いつでもきみを想っている | ナノ


41:始まりの予感 42:初恋 43:ぬくもり 44:君の、となり 45:一緒に 46:紅水晶 47:踊りましょう 48:お願い 49:指輪 50:声を聞かせて 51:一番好きなひと 52:視線の先 53:こころ 54:君との距離 55:手を伸ばせば、すぐ其処に 56:ひとつ 57:傍に、いるよ 58:逢えない時間 59:おかえりなさい 60:約束の場所


























始まりの予感(沖田)

「あぁ?」
 浪士だろうか、この男は。女子が絡まれていたので辞めろと声を掛けただけなのだが、こう食ってかかられるとわたしもわたしで刀を抜かずにはいられないだろう。「はぁ」あ、浪士だ。男は腰裏に武器を仕込ませていた。小回りのきくいい武器だ。この男、格好に似合わず小さな武器を使うのだな。
「浪士と見た……このわたしに刃を向けたこと…後悔するといい」
「煩せぇぞ……小僧が」
「ははは……武器は小さいが動きは大きいなぁ。これはわたしも……抜刀……、しなくていいな」
「なんだと……?」
 小刀……よりも小さな刃だ。持ち方を工夫しなければその手の平に血が流れることだろう。
「わたしは抜刀しないよ」
「舐めやがって、てめぇ……」
 刀を向けずとも、蹴りと手刀のみでやれる。わたしはそう判断した。「あれ、どうするの、おにいさん」この男、動きが大きい。武器を主とした戦いではないようだ。「ほーらほーら、おにいさん」男が拳を振りかぶるが軽々避けたわたしは男の顔に蹴りを入れた。一発で伸びた男の手から武器を取り上げた。
「名前ちゃん!」
 ――沖田の焦りの声だ。なぜ沖田が?

 沖田の下で伸びているのはまた別の男。はてさて、そうか、気配に気づかなかったらしい。にしても、こんな大通りで「名前ちゃん」とわたしの名を呼ぶのはどうだろう。確実に男色と思われても言い逃れができないぞ……。
「ちゃんと周りを見ないと いつか寝首掻かれるよ」
「ああ……うん。ありがとう」

「え?」
「は?」
「今名前ちゃん、『ありがとう』……って言った…?」
「沖田……、きみ失礼だよ」
 まるで不可思議な珍しいものを見るような目でわたしを見下ろしている。
「な、なに?」
「……珍しい事もあるんだね」
「沖田はいつも一言多いと思う」
「………懐いてる……何か今日良い事でもあった?」
「それこの間藤堂にも言われた。もう一体わたしを何だと思ってるの」
「懐かない猫」

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初恋(沖田)

「千鶴っ!おはよう!」
 うーん、なんでだろう?懐かない猫は何故千鶴ちゃんにしか懐かないのだろう。年相応、年頃の娘の姿は千鶴ちゃんの前でしか現れない。うむ、なぜだろうか。この間少し懐いたと思ったが、この間の稽古でこてんぱんにしてしまってからいつもの刺々しい名前ちゃんに戻ってしまった。しかし難しい……。千鶴ちゃんは簡単に手の平に乗ってくれるのに、刀を振りまわす女性というのは実に難しい。
「名前ちゃんおはよう」
「千鶴!今日巡察なんだけど、何か買ってきてほしいものある?今日行かないんだよね」
「名前ちゃん、おはよう」
「うんわかった、お団子ね!」
「……名前ちゃん……僕の挨拶聞こえてる?」
「じゃあ稽古言ってくるね お仕事頑張って」
「名前ちゃん、お は よ う」
「ああ、おはよう。うん、またね千鶴!」
 一体何だこの態度は……気に食わない。千鶴ちゃんがこちらを気にしている様子だが、一言二言を交わし名前の後を追った。
 ああもう、胸が苦しいな

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ぬくもり(沖田)

「ひゃっひゃっさむっ!ひー!沖田走ろうっ!」
「部活でいやってほど走らされるんだから今くらいはのんびり歩かせてくれないかなぁ」
「あんたは完全装備で寒くないかもしれないけど、マ、マフラーは雪まみれで手袋は薄っぺらいわたしにっ合わせてよね!」
「マフラーはハメを外して転んだ名前ちゃんが悪い。手袋は100均でいいやってせこい事した名前ちゃんが悪い。………あれぇ?どれも名前ちゃんが悪いよねぇ?」
「沖田!わたしの彼氏ならばっ!彼女のわたしに合わせろよぉ!」
「そんなこと言っていいんだ?」
「じゃあわたし先に行ってる!」
「あー…名前ちゃん名前ちゃん、ちょっと」
「なっなにっ!」
 沖田はマフラーを外し自分の首と名前の首に巻き、手袋を取って名前の手を握りポケットに入れた。一連の動作を見送った名前は恥ずかしそうに前を向いてゆっくりと歩みを進める。
「これでいい?」
 沖田が笑むと、名前はこくりと頷いた。

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君の、となり(斎藤)

 席替えがあり、俺は遂にこの席を掴み取る事が出来た。
「えっ斎藤が隣なの?」少々残念そうな表情にも見えるが、まあ良しとしよう。担任の気分で席替えが行われる。主にテスト後なのだが。生徒達の要望を聞き入れる良い教師だとは思うが、少々荒々っぽさも目立つ教師でもある。が、今はそんな事どうでもいいのだ。俺の手の中にある油性ペンで書かれた37の数字。名前の机の置かれているのは36の数字だった。
 いつしかノートの切れ端の手紙交換もなくなって、ふた月ほど経ったろうか。自分からノートの切れ端を破って手紙を回すということはしなかった、話題を出すのに自信がなかったためだ。ただ後ろの席から名前の後姿を見つめるだけの生活が二か月間と続いたが、これでもうそれは脱出だ。

「次のテストは、カンニングできるぞ!」
「おい」

 四方八方からの手やら口からのツッコミに、名前はとぼけた反応を見せた。
「名前、あんたはいつも」
「ノー!小言は聞きあきた!」
 小言……小言とは。
「よーし、席に座った事だし帰りのHR始めるぜー」永倉先生が手帳を出して口頭で明日の連絡や、授業のワークの提出日と未提出者を知らせ、明日は一限から体育だから体操服忘れんなよと体育教師と勘違いされる要因の一つを話し、配布物を配った。
 その間名前はワークの未提出者にも関わらず焦った表情もしないで、黒板を見つめていた。大方、早く部活に行きたいと思っているのだろう。
 静かに溜息を吐く。
 次のテストが終わるまで、彼女のとなりにいることができるこの喜び。これは、総司がわからない喜びだ。
「ワークどこだっけなぁ……誰かに貸した気がするんだよなぁ……」
 まるで中学生のような言い訳だ。また何かしら言うと小言だとかなんだとか言うのだろう、あまり口煩く言う必要もないのだろうが、これはどうなんだろう。
「沖田だっけなぁ……」

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一緒に(沖田・藤堂)

「総司ってさ、名前と一緒に学校来るじゃん?毎日と言っていいほど」
「さすがに月曜日はつらいけど 火曜から金曜まではね」
「総司ってさ、名前の最寄りの二駅先が最寄りだよな」
「うんそうだね 定期内だよ 名前ちゃんの家の最寄り」
「総司ってさ、金曜とか土曜とか日曜とか、いつも名前の最寄りで降りるよな?」
「次の日時間があればね」
「ってことはさ、お泊りとか、してんの?」
「もちろん お泊りセット常備だよ ほら」
「うわマジだ……でもそれって名前の家の人に迷惑なんじゃねえの?」
「ううん全然」
「うっわ即答かよ……その自信どっからくるんだよ」
「長年の経験だよ?平助もこういう経験できたらいいね」
「どういう経験だよ!ったく惚気聞くつもりじゃなかったんだけどなー……」
「……にしても平助なんで急に?」
「いやさぁ、さっき名前が竹刀振り回しながら今日の晩ご飯なににしよーって言っててさ。どうしたんだって訊いたら、『沖田がいつも家に来るから晩ご飯悩むー!』って」
「へぇ………へえ」
「んでさ『沖田が来なければたまごかけご飯で済むのに!』ってさー……な、なんだよ総司」
「ククッ……可愛い所もあるなって思って」
「なんか新婚さんみたいだよな」
「平助まさか人妻に興味ある……わけ、ないよね」
「お、おいおい総司目がマジだぜ……大丈夫だ、俺は、うん、ほんと、うん、マジで、興味無いです。でも土方先生とか左之先生はわかんねーけど。特に左之先生!」
「ああ、それなら大丈夫。一年生の担任だし剣道部顧問じゃないから」
「わかんねーぞ?佐之先生なんか『俺は構わねぇ……』とか言って寝取られ」
「平助」
「ごめんなさい」
「じゃ、僕は奥さんにちょっと話があるから……」
「お、おう」

「名前ちゃん、今日の夕食たまごかけご飯でいいよ」
「藤堂てめぇばらしやがってコラアアア!!」

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紅水晶(土方)

 戦況は一変せず、硬直状態のままである。原田さん、永倉さんの持ち場は激しい戦闘なのは変わらないのだが。新兵を引き連れて回っていたわたしは持ち場を離れ土方さんの元へと走っていた。そこには千鶴もいるから安否も確認できるし、今のこの状況の説明も、今後の作戦も判断も、確かめられる。
「土方さん」弾を避けながら土方さんの元へと膝を折った。洋装は動きにくいとは思ったけれど、軽く、歩く速さも走る早さも格段に向上したような気もする。
「なんだ」
「わたしの持ち場は動きがありません。組長の補佐をした新撰組隊士がいますので、わたしも原田さんと永倉さんの場に加わろうかと思います。良いですか?」
「それに多分、ここしか銃撃戦はないでしょうね、おそらく」
 土方さんもそれを予想していたらしい。考え込んでいると原田さんと永倉さんがこちらに近付いてきた。近藤局長を横目で見る。最近、この不穏な空気に慣れない。しかし仕方のない事だった。腰に銃弾の袋を付けているわたしは腰を下ろして銃弾を銃に入れた。
「名前」
「なんで、すか」
「無茶だけはするなよ」
 今更である。わたしの性格は、土方さんだってよく知っているはずだ。原田さんや近藤さんがわたしに視線を向けたのがわかった。今ここで死ぬのは本望ではない。
 広がるのは鮮血の海に浮かぶ死体。

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踊りましょう(原田)

「おっ、名前良い所に」
「嫌な予感……なんでしょう」
「これ運ぶの手伝ってくれよ」
 恐る恐る声の主である原田先生の方に振り返れば、その手にはノートが山積みになっていた。一瞬逃げようとしたが、あのような山積みノートをみてしまっては断れない。わざとらしく溜息をもらして山からノートの束を腕に抱えた。
「溜めちゃだめじゃないですか、わたしが手伝うハメになってしまった」
「悪い悪い、最近色々と大変でよ」
 このノートの山を見るとよく転ばなかったなと感心。「先生ってやっぱり男の人だね、わたしこれだけでも重いのに」「重いぃ?よく言うなァ男にアッパーやら蹴りやら決めておいて」「ノートなかったらアッパー決めてたよ」階段を一段一段ゆっくりとのぼっていく。足元が見えないので探りながら、ゆっくり丁寧に。
「あっ」
 踏み外した。

 体の衝撃は無い。ただ痛々しい音だけは響いた。
「大丈夫か?」
 手元にはノートがない。それに、原田先生にも。恐る恐る声の主である原田先生の方に振り返れば、その手に山積みになっていたノートの山がなくて、代わりにわたしの肩がある。
 先生の安堵のため息が耳元を覆う。
「だ、だいじょぶ、です」
「………どうした?顔、真っ赤だぜ?」
「耳元で喋らないでください!」
「オイオイ、初心か?」
「うるさいなぁ!そんなことよりノート!ノート拾いましょう!」

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お願い(オール)

 7月7日は誰もが知っている七夕という行事に精を出すのは剣道部の一部と教師一部。どこからこさえた永倉新八は笹の葉担いで体育館裏に腰を下ろし、歩く18禁原田佐之助は折り紙を短冊に見立ててカッターで気持ちよく切っている。剣道部一部が部活が終わるのを作業をして待っているのだ。土方歳三の権力により、秘密裏で行われるのは七夕祭り。メンバーは土方、沖田、斎藤、藤堂、山崎、雪村千鶴、南雲薫、原田、永倉、名前の10名。そのうち8名は全員剣道部員である。沖田は近藤さんも誘おうと駄々こねたが、仕事があるんだ俺で我慢しろと言った土方に唾をかけていた。

 名前と千鶴は一足先に着替えを済ませ、薫と合流し教師二人と合流した。
「笹おっきい!さすが永倉先生!やるぅ!」
「まあな!一番でっけー笹持って来たんだ、いいぜ名前ちゃんもっと褒め称えろ」
 永倉新八に拍手喝采を送る名前の横で原田佐之助の前と隣には千鶴と薫がその作業を手伝っていた。


「7月7日は、七夕だ!」
 盛り上げ役担当の永倉は焼酎を右手に笹を持ちあげた。既に少々アルコールを摂取している様子で、呆れながら土方と原田はその光景を眺めていた。原田は自分の切った折り紙を生徒達に説明する。彼のセーブを掛けられるのは土方と原田だけなのでアルコールは摂取していない様子である。

「ま、知ってると思うけどよ、この紙に願い事書いたらパッチンで笹にくくりつけんだぞ」
 パッチンで穴開けて糸通してあるからよー。パッチンは薫が、糸は千鶴が通したものだった。
「願い事って見られちゃいけないんだよね」
「何言ってんだ 笹にくくりつける時点で願い事晒してるようなもんじゃねーか」
 名前の言葉に土方が口をはさむ。沖田は「ちょっと土方さん、勝手に僕達の間に割り込んでこないでくださいよ」と向かいにいたはずなのにいつの間にか名前の隣に移動していた。相変わらず溺愛されている名前だが、気にしていない様子である。
「でもま、見られるのは恥ずかしいな」沖田は既に願い事を書いたようだ。
「名前ちゃん書いた?つけてきてあげるよ」
「願い事見ないでよね!」

 笹の葉を見上げながら宴が始まる。といってもお菓子パーティーのようなものである。教師3人が給料から今回の七夕祭りの為にお菓子と飲み物を買い車に詰め込んでいた。部活後であるし、夕食も済ませていないということで量はさほど多くはないが、部員は楽しんでいる様子である。
 沖田が土方をからかい、名前は千鶴とジュースを飲みながらアーモンドチョコを食べている。永倉を止める原田に、部活の事について話し合う斎藤と山崎……諸々の面々が祭りを楽しんでいた。


 祭りも終わり、七夕を飾ったまま学校を出た生徒と教師はそれぞれの通学路を通って帰宅していた。沖田と名前に斎藤。珍しい面々であるが、学校ではよく見かける面子なのである。
「名前ちゃん、何をお願いした?」
「えー?内緒だよ?教えたら願い叶わなくなっちゃうし!」
「土方せんせーはモロ見てたけど」
「オーノー!」
「一君は?」
「……剣術が上達するようにと……」
「へー。予想通り。で、名前ちゃんは?」
「そういう沖田は?」
「教えてくれたら僕も教えてあげる」
「…………わかった」

「お金持ちになりたいですって書いた!」

 沖田は無言になり、前を向いた。目が点になった名前と斎藤は声を合わせて「願いは?」と沖田に問うが、沖田は首を振るだけだった。ずるいよ沖田!と腕にしがみ付く名前だが、今回ばかりはその行動も嬉しく思えない。



 土方はテレビのリモコンを持って、電源ボタンを押した。
「ハッ……総司の奴も可愛い所があったもんだな。『名前ちゃんといつまでも一緒にいられますように』って……名前なんて小学生並みの願い事だったのによ」馬鹿にするように笑う土方。沖田は名前の家に寄らず家に帰り、ベッドでクッションを抱きしめながらブツブツと何かを呟いたとかなんとか。

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指輪(沖田)

「沖田沖田、こっち来て」
 どこか寄り道して帰ろうと、という名前の提案で河川敷に来ていた。たまにはこうしてのんびりと過ごすのも気持ちのいいものだった。名前ちゃんはいそいそと何かを作るのに精を出していて、相手をしなくてもいいかな、と思って草の絨毯に寝そべって目を閉じた。
 名前ちゃんの声に身を起こし、少し眠たくなったためかフラフラと名前ちゃんの方へ近付く。
「なに?」
「指ちょうだい」
 一瞬何を言っているのかわからなかったが、人差し指を差し出すと、名前ちゃんはニヤニヤとしながらシロツメ草で作ったものを人差し指に入れ込んだ。
「…………」
「シロツメ草の指輪」
「…………。はぁ」
「はっ!?なに!?なんなの!?」
「いや………ありがとう。これ作ってたの?」
「小さい頃お姉ちゃんと作っててね、これネックレス、作り途中だけど!結構うまいもんでしょ?」
 人差し指にあるシロツメ草の指輪を眺める。たまに名前ちゃんは驚く行動に走るから困ったものだ。そこらの男よりもかっこいいと言われる事もあるし。
「名前ちゃん」
「なに?」
「待っててね きみに似合う指輪、大人になったら渡すから」

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声を聞かせて(斎藤)

 ガタン!ハッ。名前が身を起こした。教科書を背表紙を手の平にドンッドンッと叩き血管を浮きだしにして名前を見下ろしているのは古文の土方歳三。呆れた溜息を吐いたのは斎藤一。「夢を、見ました」何ゆえか静かに、真剣に落ちついた声で呟いた名前に斎藤はドキリと胸を鳴らす。
「DSに、挟まれる夢でした」そうだろう、その手の中にDSが見えているのだから。斎藤は二度目の溜息を。ピクチャットだとかなんだとか斎藤は名前の手からDSを取りあげた。今は3DSの時代だというのに、何を一昔前のゲーム機を持ってきているのだろう。斎藤はチャットの相手を見た。へーすけ。とある。彼はすでに退室している。内容は「おい名前寝てんの?」「おーい」「起きてる?」とある。
「………没収だな」
 キリッと風紀委員の顔つきになって言い放った。

 昼休みを挟み三限目から、名前の様子が少し違った。吐き気がする、頭痛がする、と言いつつも保健室へ向かうことはない。授業の単位を落としてたまるかという名前の意地だった。斎藤が計算するに、単位はまだ大丈夫だとは思うのだが。それともあれか、自分と離れたくないのだろうか。とかなんとか勘違いをした斎藤は名前の背に手を置いた。

「大丈夫か?あまり無理をせずとも、単位は落とさぬだろう」
「はぁ…いや、大丈夫ったら大丈夫だから」
 斎藤と名前にしか聞こえない程度の声量。

「いい、ほんとに、大丈夫」
 苦しそうに斎藤の手を払った。

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一番好きなひと(沖田)

 正直言うと扱いにくい。暴力的。素直だけど天然で鈍感。剣道の腕はそこらの男よりも立つ。すばしっこくてなかなか捕まえられない。思い通りにいかない。そんな子がなぜ好きになったかというと、きっかけは前世の記憶にある。だがそれをとっぱらっても、やはり彼女のことは好きだろう。
 前世の記憶を覚えているのも多少なりとつらいものがある。自分はどんな存在だったのかを知っているのは、つらい。痛みも覚えているし、心の痛みも覚えている。しかしそのおかげで彼女に出会えたと思えればいい。
 昔の事があるから飽きちゃうんじゃないかと思っていたがそうでもなかった。彼女は彼女で彼女ではなく、また別の彼女だが彼女であった。僕の事も一君の事も思い出せない程度の、前世を知っている。

 名前が一番好きな苺のジャムパンを購買で買って階段を上っている。今日はどこにいるだろう。友人がわんさかいる彼女は自分のクラスの他に他クラスへ移動したりするのでなかなか捕まえられない。難点だ。食でつればすぐに捕まるので簡単ではあるのだが。
「あっ!総司!」平助が慌てた様子で駆け寄って来た。
「なに?」
「名前見なかった!?今ちょっと、お菓子かけて追いかけっこしてんだよ!」
「名前ちゃん?釣ろうか?」
「頼む!」

「名前ちゃーん、ジャムパン買ってきたよー」
「沖田!」それは僕目当てなのか、ジャムパン目当てなのか。スタッ、と綺麗に階段を一気に跳んで下りた名前ちゃんは両手を差し出してジャムパンを強請る。
「名前みっけ!」
「しまった!」
 青筋を立てた名前ちゃんはよろよろとこちらに倒れた。「今金欠だよくっそ……」ジャムパンを奪い、頬張る。
「ジャムパンで立て直して?」
「くそ、明日は負けないから……」
 昔も、負けず嫌いだったよね。
 僕に一本取られる度にもう一回もう一回と木刀を回していた。今はジャムパンで諦めがついてしまうけれども。変わるけれど変わらないものという表現は、名前ちゃんに一番適しているものだろう。他の誰かには合わないし適さないし、意味がわからぬと一蹴されてお終いだ。嬉しくも悲しくもある。けれど、このようなのも、悪くはない。好きだし。

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視線の先(沖田)

 時計の針を見た。6時を回っている。そろそろ夕食の準備に取り掛からなくては……。重い腰を上げると、隣で寝息を掻いている沖田が寝がえりを打った。少々大きなソファーに沖田の大きな体は完全に収まらないが、こいつ、うまくバランスを保っている。今夜は昨日の材料で済ませられるオムライスを調理する。というか昨日もオムライスだったが昨日は沖田来てないからオムライスでOK。
 沖田はいつも竹刀を振りまわして斎藤と睨み合っているし、土方先生をいじっているし、毎日毎日休みがないのでこう熟睡してしまうのも仕方のないことだ。休まる時間は十分に休ませてあげたい。ただ夕食は完食させるが。


「沖田ー、起きよう沖田起きて」
「ん……ごはん?」
「沖田起きた」
「あー………。今日はなに?」
「オムライスだよ!」
 寝起きの沖田は機嫌が悪い。半開きの目を擦ってソファーから離れ、椅子を引いて座った。
「ロールキャベツ」
「え?なに?」
「明日ロールキャベツにしよ」
 この間、藤堂と永倉先生と話していたんだ。沖田総司は草食系でも肉食系とも言い難い、ロールキャベツ系男子だと。まさにその通りだ。普段は草食系だ。ご飯を食べる量だとか租借回数だとか、目だとか立ち振る舞いだとか。見た目は草食系。しかし名前の前では肉食系である、つまりロールキャベツ系男子!と口を揃えた。
「今何回租借した?」
「そんなの数えてるわけないよね普通 意識してないと数えない」
「15回」
「数えてたの?無駄な努力だよそれって」

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こころ(土方)

「また名前が浪士を伸しただぁ?」
 土方の最近の悩みは名前、その人にあった。女の癖に拳と蹴り一つで浪士達を黙らせてしまうものだから、男である隊士はそれ以上の出る幕もない。浪士が腕の立つのであれば刀を抜いて戦うが、これはまた格好の良いことにみねうちだ。そこで一言「弱い」。素早さと見極めが群を抜いている名前は自分の長所短所を理解しているので、何と言うか、意地の悪い。今日も巡察で名前は浪士を伸したのだそうだ。勇姿に沖田は笑ったらしいが。
 浪士を引きずって来た隊士は名前の周りに集まって、どうやったらみねうちで意識を飛ばせることができるのだろうという相談を持ちかけ、名前は苦笑いをしながら急所を付いただけだと返答。浪士は股間を押さえながら倒れたのだから。
 伸したのは構わないが、名前がすると一日は目を覚まさないのだ。隊士達はぶるりと肩を震わせながらその矩形を見る。沖田は例外である。
「ったく……今日ばかりは、言うか」
 股間は狙うなと。

「名前」
 土方の声に隊士達が道を開けた。
「なんでしょう?」随分と棒読みに土方は眉を下げた。
「まずは礼を言う。だがな、股間を狙うのはよしてくれねーか」
「なぜ?」
「一日は目を覚まさない。つまり、一室が減る」
「こんなもの、縛って庭に放り投げてればいいんです」
 いやそういうわけにもいかない。ちょっと来いよ、土方は名前の腕を掴んで屋敷の裏に連れ込んだ。
「いいか、お前の活躍は俺も評価してるがな……なんだ、お前は隊士であるのに変わりはねぇ。から言うがな、いや松本先生の付き人兼隊士であるから言うがな、いやなんだそういう事じゃねーんだが」
「男の方は股間なんて狙いませんもんね で?」
「ああ?……だからな」
「………。けれども、わたしは、そういう手でしか、手段はありませんし」
 一人称は「わたし」。「俺」や「僕」などにしようとはしなかった。もちろん男子は「私」と使うことにおかしな点はひとつもないが、名前の「わたし」は「私」ではないのだ。
 土方は言葉が詰まった。
「顔面に入れることにします」
 まるで苦虫をつぶしたかのような表情に、去って行く名前の背。土方は頭を掻いて、年頃の娘は扱いが難しいと嘆いた。

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君との距離(山崎)

 彼女と会うのは決まって放課後だ。部員のスポーツドリンクを作る時にのんびりと竹刀を持って体育館にやってくる。実績を出している剣道部は学校側の支援とギャラリー(主に女)からの支持が熱いため、放課後はにぎわいを見せている。の中に名前が女子らを掻き分けはいってくるものだから、その光景が滑稽で、面白い。普通ならあのギャラリーの中にいてもいいはずなのに。
「山崎君お疲れ わたしのうんと甘いのにして?」
「各部員に合わせて作っているので、聞けぬ相談です」
「ケチんぼだなぁ!まぁいいけど」
 名前の手に握られているのは部費と書かれている茶封筒。「これ部費ね」今日は部費の締切日だ。残りは名前だけだった。危機感がないというか、この調子でいつも続くものだから、土方先生も悩まされている。古文の宿題をやってこないで有名であるし、部費も締切日ギリギリ。土方先生は言っていた。「バカに付ける薬はあるか?」
「(ないな……彼女に付ける薬は……)」
 一番初めに作るのは何故か彼女のドリンクだ。何故だろう。一番初めに来ているわけでもない、急いでくるわけでもない、ただ部活中は努力をしているのんびり屋。

「山崎君……ちょいちょい」
 青筋を立てて手招きする名前の顔を見て、ああこれは何か企んでいる顔だな、と渋々近付くと、名前の指の間には藁半紙が挟まれており、キリトリの文字が半分消えている。
「名前!!」
「申し訳ない 申し訳ない 山崎君。フォロー頼む!」
「誰がするか!」
 合同合宿練習についての参加・不参加のプリントと、参加時のバス代と旅費。
「いやね、ほんとに、ごめんなさい!」
「俺はいいから、土方先生の前で謝ったほうがいいのでは」
「フォローお願いしますうう!」
「フォローも何も………」
 ああ、本当にコイツに付ける薬は存在しないようである。鬼の土方歳三を前にして、一寸も靡かないのだから。諦めた方がいい。名前に伝えると、彼女は白くなってその場で倒れた。

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手を伸ばせば、すぐ其処に(沖田)

「いかないと言っているだろ……!」
 血管を浮きだしてその場に正座し立ち上がらない女(男装)が一人。永倉は必死であった。この男装女、島原でかなりの人気を有しているのだ。懐かない子猫さん、そう芸妓に噂され、誰が一番初めに懐くかと賭けごとをしているそうな。実際彼女がいると芸妓の気立てがよくなり、機嫌がよくなりと……この女がいるだけで一石何鳥にもなる。だが本人の名前はいい迷惑だったのである。
 わたしは男装はしているが、女であるから女に触られると正体がばれてしまうのではないかと肝が冷える。といっても永倉、続いて原田はそんなことないその時は護ってやると首をぶんぶんと振りまわす。名前は溜息を吐いた。
「だから、行かない」
「そこをなんとか」
「いかない!沖田を誘えばいい!あいつも懐かない猫同然だろ!」
「いや総司は……」
「うん、結構……」
「ちょっと平助?左之さん?」
 既に好き合っている二人である。藤堂と原田は口を押さえた。これ以上の事は言えぬと。そんな二人を横目で見た名前はしめたと思い腰を上げた。「二人とも、今何と?沖田が何と?沖田が島原で、何かしたのか?」あーあ、やっちゃったな。土方はこの時初めて溜息を吐いた。「阿呆共が」そして呟いた。沖田は誰にもわからぬように冷や汗を垂らした。


「ふむふむなるほど、そうか、彼は犬だな 餌を与えると懐く野良犬」
「それよりも名前さんは愛らしい顔してますなぁ」
「わたしはそんなに安い男ではない。一杯飲んだら帰ろうと思っている」
 待てよ!身を乗り出した永倉、原田、藤堂など眼中に無し。宣言通り一杯だけ飲んで金をお膳に置き島原を去って行った。芸妓達は溜息を吐く……が、懐かない猫にご執心である。可愛いと。愛らしいと。新撰組3人は冷や汗を垂らした。芸妓達の目が完全なる捕食者の目であったからだ。



「沖田総司様?」
 猫なで声。あまり聞かない声に沖田は肩を震わせた。島原から帰って来た名前は一目散に沖田の部屋の前へ来て、千鶴に貰った酒を片手に足で襖を開けて入った。「なにしてらっしゃるの?」沖田は反応した。さっと手に持っていたものを隠す。
「沖田総司」
 声色が変わった。沖田は上目遣いになって名前を見た。思ったよりも、名前の顔色に変化は見られない。
「あなたは男だし、確かにお綺麗な芸妓に気を良くしてしまうのは仕方のないことかと存ずる。女のわたしはあまりそういうのに、疎いので、わからないが、酒に飯、酌されれば確かに、もちろん、どんな人でもいい気になってしまうものだから仕方のない事だとわたしは思う。だがしかしな、しかし、その」
 名前に関しては、そういったものが薄いからであろう。いつまでも続いた文句が切れ始めた。沖田はおや?と首を傾げる。
「………嫉妬?」
 名前は顔を真っ赤に染め上げた。
「名前ちゃんおいで」
「いやでもわたしは、ちがくて、そういうことがしたくて今ここにいるわけでなくて」
「いいからいいから ほら」
 いいように言いくるまれているような気がする名前だったが、沖田の性格は把握しているつもりだったのでこれ以上は何を言っても無駄だと諦めた。芸妓の甘いにおいがするのではないかと手元のにおいを嗅いで沖田に近付くと、くしゃりと音が鳴った。音に気付いた名前は踏んだ紙を拾った。
「春画?」
「………」
「ほう」
「僕も言いわけくらいならあるよ。きみ、この間三番隊の隊士に言い寄られてたよね?きみは一般隊士達には『男』として通っているし、医学を学んでいる身でありながらも隊士、それに小綺麗な顔をしている。男所帯の新撰組で、家を持つ隊士は少ない。よって男色な輩に言い寄られる。しかも君が力で負けたらどうなると思う?」
「男色はそう珍しいことではないだろう。にしてもその苦しい言い訳はなんだ?わたしが隊士に肌を見せると思ってるのか?それは残念。わたしは今後一切沖田以外に肌を見せようとは思っておらん。股間を蹴りあげてやる。で、この春画はどういう経路で何故持っている?……沖田、あなたこそ嫉妬か?わたしが隊士にも、芸妓にも絆されると思ってるのか?………沖田、お前もまさか男色か」
「そんなわけないだろ!」
「いやいいよ珍しいことではないのだから で、春画の件はどういった?」
「………きみは、だから、普段は気を張っていているからとても中性的に見えると思う。実際僕も女だと知るまでそう思っていたし。だから芸妓はきみのこと……可愛がると思って」
「で?」
「………平助や、左之さんが、あんな事いうから」
「で?」
 名前は春画を眺めた。月明かりに照らされてよく見えないが、この体位は自分らがよくするもの。名前は俯いている沖田を見据える。「はぁ」布団に腰を下ろした。
 思えば、名前に敵う隊士は誰一人としていない。千鶴を除けば。口でも腕でも、何でもいつの間にか名前の手の平に転がされてしまうのである。
「こんなもの、いらない」
 名前は春画を破った。わたしがいるだろ、と消え入るような声は次の沖田の声でかき消された。
「あ………やっちゃった」
「え?」
「それ土方さんの」
「え!?」

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ひとつ(藤堂・土方)

 名前と藤堂の頭にひとつこぶができた。猫を追いかけている時に池の中を眺めていた土方にぶつかってしまったからである。しかも土方のみが池に大きな音を立ててびしょ濡れになった。こぶができた名前と藤堂は正座をさせられて二刻が過ぎた。逃げようにも土方の自室で、書きものをしている土方の後ろに正座をさせられているから逃げられず。
 名前と藤堂は目を配らせながら逃げる時を計っていた。
「よし、もういいぞお前ら」二人の顔が輝く。
「次に廊下を掃除しろ。ついでに隊士達の部屋もだ」
 逃げるんじゃねぇぞ。睨んできた土方の目に、二人は静かに「はい」と返事をする。

 夕食は二人並んで、皆が夕食を済ませた後に食べ始める。心配性な千鶴と原田は二人を眺めながら、懲りないなぁと苦笑いを浮かべた。

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傍に、いるよ(沖田)

「そ、そうなのですか!?してそのあと又兵衛がどのように……?」
「聞いてしまうのか、名前さん。あなた、今夜、寝れませぬぞ?」
「えっ!?そ、そそそそ、えっ、でも、ま、又兵衛が気になる、しかし……!一体この後を聞いたらどうなってしまうのですか!」

 貸し本屋の末吉は怪談話が大好きであり、暑い季節にもなって、その怪談話は新撰組では人気だった。青筋を立て千鶴と一緒に震えあがっている名前の隣に気だるそうに沖田が座り欠伸をしている。まったくくだらない……。珍しく土方も、面白いと有名な怪談話を聞いたが、非現実な事でつまらない様子である。藤堂と永倉は巡察へ。原田は女二人の反応を楽しんでいる。

「それはね」
「いやあああああ!」
 耳を押さえて蹲る名前に一同がぎょっとした。
「だめ!だめだ!わたしもうだめ!」
 名前の為に与えられた部屋から逃げていく名前。「……続き、どうします?」呆然としている貸し本屋は呟くと、原田は「続けてくれ」と千鶴を見ながら片目を閉じた。「へえ わかりやした」涙目になった千鶴は結局最後まで聞いたのであった。

 頼りになるのは怪談話を聞いて怖がりもしなかった、土方、沖田、原田の三人。千鶴は一足先にご就寝。名前は沖田の部屋の襖を開けた。「沖田殿」沖田も寝ているが、千鶴の天女のような寝顔を邪魔するほどの心は持ち合わせていない。「お、沖田君っ!」沖田はまだ寝ている。
 突然背後から気配を感じ、ぶるぶると体を震わせた名前は後ろを向かず部屋に入り襖を閉めて沖田の布団に入り込んだ。ぐっと腕にしがみ付く。

「………ん……え…っ!?名前ちゃん何してるのっ」
「今日だけ一緒に寝て!」
「今日だけって、今までに何回もしてるけど」
「頼れるのは沖田だけなんだ!就寝の殿方を起こすわけにもいかないし、千鶴の寝顔はまさに天女だった、起こすの躊躇った、天罰が下るかもしれぬと!だから沖田だけなんだ!」
「きみの中の僕はどの立ち位置? ……もしかして昼間の怪談話が…」
「言わないで!あと反対側行きたい!襖を背に眠れない!」
「注文多いね で?見返り求めていいわけ?」
「拒否する!」
「ちょっと腕離してくれないと向こうに行けないんだけど?きみもほら、こっちに移動してくれる?」

 沖田が身を起して名前を自分の下から左側へ移動するように肩を押した。が、腕から離れる気がないのか名前の体は硬直して動かない。「面倒くさいな」無理矢理反対側へ押して、襖を背にした沖田は名前の手を握った。
「こうすれば怖くない?」
「そのままでいて」
 はいはい、わかりましたよ。名前の怖がりと、いつも見せない様子に苦笑いと溜息を同時に吐いた。さて自分も眠ろうか、と目を閉じた時、声が聞こえた。
「………まさかね」
 さて、本当に本腰を入れて眠らなければ。

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逢えない時間(沖田・千鶴)

 鳴りやまぬバイブ音に名前はとうとうサイレントモードにした。千鶴は「いいの?」と問いかけるが、名前は怒って「いいんです!」と布団を被る。
 合同練習合宿。旅館の一室を千鶴と共に使っている名前のスマートフォンからは沖田からの「今何してる?」「そっちいっていい?」のメッセージが2分毎に送られていた。朝から調理の係がある名前と千鶴は一足先に睡眠をとりたいのだが、男子の部屋はどんちゃん騒ぎ、現在はUNOを楽しんでいる。「名前ちゃんと千鶴ちゃんもこっちおいでよ」のメッセージに名前はとうとう怒りを露わにした。
「寝ます!目覚ましよろしくお願いします」
「は、はい!」

 一方UNOをしながらスマートフォンを覗く沖田。隣の斎藤は沖田の行動を不思議に思って問いかける。沖田の答えは決まって「女子待ち」だった。斎藤は察し、「恐らく来んと思うがな」と赤の8を山の中へ放り込む。緑の8を出した沖田の隣で藤堂が「うっ」と手持ちを見つめ直した。
「僕終わったら女子の部屋行っていい?」

 いいわけないだろ!!男子の揃った声に沖田は口を尖らせた。

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おかえりなさい(沖田)

「あはは、すぐに死んでしまいそうだなぁ沖田」
「………うん」
 沖田の洋装を掴んで、抱き締めた。先程共に戦場を駆け抜けていた。鬼である名前は怪我をしてもすぐに傷が癒えてしまうが、沖田はそうはいかない。名前の事を想って羅刹にもなるべくならなかった。結果的に羅刹になってしまったが。駐屯地へ歩みを進めた沖田は縁側に座って目を閉じ、名前の方へ身を倒した。名前も沖田を受け止める。
「生き残れたね もう戦いも、終わりそうだね」
「そう、だな。もうすぐ終わるだろうな、あの様子じゃ。土方さんにはあまり、余計な口は出さないでおこうね」
「ああ そう、しようかな」
 ちょっとだけ、眠ることにするよ。名前は近くのものに、布団の用意と、塗り薬の手配をするように言った。名前は少しだけ鬼の力を借りて沖田の腕を首に回して、布団の用意を始める兵の後を追った。
「はぁ。重い」

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約束の場所(沖田)

「では、3日後、あの場所へ」
「大丈夫?生きてあの場所に来れる?」
「蛍が綺麗だったんだ、覚えているし、必ず行くよ。沖田こそ生きてあの場所に来ないとわたしは泣くよ」
「その点は安心して。言ったよね?僕はきみを残したまま死にはしないって。羅刹にもなるべくならない。ああ、でも怪我で死ぬ前に病で死ぬかもしれないけどね」
「……それは、冗談では済まされない」
「ごめんね」
「では……わたしは、斎藤殿と」
「僕は土方さんとだね。嫌になっちゃうなあ……」

「必ずわたしは、生きて、あなた様と共に在ることを誓います故……あなた様も、どうか、」
「約束するよ。きみも、約束して。絶対に、絶対に、きみを置いていったりしないから」

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