神様の決め事 | ナノ


 山中猛ともう一人の攘夷浪士を見逃してから一週間が経った。毎日欠かさずに山中猛達が一瞬にしていなくなった周辺を攘夷浪士がいないかと探しているが、攘夷浪士らしき人物は見当たらない。一週間の状況報告を書かなければと机の前に腰を下ろして右手にある書類を手に取った。とっつぁんに報告したらあの鋭い眼差しを向けられることは間違いない。

「おーい」
「…あ、総悟。」

 襖が開かれて、ずかずかと総悟はわたしの部屋に入ってきた。座布団に腰を下ろし、「仕事か」とニヤニヤしてアイマスクをして転がった。何しにきたんだコイツ。鉛筆を使う事に慣れていないので筆ぺんという高機能な筆記用具を取り出して調査書に日付と曜日を書き始めた。
 この前建物へ一気に駆けあがった時に忍という感触に触れた気がして、そして感覚を思い出した。随分忍としてご無沙汰だったために、自ら力を塞ぎ込んでいたような気もする。クナイと弦のように耐久性に優れ、殺傷能力もある糸を使って戦っていた。三年も忍としての能力を使っていないだけでこんなにも腕が落ちるだなんて思わなかった。これから少しずつ思い出していくのだろうけれど。

「なあ、明日祭りがあるんだとよ。」
「祭り?そんなのあったっけ?」
「小さい祭りなんでねェ、将軍様が来るような大きい祭りじゃないんでさァ」
「ふうん…で、なに?」
「……仕事、休暇届出しといてやったんだ、感謝しなせェ」
「………え!?何勝手なことしてんのアンタ!」
「付き合えよ、明日。」

 総悟の方に振り向くと背を向けていて、耳の穴に左腕の小指を突っ込んだ。「うん。」久しぶりのオフだ、と思うと今からものすごく楽しみになってきたので、総悟に楽しみにしてると告げると、総悟はこちらを向きながらアイマスクを外した。「書類書き終わったら起こせよ。」そうして総悟はいつものアイマスクを外したまま目を閉じた。あと何分、あと何時間で書類は書き終わるのだろうか。今日中に書き終わるのだろうか。一週間前の日付を書いて、一文字目を書き始めた。副長補佐の仕事って本当に雑用だよなあと思いながら、黙々と行を埋めていく。
 肩膝をついて顎を手の甲に乗せる。攘夷浪士。攘夷浪士に殺された父。すべての攘夷浪士が憎いわけではない、父を殺した攘夷浪士が憎いのだ。真選組にいる皆もすべての攘夷浪士が憎いわけではないだろう、これが仕事なのだ。だから攘夷浪士を追う。平和のために、幕府のために、攘夷浪士を捕らえているのだ。

 壁についている時計を見上げると、書類を書き始めて二時間経っていたようだ。総悟はすやすやと寝息をたててぐっすりだ。書類をまとめて高さを揃え、総悟の頭をぱしんと叩く。「ホラ、わたし書類終わったし起きろ〜起きなさ〜い。」ぱしん、ぱしん、ばしん、三度頭を叩く。総悟、この後仕事ないのかな。側にあった団扇を持って襖を開けた。汗臭くなりそうだ。

「お祭りか…」

 幼い頃、一度だけ母と二人きり行った。楽しかったことは覚えているが、どんなものがあったかなんてほとんど覚えていない。綺麗な着物を着て、たくさんの人混みの中にある屋台で食べ物を買って楽しくおしゃべりしながら歩く。これがわたしの中のお祭りだった。江戸に来てからもお祭りになんて行かなかったから、この歳になって二度目のお祭りだなんて総悟は笑うだろう。いつもの人をバカにするような笑みで、笑うだろう。自然と頬が緩む。

「書類出してこよ」




「え!?名前ちゃん明日の祭り沖田隊長と行くの!?」
「う、うん。もしかして山崎も一緒に行きたいの?」
「い…いやあ。楽しんできなよ。小さい祭りだけど、結構屋台もたくさんあるし、人もたくさん来るしね。」
「そうなんだぁ…」
「どうしたの?」
「実はさぁ、お祭り一回しか行ったことないからすごい楽しみなんだよね。」
「えっ、そうなの!?」

 やっぱりこの歳でお祭りに一回しか行ったことないなんて珍しいよなあ。煎餅をボリボリと頬張りながらテレビに視線を戻した。「だからお前休暇届出したのか」蔑むような口調が上が降ってきた。誰かと思い顔を上げると、そこには煙草を銜え着流しを着た副長がいた。仕事が終わったらしい。再び視線をテレビに戻す。返事をしなかったのが癇に障ったのか、山崎から慌てた様子でわたしの名前を呼んであわあわとしている。「おい」「バカにしてます?」「あ?なんでだよ」「だって副長、お祭りとかそういうの興味無さそうだし」「んなこたねーよ」山崎の向かいの座布団に座り、机に片腕を預けてテレビを見始めた。

「おーい名前。」
「んー?…あ、総悟。よい子は明日のために早く寝なさい!」
「テメーに言われたかねーよ。お前こそ早く寝なせェ。それに祭り夕方からだし」
「わたしはドラマ見るんですぅ大切なことはキミが教えてくれない見るんですぅ」
「ちょっ、お前もうちょっと横行け」
「後から来たくせに生意気だから寝ろよ」

 ひとつの座布団に総悟と二人で取り合う形になった。「ピーピーうるせえな」と煙草を灰皿に押し付ける。総悟が副長の方に振り返り、クスリと笑う。片手に煎餅のわたしと山崎はテレビを見ている。

「名前、」

 優しく肩を抱く総悟に、副長と山崎は口を開け、目を大きくした。「土方さんがうるさいの嫌いらしいんで向こうで、二人きりで、テレビみやしょう。」無駄に二人きりでを強調したな。副長をからかうのが面白いらしく、「あぁ!?」と声を上げた副長をみて面白おかしく笑っている。声を出して溜め息を吐いた山崎は煎餅をボリボリといい音を出して食べている。わたしはそんな風景をなんとなく見つめ、笑った。