「やば…見失った…」 複雑な土地と建物の間をすり抜け、ずばり勘で先程の怪しい奴らを探しているが姿は見えない。建物に登って探すのも一つの手だが、見上げて建物と建物の間隔を見て顔を下げた。それにスカートだしうまく登れないかもしれない、短いわけでも長いわけでもないスカート、膝上だしいけるか?と片足を壁に当てたがパンツが見えてしまうことを想像するとそうもいかない。スパッツでもなにか穿いてくればよかったと諦めて走り出した。太陽を頼りに向かって走るが出口は見えず、巨大な迷路で迷っているような感覚だった。 「にしても大変だったな、時雨。」 「ったくよォ、柄にもなく焦っちまったよ。」 「まあそれは俺もだ。なんたって…、なあ」 曲がろうと方向転換をした瞬間に、どこからか話し声が聞こえた。キョロキョロと辺りを見回し、随分近いところで聞こえていることがわかり忍び足で壁を伝い、振り向き、顔を少し影から出すと話しに夢中になっている男性二人が目に入った。一人は壁にもたれ掛かっていて顔は確認できないが、もう一人は確認できた。顔に生傷があるようだ。二人は世間話や愛犬の話、近所のおばさんの話などをしていて怪しい雰囲気ではない。初めに聞こえてきた会話も一見普通の会話にも思える。しかし真選組が二人の間を横切れば不思議に思うだろう。もしかしたら攘夷浪士なのかもしれない、でも違うかもしれない。真選組だと公表して攘夷浪士を見かけなかったかと訊くことも、できる。大人二人ならなんとか相手にできる。刀の鍔に親指をかけた。 「最近動きも活発になってきたし、目立たなきゃいいんだが」 「もうお前が捕まった時点で目立ってんだよアホ時雨」 (捕まった?)不審に思い耳を澄ます。山中猛を思い出したが、先程捕まった人物の名前は時雨、といった。山中猛ではない。もう一度顔を出して相手の顔を確認しようとした、その時だった。副帳から無線を繋ぐ電子器具の音が響く。わたしは手から無線を落としていたらしい。何年も実践を離れていただけなのにこんなに注意力がなくなっていたとは思わなかった。反射的に無線を拾う。 「おい、誰だ?」 「…誰もいねーぞ…。でも確かに機械音が聞こえたんだが…気のせいか?」 「あんまり遅くなって頭さんを怒らせない方がいいだろう。その方が危ないよ、俺達の命が」 「……チッ、胸くそわりーや。行くか。」 胸くそ悪いのはこっちの台詞だ。と、建物に登って一息吐く。 「(山中猛だった…)」 もう一人はわからない。しかし、山中猛だった。山中猛がいた。副長と見かけた時は山中猛の姿はなかった、とするとここらに攘夷浪士が集まっている場所があるのだろう。思わぬ収穫だ。しかし、時雨という言葉が突っかかる。もしかして山中猛の本名は時雨というのだろうか、もう片方が時雨というのだろうか。話しを聞いた限り、山中猛が時雨という名前だ。山中猛ともう一人の男が一方通行に歩いていく。ずっとずっと続く建物の間を一方通行に、随分と歩いたところで見えなくなった。 「……い、おい!名字テメエ」 「副長、山中猛を発見しましたがどうします?」 「…山中猛を…?おい、今どこにいる。」 「建物の上」 「建物の上ってお前…よし、そのまま山中猛を追え。援護を要求し着き次第俺らもそちらに向かう。無線、離すんじゃねーぞ。」 「明日の昼奢れよ」 無線を切って立ち上がり、延々と続く建物を一見する。民家からよくわからないビルなど、形は様々だ。江戸はこんなにも変わってしまった。幼い頃一度だけ父に連れてきてもらったことがある、母が死んだ翌日に。ここには怖い人間がたくさんいるが、優しい人間もたくさんいる。怖さをわかってくれる人間がたくさんいやがる、と母が死んでも涙一つ見せなかった父がこの時初めて涙を流した。何故涙を流したのか、昔も今もずっとわからない。きっちりかっちりな制服が邪魔で邪魔で仕方がない、もっと通気性の良い生地にすればよかったのに、とスカートをできるだけちょうどいい長さに整えるが数歩動けば元通りになってしまう。ブーツを先を地面に二度コツコツと当てる。久々に忍のお仕事だ。 伊達に忍をしていなかったのだ、息は切れてしまうものの、動きは現役時代となんの支障もない。建物から建物へ跳んで二人の背中を追い、常に無線を握っている。あの二人はどこの一派の奴だろうか、桂、ではなさそうだ。桂の人柄上、ああいう奴を仲間にすることはない、そう思う。そしていつか誰かが話していたが、高杉の仲間なのだろうか。そのほかにもたくさんの攘夷浪士はいるが、随分と有名人なのはその二人、だった、気がする。 「てめー今日の夕飯のエビフライ俺にすべてよこせ」「ふざけてんのかお前には衣だけで十分だ。」「俺はエビよりも衣が好きだ!」「安上がりなちっせえ男だなお前!衣だけ揚げてもらえよ!つうか天かす食え、天かす。買ってやるから。ほんとくだらねーもん好きだなお前」くだらねえのはお前もだあああ、と握り拳を作り声を出したくなるのを押さえる。二人が角を曲がった。あ、そこで角を曲がるんだ、と少し遅れて建物から身を乗り出す。 「……あり?」 いなくなって、いる。確かに数秒遅れただけだ、もしかしてこの建物が。隣の民家に飛び乗って辺りを見渡す。恐らく二人が入って行った民家のベランダに下りて耳を澄ました。 「ちょ、…譲ちゃんなにやってんの?」 「え?」 「…その服真選組の…おおおおおまわりさーん!!」 「わたし、それわたし、おまわりさんわたし」 ここは普通の一般人の住む家だったらしい。それでは隣か、とベランダから一気に地面へ着地して隣の家へと移動するが、玄関らしきものが見当たらない。向かいの家も見る。子どもたちが遊んでいて、玄関が全開にしてある、おじいさんやおばあさん、母親らしき姿がその中にある。あの数秒のうちに何をした?遅れたといっても二秒もしなかったはずだ、その間に隠れることができるだろうか、武士に。 「ねえ僕、大きな男の人見なかった?二人組でいたんだけど。」 「え?見なかったけど?」 「…忍か、」 山中猛、と後もう一人、あれはきっと、いや確実に忍だ。山中猛が忍、であるなら、あの捕まった時からすぐに逃げることができたろうから山中猛は忍であるはずがない。確かにもう一人の男は刀を所持していなかった、忍ならなるべく軽い格好でいたい、確実にもう一人の男だ。 想定外だ。唇に無線を近付ける。「副長。」「…どうした」「逃がしました。山中猛と忍でした。それもかなり強そうな忍で歯も立ちそうにありませんでした。」「今どこにいる?」「どこだろここ、駄菓子屋が近くに。あとは商店街とか…。」「わかった、動くなよ、そこにいろ。」 「……ふざけて追わなきゃよかった…、もっと真剣に追えばよかったなあ」 頭をガクリと垂らす。副長補佐であるのになんでこんな使えないんだろう。実践から離れていたとはいえ、これはひどすぎる。父が生きていたら頭が割れるくらいぶん殴られていただろう。次からちゃんとしよう。 「……だとよ、時雨。」 「聞いてたっつうの。」 「あいつ、真選組の名字名前だろ?あの、あいつの娘。なんかよわっちいみてえだけど…」 「俺も初めて会った時、あいつとはちげえなと思ったよ。人間味あるよな…。」 「……ま、帰るか。」 |