痛み(沖田・山崎)
強くあろうと強くありたいと、願う事は、いけないことなのだろうか。女の身でありながら帯刀し、その刃を敵に向け、仲間を護ること・千鶴を護ることができればそれでよいと思っていた。だが、そうもいかないのが現実である。だから、せめて千鶴や、新撰組の皆が生きてくれるのならばそれでいいと、そのために強くなりたいと願っていた。
千鶴は肩を震わせて泣いている。目の前で息を引き取った彼を見下ろした。風間千影の刃を背に受け止めたのだ。誰から見てもそれは深手であった。松本先生の付き人として多少の医学の知識を詰め込んだわたしと、蘭学医の娘である千鶴が世話をしていた。といっても幹部らで募って今後の在り方や、羅刹の話もあるのだろう。何をしているかはわからないが、これはわたし達が関わっていいほど軽いものではないということを理解しているので、二人で山崎君を看ていたのだった。
「………報告を、してくる」
考えられない程小さな声だった。部屋を出て、幹部らが集まる部屋へ赴き、山崎君の死を報告した。幹部らは悟っていたかのような表情で重い腰を上げる。「そうか」幹部の中で土方さんが最後に腰を上げた。
「わたしもできます!」
千鶴が前に出る。山崎君を水葬することで意見が一致し、水葬の準備をするようにとわたしと斎藤が呼ばれたのだった。しかし千鶴も自分もやれると目に涙を溜めて土方さんに訴えかけるが、千鶴の顔を見る土方さんは首を振る。わたしも土方さんに賛成だったので、千鶴の腕を引いて個室から出した。
「やらなくていい」
苦しまなくていい。
「………」
「………」
会話はなかった。斎藤は下半身を。わたしは上半身を。
「斎藤、そこは強く巻かなければ」
「……ああ」
顔は最後だ。きっと息がしにくいだろうから、最後の最後に、鼻と口を。
「つらいのなら、俺がするが」
「いいの いいんだ やらせてほしい」
涙は出ていないはずだった。腕に包帯はすでに巻き付けた。よく断食をすることもあったそうで、確かにこの体の薄さを見れば納得をした。最近は緊迫な状況だったし彼も働き詰めだったのだろう。彼に貰ったお手玉を裾から取り出して胸に置き、そのまま包帯を巻いていった。
そして最後に鼻と口を、塞いだ。
さようならと、口を動かした。声は出なかった。いつまでも山崎君が沈んだ海を見つめるわけにもいかないし、新参者のわたしが、新撰組の人達と共にいることは気が引けた。
山崎君と犬猿の仲であった沖田でさえ、ああした水葬を見送ったのだから。踵を返し、山崎君が眠っていたそこの片付けをしようと思い部屋に入る。いつまでも布団が敷きっぱなしだったり薬が出っぱなしだったら、なんというか思い出してしまうからだ。
布団を掴む。
「ッ……くそ………」
布団に黒い染みを作る。歯を食いしばって嗚咽を殺すが、涙は止まらない。次第に、嗚咽がでない程になってしまった。空気だけが込み上げてくる。布団を抱いて、その場に膝を折った。
「名前ちゃん」
沖田が手を伸ばした。わたしは布団を離して沖田の首に腕を回して顔を首元に押し付けた。
なぜわたしは生きているのだろう?なぜわたしが代わってあげることができなかったのだろう。なぜ大事な人達がいなくなっていくのだろう。
死の痛みは怖い。
死の恐怖は怖い。
死は、怖い。
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