いつでもきみを想っている | ナノ


91:懐かしい歌 92:追いかけて 93:呼び声 94:遥か遠くに見える空 95:想いの風 96:不意打ち 97:三度目の正直 98:完成予想図 99:帰り道 100:明日へ駆けだそう


























懐かしい歌(イケメン先生方)

 教室でただ一人残されて補習を受けているのは名前と、数学の教師兼担任の永倉新八は、無言のまま互いに書きものをしていた。問題を解いたら見せにこい、半分あってたら部活行っていいからよ、と何やら熱心に書きものをしている永倉は書類に向かってつぶやいた。
 教科書と睨めっこしている名前は、まだ半分も問題を解いていない。半分あうとかあわないとかの問題ではない。「うぐっ、うーうー、はぁ、もう、んー」段々と耐えられなくなってきた名前が唸り始める。「うーうーうーうー」その声にバッと顔を上げた永倉は教卓を立って名前の前に移動する。
「どれだ?」
「こっから下全部ですう」
「全部って…………ハァ」土方と同じ表情だった。「わかったよ」
 永倉は名前の隣の席、つまり斎藤の席に座って、持っていたボールペンで図を使いながら説明を始めた。初めは聴いていた名前も、段々と近付いてくる永倉に意識が向いてしまい、永倉の顔がすぐそこにきた時にはもう、声など耳に入ってこなくなった。藁半紙に図と数字とアルファベットを書いているのはわかっても、声が聞こえない。
 近い、近すぎる。
「おい、聞いてるか?」
「……………」
「おい、名前?……名前ちゃーん」
「ハッ えっへっあっ、な、なんですか!?」
 いくら生徒を大事にする教師だとしても、今回ばかりは溜息を吐いてしまう。いやいつものことなのだが。
「ご、ごめんなさい、もう一回お願いします」
「ったくしょうがねえなあ。いいか?」
 ―――ああああ、だから近いって言ってんじゃん!

「………どうした名前、お前、すげえ顔してるぞ そんなに苦行だったか」死にそうな彼女の顔を見て驚く土方歳三先生。
「苦行も何もないですよ もう地獄でした。生き地獄そのものでしたよ 大変でした。部活はまだありますか時間もうないですかこんなに頑張ったのに……」
 理性を保ったのに。別に男性誰でもいいわけじゃないけれどあんなに顔が近くなったのは永倉先生が初めてだった……。あの人もかなりのイケメンに入るのだが、如何せん性格に問題があるので……あまり眼中にないのだ。生徒に。原田先生の方が人気だし。
 しかしああして顔を近く、それも真面目に説明されるものだからギャップ萌え、というやつである。
「……大丈夫か?」
「へ、ああああああ」
 イケメン恐るべし!土方の顔が近くに。エビのように後ろへ反った名前は汗を垂らした。「恐ろしい、イケメン……顔を洗ってきます!」土方を押しのけ体育館の側にある水飲み場で顔を洗う名前はハッと気づく。タオルがここにない、しまった、またやらかした……。いつも沖田やら雪村に貸してもらっていたので完全なる注意不足。
 すると、いきなり白い視界になり、後頭部を顔をがっちりつかまれた。
「わっ!」
「タオル、ねぇんだろ?」
 するりと落ちるまっさらなタオル。視界に広がるのは、男性の整った、原田佐之助の、顔。
「ひゃあああああっ!?」
「おっと……何逃げてんだよ」
「堪忍してえええ!」
 後頭部を掴まれている名前は逃げられず、原田は名前の手を取った。
「逃げなくてもいいんだぜ、お姫様」
「生き地獄だああああ」
 もがくが、力も体型も原田に敵うはずもなく、存分にいじられた後体育館に戻った名前のライフポイントはゼロになりかけていた。「死ぬ、今日、死ぬ……」占い1位だったはずなのに、まるで12位のごとく地獄、本日所持しているラッキーアイテムのハートのキーホルダーは小さい頃100円ショップで初めて母親におねだりして買ったものだ。死人の顔をした名前を土方は迎いいれ………、
「名前、顔が赤い。保健室行って来い」
 ―――はへ!?
「お前今日、かなりおかしいぞ。いつもおかしいがな」
 ――― 一言余計だわクソ!
 だがしかし、心を落ちつかせるために一度保健室へ行って、息を整えよう。とぼとぼと保健室を目指し、よろよろと保健室の扉を開けた名前を迎い入れたのは山南敬助。どうしました?ともどこか頭でも打ちました?とも何も聞かずに机の前のソファーを指差した。
「失礼します……少しやすませてください…心が、動悸が止まらんのですよ」
「動機?ちょっと失礼」
 ソファーに座った名前。の、隣に山南先生。「おや、顔が赤い」そろそろ、「熱、ですか?」そろそろそろ、「しかしそんなことも……おや」今にも頭がパンクしそうな名前は立ち上がった、よろよろと。
「もうやだ……今日は災難だよ……」またイケメンがドアップだよ……。
 保健室から出た名前は体育館の他に行く場所もないので、体育館を目指し歩いていると、後ろから沖田総司の声が聞こえた。「名前ちゃん」とその後ろ姿に声を掛けた沖田は休憩の飲み物を買いに行っていたらしい。
「………どうしたの?」
「はへ」
「……なんか、熱でもある?」
「ああ、うん、地獄の業火に焼かれた。そんで、血の海に、沈みそう」
「大丈夫?」

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追いかけて(沖田)

 寺の子どもらと鬼事をしたりかくれんぼをしていた沖田はあるひとつの影に目を配った。子どもと並んで楽しそうに河川敷で会話をしているその後ろ姿は、彼がいつも追いかけているものだった。後ろから駆けてきた子どもが沖田の服を引っ張る。「なあーそうじー」彼女の隣にいる子どもは……、男。
「(何か間違いでも、起こしてもらったら困るし)」
 沖田は子どもらの頭をポンポンと叩いて、ちょっと待ってて、おにいさん呼んでくる、と言ってその後ろ姿に近付いた。
「あっ!兄ちゃんだ!兄ちゃん!」沖田の後ろにいた子どもの一人が、名前……ではなく、その隣の男に近付いた。「おお」名前から視線を離した男は顔を上げ、男の子を膝に乗せた。「やあ」彼女も、あの子どもと知り合いのようである。
 そこで名前も、見覚えのある影に視線を向ける。「あ、沖田」彼女の口角が上がったことを確認した沖田は、心情を悟られないように笑んで手招きをする。名前は一言、隣の男に入れて沖田の方に近付いた。沖田は名前の手を取る、逃げられないように。
「遊ぼう」
 拒否は認めない。

 名前は子ども達と流行りの遊びをしていた。ちゃんばらごっこである。名前が太く短い木の棒に対して子ども達は細く長い木の棒。えいえいと子どもたちが必死になって振りまわしているのに対し、笑いながらその木の棒を払う名前。の、後ろの木陰に沖田……、と先程の男。彼、名を道長と言った。不逞浪士に絡まれている所を名前が助けたらしいのだが、この女、どれだけの人物を虜にさせるつもりだろう。歳は沖田とそう変わらなそうである。
「いや、珍しくないというか、当たり前だろ?」
 目を丸く、何言ってるんだコイツという風に見やがるこの男、道長。「姉と姉の旦那の情交を見て、いてもたってもいられなくって気付けば男を組み敷いていました」コイツ、女よりも男の方が好きなのか?沖田が気付いた時には、道長に主導権を握られたような気がしてハァと溜息を吐いてそれからは彼の話に全く耳を向けなかった。
「名前殿はとても好色でいらっしゃいますよね」
「殺すよ」今までで一番と言ってもいい程、低い声だ。人を殺せそう。
「ええっ!?」
「早く嫁でも貰ったら もうそのくらいの齢でしょ」
「うーん そうですねぇ」

 ううん、名前ちゃんはそんなに好色なのだろうか?弟を連れて帰って行った道長の後姿を睨みながら、腕を組み直した。「きみらももうおうちにお帰り」いつの間にか無くなっていた太い木の棒はどこに捨てられたのだろうか。
 道長という男、新選組の隊士達よりも、かなりの難敵かもしれない。
「沖田どうした?わたしらも帰るぞ」
 この男女をどうやったら外に出さないで囲んでいられるか……。考えたところで、彼女が大人しくしているわけがない。障子や襖を破って蹴って暴れ回って最後に囲んだ男を背負い投げでもするだろう。
「鬼事しない?」
「はあ?やだよ。面倒くさい。千鶴とならいいけど」
「なにそれ贔屓って言うんだよ。僕じゃ不満なの」
「不満も何も、面白さの欠片一つも見つからん。だったら草咥えてた方が楽しい」
「はは……なにそれ、僕って雑草以下?」
「沖田って葱嫌いだったよね」
 恋とは、難敵である。

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呼び声(斎藤・沖田)

「信じられない わたしはもう沖田総司を信用しない。わたしからの信用がなくなったね」
 面白おかしく笑っている沖田の前に立っている斎藤の後ろで牙を向けている名前は、斎藤の制服の裾を掴んで怯えているのが見てとれる。怪談話が嫌いなのは昔から変わらない。昔は夏も冬も関係無しに沖田や貸本屋が面白おかしく怪談話をしたものだ。しかし過ぎると名前は目にも止まらぬ速さで抜刀して追いかけてくるのだが。(屯所の皆にはこちらのほうが怪談話よりよっぽど恐ろしいと有名だ)
「この学校は七不思議があって、七つ目の不思議がとても怖いって有名なんだけど知ってる?」
「知らない 知りたくない」
「でね、実は夕方五時に一階のトイレの鏡で三回手を叩いて二回お辞儀をして鏡に両手を付けると、後ろに出てくるんだって。興味引かれるよね?」
 と、冒頭に戻るわけだ。
 何か問題でもあるの?と顔に書いてある沖田は斎藤の後ろに隠れている名前に手を伸ばした。「部活、終わるの四時半だよね」顧問の土方先生の事情で今日は早目に部活が終わるのを、部員である沖田が知らないはずがない。「信じられない!」声を張り上げた名前は斎藤一を壁にした。眉を顰めた斎藤は二人の名を呼んで「巻き込むのはやめてくれ」。
「な、何を言ってるんだよ斎藤君!わたしは君だけが頼りなんだよ!?」
 ちなみに三人は体育館にいるが、他にも部員がいることを忘れてはならない。なんだなんだと面白がって群がる部員らは、沖田から事の始めを聞いて、面白い、俺らもやろうぜ!とノリノリの様子である。人数が増えたので安心してホッと笑みを浮かべた名前と、次第に暗い顔になっていった沖田を斎藤は見逃さなかった。

 そして七つ目の不思議、作りものであったと判明した。午後五時十分のことである。

 安心しきった表情の名前は、宿題のプリントを忘れた沖田の付き添いで2年1組の教室を訪れている。「だと思ってたよ!」晴れやかな名前の隣には斎藤一。彼は二人の付き添いである。土方に、体育館の戸締り頼む、と託された彼の右手には体育館の鍵が握られているのだ。職員室に戻しに行くからと、二人に付いてきた。その意図は本人である斎藤と、沖田のみが知っている。
「でも大勢だったから映らなかったのかもしれないよ。おばけは照れ屋さんってどこかで聞いた事があるんだけど……」
「今のわたしに怖いものなどなーし!斎藤、職員室まで付き合ってあげるね!」
「ああ……(総司と共にいるのが怖いんだろうな)」
 この様子では、今にでも怪談話をおっぱじめる気だろう。沖田は指を折り曲げて、自前の怪談話の数を数えていた。
「なに?」
「え?」
 顔を上げて斎藤を見た名前は、笑顔でいる。「え?」斎藤も名前を見下ろす。あれあれ、どこだっけな、と沖田は机の中を物色しているので……名前を呼ぶはずがない、それに名前が沖田の声を聞き間違えるはずがないのだ。斎藤は教室の外へ視線を移す。
「あの、だから何?」
「……なんでも、ない」
 こちらが何だと尋ねたい。本当に、自分?もしかして自分の知らぬ間に名前の名を呼んでいた?覚えがないために、必死で記憶を探り巡るが、どうしても自分が名前に何かアクションを起こしたとは考えられなかった。それは本当に俺か?
「ああ、あったあった。ごめんね二人とも」
「もーちゃんと持って帰りなよ!」
「ごめんってば」
 名前と沖田に至っては普通。気付けば斎藤の右手は汗まみれになっていた。
「なに?」「どうしたの一君」
 時が止まる。斎藤は後ろを振り向いた。しかしどこにも、誰も、斎藤の後ろにはいない。斎藤は心臓がドクドクと胸を打って、思わず左胸を押さえた。二人はそんな斎藤の様子をキョトンと見つめていた。
「いや、なんでもない」

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遥か遠くに見える空(沖田・原田)

「しらねーよ」
「しらねーよって左之さん……。左之さんがこんなにひどい人だったなんて僕知らなかったな……」
「好いているけど手が出せない、なんて俺に相談することでもないだろ。直接本人に言えばいいじゃねーか。ったく誰が好きで野郎の事情なんて聞かなきゃならねーんだ……」
「いいじゃないですか左之さん、可愛い弟分だと思って親身になって聞いてくださいよ。お酌しますし」
「総司じゃなくて名前なら喜んで相談に乗ってたとこだよ」
「はいはい。で、どう思います?」
「どう思うって……そりゃもう手ェ出せばいいだろ。あーくそ不味い酒だな」
「だから、『好きだけど手が出せない』んですってば。僕の話、理解できてますか?まったく、左之さんが駄目だったら他に誰に相談すればいいんですか?平助?子どもでしょう。新八さん?殴られますよ。山南さん?話を聞かないのが見え見えです。近藤さん?そんな相談できるわけがない」
「一人たらなくねーか?」
「ああ千鶴ちゃんですよね。彼女は一応女の子だし、僕の面子にかかるっていうか」
「いや千鶴じゃなくて……新選組の大事な副長を忘れてるだろ?」
「誰です?それ」
「お前は鬼か?」
「それより……まぁ名前ちゃんって生娘だと思うんでそういう雰囲気になったら逃げちゃうんですよ。で、ああ怖いのかなって思ったりして」
「それで相談か?お前も若いな総司」
「いやそんな若くもないですよ」
「いやいや青いって。まあいいんじゃないか?今の内に謳歌するってのも一つの手だぜ」
「やですよ」
「『やですよ』って……」
「僕がどれだけ必死になったかわかります?こんなに必死になって誰かの背中を追いかけたのは久しぶりですし」
「それ名前に話してみろ。あいつなら頷いて口吸いにも答えてくれるだろうよ」
「口吸いなら、なんとか」
「……………。それ以上ってか?もう我慢しとけ」
「左之さんどうせ面倒くさくなったんでしょ」
「………いや、別に。俺帰るわ」
「え?ちょ、左之さん?」
「ご武運を」
「は?」

「なんだ、その、沖田………悪かった」
「……名前ちゃ………。どうしてここに?」
「近頃元気ないなとは思っていて、先程屯所にいないと思って藤堂に居場所を訊いたんだ、そしたらここだって。まさか原田さんも一緒にいるとは思わなかったけど……すまない、話の一部始終をしっかりと聞いてしまった……えっと……」
「……やだな、僕が君に欲情するとでも思ってるの?」
「…………は?」

「で?なんで顔に痣作って帰って来たんだよ」
「一悶着あって」
「死線でもくぐってきたか?お前はまず、素直になれよ」
「………、加減知らないんだよあの娘は」
「総司……、う、うしろー……」

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想いの風(沖田)

 沖田総司はインフルエンザになりました。学校側からくんなって言われました。という文面に、思わず笑みが浮かんだ名前は、どうぞ安静にしてくださいね。と文字を打って送信ボタンを押した。学校は現在インフルエンザが流行っている。ファッション雑誌に載って人気が出る洋服のように流行っている。シングルランキング1位を取ったアイドルグループのように流行っている。インフルエンザの話題が一日に一度は必ず出てくるくらいには流行っている。
 沖田は元々体が弱いようで、よく咳やくしゃみ、微熱頭痛を繰り返し比較的軽いものだったが頻繁に患っていた。が、耐性も付いているのですぐに治っていつもの意地の悪い性格を出してきては皆を困らす。そんな環境に慣れてしまった名前は物足りなさを感じながら、朝昼夕と一日を過ごしていた。これがあと何日が続くとなると……少し寂しい気もする。

「名前」
 部活も終わり、着替えも終わり、あとは駅に向かって帰るだけ。スカートを揺らした名前が振り返った先にいる人物は、少々頬に赤みがある斎藤一だった。斎藤も沖田がインフルエンザで休んだことを知っている。「なに?」名前は斎藤に体を向けた。
「送る」
「へ?あ、いいよ。別に一人でも帰れるし……」
「いや、送る」
 斎藤一、こうなると何を言っても聞かないのである。名前が逃げないように、諦めるように、糸がほつれてボロボロになったスクールバッグの肩紐を掴んだ。たじろいだ名前は、わかったよ。と言って諦めて斎藤と共に歩きだした。別に、斎藤なら沖田も怒らないかな、と思ったからだ。
 斎藤は沖田のように話題を吹っ掛けてくることはないだろうと考えていたが、それは一片した。少し必死さが垣間見えるが、彼が彼なりにどうにか話題を続けようとして話を長引かせるし、手紙の話題も一つ出している。学校で喋るのと、学校を出て家路の中を喋るのとでは全然違う。いつもの斎藤がいつもの斎藤でなくなる。
「なんだか懐かしい。……昔もこうして、巡察の帰りは話していたよね。まだそこまで内容は思い出してないんだけど……」
 鉄砲を食らったかのような顔をした斎藤は、「あ、ああ」と消え入る声で返答し、黙った。ああこりゃやっちまったな、と頬を掻いた名前はどうにかこの場を打破するために、昔の話か、土方の話をしようと今までの記憶を引っ張りだす。かといって昔の話はあまりできないし、土方に関しては名前の方がからかってそれを注意する斎藤、となっては大人しく黙るしかない。
「……そうだな、懐かしい、とても」
「……(さ、斎藤…!?)」
 斎藤の手には名前の手が握られていた。
 いやいやでも、これは、何!?一瞬の気の迷い!?斎藤、わたしに彼氏いること知ってるよね!?急に慌てふためく様子に、苦しそうに笑む斎藤は口を開いた。
「振りほどかないのだな。昔は、振りほどいたと思うが」
 いや随分丸くなった。…ではなく、懐かれたのか?それを聞く名前は今も昔も懐く懐かない猫だとかなんとか言って、隊士内・生徒内でなにか自分で競争しているかのように思えて気持ちの良いものではなかった。今もそうだ。
 名前が斎藤の方を振り向けば、彼は耳まで真っ赤になっているではないか。つられて名前も顔を赤くした。
「(いいのだろうかこれは……。いや、よくないに決まっているのに。これ沖田に見られたら殺されるんじゃないかな……確実に殺される。ミンチにされる……)」
 顔を赤くした後に青くする。気持ちの良いものではない。
「じゃあ振りほどく」名前は手を振った。が、「………(離れない、だと!?)」予想外だ。自分の方から言っておいて、まさかそんなことはないだろう、いいのか斎藤一、殺されても知らないぞ!わたしはミンチにされたくはない!
「少し、このままでもいいだろうか」
「いいわけあるか!わたし、い、一応彼氏いるんだからね!?」
「それは知っている。俺もそれと交流がある」
「それ呼ばわり!?血の海見る事になるよ!?」
「俺を誰だと思っている。血の海を見る前に見せる」
「いやこれはどちらも血の海か!?恐ろしい剣道部の意地!」
 この男に怖いものは……ないようだ。本当に血の海を見兼ねないので、この事は黙っておく事にしよう。もしかしたら沖田が諦めてこちらを襲ってくるかもしれないし……。
 静かになった名前に安心して満足をした斎藤は前を歩きだす。名前も慌てて隣に小走りになって、沖田よりも歩幅は短いけどちょこまかと歩くものだから、これはこれで大変だ。
「沖田には内緒だからねっ!絶対言わないでね、この事!」
「………昼ドラ、だな」
「昼ドラ?」
「旦那に黙って昼間愛人と会ってるような、どろどろとした昼ドラが好きなんだろう?」
「それと今のは全然ちがっ……く、ない、と思う……んだけど……」
 今日の手紙の内容の一つである、どのようなドラマが好きかの話題。今やってるドラマ録画してるんだけどね、これがまたすごいんだよ。この興奮を誰かと分かち合いたいと思った時、その誰かが斎藤だっただけ、だっただけ。
 クスリと笑った斎藤の左手にある自分よりも小さく柔らかな手を強く握った。わかっている、届かないことは。十分にわかっている。
「冗談だ」

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不意打ち(沖田)

 恋愛経験に乏しい沖田総司ではあったが、実は彼かなりの策士で自分の武器というものを理解していた。幼いころから皆に可愛いともてはやされる事はなかったが、近藤や土方などからには、年下であったしいくらかの我が儘も通っていたから、自分はそういう風に見られる時があるのだと解っていた。それに、近藤へは甘える素振りをしていて、近藤自身も可愛い可愛いと世話を焼いた。
 恋という恋をしてこなかった沖田だったから、今恋焦がれている人物に対する想いを知るよしもない。ただ少しだけそういう方面に意識し始めたのは、彼女が自分の見舞いに来た時のことだった。
 原因が自分にあるといえども、あんなに本気になって叩くことないじゃないかとブツブツと毎日朝夕と呟いていた沖田の部屋の障子に影が乗り込む。体が硬いのか怪我をしているのか、カクカクしたりヨロヨロしている。
「おっおきった」はて、ああ、名前ちゃんか。

 名前の両手には団子がわんさかと乗っている皿が握られていて、起きあがった沖田の膝の上にそれが乗せられた。沖田はその団子をどうするかと迷っていて、名前は困惑している沖田を見据えては立ち上がった。「では」沖田は目を見開いた。「もう行くの?」咄嗟に出た一言に名前も自身である沖田も驚く。
「もう行く、とは?」
「……こんな量の団子は、ちょっと僕でも全部食べれない」
「なら残せばいいだろう」
 名前は踵を返し沖田の部屋を後にした。

「本当に残すって?」
 雪村千鶴が、沖田さんは甘いものが好きだから残さないと思う、と残念そうにいったのは、一刻程前のことだったか。名前は大して気にしない様子で「ふーん」と草を咥え遊ばせて、木刀を持って道場に赴いた。
「名前ちゃん、稽古終わったらお皿貰いに行って来てくれる?」つい先ほど気付いたが、千鶴の側に原田佐之助の姿があった。不審に思いながらも頷いて(一応は引き受けた仕事だと思ったので)、道場に向かい、二刻ほど木刀を振りまわした後、木刀を片手に沖田の自室へと向かった。
「本当に残したの?」雪村千鶴と同じ意味合いを持って沖田に尋ねた。
 布団をかぶっていた沖田は顔を目元まで出して頷いた。少し頬が赤いような気もする。名前は布団の側に腰を下ろして、皿を膝の上に乗せる。「食べてもいい?稽古でお腹が空いてしまった」年相応の、女の表情である。甘いものに目がないのか、黙って頷いたのを確認すると嬉しそうに食べ始めた。沖田が食べたのは二三個ほどだった。
「沖田熱があるのではない?頬も少し赤いし、額も、耳も」
「気にしないで」
 沖田は布団をかぶって、名前の租借音を耳に入れていた。
 沖田は自覚してしまったのだ。自分の見舞いに来てくれた事と、一緒に団子を食べられる期待をしてしまった事が、どうも近藤勇と重なる部分があって重ならない。近藤であれば、まあいいか、また誘おうと思うだけで終わるのだが、彼女に対しては違った。距離が遠いという理由もあるからかもしれないけれど、そういうのではなくて、また会いたい、一緒に食べたい、顔が見たい、姿が見たい、とか、そういうのである。それに、足音も聞き分けられるのに気付いてしまっては、もう耐えられなかった。屯所内の皆に馬鹿にされているように思った。よく、自分がそうするから。
「沖田は団子が好きなんだろう?いいの?そんなに食べてないのに わたしも全部は食べられないよ、夕飯の時腹がいっぱいになってしまうから」
「じゃあ残せば」
 ごもっともであるが、名前は表情を濁して、息を吐いた後沖田の布団を剥がした。驚いて布団を掴もうとしたがそれよりも動き出していた名前の方が早かった。
「起きて、食べて!」
 沖田は敵と対峙したように起きあがって、刀を抜く瞬間のように口に放り込まれた団子を食べた。白湯は随分と前に冷めてしまった。まるで子どもを扱うかのように、名前は沖田を扱った。
「少食だから、治る風邪も治らないんだ!」
 なんだなんだと永倉新八を筆頭に藤堂平助、原田佐之助、の後ろに雪村千鶴。まだまだ近付いてくる足音が聞こえてきて、沖田は名前の手から団子の皿を奪い、枕元に置いた後、雪村千鶴よりか筋肉がついている名前の腕を引っ張って部屋から出した。ぴしゃり、と障子が閉められる。
「名前、どうした」原田が駆け寄る。「名前ちゃん、どうしたの?」続いて雪村も駆け寄った。
「う、ううんと、沖田は甘いものを食べる姿を見られるのは、嫌いなのか?」
 その場にいた全員は「は?」と声を揃えた。
 沖田は閉め切った部屋の中で一人、布団を正し、正座になって皿に乗せられている団子を食べ始める。部屋の外では隊士らの声が聞こえているが聞こえないフリをする。いつまでも立ち上がらない一番近くの影を睨んでは目を離し、睨んでは目を離し、その影の人物に「恋をしている」と自覚するのに、そう時間は掛からなかった。

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三度目の正直(沖田・斎藤)

 名前は藤堂と共に巡察に出ている。この間藤堂の隊の隊士が殺されてしまったので、代わりに暇を持て余していた名前が引っ張り出された。せっかく昼寝をしていたのにと歯ぎしりを土方歳三に向けながら巡察に出て、三刻。沖田と斎藤は何故か、縁側に隣同士になって座っていた。
 名前が近藤の事を「近藤さん」「局長」、土方の事を「土方さん」「副長」、斎藤の事を「斎藤さん」「斎藤先生」等、そうして呼び始めてから幾月が経っている。池田屋のあれから、数日も経たないで名前はそう呼ぶようになった。彼らを認めるようになったのだった。あの時、千鶴を捨てようと思えば捨てられたはず、しかし新選組は千鶴を護った。だから名前は新選組を信用するようになったのだ。
 茶を飲んでいる斎藤の隣に沖田が座り、雪村千鶴に茶を一杯持ってくるように言った。
「して、用事は」斎藤は視線を沖田に向けた。
「一君、きみさ、名前ちゃんの事好いてる?」
 斎藤一は茶を噴き出した。

「はッくしょん!」
「大丈夫か?風邪じゃね?総司に移されたんだなー」
「そ、そうかな。クソ、咳なんてするなよなあいつ、風邪ひいたら……巡察出なくても、よくなる?」
「土方さんがそれ聞いたらげんこつ降ってくるぞ……」

 明らかに動揺を見せ始めた斎藤は口元を拭い、沖田を睨んだ。沖田はほくそ笑んで、「好いてる、でしょ?」と確信をついてくる。斎藤の顔色が変わり始めた。赤とも青とも言い難い、中間の紫の顔色になった。
 最近、よく斎藤と名前が共にいるところ、稽古をしているところをよく見かける。縁側だったり道場の入り口の側だったりと沖田はぼーっとその光景を見つめていたのでよくわかる。名前も見ていたが、斎藤のこともよく見ていた。鏡があったら「今こんな顔してますよ」と見せてやりたいほどに、その顔を見せてやりたかった。
「総司、お前は一体何を……コホッ」茶が喉に詰まって咳こんだ。
「だって、一君ったら道場で付きっきりらしいじゃない、コホッ」これは普段の咳である。
「そのような事はない。それに名前は俺の隊の一員でもあるから……そう見えてしまうだけで……コホコホッ」
「ううん、ないね。きみ話によると、稽古も巡察も常に名前ちゃんの隣にいるんだって?コホコホッ」
「コホコホコホッ」
「コホコホゲホッ」
 二人の間にしばしの沈黙。一方名前はくしゃみばかりをしていて、藤堂が本気で心配している。屯所に入り込んだ子どもを追いかけていた土方が、沖田と斎藤の咳を目撃し、驚いて立ち止まった。特におかしな組み合わせでもないが、二人とも苦しそうに手を口元にやって咳込んでいるではないか。「なにしてやがる!?」子どもから二人に足を向けた土方は、心配になって寄って行ったのだが……、
「いえ!お気になさらず!!」
「いいんですか土方さん、子ども達、道場に行っちゃいましたよ?」
 と、土方の足を止めて子どもに向かせた。疑問を抱いた土方だったが、道場へ全速力で走って行く。
「……総司、俺は別に名前を好いているわけではなくて、」頬がほんのりと赤い。
「じゃあ、名前ちゃんを出汁にして千鶴ちゃんに近付こうって魂胆?」沖田は首を傾げた。視線の先には落ち葉を掃く雪村千鶴の姿。
「いやそれはない」雪のようにしろい肌になった斎藤。
 沖田は乾いた笑い声を発して、「もし一君が名前のこと無理に押し倒したりしたら、殺しちゃうかも」刀に手を掛けると、斎藤は慌てて「それはない!」と首を振った。顔は真っ赤である。この間、永倉新八の部屋で春画が落ちていたことがあって、それを拾った斎藤は顔を真っ赤にして永倉の胸に押し付け、こういうものは隠していろ!と言っていた。
「そんなこと、できるわけがない!嫌われてしまう!」
 ああ、そういう意味だったわけ?沖田は呆れて刀を置いた。そういえば、そんなことができるほど、彼はそういうのには疎いのだった。斎藤はまったくと茶を喉に通した。今度は咳こまなかった。
「でも、名前ちゃんは僕だけのだから、本当にあげないよ?好いてもいいけど、押し倒したりしたら僕、ほんとに一君の事殺しちゃうかも。だって、名前ちゃんは僕が好きなんだから」
 沖田の挑戦的な顔が斎藤に向けられる。
「ねえ、名前ちゃんの事好き?」
「それは好いているか、という意味か?もちろん、隊士としては好いているが、あんたが名前に向けるようなものは含まれていない」
「もう一度聞くよ、好いてる?」
「好いていない」
「もう一度、三度目の正直。名前ちゃんのこと、好いている?」
 性質の悪い。斎藤は茶を飲んで、一息を付いた。沖田の顔は崩れない。なんと、子ども地味たことか。
「好いている。隊士として」

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未来予想図(沖田・オール)

 名前は前世の記憶を完全に取り戻したわけでもないが、ごくたまに思い出す程度であったがそれでよかった。自分には処理能力が乏しいので、この程度でよいのだと。それでも以前と比べてよく思い出す様になったし、気分が悪くなったり頭痛がすることは減っていった。今ではまるっきりない。
 反対に沖田は名前との記憶を隅から隅まで覚えているが、それを露見することは決してなかった。名前がそういうのを見せた時だけ、教えてほしいと言った時だけ、少しばかり教えて満足する。特に昔の事を思い出してほしいなど思っていなかったのだ。名前が好きだったからだ。昔も今も、隣にいる娘が好きだった。それに、愛し合っているという確かな確信があった。昔の記憶で繋ぎとめなければならないほど薄っぺらい関係ではないのである。

「別れよう?」
 沖田は週初めの月曜日、最悪なスタートを切った。
 行動を停止した沖田は自分の頬を叩き、抓り、殴り、目の前の名前を見る。
「え?」
「別れよう?

 沖田が教室で一人死んでいる姿を、名前を初めとした元新選組幹部ら、雪村千鶴、山崎丞が発見し、連絡を取り合った。名前と藤堂に関しては面白半分に写真を撮ってケラケラと笑って画像を送信した。
 事の始まりは、名前の発言からだった。話題は4月1日のエイプリルフール、沖田総司は誰構わず嘘をまき散らし、お茶目を働き、それはそれは楽しい一日を送ったそうだが、内容が聞くに堪えなかった。名前は机の中にGの偽物が入れられたり、土方にはGの偽物プラス大事な書類を隠し、これは秘密だが名前の名を使って恋文を送ったらしい。斎藤の前では咳込み、トマトジュースを口から吐いた。等々である。
「うそですよ」語尾でハートマークがいくつも飛び交いそうな口調で、剣道部らは沖田を睨みいつか復讐させてやる、と誓った。そして本日10月31日。キリもいいので仕返ししないか、と名前は提案した。面白いほどに皆は手を上げた。
 作戦はこうだ。
・朝、学校に付いたら「別れよう」と沖田に言う。沖田は絶対泣く。(原田左之助提案)
・これにより、沖田は一日中机に突っ伏す。(土方歳三考案)
・放課後土方先生が竹刀持って教室に乗り込み部活に引っ張って行く。(藤堂平助提案)
・斎藤とガチバトル。(名前考案)
・部活には名前はいないで、隠れている。(山南敬助考案)
・片付けをしている間に体育館を暗くする。その間に部員はケーキ用意。(永倉新八提案)
・顔面ケーキの後、偽物のGを投げつける。(斎藤一提案)
・怯える。(雪村千鶴考案)
・名前が部員の前に出て、「嘘です!」と言う。(山崎丞提案)
 と、いう風な感じである。実際、上から2番目までうまく事が運んでいる。幹部らはにやりと笑みを浮かべ、3番目の作戦に移って行った。

 面白い事に沖田総司、上から7番目までまるで台本を作ったかのようにすんなりと事が進んでいった。ビデオカメラでも片手に沖田総司の一日を収めたいほどに。しかし、怯えはしなかった。昼休みは屋上で一人、姉に作ってもらったお弁当を食べ、土方に引っ張られ渋々着替えて竹刀を持って、腹いせか斎藤と本気の試合。斎藤もこれに答えていた。それを体育館の隅で眺めて笑む名前。片付けをしている間に土方が体育館の電気を消し、部員がケーキを用意、斎藤が顔面に思い切り押しつける。よろけた沖田に部員達が偽物Gで攻撃………しかし真顔の沖田。雪村千鶴、これは失敗だ。(沖田はこれまで終始無言だった。)
 今にも人を殺せそうな沖田総司は、斎藤一を睨み、後ろにいる藤堂平助を睨んだ。そして土方歳三、部員一人一人……。斎藤一、そして隅に隠れている名前はそこに、羅刹の沖田を見た。やばい!名前は慌てて体育館の電気を消し、山崎に付けるように頼み、夜目が聞かなかったが感覚で沖田の前に仁王立ちした。沖田の香りが確かにあったからだ。
 ―――パッ
 電気が付く。

「ウソです!!」

 沖田は睨みを消し去って、驚きの目を目の前で仁王立ちしている名前に向け、後ろにいた土方歳三を見た。体育館の外で見ていた永倉新八、原田左之助、山南敬助が体育館に上がり、クラッカーを鳴らす。
「成功!」と赤いマッキーで書かれた紙を掲げられ、沖田は遂に「は?」と声を漏らした。

「吃驚した!?ふふん、なんで今日こんな事やったかわかる!?それはね沖田、エイプリルフールの復讐です!」

 沖田の返事は、ない。

「………沖田……?」
 沖田は踵を返し、体育館倉庫から帰って来たと思ったら、右手に竹刀が握られている。剣道部員+職員は慌てて逃げ惑う。が、名前だけは動かなかった。―――思い出したのである、昔を。昔もこうして一度、怒らせたことがあった。その時は、真剣で、本物の刃が付いていた。しかし今回は竹刀。といっても、沖田のオーラは以前の羅刹を思い出させる。「名前!?」土方が硬直している名前に手を伸ばす。が、次の音によって下ろされた。
 竹刀が体育館の床を叩き、音が響き渡る。
「トリックオアトリート」
「…………へ…、えっ?」
「トリックオアトリート」
 沖田が名前の目の前に手を広げる。逃げろ、名前!逃げるんだ名前!逃げて名前先輩!数々の声が名前を呼ぶ。
 名前は涙目になって両方の手の平を、沖田に見せた。
「血なら、いくらでも」
 沖田は満足そうに、けれども、黒く笑む。

 名前の活躍で剣道部員は死者も出さずに、復讐を成功させた………、のかな?

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帰り道(沖田)

 沖田と名前は道中無言、沖田から話を切り出すこともなく、名前からも切り出す事もなかった。
 名前は隣を歩く沖田総司が何を考えているのか、想像もつかなかった。あの後、沖田は名前の頭をポンポンと叩いて、頭を抱いて、竹刀を片付けて名前に着替えてくるように伝えた。名前がいそいそと階段を上って行くと、沖田はケラケラと笑って、「怒ってるの、嘘ですよ?」と低い声で笑い、剣道部と職員らに伝えた。彼らには、沖田が鬼に見えたのだそうだ。全員土下座、あの土方も悔しそうに頭を下げた。「すいませんっした!」男の太い声の中に一つ、可愛らしい声が混じり、沖田へ謝罪をした。名前はその声にびくびくと肩を震わせながら1分もせずに着替えと支度を済まし、沖田と体育館を出た。

 ―――怒ってる?怒ってるよね?事の発端は自分だもん。
 何と言えば良いのだろう、わたし悪い?悪くない?でも悪い?と頭の中でそればかりが渦を巻いている。エイプリルフール、嘘をつくのは大いに結構。しかし、やりすぎもよくないよね。だから復讐したんだもん。と、いくつかの言い訳を考えるが……、どれも無駄に終わりそうである。
 はぁ、と名前が溜息を付いた時、沖田は口を開いた。
「あのさ、思い出したの?」
「―――え、な、何を?」
「だからさっき、血、くれるってやつ」
「あっ……う、うん……。思い出したっていうか、そうなん、ですけども……」
「ふーん そう」

「ビックリしちゃった」
 名前は隣の沖田を見上げた。
「さっきのサプライズもそうだけど、一番驚いたのは血の件かな。まさかこれも嘘とは言わないよね?もちろん」
 慌てて、これは嘘じゃない!と首を左右に思い切り振った名前に、沖田は笑う。その心中、何を思っているかはわからないが。名前はほっと胸を撫で下ろして前を向き直す。
「今回のアレ、誰が考えたの?」
「…………わ、わたくしでございますれば……」
「ならいいや」
「いいの!?」
「名前ちゃん以外、特に土方先生だったら、殺してたよ」
 冗談に聞こえないのでヤメテクダサイと名前は呟く。
「でも、いいよ。名前ちゃんだし」

「うあああああ沖田ごめんね大好きだよおおおお!」

 その日の夜、名前の鎖骨辺りに歯型が付いた。

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明日へ駆けだそう(沖田)

「え、名前、あんた沖田くんに告白されたの?」
「う、うん。結構な告白されたけど、断った。まだ好きってわけじゃない気がして」
「あんたはそうやって婚期逃してくんだよ!?」
「なんで婚期の話になってんだよ!」

 夏祭りのあの日、沖田は名前に告白をした。「僕はまたきみと一緒に、幸せを作っていきたい」と告白し、「ごめん、でも友だちからで……」と返された。沖田は相変わらずだと笑って、この日からアタックを開始したというわけである。今までも何度かあったが小さいものだったし、沖田からしたらそんなのアタックのうちに入らないのだそうで。
 名前の友人は頭を抱えて振って「あんたさぁ、あの沖田くんだよ?逃してどうするの?沖田くんの事嫌いなの?」と尋ねると、何言ってんだコイツ頭おかしくなったのかよとでも言いそうな名前は「嫌いじゃないけど、恋はした事ないよ」と答えた。アーー!と叫んだ友人は、名前の天然さと呑気さに悩まされた。今までも何度も悩まされている。

 中川は焼きそばパンをかじりながら「ハァ?ってお前昔っから沖田とひっつき虫だったろ?」と何言ってんだコイツ頭おかしくなったのかよとでも言いそうな表情だが、ハッと気付いて紅生姜を口に入れて、飲み込む。
「まあ、少しずつ思い出してけばいいんじゃね?でさ、あの、今度遊園地いかね?」中川、最近名前に気があるようだ。
「そんなことどうでもいいんだけど」
「んまぁさー、アイラブ千鶴って感じだったもんな。巡察中でも沖田、お前、雪村のコンビは異質だったぜ。お前外では千鶴殿ー、千鶴殿ー!って世話焼いて」
「どうでもいいんだけど!」
 どうにか名前の気を引こうとする中川だが生憎撃沈。名前は昔の自分と沖田の事が知りたかったのだが、それ以外のことについてどうでもよかったので中川から思い切り顔を逸らして食堂を出た。長州藩士と新選組の恋はこれにて終了する。短い期間であった。

「あ、見つけた」
 沖田は名前の後姿を見つけ、腕を引いた。「探したよ」名前は掴まれた腕を見て、顔を赤くして振りほどき、沖田を睨む。「なに!?」「え?何って、お誘い」「お誘い?」「そ。お昼ご飯一緒に食べよう?」友人は何故か部活の仲間と食べてしまっている。
「え……あ、い、いい……けど」
「やった!じゃあ屋上ね、お昼ご飯は?」
「教室」
「じゃあ取りに行って来て、ここで待ってる」
 随分と沖田のペースに巻き込まれ、教室に戻った名前はお弁当を持って再び沖田の元へ帰って来た。沖田が満足して、じゃあ行こうと手を握って屋上に続く階段を目指す。手慣れているのか、沖田は名前の歩幅に合わせているようで合わせていない歩き方をした。名前が逃げないためである。沖田の片手には、緑の袋に入ったお弁当が。「おきたそうじ」と平仮名で名前が書かれている。沖田と名前が昼食を二人きりで共にするのは今日が初めてだった。それも、名前の友人のおかげである。
「名前ちゃん、下に段差あるから気を付けて」
「初めて屋上きたんだけど……」
「え……そうなの?解放してるのに?」
「うん……。すごいね、景色、とってもすごい!空青いね!」
 屋上の扉を開き、屋上を駆け出した名前は屋上を見下ろした。沖田はまるで保護者のような気分になって、転ばないでね、と景色の良い定位置に座った。運よく、生徒は屋上にいない。だから名前もこうしてはしゃげるのだ。
 座った沖田の元に、名前が腰を下ろす。
「ねえすっごく綺麗だね!沖田知ってたの?」
「うん、………すごく、綺麗」
 興奮していた名前の意識が、目の前の沖田に向かう。沖田総司は綺麗に笑っていた。名前の頬に赤みが増す。
「名前ちゃん、ちょっとこっちに」
 沖田がポケットからスマートフォンを取りだした。カメラを起動させると、名前の肩を抱いて自分の方に引き寄せる。「笑って」名前の耳元で沖田が囁き、沖田は顔を離す。自分よりも小さな体に、昔を思い出して、思わず笑った。いや、彼女はこんなことする性質ではないな、と思ったからだ。
 沖田が、カメラを向けて笑う。インカメラで、沖田の表情と、沖田の体の大きさと、その方に抱えられている自分と、顔を赤くしている自分が映し出された。目が伏せられる。
「笑わなきゃダメじゃない」
沖田が額に手を当て、名前の顔を上げた。「笑って?」
「せっかくの可愛い顔が台無し」

 特に可愛い顔というわけでもない。普通のそこらへんにいそうな女子高生。どちらかというと、性格も手助けをしてカッコいいと言われる事の方が多い。名前自身もそう思う事もあった。沖田も普段名前に可愛いと言う事はない。けれども。
 トクンと胸が鳴った。沖田の膝に手を乗せて、嬉しさに笑んだ時、パシャリと音がなった。
「見て、僕達すごく幸せそうじゃない?」沖田が写真を見せにいく。名前は画面を覗きこんだ。「本当だ、なんか、ほんとに、幸せそう」
 スマートフォンはポケットに戻っていく、のではなく、いつまでも沖田の手の中にある。沖田は先程の写真をじっと見つめていた、懐かしそうにそれを見て微笑んでいる。
「名前ちゃん、……すごく、可愛いね」
 沖田が照れたように目を細くして笑った。
 名前はこの瞬間、この人の事が好きだと、確かにそう感じたのである。

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