いつでもきみを想っている | ナノ


21:病 22:痛み 23:傷口 24:墓場 25:命 26:死神 27:刈り取る者 28:漆黒の鎌 29:流血 30:吸血 31:染まる 32:欠片 33:残酷な言葉 34:禁断 35:連鎖 36:仮面 37:壊れた時計 38:囚われの鳥 39:浸食 40:鎮魂歌


























病(沖田)

「仮にでも、付き人の君には彼の病を知っておく必要があると思うんだ」
「彼……?どちらですか?」
「沖田くんだよ」
「沖田………、彼が、一体、何の」
「労咳だ」

 そのあと、松本先生の話は耳に入ってこなかった。気付けば松本先生は口を閉じていて、会話が終了していたことに気付く。松本先生は目を伏せられている。わたしは頭を下げて、沖田の元へと走った。掛ける言葉など見つかりはしなかったが、事実を確かめたくなったのだ。近頃咳をよくするようになっていた。沖田も咳をする度に近付くなだとか口元を押さえてどこかへ行ってしまうことも多かった。
 見つかってくれ、しかし見つからないでくれ。わたしはあまりにも浅はかだった。わたしが少しでも彼を気にしていれば、きっと、きっと、あんなにひどい咳ばかりせずに済んだだろうに……。

「沖田っ」
「名前ちゃん………。名前ちゃんも、知ってるんだね。一応は先生の付き人だもんね」
「………ああ、先程、先生からお聞きした。……あまり動かない方がいい」
「きみまで僕を制限するつもり?やだなぁ……病を知って、病人扱いだなんて」
「病人だろ!」
「……そうだね。もうきみとも、あまり遊べなくなるかな」
「今まで遊んでやった覚えはない!」

 言葉が見つからない。次何をどう、沖田に言ったらいいのだろう?わたしよりも病を患っている沖田のほうがつらいはずなのに。

「……そんなつらい顔、しないでよ」
「しっ……してない」
「千鶴ちゃんと同じ顔だね。でもきみが…そんな顔するとは思わなかったな 嫌われてると思ってたから」
「沖田……早く、寝て、体を休めて」
「………うん そうしようかな」

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痛み(沖田・山崎)

 強くあろうと強くありたいと、願う事は、いけないことなのだろうか。女の身でありながら帯刀し、その刃を敵に向け、仲間を護ること・千鶴を護ることができればそれでよいと思っていた。だが、そうもいかないのが現実である。だから、せめて千鶴や、新撰組の皆が生きてくれるのならばそれでいいと、そのために強くなりたいと願っていた。
 千鶴は肩を震わせて泣いている。目の前で息を引き取った彼を見下ろした。風間千影の刃を背に受け止めたのだ。誰から見てもそれは深手であった。松本先生の付き人として多少の医学の知識を詰め込んだわたしと、蘭学医の娘である千鶴が世話をしていた。といっても幹部らで募って今後の在り方や、羅刹の話もあるのだろう。何をしているかはわからないが、これはわたし達が関わっていいほど軽いものではないということを理解しているので、二人で山崎君を看ていたのだった。

「………報告を、してくる」

 考えられない程小さな声だった。部屋を出て、幹部らが集まる部屋へ赴き、山崎君の死を報告した。幹部らは悟っていたかのような表情で重い腰を上げる。「そうか」幹部の中で土方さんが最後に腰を上げた。


「わたしもできます!」
 千鶴が前に出る。山崎君を水葬することで意見が一致し、水葬の準備をするようにとわたしと斎藤が呼ばれたのだった。しかし千鶴も自分もやれると目に涙を溜めて土方さんに訴えかけるが、千鶴の顔を見る土方さんは首を振る。わたしも土方さんに賛成だったので、千鶴の腕を引いて個室から出した。
「やらなくていい」
 苦しまなくていい。


「………」
「………」
 会話はなかった。斎藤は下半身を。わたしは上半身を。
「斎藤、そこは強く巻かなければ」
「……ああ」
 顔は最後だ。きっと息がしにくいだろうから、最後の最後に、鼻と口を。
「つらいのなら、俺がするが」
「いいの いいんだ やらせてほしい」
 涙は出ていないはずだった。腕に包帯はすでに巻き付けた。よく断食をすることもあったそうで、確かにこの体の薄さを見れば納得をした。最近は緊迫な状況だったし彼も働き詰めだったのだろう。彼に貰ったお手玉を裾から取り出して胸に置き、そのまま包帯を巻いていった。
 そして最後に鼻と口を、塞いだ。

 さようならと、口を動かした。声は出なかった。いつまでも山崎君が沈んだ海を見つめるわけにもいかないし、新参者のわたしが、新撰組の人達と共にいることは気が引けた。
 山崎君と犬猿の仲であった沖田でさえ、ああした水葬を見送ったのだから。踵を返し、山崎君が眠っていたそこの片付けをしようと思い部屋に入る。いつまでも布団が敷きっぱなしだったり薬が出っぱなしだったら、なんというか思い出してしまうからだ。
 布団を掴む。

「ッ……くそ………」
 布団に黒い染みを作る。歯を食いしばって嗚咽を殺すが、涙は止まらない。次第に、嗚咽がでない程になってしまった。空気だけが込み上げてくる。布団を抱いて、その場に膝を折った。

「名前ちゃん」
 沖田が手を伸ばした。わたしは布団を離して沖田の首に腕を回して顔を首元に押し付けた。
 なぜわたしは生きているのだろう?なぜわたしが代わってあげることができなかったのだろう。なぜ大事な人達がいなくなっていくのだろう。

 死の痛みは怖い。
 死の恐怖は怖い。

 死は、怖い。

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傷口(土方・沖田・斎藤)

「っひゃー、いったいなぁ……先生、ちょっと血が出ちゃったので洗ってきます」
「血だァ?また乱闘でもしたのか?」
「乱闘ってどういうことですか!してないですよ!普通に部活してただけです!」
「どれだ見せてみろ」
「別に、大した事ないんで」
「いいから見せてみろよ」

 傷口を土方先生に見せる。指に少し傷を負ってしまっただけだから、舐めてりゃ治るし、水で血を流して絆創膏を貼りつけておけばどうにかなる……から、誰かに診せるほどのものではない。
「舐めときゃ治る」
「それねーわたしも、おも……って…………」

 ガタン!!バタン!!ベチン!!いってー!藤堂の叫びが体育館を支配した。顔を真っ赤にしてこちらに近付いてきたのは沖田と斎藤で、沖田の腕に抱き締められて「今何が起こったのか」と脳が通常に運転する。どうしたもこうしたもない!と金切り声を上げる沖田に、どうしていいかわからず戸惑っている斎藤はとりあえずわたしの前に出て立ちふさがっている。

「……何だてめぇら、舐めただけじゃねえか」

 で、ですよね!

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墓場(沖田・山崎)

 沖田が伸びた。剣道部一同、沖田の前に立ちふさがる女鬼を見つめブルブルと肩を振るわせる。「笑止!!」竹刀を床に叩きつける。「うっ……のやろ…」沖田も沖田で黙ってはいない。頭を擦りながら起きあがった沖田は仁王立ちになった名前を見上げた。
「君……なにしてくれるの」
「許さない……許さないぞ沖田総司、わたしは決してお前を許したりしない。滅する」
「名前、や、やめっ」
「口を出すな斎藤!これはわたしと沖田の問題だ!これ以上関与するのであればお前も血を見ることになるぞ!黙っていろ近付くなお前らもだ!斎藤の他に意見がある奴は出て来い、叩き斬ってやる!」

 鬼だ 鬼がいらっしゃる……。しいんと静まり返った体育館。土方歳三はいない。

 事の発端はこうだ。昨日沖田は名前の家に訪れ、彼女はお風呂に入っている途中にプリンを食べてしまった。これだけである。しかしそのプリンは有名店のもので一日限定100個の、待ちに待った血を流しながら掴み取ったプリンだったのだそう。それを沖田は悪気もなくスプーンを取り出して美味いと言いながら食べた。しかし彼女がお風呂からでる音を聴き、しまったなーと思いながら容器を綺麗に洗いゴミ箱の底へと隠す様に捨てた……のだった。今日、疲れきっているところになら、蹴りもアッパーも入らないだろうと思った沖田は昨日の詫びを入れた。

 そしてこの状況となる。

「プリンなんて、僕がいくらでも買って、」
「黙れ!お前の顔なんて見たくもない!」
「オイイイイ女がアッパーで男を持ちあげるか普通!沖田君!?」山崎のツッコミが入る。
「黙れ山崎丞!」
「ぐあっ!」
「竹刀を投げた!?あいつは何者なんだ!?」

「何か言いたい事がある奴……前に出やがれ………ここが貴様らの墓場だ」

 既に死者二名。剣道部員は正座をした。

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命(沖田)

 彼女を見つめていると、死が怖くなる。
 腕の中に捕まえて、強く抱き締めれば彼女も同じように僕を抱きしめてくれる。
 戦から離れた生活をして、空気の良い場所へ行こうという彼女の提案に従った。空気の澄んだ、田舎の町はずれはとても住みやすく、静かな場所を好む僕にとってはこの上ない幸せだった。隣に彼女もいるし。それから……、

「やっと眠ったの?」
「昨日夜泣きすごかったからなぁ……あまり眠れなかったでしょ?」
「別に平気だよ。にしても寝顔、名前ちゃんに似てるよね」
「そうかなー沖田だよ似てるの」
「沖田?」
「あっ……そ、総司だった」

 顔を赤くする彼女が可愛くて小さな命と共に抱き締める。ああ、まだ死ねないなと、今更になって思うのだ。
 小さな命はやがて成長するだろう。その時、自分の事を父だと言ってくれるだろうか、わかってくれるだろうか、覚えてくれるだろうか。鬼の血の混ざったこの子に、幸せがありますように。

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死神(沖田)

「あれ、にーちゃん知らないの?」
「え?……何が?」
「名前が死神って言われてるの」
「…………え?な、なに?し……しに……シニガミ?」

 部活が終わり、今日も昼食は名前ちゃんの家で食べたいな〜と呟いた沖田の言葉を横で拾って、じゃあ家おいでよ、と無垢な瞳を沖田に向けた名前。中には下心もあったのだが、その無垢な瞳を見つめ下心が薄れながら、見え隠れした沖田はスーパーの袋を両手に持って商店街を歩いていた。ちなみにスーパーの袋だけではなく、竹刀以外の道具も鞄も沖田持ちである。
「どろぼーー!!」大きな女性の声に名前はピクリと反応した。沖田はなにやら厄介事が起きそうだと渋々女性に近付く名前の後ろについていく。
「泥棒よ!鞄がっ!盗まれたのよっ」
「そこの人!」
「はい!?」
「自転車お借りします!沖田はそこで待ってて!」
「あ………はーい……」
 竹刀を持ち直し、自転車を跨ぐ。
「コロス!!」
 聞き間違いだろうか。その場にいた数人は目を点にし、名前の後姿を見送った。全速力で黒の服に身を包んだ男を追いかけ、自転車を持ちあげて前輪を犯人と思われる輩にぶつけた。男は叫ぶ、名前は竹刀を持って男の背中を思い切り叩いた。
 そして冒頭へ戻る。

「有名だよな!名前が泥棒逃すとこなんて見たことねぇ!すげーよなー名前って!かっけーよ!」
「あたしも名前お姉ちゃんみたいになりたいっ!」
 騒ぎを聞きつけた警察官が「何があったー!」と自転車と警棒を持って現れた。そして「ああ、名前ちゃんか!いつもありがとう!」と笑顔になる。
「(待て……待て待て……認識されてるの?あの子 一体なんなの?)」

 死神なのか、救世主なのか。
 沖田には名前が悪魔と天使の羽を持つ鬼にしか見えなかったそうな。

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刈り取る者(山崎)

「なーんで草むしりなんか……校庭使わないのにもぉ〜」
 各班に分かれ、剣道部の大草むしり大会が行われた。優勝者にはアイスとジュース。それにつられた剣道部員達は草むしりに精を出していた。
 沖田と離れふてぶてしい表情を浮かべている名前の隣には山崎丞の姿がある。彼は余計な事は喋らず、顧問の土方歳三の命に従っていた。白濁のビニール袋に詰められているのはほとんど山崎が抜いた雑草である。

「文句を言わずに作業を進めてくれ」
「アイスとジュースで動くと思ってんのかよぉーそんな安っぽいもんじゃ動かないっつの。 はーあ、暑くて眠れないし寝たら干からびる気がするし……つまんないつまんないっ!」
「はあ……沖田君がいないからって」
「違うよっ」
「違くないだろう……」

 二人の近くには千鶴と藤堂の姿が。藤堂の愚痴を千鶴が聞いている様子だった。
「文句あるなら藤堂の愚痴に付き合ってあげればいいじゃん」
「愚痴を聞くのはまっぴらごめんだ」
「部員のケアもマネージャーの仕事じゃない?」
「雪村君がいるだろう?」
 山崎は雑草を抜いて行く。山になった雑草を袋に入れて。名前の前にある雑草を抜きに姿勢を変える。山崎は名前を覗きこむ形になると、名前は山崎を見据えた。
 山崎は剣道部のマネージャーである。

「山崎君がさぁ……アイスにジュースに、追加でお菓子買ってくれたらしてあげてもいいよ」
「…………。…わかったよ」
「いえーい!わたし頑張ります!オラ藤堂!愚痴ってばっかいないで働けよな!」

 急にやる気を見せた名前に、山崎は溜息を吐きながら微笑んだ。

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漆黒の鎌(沖田)

「キムチ鍋ーー沖田くんは鍋奉行?」
「僕は気にしない奉行」
「はーい意味がわからないけど鍋奉行じゃなけりゃオッケー。いやはや、一人で鍋は寂しいので沖田がきてくれてよかったです。部活の皆も誘ったのになんだろうね?最初は行く気だったのに急に行かないって言いだして……まあ沖田がいるからいいんだけどさ」
「あはは そうだね」
「土方先生も行く気だったのにねー勿体ないけど先生だし仕方ないよね。でもいつも友人の誘いを断る山崎君がだよ!?行くって言ったのに行かないって、ちょっと残念だよね!」
「あはは そうだね」
「マロニーちゃんできたっちゃ。沖田豆腐いる?」
「あはは いる」
「ふっふっ ふわー美味しいなー。鍋の始まりはマロニーちゃんに限るなぁ!沖田白菜いる?」
「あはは いる」
「にしても斎藤も行く気だったのになーでも斎藤って鍋奉行っぽくない?ちょっとうるさそうだよね 食に関して。合宿の時も結構うるさかったし」
「だよねー僕も食事の時仕来たりにとらわれたやり方すきじゃないな。だって楽しく食事したいもんね。最低限のマナーがあれば僕はそれで構わないと思うし一君ったら味にうるさいからつまらないよね僕はすごくつまらないと思う」
「沖田の作ったカレー全否定だったからな……うん、憎しみを持つのは仕方のないことだ お肉いる?」
「もらう」
「こうして鍋つっつくことあまりなかったから……やっぱり鍋は誰かと一緒に食べるのが美味しいね」
「……うん そうだね。僕もそう思うよ……」
「……でもなんでかなー。皆はじめめっちゃ盛り上がって行くって言ってたのに……残念だなぁ……。沖田なにか知ってる?」

「ううん 何も知らないよ」

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流血(沖田)

「あっちに、行けよ!」

 憐れみ。
 憎しみ。
 いや、違う。白髪になった沖田は喉を掻いて苦しんでいる。血に飢えているのだ。一歩一歩と近付いて行けば、沖田は更に苦しんで、わたしから離れていく。「沖田」「あっちに、行け」沖田の拳には血が流れていた。
「わたしは鬼だ 本物の」刀を手に取った。そして沖田に近付いて、血の出ていない方の拳を解いて刀を握らせる。

「沖田」
「やめろ……」
「沖田 わたしはいいから」
「やめろって、言って」
「もう、苦しむ沖田なんか、見たくないよ……沖田、沖田…お願い」

 沖田の刀を握る音と、胸元に付けられた傷と、流れる血。沖田が刀を落としてわたしを抱き、唇を血へと寄せていく。

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吸血(沖田)

 胸元に唇と合わせたまま彼女を抱きしめた。彼女も僕の背に腕を回している。彼女の頬が髪を弄る。
 女鬼であるからだとか、もうそういうのは関係なかった。彼女の血ならばいくらでも飲めるのだろう。
 無駄な会話も言葉もいらない。僕と彼女の間には。
「好きだよ」
「わたしも、わたしも好き」
 名前の中はとてもあたたかい。

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染まる(斎藤・沖田)

 斎藤が廊下の中心に立ち竦んでいた。その背に声を掛けようとしたが、何やら腕を組み考え込んでいるようである。声を掛けるのを躊躇って、俯いている斎藤の顔を覗き込んだ。ばちりと目が合う。いつもなら何だとか何か用かというのに今日はそれがないので絡むのは止めようと顔を引いて目的地に向かおうとした。
「名前」
 斎藤の声に振り返り、なに?と尋ねる。
「どこへ行く?」
「学食」
「……俺も付き合おう」
「えー斎藤パンでも買うの?」
「俺が学食へ行くのに何かおかしな点でもあるか」
「節約家の斎藤一が学食ってそりゃねぇ……朝ごはん抜いてきたの?」
「そういうあんたは抜いてきたのだろうな いいか、三食、」
「あーあ、わかったって。わかりました!もーオカンだよねー斎藤ってば」
 別についてこなくてもいいのに。オカンのように口煩くするためについてくるのだろうか?こういう時はむかつくが沖田に付き合ってもらうほうがいいのかもしれない。太るだとかもっと太るだとかおデブちゃんだとか言われるかもしれないが……。と言われると食欲が失せるのだが。

「斎藤、危ないよ」
 ボールペンが落ちていた。踏んだら転ぶと思って斎藤の腕を掴むと、斎藤はみるみるうちに顔を赤く染めて、わたしの手を振り切ってどこかへ去ってしまった。
「あ、名前ちゃん何してるの?」
「え……えーっと…、学食行こうと思って」
「だと思ってパン買っておいたよ」
「ほんとっ?沖田大好き!」
「現金な子だね もっと太っちゃえ」

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欠片(沖田)

 前世を知っていると、何かと不便な時もある。気分が悪くなったり、頭痛がしたり。でも最近はそれがなくなった、沖田と恋人同士になってから。だからわたしは、多分沖田のことを思い出そうとしてそうなったのではないかと考えた。沖田と手を繋いでいると、とても懐かしく悲しい気持ちになる。沖田と付き合って半年が経つけれど、記憶は蘇らない。寂しくもあるけれど、これでよかったのだと思っている。
 おそらく前世を知っているのは沖田だけではなくて斎藤もだろう。そして斎藤はわたしのことを知っている。もしかしたらこの後、別の形で前世を知っている人と出会うかもしれない。それはクラスメイトかもしれないし、剣道部かもしれないし、別の部活かもしれない。それはわたしにもわからない。

「何してるの?」
「……うーん、水浴び」
「水浴びって……顔洗ってるだけじゃない」

 休憩時間を使って汗まみれの顔を洗いに体育館を出ていた。いつしか隣に沖田がいなくなることもあるのかなぁなんて思ってみたり。今のところそれは考えられないけれど。沖田も稽古着を肌蹴させて暑さに堪えていた。

「僕も水浴びしようかな」
 頭から水を被った沖田は頭を振って水しぶきを飛ばす。昔もこうやって隣で彼を見ていたのだろうか。
 無性に胸が苦しくなって、沖田に抱きついた。髪から滴る水も今は気にしない。気にしないくらいに、好きだから。

「珍しいね?名前ちゃんからって……意地悪でもされた?土方せんせーに」
「なんで土方先生限定?」
「ふふ でもいいや。もっと抱き締めてよ」
「はーい」

 少し素直すぎたかな?沖田が苦しいというまで抱きついてやる事にした。

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残酷な言葉(沖田)

――バッチーーーーンッッ

 隊士がわたしと沖田を囲んでいる。隊士達はわたしと沖田を交互に目を配りながら、何があったのかと耳打ちをした。簡単だった。わたしの臀部を撫でたのだ。それもねちっこく。思わず木刀を手から離し、振り返れば笑顔の沖田。わたしは手が出てしまった。
 しかし、わたしに非はないと思っている。いや、無い。わたしと会話をしていた原田は「あー……」だとか「うー……」だとかなんとか言って、目を泳がせている。隊士達の中に紛れて。

「信じられない!しっ、信じられない!」
 わたしは今「男」としてこの新撰組にいるので女だということを公言できないし、こいつが何をしたのかも言えない。

「ちょっと触っただけじゃない……そんなに血管だして怒らなくたって」
「あ、あんな気色悪い手触りしといて……!! 沖田なんか嫌いだッ!」
「!!」


「ねぇ名前ちゃん、沖田さん3日も寝込んでて……よかったらこれ運んでもらっても……いい?」
「いやだ」
「その私これからちょっと土方さんに呼ばれてて……お願い名前ちゃんっ!」
「……っ千鶴がそこまで言うなら、行くけど……今回だけだよっ」
「うん!よかった……じゃなくて、じゃあ、お願いね!」

 男の癖に、寝込むとか。

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禁断(沖田)

「だ、だめ。もうだめ」
「どうして?」
「だから、その、ア、アレなんだよ、月に一度の、」
「素股でいいよ パンツ越しで」
「よかねーよ!この変態がッ」
「いてっ!」

 沖田の性欲は年中無休だ。朝昼晩、お前賢者タイムあんの?と訊いたら、はっきりと、きっぱりと、「ない」と言われた。悩みの種だった。
 わたしは沖田とそういうことをするのが嫌いじゃないけれど、月一のあの日くらいは少し抑えてほしいものだ。いや、控えてほしい。キスや、舌入れのキスならまだ許そう。だがそれ以上のことは承諾できない。沖田の性欲事情はよくわかっている、この前ちょっと耐性でも付けようと思ってキスを拒み続けていたらお腹に頭をゴリゴリさせてしたいしたいと嘆いていたし、ならば舌入れを拒もうと舌を入れてきた途端にアッパーを決めていると逆ギレしてそのまま朝までコースだ。次の日休日だったからよかったけれど。
 だが、生理の日だけは。これだけは絶対に駄目だ。沖田がよくてもわたしがだめだ。本当にだめである。

「わたしも譲れないものがある。今回ばかりは譲れない。一人で励んでほしい」
「なら見てて」
「そのちょこちょこMっ気な発言とかかなりの性癖出すのやめてくれる!?」
「僕もう一人じゃ満足できなくて……じゃあ手伝ってくれればいいから」
「やだよ!拒否だよ!トイレ貸してあげるから一人でやってこいよ!」
「名前ちゃんがすぐ側にいるのに、一人でやれって言うの!?」
「そうだよぉ!もう勘弁してよぉ!」
「素股と手コキどっちがいいの!?」
「勘弁してええええ」

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連鎖(沖田)

 刀の時代も大和魂も、そういうものは今を築くのに必要なものではなくなったのかもしれない。武士として生きるのは困難であるのかもしれない。わたしは最新の兵器を手にした。銃だ。これがあれば遠距離で人間を殺す事ができるのである。弾が尽きない限り、傷を付けることも体力を削られることもなく殺す事が出来るのだ。
 銃を手ぬぐいで隠して沖田の元へ団子の土産付きでお見舞いに来た。生憎沖田は寝ていたので、起きるまで縁側に座って茶をいただいていた。自分用に買った団子だが、沖田と一緒に食べようと思っていた。が、思うようにいかなかったみたいだ。一人でみたらし団子を食べて鳥の囀りを聞く。
「……あの、新撰組の方」先程茶を淹れてくれた若い娘が頬を染めて姿勢を正している。新撰組の一人として行動するようになってから、この顔を何度も見てきたものだ。

「如何でしたか?」
 茶の事を言っているのだろう。
「美味しいよ。ありがとう。茶屋で飲む茶より美味しい」
「あっありがとうございます!……あのっ!お名前を伺ってもよろしいですか?」
「……名乗るほどのものではないよ。すまないがもう一杯いただけるだろうか」
「はい、只今お持ちいたします!」
  男子よりも女子の方に気を持たれる。思わず声を出して笑ってしまった、情けなく。

 いつかまた屯所を移すことになるだろう。沖田の体の負担も大きくなっていく。

「……戦場の空気は肺に悪いだろうなぁ」靴を脱いで、沖田の額を撫でた。この銃から出る煙も、彼には負担になるものだった。彼に負担になるものを持つ、それはわたしにとって、とても重い事なのだ。

「名前ちゃんってホント、左之さんに負けないくらいに色男だよ」
「沖田……まさか狸寝入り?」
「名前ちゃんがあの子と話すあたりから起きてた。いつきたの?」
「つい先ほど。これお土産。実は沖田と一緒に食べようかと思ってたんだけど一向に起きないかと思って先にいただいた。あの子に茶も持ってこさせようか」
「きみのもらう」
「そうか まあ、それくらいはいいだろうね」

 意地の悪い一言も出なくなった沖田と話すのは、少し寂しい気もする。沖田が手ぬぐいに巻かれているものを指差した。いつでも襲われてもいいように、刀を失ってもいいように、常に携帯しているのだと手ぬぐいを取った。
「わたしの新しい武器だよ 近藤局長から頂いた。これからこれで戦う」

「格好いいだろう?」

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仮面(原田)

「槍は重い」
 原田から渡されたのは彼が扱う槍だった。敵と距離と保って戦える武器なのは魅力的なのだが、如何せん重いので、わたしには扱えないだろう。「その、腕が持っていかれそうになるから」そう言うと彼は笑った。なに女々しい事言ってんだ、とかなんとか言うのだろう。たちまち恥ずかしくなって原田に背を向けて歩き出すが、慌ててわたしを追ってきた原田が「槍はいいぞー」とかなんとか語り始める。
「しつこいな どうでもいいんだけど」
「あーっそういうなって!な?一つ付き合うと思って、茶屋にでもいかねーか?」
「いい。わたしは別に……興味無いし」
「島原!」
「いかない」
「……ま、そう言わず……今日くらい付き合ってくれよ。な?もしかしたら槍も使いたくなるかもしれねーだろ?団子奢ってやるからさ」

「……槍は重い けど、そこまでいうなら聞いてあげる」

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壊れた時計(斎藤)

 一目見てすぐにわかった、彼女だと。沖田と共になった彼女だと。沖田がいいといった彼女は、その身に血を浴びながら壊れた銃を捨て、刀を持って懸命に戦った彼女の姿だった。
 俺は前世を知っている。だからすぐにわかった。姿形と声は彼女のままで、変わったのは口調と性格くらいだろうか。あの頃は懐かない猫のような性格だったのに、今は刺々しい一面や男勝りな一面もあるけれど、それでも幾分柔らかくなったろう。沖田と恋人同士になってからは尚更だ。
 過去は未来を縛りつけるらしい。淡い恋心を抱きながら彼女を見つめる俺の視線は一体どのようなものだろうか。
「斎藤おっはー 今日も精が出るねー早起きつらくないっすかー」
「『おはようございます』。つらく『ないですか』」
「堅っ苦しいなー相変わらず……」
 きっと、ひどいものだろう。

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囚われの鳥(藤堂)

「名前ってよー、こう、自由人だから屯所にいるの暇じゃねーの?」
 原田と永倉のお土産である大福を食していた際、いつの間にか向かいに座っていた藤堂に視線をやった。
「今大福を食しているさようなら」
「さようならって!そりゃねーぜ!」
 千鶴に入れてもらった茶を飲む。
「まぁ暇と言っちゃ暇だが……食べ物があればいつまでも屯所にいられるな。食べる?半分あるけど。原田、さんが食べ掛けのやつが」
「左之さんの食い掛けかよ!食べたらきっと怒られて夕餉の魚取られるんだろうなー……いらねえ」
「そうか?わかった。ならこれもわたしが食べよう」
「言った側から!?怒られるぜ?左之さん、怒るとすぐに手をだすし」
「わたしの知っている原田さんは女性に手を出したり、こんな小さな事で怒ったりはしない男性だ。役得というものだな」
「ずりいな」
「藤堂は子どもだな。原田さんが怖いのか?」
「怖いっつうかさー、手ェ出してくんのがな!いきなり出てくるから受け身も何も取れないって……」
「藤堂は格別素早いし、気配に敏感だからな、きみが言うのならそうなのだろうね」
「………あれ?名前、今日機嫌いい?」
「……大福、美味しいから」

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浸食(土方)

 泥を頬に塗った。雨は止む気配がなく、仕方なくこの場で待機をしろという命令で木に凭れ雨を凌ぎ体を休めていた時だった。新政府軍が藪の中から数人出てきたのであった。ここからそう遠くない距離で、身を屈めて銃を構える。弾数は四つ、敵は六人。帯刀しているが、全員銃をこさえている。
「敵さんだ」隣にやってきたのは土方さんだった。雨が止んで生き残ることができたらこの洋装を洗わなくちゃならないな。土方さんは銃を持っていない。しかし、羅刹である。羅刹の事情を知っているからこそ、頼りにしているし、頼れない部分がある。きっと追いこまれたら力を使うだろう、少しだけなら平気だと言って。
「あまり動かないようにしましょう。こちらに気付けば別ですが……これはちと分が悪い」
「だな。……しかし名前、お前板についてるなその武器」
「どうも。結構やり込みましたからね。ちょっとやそこらの兵とは格が違います。弾数四つですし、外せません。戦いになったら」
「その時は俺を頼れよ」
「あなたに頼る事なんて今はできませんって。まぁ正面から戦おうとは思いません。敵の数に対しわたし達二人だけですし……突撃とか考えないでくださいね」
「はぁ……思っちゃいねーよ。俺はお前が肩持って突撃すんじゃねーかと思って様子見に来ただけだ」
「助ける気満々でしたが?」
「うるせぇな いいか 腰引け」
 逃げる気満々らしい。
「そうこなくては」

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鎮魂歌(沖田)

 透明な糸がわたしと沖田を繋いだ。糸は垂れてわたしの膝に落ちていった。
 沖田とのキスは嫌いじゃないけれど苦しい。慣れてきたけれども、やはり苦しさは変わらない。苦しくなって沖田の肩に頭を預けて息を整えた。沖田の膝に乗っているからか、沖田よりも少しだけ座高が高くなっている。
「ん……はっ、苦しい」
「まだまだキスは下手だね。 ぎこちないのも可愛いけど」
「よくそんな恥ずかしい事よく言えるな」
 沖田がシャツのボタンを外していく。沖田は一足先に上半身だけ裸になっていて、わたしはセーターだけを脱いでいる。既に戦闘態勢な沖田と、今から昼寝でもしようと思っていたわたし。眠ろうとソファーに横になろうとした時に体を滑り込ませわたしを膝の上に乗せたのだ。
「沖田も、かっこいいよ」
「あぁ……またそうやって僕を煽ろうとして……きみってホント解りやすい」
「………沖田だって煽ろうとしてるじゃん」
「僕の煽りは効き目抜群でしょ?」
 太股で沖田の腰を締めると、クスクスと笑い声を零した沖田の頬が頭にのしかかって来たので、首元に腕を回して強く抱きしめた。
「キス、したいなぁ」
「また苦しいって言う癖に きみって学習しないよね、本当」

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