神様の決め事 | ナノ


 江戸へ帰ってきたのは丁度正午になる頃だった。屯所へそのまま行こうと思ったが、最近神楽ちゃん達と遊んでいなかったから、いつもの公園にいれば遊ぼうかな、と思い足を運んで行くと、妙にしん、としていた。公園のベンチに座って、ああ今お昼ご飯の時間か、と一人で納得して途中でかったおにぎりの封を開ける。ずきずきと痛む右腕に傷の存在を思い出させてもらい、おにぎりを食べたら病院に行こうと決めて一気に丸々一個のおにぎりを口に放り込んだ。こんな腕で入院、なんてことないだろうし、消毒かなんかして終わりだろう。夕方には終わるはずだ。
 いつもと違う道で病院へ向かう。土地勘がないわたしにとってこんなことでも大冒険に思えてしまい、小さい頃の純粋な自分を思い出す。なんでもかんでも新しいものにわたしは目を輝かせていたのに、今は溜め息を吐いてしまう。病院が見えてきたので、ここで大冒険が終わった。


「え〜お嬢さんねェ、あのねェ、こんな傷どうやって作ってくるの。死線くぐってきたの?」
「お〜お医者さんいい洞察力じゃないの。ちょっと犬とバトってきたの。」
「あのねェ、バトってきたとか傷じゃないでしょうにコレ」
「バトってきたんです!おっきい犬に!歯が鋭くて、犬がやんちゃやっちゃってこんな傷になっちゃったんです!やんちゃ萌え!」
「っちゃっちゃっちゃうるさいねキミ。萌えないからね。とりあえず消毒するから腕出してくれる?」
「はい。……ちょっ、まてよオイ!消毒液丸々一本とギャアアアアアアア!!!」

 「くっそあのヤブ医者いつか殺してやる。」涙目になりながらヤブ医者が出してくれた処方箋を片手に受付のナースに投げやりに机に叩いた。こんなわたしにもにっこりと笑って「それではお掛けになってお待ちください」と後ろのソファに手を向ける。頭を下げてドカリと座った。「くっそ〜マジでひりひりする。あのヤブ医者めマジで、マジで殺してやる…。」「…名前?」「あん!?……、」…あ、

「全蔵!」

 ガリガリくんを片手に病院を出た。痔の症状が悪くなって病院を訪れたわたしの友人服部全蔵。忍という職で初めて友人になったのはこの全蔵だった。お庭番筆頭とかなんとかのかなりの腕の立つ全蔵は父と交友関係を持っていたので、わたしの父のことも少なからず知っている一人だ。全蔵と会うのは久しぶりだから少し緊張してしまうが、やはり全蔵だからすぐに緊張も解れていった。

「真選組の副長補佐をしている、って噂だが、本当か?」
「あー、…うん。なに、そんなに変?」
「いや変ではないが…、お前が幕府の犬になるとは思わなくてな。」
「別に幕府の犬になりたくてなったわけじゃないよ。松平のとっつぁんにお世話になってるからね。…なにその顔。」
「とかいって、それだけの理由じゃないくせによく言うなと思ってな。」
「痔、悪化させてほしいみたいだね。」
「ぎゃあああそれだけはよしこォォォ!!」

 わたしが真選組の副長補佐?笑ってしまう。たしかに笑ってしまう。集団行動が好きじゃないわたしが真選組に入るなんておかしな話だろう、わたしのことを知っている人らからすれば。きっと天国の母も父も笑っているだろう。変ったなと。
 久々の全蔵は変わらずだった。アイスがなくなるまでくだらない話をして楽しみ、今度忍々ピザでも食べてあげようと約束をして別れた。時刻を見れば3時すぎになっていた。そろそろ屯所へ戻ろうと思い曲がり角を曲がって道路側を歩いていると、

「やあそこのかわいこちゃん。どう?お兄さんと遊ばな〜い?」

 と聞き慣れた声が後ろから聞こえた。振り返ると、スクーターに乗った銀ちゃんが「よっ」と片腕を上げていた。今日はいろんな人と出会う日みたいだ。「こんちー」「こんちー。…って病院の袋じゃねえか。お前どっか怪我でもしたの?」「ううん、大したことじゃないよ。銀ちゃんこそどっか行くの?」「のんびりドライブ」「新八とか神楽ちゃんは?」「いつも相手してられっかよ。」ごそごそと銀ちゃんは下からヘルメットを出してきて、首をかしげる。

「じゃあ真選組の屯所までよろしく。」

 ヘルメットをかぶって銀ちゃんの後ろに跨り腰に腕を回した。再びかかるエンジンの振動は車じゃわからないだろう。

「なァ名前、お前今日祭りあんの知ってるか?そんでよォ」
「あ、それね!今日総悟と行くんだー」
「あ……そなの。」
「銀ちゃんも行くの?」
「ま…まあー、あいつらが行きてえっつうんならだけどな。」

 あいつらとは新八と神楽ちゃんのことだろう。自分は行く気がないのに二人が行きたいなら行く、なんて銀ちゃんには似合わないけど、銀ちゃんらしい。

「優しいね」
「…名前ちゃんよ、お前結構銀さんのこと好きじゃね?なんか俺にだけ優しくね?」
「きも」
「前言撤回でお願いします。」



 屯所の前にスクーターを止め、ヘルメットを銀ちゃんに渡してスクーターから降りた。「じゃあありがとうね銀ちゃん!」「おー、祭り楽しんでこいよー」「うん!」病院の袋を懐に入れて屯所の門をくぐる。パシンパシンと誰かが修行中らしく、部屋まで小走りで入って薬の袋を棚の中に入れる。包帯を外して新しい包帯へとせっせと巻いて袖を下ろしたと同時に「おーい」と総悟の声が聞こえた。襖を開けて「こんちー」と左腕を上げる。

「テメェ朝っぱらからどこ行ってたんでィ。」
「長旅に出掛けてたんですよ。で、どうしたの?」
「……みねェ着物じゃねえですかィ」
「あ、これ?友達に貰ったんだ。あ、お祭りさあ」
「5時頃出掛けるから準備しときなせェ。俺は今から土方を殺害する計画でも立ててるから。」
「またインチキ妖術でもするつもり?黒魔術の本なら、はい。あげるよ。」
「おっ、わりーな。」

 わたしから黒魔術の本を受け取った総悟は早速本を広げて部屋から離れていく。左手のことは気付かれなかった。ずきずきと痛みが復活し始めたので、襖を閉じて、押し入れに入れなかった畳んで上に重ねただけの布団に寄り掛かって痛みに耐える。汗が噴き出したので近くにあった団扇で顔を仰ぎ、夏の暑さと右腕の暑さを少しでも涼ませようとする。太陽の光を直下で浴びているようだ。そういえばちょっとメキメキいってたかもしれない。骨大丈夫なのかな。レントゲン撮らなかったし。もう一度病院へ行こうと時計を見上げると、病院の往復時間と待ち時間と診察時間を計算すると、約束の5時を過ぎてしまう計算になった。痛みに耐えるしかないようだ。


----

「うわあ…すごい綿あめだって…!あっリンゴ飴、あんず飴だってよ総悟!からあげ!かき氷!お面!」
「引っ張んじゃねえやい」

 総悟の手を引っ張って綿あめ、リンゴ飴、あんず飴と順々に並んでいく。祭りってこうやって楽しむもんなんだな…!総悟を引きずってかき氷の列に並ぶと、何かに気づいたように総悟は頭を掻いて「名前」とわたしの名前を呟いた。

「なに?」
「俺ァ、一応デートとして来てんだ。お前にリードされちゃあ意味ねえや。ってことでかき氷くらい奢らせろィ」
「……デ、……デー、ト…?」
「デート」

 総悟の手を離すと、ジト目でわたしを見ていた総悟はニヤリと妖しく笑った。恋愛経験が乏しいわたしに気付いたのか、それともわたしがおもしろくて笑っているのか、どちらの意味があって笑ったのかがわからない。「う、うん…じゃあ、その、よろしく…」顔が熱くなっていく。ただでさえ暑いのに、湯気が出るように顔が熱くなるなんて。「味は?」「イチゴがいい」「ブルーハワイとレモンで」「おいいいいい」
 二人で人混みに外れた木の下に座りかき氷を突っつく。周りを見れば綺麗な着物を着た女性に、甚平や浴衣を着た男性、子ども、家族、で溢れかえっていた。一際目立つのがカップルと家族だった。きゃっきゃと笑うカップルの方に目がいくが、わたしは家族に目がいく。しかしやっぱりうるさいカップルに目がいってしまうのだが。

「なんか涼んだ気がする。次は金魚すくいとか射的とかしたいな。」
「それじゃ俺と勝負ってことで、負けた方は罰ゲームな。」
「え。やだよ。」
「やだよじゃねえや」

 すく、と立ち上がった総悟はわたしの右手首を掴んだ。「あっ」座っていたわたしの着流しの袖が自然に捲れていく。包帯に、包帯に滲む血が、現れた。総悟はわたしの包帯を見つめ、口を薄く開け、これは、という目でわたしを見つめた。

「…やっぱりおかしいとは思ってやしたが…。今日、どこに、」
「転んだだけだから!ほら射的行こうよ!せっかくお祭り来たのにさ、ほらほら!行こうよ!」

 引っ張られている総悟は一分もしないで口を閉じてわたしの手を握る。「俺ァ、江戸のスナイパーと呼ばれた男でィ。」わたしを気遣ってくれるのがわかったけれど、それが逆にありがたかった。せっかくのお祭りなんだ、楽しみたいと思うのは総悟も同じのはずだ。
 一回400円の射的。わたしが狙うのは明太子だ。3発の弾を受け取ってひとつセットし、両腕を上げて狙いを定める。右手が小さく揺れているが支障はないので気にしないで大丈夫だろう。段々と痛みだす右腕に、狙いの焦点がずれていく。大丈夫、これぐらい昔はよくやっていた。パン、という音と耳に響く振動。焦点に狙いがなくなった。

「明太子ゲーット。」
「………。」

 やってくれるぜスナイパーさんよ。次はDSを狙おう。パン、まただ。隣から聞こえた。

「DSゲーット」
「…………。」

 またやってくれるぜスナイパーさんよ。次は腕時計を狙おう。パン、まただ。まただ、またなのか。

「腕時計ゲーット」
「ああああ!!総悟なんでわたしが狙おうとするものとるの!いい加減にしてくんない!」
「お、ここに弾が。」
「それわたしの!あっ、ちょ!最悪!」

 パン。額に衝撃が走った。じんじんと痛む額に、魔王のような笑みを浮かべ、そして普通の笑みに戻った総悟。

「名前ゲーット」
「………。サイテー」

 銃口を総悟に向けて、パン、と銃口から音が出て、総悟の額からは、パン、という音が出た。「総悟ゲーット」総悟は目を大きく開けて驚いている。残りの弾を銃口に詰め、商品のSMグッズを落とす。「SMグッズゲーット」これで総悟も悔しがるだろう。ニマニマと口元を上げて総悟を見てみると、先程と同じ表情をした総悟と目が合った。どうしたの、総悟、と声をかけようと口を開くと、「あああああ!」と女の子の声が聞こえ、声のする方に振り返ってみると、そこには神楽ちゃん、新八、そして銀ちゃんの3人がいた。

「なんでサド野郎と!?おかしいアル!おかしすぎるネ!!」
「名前さんに沖田さんこんばんは。こら神楽ちゃん、失礼だよ。」
「黙ってろメガネ!」
「メガネバカにすんじゃねー!」

 「…うっせえチャイナ娘。」総悟は神楽ちゃんのように上半身を乗り出しパチパチと火花を散らしている。「ほら、お前らが取った商品。」後ろから明太子、DS、腕時計、SMグッズを差し出してきた屋台のおじさんの顔は悔しそうに唇を噛みしめていた。なんでだろうか。袋か何かあればよかったのにと大きな荷物を両腕に抱え総悟を見ていると、ひょい、と上からSMグッズが無くなっていた。

「よお、かわいこちゃん。」

 銀ちゃんだ。