白い地図(斎藤・沖田)
「ここをこうしたほうが、お客さん入りやすいと思うんだけど」
「ならばこうするか」
「そうしたほうがいいよね」
「私も思ってたー」
文化委員、風紀委員である斎藤が中心となって、文化祭での出し物の配置を考えていた。A4のコピー用紙にフリーハンドで線を書いた斎藤の直線は、まるで定規で引いたかのように綺麗である。隣に座る名前と、名前の友人2名もそこに加わり一緒になって考えていた。
2年2組は掴み取ったメイド喫茶は、文化祭では三大出し物の一つである。売上もお客さんも、毎年TOP3に必ず入るメイド喫茶は1年から3年にまで幅広い層で、愛され、また奪い合いになっている。今回じゃんけんで掴み取った文化部員は、カタログを持ってメイド服を選んでいた。「黒」「黒だな」「際どく?」「うーん」かなりのマニアな文化委員は、スマートフォンでメイド喫茶の画像や、メイドの画像を参照し、予算とも相談し、と大変忙しい様子である。
「名前はメイド喫茶しないの?」
「わたし料理の方が良いかなって……」
「えー?折角だしメイド服着ようよぉ」
「あー……うーん…でも料理の方人数少ないし?わたしほら可愛くないし」
「男子掻き集めればなんとかなるよねえ!……ほら、C男もそう言ってるしメイド!メイドだよ名前!売上に貢献しようっ!」
「うーん」
文化祭ではバンドの出し物もあるし、どちらかというとそういうコスプレは苦手だった。似合うわけがないから。と、言いたいところなのだが、それが言えないのは恥ずかしさのせいなのか、足りない勇気のせいなのか。
メニューは大体決まっている。メイド喫茶のメニューを真似たものだ。お値段は手軽に設定しているが、文化祭の中では結構な値段だ。だが人気なので、担任も生徒達も売り上げ1位を狙っているし、元値との額の値をかなりつけたい。高校生のルーズリーフは数字で埋め尽くされた。
名前の友人二人は文化委員の二人に呼ばれた。メイド服についてのご相談だろう。二人きりになった名前と斎藤は、無言でコピー用紙に机を描き足していった。
「……メイド服、あんたは着ないのか」名前が斎藤を見る。髪の毛でうまく顔が隠れてしまっていてその表情は伺えなかった。
「………だって、恥ずかしいもん。コスプレなんてしたことないし」
「これを機に、すればいい」
「…、斎藤は受付だからいいかもしれないけど、結構勇気いるんだよ?似合わないだろうしさ」
「そんなことない」
斎藤の手が止まった。
「それにちょっとエッチだし」
「エッ……!?エッ、チ、って」
顔に赤みが出てきた斎藤はシャーペンを握りしめる。だから、やだな。と名前は白い紙の上に零した。「沖田にも見せたくないし」それは、確かに。メイド服でいるならばずっと教室の中にいてほしいくらいだ。「似合わないって言われちゃいそうで」だからそれはないって言ってるだろう。少し出しすぎたシャーペンの芯が折れる。
「だが、名前にとても似合うと思う」名前にしか聞こえない程度の声で伝えると、名前は困ったようにそうかなあ、と残りの机を書き足していった。
「いらっしゃいませーお客様は2名様でよろしいですか?では案内いたしますので、付いてきてくださーい」
ノリノリである。
受付の斎藤は沖田と藤堂の後姿を見送った。
「にゃんにゃんオムライスですか?只今こちら、キャンペーン中でして、この時間内に注文してくださると、2年4組のにゃんにゃん喫茶とのコラボでゲームをしていただくことになっております。ゲームに負けると、なんと罰ゲームとなり、この猫耳カチューシャを付けて語尾に『にゃー』と付けて30分間喋っていただく形になりますがよろしいですか?」
「へー。名前ちゃんとゲーム?名前ちゃんが負けたら?」
只今メイド服を着てノリノリで接客しているのは名前である。斎藤はその光景を見つめ、「あのー」という男子生徒の声に我を取り戻す。これとあれとそれを持って入口に。開始五分で半分の机が埋まってしまったメイド喫茶恐るべし。「あの、聞いてます?」これとあれとそれもって入れ。段々と適当になってきた斎藤である。
「………えー、あちらのメイドのように、猫耳を付けて語尾に『にゃん』を付けさせてお客様を接客させていただきまーす」
「で、ゲーム内容は?」
「叩いてかぶってじゃんけんポンでございます〜それでは代表のご主人さまから参りますよ〜」
付き合わされている藤堂は「なんで俺じゃないんだ!」と文句を言いつつも楽しそうに机をダンダン叩いている。名前は道具を持って沖田の向かいの席に座った。斎藤は一瞬、沖田が羅刹化しているように見えたが目を擦ってみると通常の沖田に戻っていた、幻覚だ。「あの、斎藤、」「これを持って並んでいろ」
「それでは参りますよ、ご主人さま」
「いいよ いつでもきて」
「叩いてかぶってじゃ〜んけ〜ん」
頭にたんこぶとセットで猫耳を付けた沖田と、オムライスを食べている猫耳藤堂。斎藤はホッとして受付の仕事を行っていた。
「おまじない500円ですよ、ご主人さま」
「わかった、……にゃー」ワンコイン、お手軽だね。名前のポケットにはワンコインがじゃらじゃらと溜まっている。名前は沖田から絞れるだけ絞ろうとしていた。
「それではおまじないをかけますよ〜萌え萌えキュンキュンおいしくなあれ 名前のハートちゅうにゅう〜」名前が描いたのは三段に巻かれ、上てっぺんが綺麗に尖っているアレ。しかし、見事な棒読みである。
「いやあ、すごい見てポケットが沈没しそう!みてみて斎藤!おつかれ!」
「あ、ああ……すごいな、札もある……」
「沖田のオムライス最後はケチャップまみれだったよ」
「こればかりは同情する……」
沖田に付きっきりだった名前、初めの内は同クラスの面々からずるいだの、友人の付き合いできた他クラスの女子からずるいだの言葉が飛び交ったが、次第にそれらは消えていった。
スタンダードなメイド服、とても名前に似合っている。今頃になって目が合わせなくなった斎藤は視線を泳がして、誰にも聞こえないような小さい声で「似合っている」と言った。名前はポケットから英世や500円を出していたので、音で聞こえないだろうと思って前を向いて、ドクドクと波打つ胸を落ちつかせて表に出ようとすると、
「ありがとう」
と、名前は斎藤にお礼を言った。
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