前世というものをご存知だろうか。よく漫画や小説、ゲーム等で戦国時代にタイムスリップしたり、別世界へ飛んでしまったりしまう例があるが、それはタイムスリップしたりトリップをしたことのない者が書いている云わば、妄想の産物である。しかし、わたしが今尋ねているのは、本当の、妄想の産物でない、本当の事実を知った上での問いだ。 そう、わたしは前世を知っている。と、いうのも、ここ最近になって鮮明に思い出してきただけだが……。今までは夢の中で自分が竹刀を持ってどんちゃん騒ぎを起こし、「お前女の癖にこの野郎男女め!」と叫ばれ、「貴様、ほにゃららのにゃららだな!」髭の生やしたお侍さんに言われ、「きみ、なんでそんな格好してるの」と数々の暴言を夢の中で涙と一緒に飲みこみ耐えていたのだが、ここ一年で夢の中だけではなく、普段の時にも思い出す様になった。これも、前世を知っている者にしかわからない感覚なのだが。 そんなこったで体を動かしたくてたまらなくなったわたしはいつの間にか剣道部に所属していた。女子で剣道部など珍しく、希少価値の高い生き物として扱われている。特に土方先生にはアツイ指導の元タイセツにしていただいている。この前腕に青痣できた死ね土方。 しかしこうアツイ指導をされるのもなかなか悪いものではないな……と。そんな事を呟いたら斎藤一は納得したように頷き、隣にいた沖田総司は呆れたようにわたしの事を見ていた。 「えー帰ったら焼きプリン食べるでしょ?そんで、あ、あそこのボス倒すために大体2レベずつアップさせて……能力配分もこれから慎重にしていってー……あっとー今日マガジンとサンデーの発売日!うがー!」 2限目で既に放課後の部活が終わった後の計画を立てているわたしは女子力の高い女とツイッターで呟けるけれど内容が内容である。近頃、わたしはとても男っぽくなったように思う。これは恐らく男所帯の剣道部に一人だけ勇敢なる女子が居座っているからだ、男子の影響だ。 「きみもうちょっと女っぽくしたら」 「黙れ」 「ッ!」 最近沖田総司はわたしに何かとちょっかいを出してくる。今までもそうだったが、わたしは2年2組、彼は2年1組というクラス配分。今までは放課後にちょっかい……というのはあったが、2限目を終え昼休みにまでちょっかいを出しに来る、という例は今までになかった。 なので、わたしは沖田の足の脛を思い切り蹴りあげると、沖田は宙に浮いて背中を床に押し付けた、というか、ぶつかった。 「ちょっと、ねえ」ドスのきいた声など今までに何回聞いた事か………。 「うぜぇ」 「言葉も男っぽくなっちゃって、今までの可愛さはどこにいっちゃったの」 「あのさぁ……わたしの事今までに一度での『可愛い』なんて思ったことあるの」 「……………ないね」 「踏みつける!!」 「うぐっ!」 「お、おい何してる!」 「おい!」 この光景を見届けているギャラリーの間から永倉先生と斎藤がわたしを止めに入って来た。頭を振って踏みつけられた胸を押さえている沖田はわたしを睨んで、「チッ」と舌打ちして教室を出ていく。最近こんな事が多くなってきた。「ちっ」わたしも負けじと舌打ちをすると、ゆっくりとこちらを振り向いた沖田が嘲笑うかのように「下手クソ」と言ったので、永倉先生と斎藤を振り切ってその背中飛びかかった。 「何をそんなに凶暴にさせたんだか……」 呆れてモノも言えない土方先生は溜息を吐きながら頭を抱えて俯いた。 結局怪我をした沖田は保健室へ。そのまま消毒と絆創膏を貼った膝は少し痛々しいものだったが、心は晴れ、清々した!とガッツポーズを決め込むと永倉先生と斎藤に一発ずつ拳を振るわれた。 「土方先生に育てられました!」 「声がでけーよ!」 あー、もういいわ、放課後は体育館雑巾がけな。と鬼の土方来襲…というか毎日だが、この暑い夏にそんな罰はわたしを殺そうとしているとしか思えない。だったら大人しくしてろよ……とか溜息と共に呟かれそうだが。 昼休みも沖田のせいで潰れてしまい、急いで教室に戻って鞄からお弁当を出し、誰とも喋らず、友人の輪にも入らずに一人で半分食し、やっと友人の元に走っていった。 「もう今日は災難だよ」 「うん 多分沖田くんの方が災難だと思うよ」 一番の友人は何かと沖田贔屓である。 「ゆっくり食べます」 「どうぞ食べてください」 「ねえ、わたしって男っぽくなった?」 一応、念のため、わたしと長く一緒にいる友人に、わたしは男っぽくなったか尋ねる。身長を伸ばしたい!と言って毎日牛乳を飲んでいる友人は、今日もストローを啜って牛乳を飲む。ごくりと喉を鳴らした友人は、わたしを見た。 「かっこよくなった」 「やっぱりなってるの!?」 「いや別に、あんた今までも週刊誌読んでたし、格闘ゲームとかバトル系漫画ゲーム小説なんでも好きでしょ?なんか暴れ足りないのかと思うくらいに部活はいる前は叫んだり走ってたり忙しかったから別に普段の何ら変わりは無いけど……、うん、かっこよくなったっていうか、凛々しくなった。自分に自信でもついたの」 「いいえまったく!古文の小テスト赤点で、明日の放課後は補習です!」 友人から憐みの目が降ってくることは日頃からだったし、今回もそう。明日は土方先生もわたしも部活にはいないが、斎藤もいるし一時的に先生がいなくたってどうにかなるだろう。今回で多分5回目くらいだけど。 「名前」 「ん? あ、斎藤」 「一度、総司に詫びを入れた方が良いだろうな」 「ええ」 「ええ じゃない」 「うんまあそうだよね。沖田くん、かなり苦痛な顔してたよ」いつのまにか飲みほした牛乳パックは机の上に置かれていて、綺麗に潰して畳んであった。わたしは悩む素振りをして、謝る気など毛頭もないが、わかったといって頷いた。残りのお弁当の中を少なくしようと箸を進めていると、授業開始五分前の予鈴が鳴った。斎藤はハッとして急いでロッカーから辞書を取り出し、机に戻って脇にかけてあった鞄から教科書を取りだした。やっぱり斎藤は格が違うわさすが風紀委員。 「問4の(b)の問題をー……」 ふあ、眠気………。 「すごいね、2限連続して睡眠学習っすね」 「あー………あ……う?う、うん……ううん……ぼやーってする」 遠くの方で斎藤が総司総司とわたしに向かって何か訴えているようだが、これは幻聴?それはそうと、明日は部活の時間遅くなるし、今日はうんと練習がしたい。っていうか思いっきり体を動かしたいのだけど、眠くてそれどころではない。 「ううん……部活行かないと……」 早く行って雑巾がけしないと……。 「名前!!」 「ほああああっ!」 耳元で斎藤の大きな声と、無理矢理体が宙に浮く。クラス中の注目を浴びたわたしと、隣の鬼の形相(なにやら見た事がある。)に、眠気もすっかり消えてしまい、鞄と掃除ロッカーの横に立てかけてある自分の竹刀を掴んで、斎藤に一言。 「行ってまいります!」 「部活に!」 「まずは総司!!」斎藤の叫び声をかき消すかのように廊下に出て、階段を下りて体育館へ行く。わたしの為に設けてくれた、男子更衣室の反対側にある、普段使われない放送室を使って剣道着に着替え、階段を下りて地下にある掃除ロッカーからバケツと雑巾を取りだした。 「ちょっと、もう一枚足りないけど?」 「………え?」 顔を上げれば既に着替えを済ませている沖田総司の姿が。 「な、なにが?」 「だから、雑巾が一枚足りないって言ってるの」 「…………。なんで?」 「ハァ……もういいよ、自分で持ってくるから」 ポカーーーン。わたしは沖田の背中を見送り、沖田がわたしの隣に戻ってくるまでずっとその場に立ち尽くしていた。わたしが沖田を見上げていると、沖田はわたしのバケツを奪い、体育館を出てすぐにある水飲み場から水を入れて、わたしに渡してきた。 「やるよ」 「へ、あ……え?うん え?」 気付けばわたしと沖田は並んで体育館を雑巾でピカピカにしていた。 「なっ……んだとぉ!?総司が!?そりゃ何かの間違いじゃねぇのか!?あぁ!?」 「ひひひ土方先生なんで怒るんですかあ…!?」 面を外していたわたしは思わずそれを盾にして土方先生から距離を取る。が、土方先生は驚きのあまりその場から動けずにいるようだ。ふるふると肩を震わせ、顔を青くしている。天地がひっくり返ったかのようだ。土方先生のこんな顔は初めてみるような気がする。ん?以前に一回くらいは見た事があったかもしれない……これも沖田関係で。 沖田が掃除の手伝いをしてくれました。断れませんでした。男子の群れからポツンと素ぶりをしているわたしの元にやってきた土方先生にそれを伝えただけのこと。だが、正直わたしも驚いている。だってあの沖田だ。あの沖田だぞ、今日わたしが怪我をさせてしまった沖田がだ……。 「これは何か、悪行を働いているのか、アイツめ……」汗を拭い、斎藤と打ちあいをしている沖田を見る。 ――ハッ い、今目が合った……?「一本!」 「あ、沖田負けた」 着替えも済み、携帯をいじりながら男子勢を待っている。どうせヒューヒューとか拍手だとかそういう罵り染みたことをする子ども共の集団だ、ここはひとつわたしのほうが大人になろう。冬とは違い、6時半になってもまだまだ明るいのは夏の良い所だと思う。蝉の声は鬱陶しいが、これも夏の風物詩というもの。蝉の鳴き声をBGMに、アプリを開く。最近ハマっているのは育成ゲーム、まああれだ、パズドラ。 「あれー名前じゃん、何してんの?」 「あ、藤堂いいところに!沖田いる?」 「え?おお、あそこ」 「どうも」 クリアの英語。さすが、わたしのモンスターに抜かりはなくってよ。電源ボタンをワンプッシュ、鞄に入れて、沖田に近付いて行った。 「沖田」 「なに?」 「昼間がはごめんね あと、掃除もありがとう で、これお礼」 この間友人と焼き肉を食べに行った時にもらったパインアメを沖田の手に握らせた。 「じゃ」 「あっ 名前ちゃ……」 わたしは帰ったら色々とやる事があるのだ。無駄話などに付き合ってられるか!沖田の後にいた斎藤に捕まらないようにわたしはそそくさと校門を出て、最近発見した近道から駅に向かった。お母さんと男の子が、虫カゴを持って中に入っているカブトムシの自慢をしている。これクラスの皆のカブトムシの中で一番大きいんだとか、力が強いんだとか、いつかバトルさせたいだとか、2人は蝉の鳴き声をBGMに歩いていたが、気付けばカブトムシは羽を広げて虫カゴの中で暴れ出していた。きっと2人には蝉の鳴き声など、聞こえていなかった。 そして頭痛がする。 あー、懐かしい頭痛だ。 懐かしい、においがする。 ← → |