神様の決め事 | ナノ


「あっつー」

 なぜこんなに暑いのかと気温に問うたが返事は返ってこない。当たり前だ。最近温暖化現象とかいうのが起こって地球上の気温が上がってきているとか、地球が熱くなっているのだと思えばわかるが、地球と同様わたし達生きとし生きるものすべてが暑くて悲鳴を上げている。真選組の制服はきっちりかっちりスタイルだから世間は薄着になっているっていうのにこの制服は変わらずにこのままだ。上着を脱いでシャツを肘の辺りまで捲り団扇で顔を仰ぐと、汗をだらだらと流した副長が目の前を通りがかった。お互いのぶつかる視線、そしてすぐに目を逸らす。もう変な気遣いでさえ体の体温が上昇する。それは何としてでも防ぎたかった。

 「氷氷…」と、ふらふらと動く山崎。ついでにわたしのも頼んで持ってきてもらうことにして、厠へ行こうと立ち上がる。最近、かぶき町を巡回することが多くなった。先日ここから逃げ出した山中猛を再び捕まえるために、そして少しでも攘夷浪士の動きを防ぐためであった。それに攘夷浪士が一部の天人と情報交換をして薬を密輸していたり、幕府に関係が強い者を暗殺したりと、行動も活発になっているからきっとここ江戸を中心として動いているのではという考えからだ。屯所の外も中も煮えるのではないかと思ってしまうぐらい暑く、なにもする気が起きない。逆にこの暑さでやる気元気が生まれる人間がいたらぜひ会ってみたいものだ。
 パタパタパタ、パタパタパタ、パタパタ、パタ、パタ。団扇を動かしているからか、余計に暑くなっているような気もする。でも風を身体に当てていないと暑くて仕方ない。しかし動かしていると…、とゴロゴロと畳の上に寝転がった。

「なーんもやってらんない。エアコン、エアコン買おうよ。一室に一つにさ、快適に仕事をこなせるように買った方が絶対いいよ。」

 周りにいる隊士は口を開かないのは、無駄な汗を掻きたくないためであることを知っている。蝉の鳴く声を耳に入れながら、暑い気温に倒れていた時だった。客間の襖を開けたのはやけにロックな制服を着ている局長で、その手には竹の筒とそうめんのつゆ。

「流しそうめんをするぞ!!」


 局長の提案により、大規模な流しそうめん大会開始されようとしている。巡回している隊士達には申し訳ないがお先に夏の醍醐味を楽しませて貰うことにしよう。屯所にいる隊士の数はざっと10人という少なさ。流しそうめんと聞いてやる気がでたのか10人はきびきびと動いている。(この中にもちろんわたしもいる。)「いやー流しそうめんって聞いただけでなんとなく涼しくなるって、人間は単純だってこと改めて思ったよ!」などと抜かすわたしを睨む副長は汗だくの顔で黙々と準備をしている。
 「よーし、試しに流すぞー」試しってどういうことだよと小さくつっこんだ副長はヨロヨロと局長の方へ歩いていく。本当に暑さにやられているようだ。そんなに暑いのが苦手だったのか。いや、わたしも苦手な方だが。

「おい名字、巡回の時間だ」
「……え!?」

 縁に膝を立てて客間の部屋に上半身だけ乗り越して時計をみると、午後1時58分、2時から巡回の時間なのだ。今から流しそうめんで涼しくなろうという時にこんな仕打ちあんまりすぎる。こんなことを思っていたら前の巡回組が帰ってきて、次の巡回組が巡回のための準備を行う。副長も上着を脱いでシャツを捲りタバコを捨て、行くぞとわたしの髪の毛を引っ張り屯所を出た。すれ違い様の総悟のなんとも憎たらしい顔にストレートを入れたくなったが、副長のおかげでそれも出来ず、車持ってくると乱暴に離され副長の後ろ姿に唾を吐く。
 パタパタと手で顔を仰ぐ。「あーー」空に言葉にならない文句を叫んでいると、右肩に何かがぶつかった。「うわっ」よろけてしまい態勢を整えると、わたしにぶつかった笠を被った鮮やかな着物を着ている人が振り返る。

「おめぇ…この間の」

 この間?目の前の人物の声と服装を思い出し記憶を探っていると、勘七郎のあの件の夜に出会った男であることがわかった。笠から見え隠れする顎、鼻、目。隻眼だ。

「…また会えたな。お譲ちゃん」
「あの、この前夜に会った人ですよね、」
「なんだい、覚えててくれてるとはねェ…。」
「この前訊くの忘れたんですけど、名前はなんてっ、」
「おい名字冷房効かせてるから早く乗れ」

 車のエンジンの音と副長の声に振り返る。「あ、うん。」もう一度隻眼の男の方へ振り向くと、そこには空が広がった。男はいなくなっていた。また居なくなった。男がいた場所を見つめていると、クラクションが鳴らされて歩かせるぞと眉を潜めた副長が窓を閉める。慌てて助手席に座ると、「誰かと話してたのか?」アクセルを踏み込む副長は冷房がちゃんと効いているか確認する。「あー……うん」誰かというか、なんというか。今から一時間、副長と二人きりで巡回しないといけないとは、と思うと肩を落として溜め息を吐いてしまう。しかしあの男、いつの間にいなくなったんだろうか。

「今から一時間の間つちかたと二人きりとか耐えられません。頭が蒸発してしまいそうです。」
「よしそのまま蒸発して死んでしまえ」
「てめーが死ねつちかた」
「つちかたじゃねえって言ってんだろうがァァァ!!……ん?」
「どうしたんですか?」
「おいあれ見ろ」

 しばらく走ったところの建物の間の路地に、数人の男が入って行った。暗くて車越しからじゃよく見えない。副長と顔を見合わせ、わたしは車を降りて男達を追う事にした。無線で連絡を取りながら先回りをすると副長は、無線をわたしに預けてくれた。小型の無線を握りながら、攘夷浪士であるなら迷わず叩っ斬れという命令に頷いてこれまた動きにくいスカートで車を降りて男達を追う。