神様の決め事 | ナノ


 両親のお墓参りに行ったあの日の事を思い出し、筆を置いた。あれはわたしを狙っていたか、父の墓を探し当てたか、どちらかだろう。あのような動物を使うということは、やはり敵は天人だろうか、それともわたしと同じ地球人なのか、それがわかればいいのだが敵の姿はあの動物しか見ていない。相手はかなりのやり手なのかもしれない。しかしわたしも腕や感覚が鈍っているので本来の力というものを思い出すことができたのならば、わからない。
 忍としてのブランクが短いといっても、こんなに感覚を忘れてしまうものなのか。根本的なものは忘れていない気がするが、昔よりも落ち着いたろう、自分でもそう思うのだ。正義のヒーローというものが、どうもわたしには似合っていない。正義の味方というものが、わたしには似合っていない。どちらかといえば、悪の子分だろう、わたしは。わたしは汚いはずだった。のに、今はこうして真選組という肩書きで江戸の治安を守っているのだ。可笑しな話だ。

 散歩でもしようかと襖を開ける。満月が綺麗な夜、すっかり夏の暑さも落ち着いてきたかな、と思うようになってきた。
 着流しの上から局長に買ってもらった羽織りを羽織って行き先も決めないでただひたすら思うままに歩く。綺麗な月だった。やっぱり月夜は綺麗で心が癒されるものだ。そしてこんな綺麗な月が出ている日に、どこかで何かを殴る音が聞こえたので立ち止った。刀を振る音も聞こえたが、止めようとか、そんな思いはなかったが音のする方へ歩いていく。音が近づいてきたので、ああ此処か、と暗い路地裏に一歩踏み出してキラリと光る刀身を見つめた。

「…女だァ?」

 目が慣れてきて、血を出して倒れている男と、数人の男が一斉にわたしの方に顔を向けた。刀は持ってきてなかったがクナイと糸は持ってきている。わたしも真選組なので下手な行動は取れないのだ。誰がどんな奴だろうが、殺せない。相手が攘夷浪士であってならばまた違うのだが。少しだけ忍であった時の自分の自由さに羨ましく思う。

「こいつ、真選組ですぜ」
「真選組?こいつがか?」
「なんでも副長補佐をしているとか…殺して曝し首にしてやれば連中も驚くでしょう。それか人質に使う、とか。こんな田舎もんしょっ引かずとも、こいつを殺せばいいんですよ。」
「そうだな、そうしようか。これで俺達も攘夷志士として名が高くなるだろう」
「…こいつを殺して、戻ればいい話だな。」
「あのお方もピリピリしているようだし…」

 人というのはいろんな人がいると思った。わたしはどちらかというと、この攘夷浪士達の考えに似ていた。血を流して倒れている男はわたしを見ている、生気のない目でわたしを見ている。口から漏れている息が傷の深さを物語っていた。
 攘夷浪士か。なら、殺しても構わないだろう。クナイを取り出し、糸を指の間に挟んでピン、と音を立てて張った。これを機に、忍としての感覚を思い出してもいいかな、なんて思った。わたしが忍だった頃、とっつぁんは過大であったけど評価してくれたし、悪くないかもしれない。こちらに刀を向ける攘夷浪士を睨んだ。辺りはとても暗いのでわたしの目など見えていないだろう。





 口笛を吹き瓦の上で身体を寝かせて雲の流れを目に焼き付けていた。空はいつも青くて綺麗だなあ、と変わらない景色が今のわたしには新鮮に映る。この景色はいつまでも変わらないでいてほしい、とどこかの詩人のような感性に自身が吹いた。昨夜の攘夷浪士は真選組に突き出した。返り討ちにあった攘夷浪士は悔しそうにしていて、殺さないでよかったなあと、この悔しそうな顔が見れてよかったなあ、とクスクスと攘夷浪士達を見て笑った。
 そろそろ休みがほしいところだなーとスケジュールを見ていると、なんと明後日からの二日間、休日が入っていた。嬉しさのあまりスケジュールのかかれた紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てる。そして局長の元へ走り、休日の件を申せば、最近頑張ってるし今日も攘夷志士を2人も連れてきたし、と人の良い笑顔でニコニコと笑うもんだから屯所中を駆け回った。ほんとに、わたしも単純な奴だ。


「はー…二日間も休み…名前だけずりーや」
「残念だったね総悟。悔しかったら実績を上げなさい実績を。」
「下級の攘夷志士捕まえただけのくせに…」
「あん?なんか言ったか?」
「いいえ」
「さ、今日は執務だけだし始末書と報告書書き終えたら寝よーっと!」
「チッ、近藤さんも土方コノヤローも名前にだけ甘すぎなんでィ。オイコラ俺がお前の根性叩き直してやるから立て。そして膝まづき靴を舐めろ。そんでもって『わたしは雌豚です汚い雌豚ですご主人さまの言う事しか聞けない雌豚です』と、」
「誰が言うか!」

 変わりない空と雲の下、わたしと総悟の言い合いが屯所を越えて響く。お互い刀を抜いて斬り合いになるところを止めてくれるのは副長と山崎の役目である。「総悟ォォォ!お前らが本気で斬り合いしたらタダじゃすまねえだろ屯所がやめろォォォ」「名前さんんんん止めてくださいいいいあんぱんと牛乳あげるんでえええ」ああ、こういうのが楽しいっていんだな。結局わたしも総悟も笑って、最終的には副長も山崎も笑う。後からきた局長も笑う。これで、いいんだと思った。わたしがどうであろうと、わたしの大好きな人達が笑っていてくれればそれでいいんだ。それだけでいいんだ。