神様の決め事 | ナノ


「え?なに?将軍様のカブトムシが失踪したから捕まえろ?なにバカにしてんの?」

 真夏真っ盛り。とっつぁんが連絡を寄こしてきて、とても重要な仕事でも頼んでくるのかと思ったら、「将軍様のペットが逃げたから捕まえて」という、昨日カブトムシ捕まえにいったんだけど一晩寝たら逃げちゃったから捕まえてという小学生の子供が泣きながら父親に嘆く内容だった。名は瑠璃丸。金色に輝く生きた宝石、といわれているらしいが虫が嫌いなわたしにしたら生きた宝石だからコガネムシだか知らないが同じ虫に変わりない。

「わたしちょっと店長に呼ばれてるので行きません。」
「店長誰?」
「こんなクソ暑い中カブトムシごときで外に出るとか体力の無駄使いなんでわたしは外に出ません。おやすみなさい。」
「ああおやすみ。一生目が覚めないようにしてやるから安心しろ」
「副長!わたし別に将軍様のペットなんざどうでもいいんですよ!だからわたし行かなっ」
「残念だな、真選組副長補佐名字名前。」
「ぐっ」

 そこで副長補佐なんて言われたら行くしかねえじゃねえか。




「あいつらただのバカだ。」

 局長は全裸になって全身にはちみつを塗りたくっている。副長は木にマヨネーズを塗りたくっている。一方の総悟はカブトムシのきぐるみを着て木にへばりついている。ほんとにバカだこいつらと片手に団扇を持って持参の折りたたみ式の椅子に座っていると、遠くの方から見たことのある銀髪の男性と黒髪の眼鏡、麦わら帽子を被っているチャイナ娘が近付いてきた。局長を一見、副長を一見して、でかいカブトムシを見つけて声を上げる。

「ぬっ…うおぁぁぁぁ!なっ…なんじゃありゃぁぁ!」

 あ。バカだ。
 総悟がへばりついている木を三人がかりで蹴り、総悟は木から地面に落ちる。顔を確認した三人は総悟を蹴った。向こうからぞろぞろとやってきた局長、副長を始め真選組の隊士は、なんの騒ぎだとこちらにやってきて、万事屋三人の存在に一瞬目を光らせた。わたしも三人に近づいて片手を上げる。

「よう」
「ん?なんだ名前か。真選組総出でなにしにきたんですかコノヤロー」
「お前に説明するいわれはねー」
「カブトムシとりだ」
「言っちゃったよもうちょっとなんかこう…」
「銀ちゃん達もカブトムシ狩りにきたの?」
「プライベートでカブトムシとりたぁ、旦那達も暇らしい」
「ふざけるな!私だって幻の大カブトをとりにここまで来たネ!定春28号の仇を討つためにな!」

 いやこれはまずいんじゃないだろうか。プライベートでカブトムシをとりにきた、イコール、将軍様のペット瑠璃丸を見つけたら跳びかかるに違いない。なんたって生きた宝石といわれ金に輝いているんだ。副長と顔を見合わせると、同じことを思っているような表情が見える。もし瑠璃丸を万事屋が捕まえて売ってしまったら?嫌な予感が頭の中に駆け巡る。これはわたしも本気になって見つけなくちゃいけないんじゃないか?いやでも暑いし無駄な汗は掻きたくないし…。

「カブト虫です!前方まっすぐの木にカブト虫が!」
「カブト狩りじゃああ!!」

 隊士の声に皆が走る。先頭を走るのが銀ちゃん、次に副長や神楽ちゃん。わたしは神楽ちゃんの後ろをピッタリとくっついて走っていた。前にそびえ立つ木に、黒い点のようなものがある。パッと見、瑠璃丸なんだかわからないらしいが、手当たり次第に捕まえていくしかなさそうだ。

「待てコラァァ!ここのカブト虫には手を出すなァ!!帰れっつってんだろーが!!」
「ふざけんな!一人占めしようたってそうはいかねーぞ カブト虫はみんなのものだ!いや!俺のものだ!」

 しかし銀ちゃんのほうが足が速い、副長は追いつけないようだ。これはわたしの忍として動く時がきたか、と上着を脱ぐ。「クソッ オイ名字!奴らにアレを渡すな!なんとしても先に、ぶっ!!」神楽ちゃんが副長の頭を踏み台にしカブト虫に手を伸ばす。わたしは同じように副長の頭を踏み台にして神楽ちゃんの背中を蹴りカブトムシに手を伸ばしたが、自分の虫苦手が全身を駆け巡る。

「ぎゃあああ触れないいいいい!」
「エエエエ!!」
「どきなせェ!」
「ぐおっ!」

 「ぐえっ!」総悟に投げ飛ばされ地面とキスをした。右腕の痛みがどうとかもうそんなの言ってる場合ではない。顔を抑え、大丈夫ですかと心配してくる隊士を押し退けて総悟に蹴りを入れる。「総悟狩りじゃぁぁぁ!」



 夜、すっかり昼間のようなじめじめした暑さは無いが、今も十分暑い。「総悟死ね」「名前が死ね」昼間の一件以来、わたしの総悟の間には亀裂が入っていた。隊士達はわたしと総悟を見て肩をガクガクと震わせている。「チッ!」「チッ」お互い顔を背ければ、視線の先には銀ちゃん達がテントを張ってカレーを作っていた。

「わたし銀ちゃん達と行動するんで、あばよ!」
「あばよじゃねェ!てめっ、おい、名字!」

 銀ちゃん達がいる方へずかずかと歩き、どかりとぐつぐつと煮込んでいるカレーの前に座ると、三人は一斉にこちらを見てきた。総悟と喧嘩したことを伝えると、銀ちゃんはニヤリと笑って立ち上がった。

「あんれえええ?真選組副長補佐の名字殿がこちら側にィィィ?こりゃああカブト虫も我らの手に収まったも同然ですなァァァ!」
「いや別にそんな銀ちゃん…。一緒に捕まえるとは言ってな…」
「忍である名字殿に武士がどう挑もうと!?そりゃ無理な話だなァオイ!」
「新八、銀ちゃんどうしちゃったの?」
「いえ、ちょっと暑さで頭やられてるだけですから。気にしないでください。」

 団扇で仰いで銀ちゃんの演説を聞きながらカレーを皿に流す。総悟と喧嘩したからお腹が空いたんだろうか、こんなカレーでも美味しく感じる。チッ、総悟め絶対許さない。ギプスをはめている右腕に自然と力が入り、絶対にこの右腕が直ったら殴ってやろうと決心した。
 バチン、と音が新八の方から聞こえそちらに目を合わせてみると蚊がぷんぷんと集っている。カレー2杯目にいこうとしたその時だった。銀ちゃん、新八、神楽ちゃんの三人は取っ組み合いを始め2杯目を皿に乗せた瞬間、シティーカレーがこちらに倒れてきた。「うわわわわっ!!」


「山崎、もういい。効果はあった。名字も戻ってくるだろ」
「へい。…しかしつくづく単純なやつらですね。蚊ぐらいで仲間割れか…あれだけケンカしてりゃ近いうちに森から出ていくでしょ」
「いや…奴らのことだ。念には念を入れた方がいい。」
「ハイハイ、帰ってきてやったぞコルァ」
「名前ちゃんんんん」
「ちょっとお腹空いてんだけど。キャンプといったらバーベキューだよバーベキュー。バーベキューしよう。」
「お前カレー食ってんじゃねえか」

 「ワハハハハ!」「ガハハハハ!」テントから出てきた万事屋ご一行はバーベキューで楽しんでるわたちたちを見てよだれを垂らしている。「うめェェェ!やっぱキャンプにはバーベキューだよな!」いやこれはうまい。左手に二本串を持ち一本を口に銜える。

「カレーなんて家でも食えるしィ!福神漬もってくるのめんどくせーしィ!」
「こくまろと二段熟カレーどっち食べるか悩むくらいならバーベキューするしィ!夏はやっぱキャンプにバーベキューしてキャンプファイヤーだしィ!わたし火の神役やりたい!」
「カレー2杯も食ってたろお前」

 ふっと笑った総悟が銀ちゃん達のテントに近づき、食べかけの串を目の前に落とした。「いっけね落としちまった。」「そういえばわたしの上着どこだろ」戻ってきた総悟はわたしを見下ろしペッと唾を吐いた。わたしは銜えていた串を総悟に向かって吹くと、うまくキャッチした総悟との間に稲妻が走る。「名前、火の神は俺の仕事でさァ。てめーは火の子役が似合ってる。安心しろ。」「なにが安心だコラ。あんたフォークダンスして楽しんでるように見せかけて翌日ペアになった女の子に『昨日のお前は〜』とかいってバカにするタイプだろコンチキショーが」「テメエは」「どんな争いしてんだあんたら!」

「おーう。税金泥棒。お前らまだいたアルか?」

 総悟との決闘は一旦中断、皆の視線は神楽ちゃんに向けられた。数人の隊士と言い合いをし、口の中に人差し指を入れたと思ったら焼いているバーベキューに向かい、吐いた。それにもらいゲロをした山崎。わたしのお腹は満たされていない。



「上着探してくる。」

 この森で死闘を繰り広げたわたし達のお腹はペコペコで早朝皆一斉に目を覚ました。お腹が空いたといっても少し満たしている分、動けるのだが。万事屋の三人は本当にお腹が空いているだろう。何か持っていればよかったのだが、将軍様のペット探しにこんなに日が経つとは思わなかったためなにも持ってこなかった。というか、上着見つけないと。「副長聞いてんの?」

「上着だァ?…あの時か。」
「風紀が乱れてしまうのでカブトムシではなく上着探しに出かけてきます。できれば上着を見つけて帰ってくる時にはもうカブトムシが見つかっていることを願います。」
「てめえカブトムシ探しが嫌だからだろ」
「そんな滅相もございません。それではわたしはこれで…」

 こんな制服、こんな制服、こんな制服燃やしてやる。上着を脱いでも暑い、袖を捲っても暑い、スカートさえ暑い。ブーツが暑い。副長が朝の一服を堪能している中、わたしは団扇で仰ぎながら、昨日の場所へと歩いていく。将軍様のペット、しかもカブトムシごときにこんなに苦戦することになるとは思うはずもない。日焼けがどうとかそんなのどうでもよくなって、この暑さにどう耐えるかの勝負になっている。
 数十分歩き、昨日の争いでボロボロになっている木々に着いた。辺りを見回して、おそらくここで脱いだであろう場所へと歩くと、わたしの上着はそこにあった。ボロボロになっている。が、その上着が妙もっこりしているもんだからおかしく思い、上着を持ちあげた。すると、狐の親子がそこにいた。子狐の方が怪我をしているようで、親狐は傷を一生懸命舐めている。わたしに気付いた狐は逃げようと子狐を口に銜えた。持っていた上着を狐の上に覆うと、狐はやがて動かなくなり、小さくなった。ここに狐なんかいるのかあとポケットにいれていた絆創膏を持ってもう一度上着を取り、親狐と子狐の頭を撫でた。そして絆創膏を傷に貼ってやる。

「服、あげるよ。だから怪我直るまで安静にしててね。わたしにみたいに暴れちゃだめだよ。」

 さて、みんなのところに戻ろう。いい気分になったところだし、急いで行こうか、と駆け出していた、その時だった。上を見ると総悟の隣に巨大なカブトムシが。「気色悪」木の上に跳んで、木々へ木々へと跳んでいくと、局長が涙を流している。

「え、なにこれどうなってんの?」
「行けェェェサド丸ぅぅ!!」
「あああいかん!!」
「状況が読めねェ…」

 局長、副長、新八、の順に肩に膝をつき土台になり、銀ちゃんが三人の背中を蹴りながら上に登る。「カーブートー」もう少し近付いて総悟、そして神楽ちゃんを見ると足元に瑠璃丸がいた。「あ、瑠璃丸。」「狩りじゃああああ!!」ズドォォン、と大きな音をたてながら巨大カブトムシはひっくり返り、銀ちゃんが総悟と神楽ちゃんの頭を叩いた。そして一歩踏み出した時、メキっという音にわたしも、下の土台になった三人も、銀ちゃんも、顔が蒼白になった。




「よォ。今回は御苦労だったな。わざわざカブトムシ如きのために色々迷惑かけちまって。…で、見つかったのかトシ」
「……ああ。まァ見つかるには見つかったんだが。………あの……突然変異「腹切れ」
「そりゃないよとっつぁあん!副長も局長も頑張ったんだよォ!」
「名前…テメエがいながらこんなことになっちまうとはなァ…やっぱし近藤、腹切れ」
「そりゃないよとっつぁああん!!」