未来予想図(沖田・オール)
名前は前世の記憶を完全に取り戻したわけでもないが、ごくたまに思い出す程度であったがそれでよかった。自分には処理能力が乏しいので、この程度でよいのだと。それでも以前と比べてよく思い出す様になったし、気分が悪くなったり頭痛がすることは減っていった。今ではまるっきりない。
反対に沖田は名前との記憶を隅から隅まで覚えているが、それを露見することは決してなかった。名前がそういうのを見せた時だけ、教えてほしいと言った時だけ、少しばかり教えて満足する。特に昔の事を思い出してほしいなど思っていなかったのだ。名前が好きだったからだ。昔も今も、隣にいる娘が好きだった。それに、愛し合っているという確かな確信があった。昔の記憶で繋ぎとめなければならないほど薄っぺらい関係ではないのである。
「別れよう?」
沖田は週初めの月曜日、最悪なスタートを切った。
行動を停止した沖田は自分の頬を叩き、抓り、殴り、目の前の名前を見る。
「え?」
「別れよう?
沖田が教室で一人死んでいる姿を、名前を初めとした元新選組幹部ら、雪村千鶴、山崎丞が発見し、連絡を取り合った。名前と藤堂に関しては面白半分に写真を撮ってケラケラと笑って画像を送信した。
事の始まりは、名前の発言からだった。話題は4月1日のエイプリルフール、沖田総司は誰構わず嘘をまき散らし、お茶目を働き、それはそれは楽しい一日を送ったそうだが、内容が聞くに堪えなかった。名前は机の中にGの偽物が入れられたり、土方にはGの偽物プラス大事な書類を隠し、これは秘密だが名前の名を使って恋文を送ったらしい。斎藤の前では咳込み、トマトジュースを口から吐いた。等々である。
「うそですよ」語尾でハートマークがいくつも飛び交いそうな口調で、剣道部らは沖田を睨みいつか復讐させてやる、と誓った。そして本日10月31日。キリもいいので仕返ししないか、と名前は提案した。面白いほどに皆は手を上げた。
作戦はこうだ。
・朝、学校に付いたら「別れよう」と沖田に言う。沖田は絶対泣く。(原田左之助提案)
・これにより、沖田は一日中机に突っ伏す。(土方歳三考案)
・放課後土方先生が竹刀持って教室に乗り込み部活に引っ張って行く。(藤堂平助提案)
・斎藤とガチバトル。(名前考案)
・部活には名前はいないで、隠れている。(山南敬助考案)
・片付けをしている間に体育館を暗くする。その間に部員はケーキ用意。(永倉新八提案)
・顔面ケーキの後、偽物のGを投げつける。(斎藤一提案)
・怯える。(雪村千鶴考案)
・名前が部員の前に出て、「嘘です!」と言う。(山崎丞提案)
と、いう風な感じである。実際、上から2番目までうまく事が運んでいる。幹部らはにやりと笑みを浮かべ、3番目の作戦に移って行った。
面白い事に沖田総司、上から7番目までまるで台本を作ったかのようにすんなりと事が進んでいった。ビデオカメラでも片手に沖田総司の一日を収めたいほどに。しかし、怯えはしなかった。昼休みは屋上で一人、姉に作ってもらったお弁当を食べ、土方に引っ張られ渋々着替えて竹刀を持って、腹いせか斎藤と本気の試合。斎藤もこれに答えていた。それを体育館の隅で眺めて笑む名前。片付けをしている間に土方が体育館の電気を消し、部員がケーキを用意、斎藤が顔面に思い切り押しつける。よろけた沖田に部員達が偽物Gで攻撃………しかし真顔の沖田。雪村千鶴、これは失敗だ。(沖田はこれまで終始無言だった。)
今にも人を殺せそうな沖田総司は、斎藤一を睨み、後ろにいる藤堂平助を睨んだ。そして土方歳三、部員一人一人……。斎藤一、そして隅に隠れている名前はそこに、羅刹の沖田を見た。やばい!名前は慌てて体育館の電気を消し、山崎に付けるように頼み、夜目が聞かなかったが感覚で沖田の前に仁王立ちした。沖田の香りが確かにあったからだ。
―――パッ
電気が付く。
「ウソです!!」
沖田は睨みを消し去って、驚きの目を目の前で仁王立ちしている名前に向け、後ろにいた土方歳三を見た。体育館の外で見ていた永倉新八、原田左之助、山南敬助が体育館に上がり、クラッカーを鳴らす。
「成功!」と赤いマッキーで書かれた紙を掲げられ、沖田は遂に「は?」と声を漏らした。
「吃驚した!?ふふん、なんで今日こんな事やったかわかる!?それはね沖田、エイプリルフールの復讐です!」
沖田の返事は、ない。
「………沖田……?」
沖田は踵を返し、体育館倉庫から帰って来たと思ったら、右手に竹刀が握られている。剣道部員+職員は慌てて逃げ惑う。が、名前だけは動かなかった。―――思い出したのである、昔を。昔もこうして一度、怒らせたことがあった。その時は、真剣で、本物の刃が付いていた。しかし今回は竹刀。といっても、沖田のオーラは以前の羅刹を思い出させる。「名前!?」土方が硬直している名前に手を伸ばす。が、次の音によって下ろされた。
竹刀が体育館の床を叩き、音が響き渡る。
「トリックオアトリート」
「…………へ…、えっ?」
「トリックオアトリート」
沖田が名前の目の前に手を広げる。逃げろ、名前!逃げるんだ名前!逃げて名前先輩!数々の声が名前を呼ぶ。
名前は涙目になって両方の手の平を、沖田に見せた。
「血なら、いくらでも」
沖田は満足そうに、けれども、黒く笑む。
名前の活躍で剣道部員は死者も出さずに、復讐を成功させた………、のかな?
▲上へ