神様の決め事 | ナノ


「ストーカー被害!?」
「ええ…わたし、本当に怖くて怖くて…夜一人で街を歩けないんです…。」
「そっかーお姉さんキャバクラで働いてるんだもんね、帰り道危ないよね」
「何度か襲われそうになったんです…最近は職場の友達と一緒に帰っているんですが…最近その子にも被害が及ぶようになって…わたし…わたし」

 万事屋に戻ると、新八と泣くじゃくる女性が机を挟みソファに座っていた。理由を訊くと、キャバクラで働いているらしく、そこで相手をした客にストーカーをされているとのことだった。隣の銀ちゃんはお金が入るだとかなんだとか言ってお姉さんの話を親身になって聞いていた。わたしは女性の隣に座って背中を擦り、慰め、涙を浮かべていた。昼間は店の横を通る人が多いらしく被害はないのだが、暗くなる夜に問題が発生するらしい。キャバ嬢、だからなのか報酬も声を上げてしまうくらいに結構な額だ。お姉さんが言いたいことは、聞かずともわかる。「お願いします、万事屋さん。」


 と、いうことでとはおかしいが、お姉さんが渡してくれた、「ストーカー」の名刺を持って物陰に隠れる。わたしと銀ちゃんはその「ストーカー」を発見し尾行を開始していた。新八と神楽ちゃんの方はお姉さんと一緒に職場に送り迎えをすることになり、今はお姉さんと一緒に職場に同行している。

「何でわたしも…」
「悪いことじゃあるめーよ。人助けも警察のうちに入んだろ。万事屋も助け姉ちゃんも助け、一石二鳥じゃねえか。」
「まあそれはそうなんだけど…あっ、本屋に入って行った」
「いくぞ名前!」
「あいあいさ!」

 ヒソヒソと声を殺して話していると、てっぺんハゲのストーカーが本屋に入った。わたしは店の外にあるファッション雑誌、銀ちゃんはジャンプを片手に店の中にいるストーカーの行動に気を配る。丁度レジの死角で見えなくなったので、雑誌を置いて中へ入った。「銀ちゃん行くよ!」「俺は今少年に戻ってるんだ!名前、お前一人であべしっ!」
 ストーカーはファッション雑誌から車の雑誌、クロスワード、と宛てもなく本を手に取る。そして次に手に取ったのがエロ本。「名前ちゃんはここで音楽雑誌でも読んでいなさい。俺ァちょっとあいつに近づいてくる。」と銀ちゃんは小指で鼻をほじりながら、ストーカーの隣へ、そしてエロ本を手に取る。二人黙々と雑誌に顔を近づけていて表情が見えない。雑誌を適当に見ながらチラチラと二人の様子を気にする。ある程度読み終えたのでグルメ雑誌を手に取り、またチラチラと気にしながら、この料理うまそうだな〜とかこの料理おいしそうだな〜とかこの料理絶対おいしいよな〜とか思って見ていると、気配がなくなったことに気付いた。ハッとして銀ちゃんの方に振り向いてみれば、そこにはエロ本を手にしている銀ちゃんの姿。「………。」パタン。エロ本が元にあった場所に置かれた。

「いやー、彼、もしかして忍者かなにか?銀さん全然気付かなかったぜ。」
「鼻血出てんだよほんとあんたなにしにきたの」



「次はレンタルビデオショップか…」
「ぜってえ卑猥なビデオ借りるに決まってんじゃねえか。男の心は生まれてからずっと少年時代のままなんだよ。」
「卑猥ってあんたね…少年はエッチなわけ?生まれてからすでにエッチなわけ?」
「男はいつの時代だって心に狼と赤ずきんちゃん飼ってんだよ!」
「あっ、18禁コーナー入っていった」
「はい銀さんもいってきまァァァす!!」
「ちょっ…!」

 銀ちゃんの服の袖に掴まりながら18禁コーナーへ入っていく。とりあえずわたし18歳過ぎてるし大丈夫だろう。しかしこんなとこ真選組の誰かに見つかったらお終いだ。恥ずかしさを通り越した何かに襲われるに決まっている。「お前そんな趣味合ったのかよ〜」「え〜きもいんだけど〜」「つうか女子でこういうの見るって、どんなけエロスなんだよ〜」と罵られるに決まっている。そして最後は総悟にいいように扱われ恐らく一年はこのネタが続くだろう。
 ストーカーは電車に女子高生が座っている「痴漢女子高生〜華の都〜」というビデオを二本同時に手に取った。一方隣の銀ちゃんは「ナース」のビデオ。「なあ名前、やっぱ女はナースがいちばあべしッ!」あのストーカー鼻の下を伸ばしている、捕まえるなら今のうちだ!

「えっ、ちょっ、えっ…え!?名前!?」
「……え?…えっ、ええっ…えええっ、局長ううううう」
「なあやっぱナースがいいよな」



「あの、局長。今回のことは、その、人助けで万事屋と同行してるわけであり、決して真選組を裏切っているなど」
「あの、名前。今回のことは、その、つい出来心でこんな卑猥なコーナーへ足を踏み入れてしまっただけのこと、決してお妙さんには」
「やべーよ劇的ナース、アフター・ビフォーの新作でてるとは思わなかったぜ…帰って神楽寝たらみっかな」
「あの、局長、ほんとに、まじで、総悟にだけは…総悟にだけは、あんな場所へ行ったことを秘密に」
「あの、名前、ほんとに、まじで、お妙さんにだけは…お妙さんにだけは、あんな場所へ行ったことは秘密に」
「なあやっぱ全世界中の女の服はナース服にしな」
「「うっせえええええ」」

 「あ、」「あ、」「あ、」三人の声が揃う。ストーカーを尾行して、着いたのはお姉さんが働くキャバクラだったのだ。ストーカーの行動は見てわかるほどに怪しく、店の周りをウロチョロと歩いている。こんな昼間からここに来てるだなんて、こいつほんとに仕事してるのだろうか。「怪しいよな完全に。」「ちょっとあからさますぎて…銀ちゃんどうする?とっ捕まえようか。」「んなことしたら店に迷惑かけるだろーが…。よし」「え?」


「…ちょ、どういうことなのこれは」
「いいか名前、お前は女だ。少し綺麗な格好したら、その、男も寄ってくる。」
「え?今ちょっとなんか間があったけどわたしの体内時計が止まったからだよね?」

 銀ちゃんの頬を握る。銀ちゃんの言いたいことはこうだ。お前は女なんだから、ちょっとばかし綺麗な格好をすればここの店で働いている従業員となんの変わりもない。そして路地裏に誘い出せ、ということだった。局長に近くの店で服を買わせ、羽織を羽織れば少しは様になるだろう。陰から出て、ストーカーに段々と近付いていく。しかしここを見られたらどうだ、真選組に。「援交してんのか?」「やだねー女だからって身体使って」「おおこえーよ女ってこえー」「副長補佐、クビなんじゃね」と噂されるかもしれない。いや、大丈夫だ。後ろには局長がいる。うまく話してもらえれば、きっと大丈夫だ。大丈夫だ、問題ない。

「お店に入りたいんですか?」
「!!」

 ストーカーは肩が大きく跳ねて小さい声も漏らしながらこちらに振り向いた。目が上下左右に揺れている。動揺しすぎだこの人、こんなんでよくストーカーしてるよ。まあ昼間にストーカーをしないんだから当たり前のことなのかもしれないが。「最近ストーカー被害がありまして…皆怖がっているんですよ。店に入らないならお引き取り願えます?」出来るだけの笑顔で言うと、ストーカーの焦点がわたしに合った。

「キ、キミもここで働いてるのかい?」
「ええまあ」
「そ、そうなんだ。時間は、い、いつ頃なのかな。店に出る時間とか教えてほしいんだ、けどな…おじさん…」
「企業秘密なんでちょっとここから離れません?わたしあなたみたいなクソ親父と一緒にいるところを見られてると思うだけで恥ずかしくて下の穴からなにか放出しちゃいそう。フフフ。くたばればいいのに。なんの仕事もせず、名ばかりの社会人ですか?あらまああらまあ。人って怖いわね。昼間からこうして毎日熱心にストーカーしているのをなんて言うと思います?社会のクズよ。」

 できるだけニコリと笑う。次の瞬間ストーカーの目の前には赤い世界が広がった。




「ありがとうございます、なんとお礼を申したらいいのか!」
「いいえいいえ、お姉さんに何もなくてよかったです。これでもう被害はないと思いますが、また何かあったら社会のクズBの銀ちゃんに相談してやってください。」
「ちょっと名前ちゃん?今クズって、クズBって聞こえたんだけどなにこれ幻聴?あれ、目の前が霞んできやがった…」

 ストーカー事件も無事解決できたわけだし、綺麗な羽織も買ってもらえたし、今日はいい日だ。いろんなことがあったけど。お姉さんの背中を見送った後、新八、神楽ちゃんもわたし達の方に合流してきた。神楽ちゃんはお店で貰ったバナナを局長に半分分けてあげていた。優しい女の子だ。
 「それじゃあね、銀ちゃん、新八、神楽ちゃん。また遊びに行くよ。」「次はお茶出せる状態にしておきますね。」「いいよいいよー、お気になさらず!じゃ!」スナックお登勢の前で手を振って別れると、局長は、今日はいい日だなーと天に向かって叫んでいた。お妙さんのことは気にしていないらしい。

「羽織、ありがとうございます局長。何かお礼を、」
「いや、いいんだいいんだ!俺からの贈り物として受け取ってくれればいいから!」
「それじゃあさっき新八からタッパーに入ったバナナ詰め貰ったのでそれを。見た目からして大好きそうですし!」
「ちょ…バカにしてる?遠回しにゴリラって言ってる?」
「あ」
「近藤さんと名前じゃないですかィ。二人仲良く並べてなにしてたんでさァ」

 あ。副長と総悟だ。二人とも今日の外回りは終わったようだ。わたしと局長は顔を見合わせ、声を揃えて言った。

「人助け!」