい、…まあいい。ホラ、追ってる奴らがいなくなったようだが」
「ええっ…!」

 クナイを掴んで陰から身を乗り出した。そこにはわたしの追っていた男達はいなくなっていて、かわりにホームレスのおじいさんが歩いていた。おじいさんはわたしを見て首を傾げる。また攘夷浪士を逃がしてしまった。この男のせいだ。

「ねえ、ちょっとアンタのせいで見失ったんだけど!」
「そらァ悪かったな。詫びといっちゃなんだが、茶菓子でも奢ってやろうか。」
「だったらあの男達探してよ!」
「……譲ちゃん」
「………?」
「テメェが気に入ったよ。噂通りの野郎みたいだ。」
「なんのこと。侮辱してんの?」

 銜えていた煙管を離し、ふう、と息を吐く。その動作一つ一つが色男と思わせる。一秒一秒が長く感じられ、目の前の男の動作も一つ一つが長く感じる。風を感じなくなる。なにかに引き込まれそうな雰囲気だ。この人は普通の人じゃないと、わかった。何かを抱えている、何かを光らすことができる、何かを引っ張っていくことのできる、器のでかい人間だ。……器がでかいんじゃない、でかく思わせているんだ。

「回りくどいのは好きじゃねェ。…どうだい、俺と一緒にのんびり旅でもしねェか」
「無理」
「………。」
「絶対いや」
「…フン、そうかい。なら、過去に囚われず、のんびりと、何も考えず、泣かなくてもいいよう、笑っていられるような、そんな旅、しねェか。」

 この男は一体何だ。煙管を銜えた。ニヤリと笑い、わたしをじっと見る。わたしは男を睨んでやった。そうでもしないと、口が勝手に「はい」と動きそうだったからだ。


「無理」