腕の振り方も、踏み込み方も、木の登り方も、そのあとの下り方も、走り方も。なにもかも、わたしは誰からも教えられていないのに急に動けるようになった。腕の振りや踏み込み方は土方先生に教わったはずなのに、今までの動作とは全く別で、木の登り方や下り方は慣れ親しんだ動作で、走り方なんて今までの比ではない。多分1秒は早くなっている。 1週間の自宅謹慎を終えたわたしは皆が「鍛錬でもしていたのか」と言うほどに、変わっていた。 「あはは、名前ちゃんってば野生児にでも返ったみたいだね おサルさん」 ケラケラと腹を抱えて笑う沖田の脛を思い切り蹴ると、痛みに蹲った沖田の側に斎藤が駆け寄った。 「名前、あんたはいい加減にしてくれ!」斎藤は沖田の母親なのかわたしの母親なのか、はっきりと公言してほしいものである。 「ハッ そうだった」大人しくしてくれと念を押されていたことを思い出す。 「あはは……久々の蹴り………」 沖田は怒るどころか、眉を下げて笑っている。 木に立てかけていた竹刀を持って、片手には怪我をした雛。先程この雛が地面にぐったりしているのを見つけたのだ。近くにある木を登り鳥の巣を探したが、それらしきものはどこを探しても見つからなかった。これでは雛が弱っていくばかりで、終いには死んでしまうだろう。親鳥が探す気配も無し。鳥を飼える勇気も無し。 「どうしよう」 「え?」「あ、」沖田と斎藤がわたしの手の中の動物を見下ろし、声を上げた。 「……土方先生に相談してみよう。何かしらの対処を考えてくれるはずだ。持っていられるか?」 「あ、うん 持ってられるけど……」 体育館に入っていく斎藤の後ろについて行き、土方先生を呼んでくれた斎藤にお礼をした。斎藤の隣で雛の事を話すと、生物担当の先生に面倒を見られるかかけ合ってくれるらしい。ただもう弱っている。 「…………。死んじゃいそう」 ぽつり。ぽつり。 「死んじゃいそうだなあ……」 同じ命であるのに、体は小さい、同じ命であるのに、命が小さく思えてくる。生まれたばかりの雛も人間の赤子と同様なのだろうか。鳥の赤子は愛情を与えられているのだろうか。この子は、親からの愛情を感じたことがあるのだろうか。 「(まるで、わたしと同じ)」 死んでしまいそうだから、早く助けてあげたい。 「あ………」 雛が止まる。 ガタンッ 「名前!」 近くにいた斎藤がわたしの元に駆けつけ、わたしと、落ちた雛を拾って、近くにいた部員に先生を呼ぶように伝えた。膝を床に付けていたからわたしの腕をそんなに強く掴むことなかったのに。斎藤の大きな手の中にある雛を見つめた。 「どうした」 「いや……別に…ちょっと、急に動いたからかな、クラクラしちゃって」 「保健室に……」 「平気、もう大丈夫だよ 雛は」 やっぱり死んでいる。 「埋めたいんだけど」 「……土方先生を呼んでくる」 落ちていた木の下に雛を埋めて、いつもと変わりなく竹刀を振るった。その間は雛のことを考えずに、そして終わって着替えている途端に雛の事を思い出し、長い溜息を吐いた。雛に関して千鶴ちゃんは何も言わなかったが、わたしの溜息に反応し気を利かせたのか、お先に失礼しますと言って更衣室を出た。 なぜわたしはあの時頭が真っ白になったのだろうか。懐かしいにおいがするわけでもなく、頭痛がしたわけでもなかった。雛が動かなくなった瞬間の出来事だった。汗臭い男子更衣室とは別に、女子の更衣室は徹底的ににおいに関しては神経を研ぎ澄まし、消臭剤を置きファブリーズをまき散らしているので、あの果てしないにおいはしない。だから思わず腰を下ろして、ドアを見つめた。 「ねえ名前ちゃん、まだ?」 えっ。立ち上がってドアを開くと、体操座りをしている沖田がわたしを見上げていた。 「一緒に帰ろうよ」 沖田と二回目になる帰宅道、その間は会話はほとんどなかった。今日の部活のことだとか、わたしが家で寝ていた間の一週間など話のネタはいくつかあったはずなのに。帰り道の会話は道中のことばかり。それから沖田の趣味の話のみ。わたしは相槌を打ちながら、居づらさにしまったな、と思っていた。 一体わたしと一緒に帰っても楽しいと思える要素がどこにあるのだろうか。こんなに楽しくないわたしとの帰り道、この後一人で自宅へ向かう帰り道、沖田もわたしと同じようにしまったな、バカしたな、言わなければよかったな、などなど思うはずだ。 「そういえば名前ちゃん、たまご粥はどうだった?」 「……え あ…」まずかった、など、わたしには……「不味かった」言ってしまった。 「…あははっ!僕料理下手なんだ!」 「レシピ見ながらって言ってたじゃないですか」 「でも失敗しちゃったから不味かったってことじゃない よし、次は上手く作るから最後まで食べてね」 「不味かったけど、最後までちゃんと食べたよ!腕磨いてから出直してきて」 「え?食べたの?」 「食べたよ!勿体ないし、せ、せっかく作ってもらったものだし……」 ……あれ? 隣にいたはずの沖田がいなくなっている。 「沖田?」 あれ?後ろにいるよ? 「あのー……沖田くん?」 「………そっか」 沖田とはテストが近くなるにつれて、距離も段々近付くようになっていった。ただわたしは沖田の事が「好き」だとは思わなかったし、思えなかった、友達以上恋人未満という関係と似ている。つまりは、所謂、少し仲の良い友人関係といったところ。わたしのテスト勉強には沖田が付き合ってくれた。 沖田は静かな所が好きなようで勉強も図書室か図書館、わたしの部屋が多かった。沖田の家は決してなかった。苦手な古文も数学も沖田の手に掛かればわたしでさえ解けていく。基礎も応用も、まるで魔法が掛かったように、解けていくのだ。 夏祭りの事にずっと触れていないが沖田は覚えているのだろうか?こいつ、顔だけはいいからいろんな女の子に誘われているはずだ。向かいの席で宿題を進める沖田を見て、ムカついたので消しカスを投げた。 テストが終わり、長かった部活休みもようやく再開し、夏休みも近くなってくる。奇跡的に赤点を取らなかったのは沖田のおかげなので、ガリガリくんの梨味を買ってやった。彼は梨味が気に入ったらしい。わたしから少し貰った後、近くのコンビニのガリガリくんを買い占めたそうだ。それでもなおわたしに奢ってもらう、というのは本当に気に入ったらしい。 今日も夏休みの部活、只今帰り道。久しぶりに昼までの練習で、暑いからわたしの家に行きたいと言った沖田に二つ返事で了承した。テスト勉強の時もわたしの家に来ていたわけだし、別にイヤに思う事もなかったので、スーパーでお昼ご飯と夜ごはんの材料を買って(もちろん沖田は荷物持ち)、家に帰った。 「チャーハンチャーハンっ」 「ちょっと人の家で跳ねるなよ」 我が家のようにリビングのソファーにドカリと座りテレビを付けた。 「シャワー浴びる?」 「え?いいの?」 「あ、でも着替えないか……まあこんな暑いしシャツ干してれば何時間か経てば乾くだろうし……お父さんの服でいいなら貸すけど…」 「あ、うん、むしろいいの?それ」 「お父さんほとんど家に帰ってこないし」 「お姉さんもいないね?」 「彼氏の家と半同棲生活」 「あ、そうなの。じゃあお言葉に甘えて借りるよ」 お風呂場を案内し、脱いだシャツを洗濯にかける。脱水までして、パンパンと皺を伸ばしハンガーにかけて庭の物干し竿にかけて昼食づくりに取りかかった。 「わあ、良いにおいだね 名前ちゃん、料理出来るんだ」 「まあほとんど一人暮らしのようなもんだし…。そこの戸棚からお皿とって、あとその段のしたにスプーンあるから」 頭にタオルを掛けている沖田に指示を出すと文句ひとつ言わずに指示に従った。沖田からお皿を受け取り、フライパンを振りながら均等になるように、でもちょっとばかし沖田に多くチャーハンを入れていく。「ネギチャーハン」「わあぼくだいすきー」その棒読みはなんなの?ねえ。 「そういえば沖田結構わたしの家来てるけどご飯は食べて帰らなかったね」 「迷惑になるでしょ?」 「今更じゃね……」 「ほんとに、いいにおいだね」 「お腹空いてるなら不味い料理も美味しく感じるはずだよ」 「うん それはそうだ」 「(蹴るぞ)」 「うん、美味しい」 ← → |