いつでもきみを想っている | ナノ


61:付かず離れず 62:告白 63:恋の苦しみ 64:穢れなき心 65:何処か遠いところへ 66:思い出の恋 67:心に秘めた想い 68:あなたに告げる 69:忘れたくない 70:やきもち 71:甘い夢 72:あなたの為に 73:ふたつでひとつ 74:好きだから 75:逢いたい 76:ふたりの時間 77:物足りない 78:眠り姫 79:君の為に 80:掛け替えのないあなた





















付かず離れず(沖田・原田)

「美味い」
 はあ、どうも。お礼を言おうと顔を上げると幹部全員味噌汁を飲んでいた。食に関して口うるさい斎藤も茶碗と箸を置いてわたしを見た。出汁の取り方から一から教えてほしい、と断れぬ剣幕に頷くしか他ない。原田、永倉、藤堂、土方、近藤、そして沖田も頷いた。
「こりゃ名前ちゃん、良い嫁さんになるな」
 永倉が茶碗を綺麗にした。
「どうも」
「あれか?俺に毎朝味噌汁作ってくれってか?……まあ悪かねぇな!名前、俺の嫁さっブッ」
「あーあ、勿体ない、僕のお味噌汁がー」
「てめえ総司!なにしがやる!」
「左之さん怖いなぁ ただ手が滑っただけなのに 僕には非が無いのに拳を振るうっていうの?名前ちゃん、どう思う?すぐに手が出てくる人って」
 わたしも味噌汁を飲む。沢庵を食べ、沖田を無視。千鶴が沖田におかわりしてきましょうかと腰を上げた。

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告白(沖田)

 たまには非番の時くらい仕事忘れて楽しんで来いよ!という藤堂の言葉の意味がよくわからなくて、とりあえず頷いておいたが、こういうことだったのかと神輿をみあげながら屯所の光景を思い出す。妙にそわそわしている千鶴と藤堂に、原田さんと永倉さん。に、沖田。隣にいる沖田は終始笑顔で今は神輿を見上げている。
 事あるごとにあの四人、わたしと沖田を二人きりにさせようと企むのだ。だがこう何度もさせられたら回避する術を身についてしまうので、事あるごとにそれを回避していた。しかし今回はこうして隣に沖田がいる。初めは千鶴と行くという約束だったのに。
 近藤さんに浴衣を貸してもらって、髪の毛も少しだけ可愛いように土方さんが結わいてくれて、ちょっとだけ楽しくなっていた。のに、目的の場所でわたしを待っていたのは沖田総司。
「ぬかった……」
「名前ちゃん、ちょっとこっちにおいで」
 人を掻き分け沖田は進む。しっかりと強く握られている手を、離れぬように握り返した。時折、わたしを気に掛けるようにわたしの方を見て、微笑んで、進む。
「僕さ、煩い所嫌いなんだよね」
 思わずはあ?と声が出る。ならばなんで祭りごとに参加したのか、と尋ねると、首を傾げ腕を組んだ沖田は「うーん」なんでだろうと困ったような顔をする。離れた手が少しだけ寂しかった。
「それにね、きみの事見てた人がいたから」
「知り合いか?」
「ううん まったく知らない人だと思うよ。だって名前ちゃん今日とっても可愛いから」
 いつも、普段、そんなことを言われてもまったく何も思わないのに、今日は特別だったのか恥ずかしくなってきて俯いた。神輿が通りすぎた後の道。
「江戸にいた頃はあまりそういう格好しなかったの?」
「……してたよ。でも毎日道場に通っていたから、軽い格好だったし、髪型も、普段の時のようなものだった。道場には子どももいたから、陽が落ちるまで道場にいたよ。そのあとは帰って、湯浴びをしてご飯を食べて、寝る……な生活だった」
「今と大して変わらないじゃない」
「いや、変わったよ。責を担う」
 そこくらいかな、違うのは。確かに沖田がいうように大して変わらないのかもしれない。「今日くらいは仕事の話は無しにしたいんだけど」困ったように笑う沖田に、わたしも困ったように笑い返して頷いた。まったくその通りだ。
「いきなりで申し訳ないんだけど、名前ちゃん、いい人いる?」
「え?………いない、けど」
「気になっている人は?」
 口を閉じて沖田を見る。
「僕はいるよ」
「………へえ」
「素直じゃなくて、口が悪くて、いっつも浪士の気を失わせて屯所に持ち帰って、ある女の子にはとても優しい子なんだけど知ってる?」
 沖田がわたしの手を取った。振り払うことができるのに、わたしはそれをしない。なぜだろうか、なぜだろう。自分のことなのにわからないし、体の自由がきかない。
「きみの事だよ」

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恋の苦しみ(沖田・斎藤・藤堂)

「(なにあれ)」
 他人に笑顔を見せることがあまりない名前ちゃんが、なぜ一君に見せているのだろうか。木刀を片手に指南を受けているところまでは解るが、なぜ二人とも笑んでいるのだろうか。「総司の顔が鬼になった!」慌てる平助の首元を掴み、涙目になったところに一発入れる。
「あれ調べて来て」「おれ監察方じゃねーのにっ」慌てて僕の手を振り切った平助は名前ちゃんと一君に片手を上げて近付いた。名前ちゃんの表情が曇る。平助が二人に何かを尋ね、次ににんまりと笑った。口元を押さえ、頷いて、名前ちゃんをちらちらと見る。名前ちゃんは顔を赤くして平助に木刀を振りかざし、逃げる平助を追った。
「で、結局なんだったわけ?」

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穢れなき心(斎藤)

「名前の真剣には迷いがない。今何をどうするべきか的確に考えることができるその性格は実践でも役に立つ。故に、真直ぐな太刀筋は相手を惑わせる事は叶わない」
 と、言われましても。軽々しく止められた刃を見ると、打ち合いになった部分だけ削られていた。斎藤一の刀、かなりの良い物なのだろう。しまったな、と思いつつ鞘にしまい、頭を下げた。
「ところで、その刀はどうする?そのままというわけもいかんだろう」その通りであるが、どうするもこうするも、このまま放っておくわけにもいかない。斎藤に伝えると、綺麗な顔で軽く溜息を、そしていい鍛冶屋を知っている。明日にでも、と言って去って行った。
「(真直ぐか……)」
 そういえば、千鶴にも言われたことがある。
「あ、しまった、炊事当番だった」

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何処か遠いところへ(原田)

「……離隊?原田さんと永倉さんが?」千鶴にそれを聞かされ、慌てて二人を探した。慣れない場所に数の多い兵を掻き分けて二人を探すが、なかなか見つからない。近くの者に二人の行方を聞くと、原田さんを見たというので案内をしてもらうと、勝手場で夜空を見上げる原田さんの姿を見つけた。
「原田さん!」
「おお名前か。お勤め御苦労さん」
「あ、ど、どうも……。あの……永倉さんと離隊するって…」
「ああ、そういや名前いなかったからな」
 二人が離隊する理由なんとなくわかっていた。原田さんの隣に腰を下ろし、千鶴から聞いたことを伝える。
「お前は?」
「え?」
「お前は離隊……まぁ千鶴も総司もいるからな!お前が離隊なんてするとは思わねぇけど……」
 原田さんは考え込むように、申し訳なさそうに言った。
「お前も離隊しねぇか?」

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思い出の恋(山崎・沖田・原田・藤堂・斎藤)

「今度こそ、逃がすまい!」
「ああもちろんだとも山崎君、野良猫であろうとも、わたしは容赦しない……!千鶴の夕食が無くなるのは言語道断、幹部らの夕食を減らすのは自分が許せないつまりわたしの夕食が一品消えるということだ、わたしは必ず捕まえてみせる!」
 それぞれの武器を構え、庭に立つ山崎と名前。彼らの悩みの種は夕食時におかずを盗みにくる一匹の野良猫に悩まされていた。此処の幹部、実は猫の可愛さに毎日少しずつ夕食のおかずを与えてしまい、猫が毎日訪れるようになってしまったのだ。特に可愛がっていたのは斎藤と雪村。二人が炊事当番の時はたらふく食った猫が目撃されている。
「何故わたしのおかずが減ってしまうのか!」
 沖田や永倉、藤堂が名前ならバレないだろうと少しずつおかずの量を減らしているのに名前が気付かないわけがなかった。しかし自分は平隊士という身分なので何かと言えなかったのだ。愚痴は山崎に聞いてもらっていた。
「殺す」
「待て名前君、何もそこまですることないだろう」
「え?叩くと言っただけだ」
「すまないそうとは……聞こえなかったぞ」
 ―――きた。
 猫と対峙する。砂埃が舞い、猫と二人は睨み合った。

「あっ沖田さん猫ちゃんですよ!」
「本当だ。よしよしこっちにおいで、魚あるよ」
 二人は石化し、声のする方へ振り向いた。猫は沖田に擦り寄り、沖田が猫に魚をやった。雪村は可愛い可愛いとメロメロ状態である。沖田も心なしか、無邪気な笑みを浮かべている。


「ねえ名前ちゃん、今日炊事当番だったよね?」
「ああ」
「僕に魚、ないんだけど」
「当たり前だろ」
「………どうして?」
「心当たりがあるだろう?自分の胸に訊いてみろ」
「僕の胸、どうして魚がないのかな?………わからないって」
 雪村は申し訳なさそうに俯いて、名前にごめんなさい、と詫びた。それを手で制した名前は、沖田の味噌汁が入った茶碗を持ちあげ、一気に飲み干した。「ああ!」空っぽになった茶碗を見た沖田は魚に箸を伸ばしたが、茶碗を頬に押し付けられそれ以上の侵攻は許されなかった。
「土方副長」
「お、おう」
「今日から3日、炊事当番をさせていただきます。それから!野良猫には!餌を!与え過ぎぬよう!」
「………ほーら名前、魚だぞー?」
「おいおい左之さん、いくら名前が猫だからって」
「「ひい!!」」
 原田、藤堂の横をすり抜けた一本の箸。
「死にたいのか?」
「「すいませんっしたー!!」」
 箸を止めた斎藤がチラリと沖田に視線を向けた。
「総司」
「……なぁに一君、僕だけがこんなに非難されて面白くなっちゃった?」
「野良猫には、餌を与え過ぎぬよう」
「………きみもね」

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心に秘めた想い(沖田)

 これはわたしの生死にかかわる大事である。父親と母親から、生活資金が送られてこない。コンビニで立ち往生もなんなので、銀行の支店へ行き通帳を書いたのだが、一銭も入っていないのだ。もちろん両方の仕事が大変だということはわかっている。父親など現在海外へ飛んで写真をパシャパシャと撮っているし、母親に関しては日本をぐるり一人旅、ホテルに飛行機、新幹線に船での移動、時間がないことはわかるが、今月に入って一週と三日、これは生死にかかわる大事である。
「夕食はこれから納豆とたまごかけご飯決定」
 碇ゲンドウはこのように悩まされていたのだろうか?クラス中から「碇ゲンドウが降臨した」と評された。
「昼食は学食のパン二個」
「朝食は、ロールパン二個に、牛乳、……バター付きで」
 ぶつぶつぶつ………。
 プルルルルルルル「誰だよ! ……お母さん!!」目にもとまらぬ速さで教室を出て人気のない階段の踊り場に走る。
「もしもし!」
「あ、名前、ごめん、今お金入れたから!本当にごめんねぇ!おねえちゃんはどう?」
「うおおおおおお母さんありがとおおお!!」
「なーに言ってんの!わたしこそ滅多に家居れないんだからそんなこと言わなくていいのよ!」
「これで生きることができるうううう」
「そ? あ、はーい!じゃあわたしまたこれで お仕事あるから。名前も学校に部活、頑張って」
「はい!はいいい!お母さんも頑張ってね!メール入れる!」
「はいはーい じゃあね」
 切れる通話。これで一件落着だ。
「………はぁ。よかった」電源ボタンをワンプッシュ。「はあ」

「あれ、いたいた。はい、今日ジャムパン無かったからクリームパンなんだけど」
「沖田氏」
「なに?」
「今日お泊りしない?」
「え?なんか友人に言ってるような感じだけど、なに?いいの?僕一応男なんだけど。って今まで何度も泊まってるけど」
「決定ね」

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あなたに告げる(沖田)

「わたし沖田の事好きになったみたい」
 ずてん。ころりん。ガラガラガラ。バチャ。無表情の名前とほのかに頬を赤くし驚いている沖田と、その他諸々の面子。夕食時の出来事であった。沖田と名前が祭りに行って、沖田が愛の告白をしたことは幹部たちの中でも有名な話しだが、それに頷いたという話しは聞かなかったので、断られたんだなぁとそれについて話をしないというのは暗黙の了解であった。
「え?……なに?」魚をつまんだ名前。
「……名前ちゃん……その、それって今ここでいうこと?」
「じゃあどこで言えばよかったの?」
 はぁーーー。大人たちの溜息。え!まじで!と興奮気味の藤堂に、嬉しそうに笑っている雪村。
「夜、僕の部屋で」
 バチャ。ガラガラガラ。ころりん。ずてん。次は沖田が転ぶことになった。名前は飛んでくる茶碗に魚に漬物を軽々しく避けて最後の一口を。嬉しそうに笑っている近藤に、土方ははあと溜息。保護者は大変疲れるようである。

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忘れたくない(風間)

 廊下の埃を撒き散らして走るのは2年生の女子、名前。陸上部顔負けの走りで自分の教室を目指していた。
「しまった、これ以上遅刻すると欠席1として加算されてしまうそれだけは勘弁だ!」
 その足はトップアスリートのものだろうか。スカートがめくれることなど恐るるに足らず。剣道部で鍛え上げたのは腕力だけではない脚力もだ。手にパンを持てば邪魔になるため袋の端を咥えて走る姿はどうも、普通の女子高生には見られない光景である。角を曲がり「いった〜い!ごめんなさい!」とラブドラマが始まるわけでもない。彼女の顔は不動明王である。
「どけェ!」
「ん?」
「ぐあえっ!……!ハッ!まずい、欠席に加算される、しまった、こんなところで道草を食うわけにはいかない……!」
「待て」
「ぐえっ!」
 首元を掴まれた名前は後ろを振り返る。そして目が飛び出た。彼はかの風間千影だったのだ。青筋を立てた名前は体制を立て直し逃げようとしたのだが首根っこを掴まれてしまって動けない状態である。
「貴様、我にぶつかっておいて謝りもしないとは……」風間千影の脳天にたんこぶが出来ている。名前はキャー!と叫んだ。
「ご、ごめんなさいっ!」
「………ん?……貴様は……確か2年2組の……?」
「!わ、わたしを知ってるんですか……? ギャアアアア!!欠席になるって言ってんじゃつねえか!」
「ッ!?な、なん、だと……!?」
 風間千影を押し切り、階段を上って行く名前。その後ろ姿を見つめる風間は笑みを浮かべた。
「変わらんな」

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やきもち(沖田・藤堂)

 非があるかないかと問われれば、微妙に曖昧に頷くのかもしれない。やきもち、所謂嫉妬である。沖田はこの事に悩む事早一ヶ月。彼女に非があるものの、悪気があってしているわけではないから曖昧なところだ。それに同じクラスともなれば、話す機会が多くなるであろう斎藤一。に、話しかける彼女の名前。しかも席が隣同士と来たか……。尚更話す機会も多くなるだろう。今までだって多かったのだ。部活の時も、案外話していたのを見たし、斎藤一、前世の記憶を覚えているようである。
 くそっ。余裕のない沖田総司を見上げる藤堂平助。彼と彼女の机にあるのはノートの切れ端。それに気付いている沖田はおもしろくなさそうに教室に背向けた。
「おい総司、パンは?」
「僕が食べる」
 教室から離れていく沖田。だが、声に引き戻された。
「あ、ごめん斎藤、沖田がわたしを待ってる」
 正確に言えば沖田、ではなくパンなのだが。立ち止まった沖田は踵を返し開けかけたパンを持ち直して教室から出てくる名前を迎えた。
「あれ?ちょっと封空いてない?」
「うん バトルしてきたからね」
「(自分とのな………)」

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甘い夢(沖田)

「………何の夢?」
 ここはどこかの時代劇の、映画の、ドラマの撮影だろうか?行き交う人々は、着物を着用している。
 名前は混乱していた。この光景、よく時代劇か何かでよく見かけるもので、今にでも水戸黄門様がご一行を連れて今にでもこの大通りを歩き出しそうである。頬を抓り涙目になった名前は次に髪の毛を引っ張るが、眠りは覚めず痛みを伴うだけである。ハッと、自分の服装を確かめた。水色……ではない、ではない、少し濁って濃い色だ。しかし家を出る時こんな服を着ていただろうか、いや、確実に制服だったはずである。
「なぜ?」
 家を出た途端、この光景。名前は後ろにあるはずの自宅の玄関があることを願い、後ろを振り向いた。
「どうした名前」
 名前は一度前を向く。自分と同じ格好をして洒落にマフラーをかけている斎藤一が首を傾げて「どうした」など聞くものだから、名前はまったくよくわからなくなった。どうしたはこっちの台詞である。頭を抱え始めた名前は唸る唸る。それは斎藤一も驚くほどに。「ど、どうした!?」どうしたもこうしたもない……。
「斎藤こそ、どうしたの?」
 斎藤が顔を顰めた。まるで、お前は何を言っているのだ、とでも言うように。名前はたじろいで斎藤と距離を取った。おかしい。これはまるでおかしい。名前は重いと感じる腰に手を置いた。
 ――――………。
「はへ!?」
 両頬を抓った名前は顔を顰める斎藤を見つめた。眺めたといったほうが正しいか。
「カメラはどこ!?」
「か、かめ………?何を言ってるんだ?」
「な、何を言ってるって!斎藤!?っていうか、これなに!?学園祭で演劇やるなんて提案出てたっけ!?」
「……………頭を、打ったのか?」
「!?」
 名前の様子に、他の者まで集まって来た。どれも自分や斎藤と同じ羽織りを着ている者達だと気付いた名前はそれらの顔をまじまじと舐めるように見てから、顔を真っ青にした。
「これは夢に違いない 起きろぉ起きろよわたしぃ……きっと学校に行く夢を見たんだよね。うんそういうことだ絶対にそうだだってあり得ないもん え?女子高生が帯刀?まさかそんなまさかすぎない?いくらわたしでもこんな仕掛けされたら気付くっての……。斎藤、もう種明かししていいんだよ?わたし解ってるし……」
「まずいな、誰か、名前と共に屯所に戻ってはくれないか。できれば、土方副長に現状を話し」
「土方副長……?」
「………名前?」

 うん、これはきっと、絶対に夢だよね。名前は体中から発汗し、気を失った。

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あなたの為に(オール)

 気を失った名前を運んだのは斎藤一と三番隊の隊士達。そこまで軽くないから、私達で運べますよ、という隊士らだったが、もし事故で名前が女だとバレないようにと組長直々におぶって屯所に戻って来たのは斎藤、原田が昼の巡察に行っていた時刻……。
 名前が現在、名前の自室にて体を休めている。汗が止まらない、と雪村と山崎が具合を見ながら仕事に専念していた時だった。パチリと目を開けた名前は上半身を起こし、側にいた雪村千鶴は飛び上って部屋から出ていってしまった。また景色が変わったことに戸惑いを隠せない名前は、「これは夢である」と頷き布団をかぶった。
「名前ちゃんが起きたって?」
「ほんとに頭がおかしくなったのか?」
「だからきっと記憶喪失だと何度も」
「うるせぇ!それは本人の口から聞くもんだろうが!」
「土方さん、もし本当に記憶喪失ならそれこそ本人の口から聞けないでしょう」
 またぞろぞろぞろぞろと集まって来て、ここはお祭り騒ぎが好きなのか。どんな舞台のセット?てかみんなわたしに内緒で台本まで作って練習して、もしかしてこれ新手のバースデープレゼント?サプライズ?いやになっちゃうわ。普通にしてくれて構わないのに。ぐーすか。
 襖が開き、入ってくるのは体格の良い男たち。名前は薄く目を開けて見上げ、見送った後寝がえりを打った。
「あれ……まだ寝てるんでしょうか?」雪村が首を傾げた。
「確かめてみりゃいいだろうが」
 土方の蹴りが名前の背中に入る。
「ッたあああああ!何すんじゃワレコラアァン!?」
 蹴りあげられ、跳び起き、拳を出して数人の男+少女と対峙した名前は、あっけらかんと口を開けたそれらに、同じようにあっけらかん。拳をしまって、にっこりと笑って「イヤですわオホホホホ」と白を切って見せたが、すでに事は遅いのである。顔を真っ青にした藤堂平助は一歩下がった。
「名前がおかしくなったぁぁああ!!」
「これは重症ですね……」と山南。「私が調べてもよろしいですか?」黒い笑みの山南。
「待ってくれ山南さん。そんないきなり、確かに重症ではあるが……。あー……名前、蹴って悪かった」
「っんとですよ土方先生!そんな思いっきり蹴らなくても…!」
 またもあっけらかんとした着物集団。(名前もである。)ぽかーんと効果音が付けられ、沈黙を破ったのは笑みを作った沖田総司で、「まあ皆さんまずは座って話しましょうよ」とその場を宥め、名前と彼ら彼女らの間に座った。
「えーっと、まず名前ちゃん、僕の事覚えてる」
「沖田総司」
「あれ 覚えてるんだ。じゃあこの子は?」
 雪村千鶴を指差す。「雪村千鶴」「じゃあこの人は?」土方を指差す。「土方先生」
「ごめん もう一度言ってみて。聞き間違いをしちゃったみたいで」
「土方先生」
「……土方さん、彼女に何か、稽古でも付けましたっけ?」
「………いや、なにも……」
 名前は口を押さえてプッと噴き出した。何を言ってるんですか土方先生、冗談は……性格だけにしてくださいよ。まったくもう。しかし、名前以外に笑みは浮かべられない。名前は笑顔になった。
「わたし記憶喪失みたいです!」
「都合がいいですね、名前君」黒い笑みのままの山南。

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ふたつでひとつ(沖田)

 名前はとりあえずの処置として、隊務は続けるものの、量を減らすという形で納得した。字は読めない、仕事内容覚えていない、真剣ととった事がない、隊士として如何なものか、それよりも人間として如何なものかと頭をボリボリと掻いた永倉新八は調子が狂うようである。
 現在は夕食。斎藤と沖田に挟まれて魚をつっついている名前は居づらそうに俯いて、沖田と斎藤を交互に見る。
「まあまあ新八さん、そう言わず。記憶が戻るまでの辛抱じゃないですか。それに本来の名前ちゃんより素直でいい子だと思いますけどね」
 本当は炊事当番だったらしいです。しかし、調理器具の使い方が解らず、千鶴ちゃんにやってもらいました。申し訳ございません。永倉新八という人物はこうも取っつきにくい人であっただろうかと思い出す。色々世話を掛けてきたわけだからこんな扱いでも仕方ないのだろうか。
「ハッいかんいかん……」如何にしてここの生活に慣れるべきか。

 名前は考えた。そして納得した。ここは夢だと。痛みを伴って現実世界に戻るというのは迷信で、嘘っぱちだったということを。夢が覚めるまでの間はここの生活に慣れれば……それに命の危険にさらされた時は起きるだろう。解決。ハイ。
「ということで、みなさんにご迷惑を掛けるかと思いますが、よろしくお願いします」
「なー、名前がここに寝泊まりするってなった時こんなこと言わなかったよなー」
「んだな……なんか、さも当たり前だって感じだったしな……。懐くか?……おーい、名前ちゃん、魚だぞー?」
 ハア?血管浮き出し眉を八の字その表情はまるでヤクザ。お、おう……。すまねえ。と一歩下がった原田に、土方は小さく笑みを浮かべて、「なんだ、お前は隊士なんだからんな事言う必要ねえだろ」と頭に手を置いた。
「そうですよ、記憶喪失でも名前ちゃんは名前ちゃんなんですし」
「沖田……夢の中ではいい人なんだねっ!」
「ん?」
「名前ちゃん、総司は元々お前の『いい人』だろ?」
「え?そうですか?沖田はー……まあ、いい人ではありますけど、腹黒いので微妙なところですよね」
 幹部と小姓は苦笑い。
「えーっとそういうことじゃなくて……好いた人で、好き合ってるってことなんだけど」沖田がフォローを入れた。
「え?まぁ、でもそうだよね」
 幹部と小姓、本当に手古摺っている様子。言葉も少々伝わらない、性格も少々代わり、素直さが浮き出るようになった。が、しかし懐かない猫なのは相変わらず。
「………ご、ごめんなさい」
 名前は申し訳なくなって、頭を下げた。それに一番大声を上げて制したのは永倉だった。元々女性には弱い性格だったようで、顔あげてくれよ名前ちゃん、慌てた永倉は申し訳なさそうに、頭を掻いた。
「でもよかった、僕との関係覚えててくれて。なんか今までの努力が無駄になったかもしれないと思うと我ながら冷や冷やするからね」
「え?努力?沖田でも努力するの?恋愛に関して」
「ま……まあね…。かなりの難敵だったよ、きみは」
 ―――だったらしい。夢にしちゃうまく出来てるなー。と思う名前であった。

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好きだから(沖田)

 記憶戻ったらうんと働いてもらうから、今は仕事の量を減らすぞ。土方と斎藤が名前を見兼ね八番隊から代わりの者をよこさせた。その間、名前は非番となるわけである。しかし他の隊士達もいるものだから、安易に行動はできない。だが、部屋の中へ閉じ込めておくわけにもいかない。幹部が誰かしら非番である、なんてこともない。この名前の様子だから尚更だ。
 沖田総司は名前を寵愛している、と噂が立っていたこともあり、文字の通り部屋に閉じ込めてはどうだろう。と沖田本人から提案があった。しかしそれを許さない幹部だが、見るからに記憶喪失(仮)の名前は沖田を信用しているように見える。土方は渋々、沖田が非番である時だけは、許してやろうと白旗を振った。
「沖田の髪の毛見せて」
 その沖田、非番につき自室で名前と戯れている。
 沖田の背後に回った名前は肩に手を置いて、結び目をまじまじと見つめていた。「おお、これが髷……」
「イカしてるねぇ〜」
「イカ? これ、近藤さんの真似てるんだ」
「確かに、近藤せんせ……近藤さんも同じ髪型だもんね」
 名前が沖田の髪を撫でると、沖田は気持ちよさそうに目を細めた。以外にサラサラしていることに、名前はそのまま指を通した
「ねえ、髪下ろしてもいい?」
「いいけど……あんまりおもしろいものでもないと思うけどな」
 現実世界での沖田、髪が短いのでこうして長髪の沖田はなかなか拝めないものだ。髷を取ると、少し形の付いた髪が下ろされて名前の手の甲に掛かる。「長い……」「量も多い……」実際、あまり沖田の髪を触ったことがないので、これが夢だとわかっていても名残惜しい。
「今日ずっと触ってたい……」
「それはちょっと困る。でも名前ちゃんから触ってくれるのはめずらしいから……いいんだけど」

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逢いたい(?)

 只今感傷に浸っておりますので、そっとしておいてください。夕食を知らせに名前の部屋にやってきた雪村は涙目の彼女を見つめ、そっと襖を閉めた。このまま幹部らに知ってる限りでの事情を話すか、それとも何も言わないで食を進めるか……。雪村は悩んで悩んで悩んだ結果、「今感傷に浸っておりまして、誰にも会いたくないのでそっとしておいてあげてください」と伝える。幹部らは心配そうに、首を傾げた。

「皆にあいたいよぅ」

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ふたりの時間(斎藤)

 竹刀、ではなく渡されたのは木刀。皆が稽古に励んでいるし、自分も何か体を動かしたいと思って斎藤に伝えたところ、今日は隊務もないし、稽古でもしたらどうだろうと提案された。名前はこの時代で剣術で敵うはずもないと思いつつ木刀を振り、今や数えて八人の隊士が倒れている。
「しかし、なるほど、衰えてはいるものの、筋は変わらんということか」
「何ぶつぶつ言ってるの?」
 いやはや、名前殿はやはりお強いですな、と光る汗を垂らしながら名前の隣にやってきたのは三番隊の隊士である。「どうも」名前が笑うと、隊士は笑顔を崩さないままに斎藤の方に顔を向けた。「名前殿は、泥か何か食されたのでしょうか」「案ずるな 最近、性格を変えてみようかと提案していて……、ああ、そうだ。泥を食べた」苦しい言い訳は辞めにしよう。斎藤は名前に泥を食わせた。その名前の笑顔を見てか、他の隊士も集まって、次はぜひ自分と、と寄って集って来たので、名前は混乱して順番に相手することにした。倒れたらそこでお終いにしよう、と言って。

 出るわ出るわの足技。現実世界でもよく沖田を転ばせていた蹴り技である。隙が出たところで胴に入れて脛を蹴る。もしくは踝を蹴る。沖田で期待上げた足技はここで役に立つとは思わず、十人の隊士にそれをしかけ終わった後にどっと汗が噴き出た。部活でもこんなに連続で相手をしたことがない名前は疲れて膝を折りその場に腰を下ろした。
「名前殿、お疲れのようですね。汗が噴き出ていますよ」
「あはは、お恥ずかしい限りでございますなぁ」
「これを機に、私達も親睦を深めませぬか?」
「はい……?」
「共に背を流しあいましょうぞ」
「はあ……え?でも、わたし」「名前!!」室内を裂くような声に隊士も名前を肩を震わせて驚いた。怒ったような、恥ずかしんだ顔の斎藤は名前の腕を掴んで外に出る。一体何事かと外の隊士達も斎藤と名前を見送り、人気の無くなったところでその足は止まった。
「名前……」妙に低い声である。「は、はい……」
「名前、お前は、女である事を隊士らに隠している。それはこちらも責はあるだろうが、記憶喪失とはいえ、忘れてもらっては困る。あんたが記憶を無くした初日に言ってあるはずだ。『男』として通っていると。それはなぜか、女では何かと都合が悪いからだ。こちらにも、あんたにも。だが男で通していると、そういう道の者が近付くわけでもある。それはうまく回避してもらわなければ困る」
「う……え、っと、うん……それは、なんとなく。事の重大さはわかってはいるけども」
「全然解ってないだろう!」
「ひい!」
「大体あんたは記憶を無くしてからというものどこか垢抜けていて、かといって記憶を無くす前のあんたが抜けているわけじゃない。だが先程の戦い方のように、どこからくるのか解らない戦法をしていて、隊士達も混乱していて、今までのあんたではなかったから、隊士達もいい気になって」
 斎藤一と言う男、夢の中でも小言がうるさいのは変わらず。名前は顔を顰めて、こくんこくんと頷いた。適当に。聞いているのか!?という斎藤の問いも適当に頷く。
「俺は、あんたを助けようと……」
「………え?わたしを?」
 沈黙が訪れ、いつのまにか斎藤は名前の前からいなくなっていた。

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物足りない(沖田)

「物足りないなぁ……」
 現代の味に慣れてしまって夢の中では舌が肥えているのだろうか。白米は変わらずの美味しさではあるが、魚も塩気が足りないように思えるし、味噌汁をとっても、どこか味気ない。いや味はあるのだが。しかしお浸しは辛いしょっぱい味が濃い。「うええ……」
「……やっぱり、総司に炊事当番やらせんのなァ……」
 苦笑いの原田が立ち上がった。次々に立ち上がった幹部たち。ちなみに藤堂と雪村は巡察中である。残ったのは沖田と名前の二人。
「物足りないって……何が?」
「味気」
「……そういう名前ちゃんはいかないの?お浸し、ひどい味なんでしょ」
「うーん、でも、面倒くさいし、絶対に食べられないわけじゃないからいいよ。沖田も頑張って作ったんだもんね」
 わたし、頑張る努力って大好きなんだ。他人の。塩辛いお浸しと甘い白米を同時に食べる。こうして食べれば塩辛さも激減されるし、いい事じゃないか。魚をつっつきながら沖田を横目で捉えた名前は、沖田の表情にフッと笑った。土方、斎藤、永倉、原田が戻って来た時には名前のお浸しは綺麗に無くなっており、愛の力はすげえなと呟く原田だった。

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眠り姫(沖田・藤堂・原田)

「名前が起きません」
「揺らしても起きません」
「ちょっと平助に左之さんちゃんと起こしたわけ? 名前ちゃん、起きて、起きないと襲うよ。左之さんが」
「俺がかよ!」
「………起きないってどういうこと?昨日別に何もしてないし起きなかったはずだよね?いい加減おきなよ、もう昼過ぎてるよ。昼飯食べないの?色気より食い気のきみが?」
「………名前ー、そろそろ起きないと副長が来るぜー……」
「だめだ、まったく起きねぇな。生活慣れねえのか?ってわけでもなさそうだしな」
「わかった」
「「なにが?」」

「え!?ちょ、おい総司何してんだよ!」
「今の見てわかんないっていうの平助?わかった教えてあげるよ。くちす、」
「だああああ!わかってるってば!」
「………でも起きねぇな 俺がするか」
「左之さん、どうしても死にたいらしいね」
「ば、ばか本気にすんなよ、頬だ頬」
「首を出して」
「総司、おま、目がほん……」

「うるせぇ……」
「あ、名前ちゃんおはよ、」
「うるせぇよ沖田 帰れ 散れ」


「あれ?沖田さんどうしたんですか?庭で倒れてますよ!?」
「そっとしておいてやれ千鶴。多分、寝込む」
「またですか!?」

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君の為に(沖田)

 最近名前が部屋に籠りっぱなしである理由は、いつまでも覚めない夢と、早く現実世界で学校へ行って皆に会いたいという寂しさからだった。なぜ夢は覚めないのか、なぜ痛みを感じるのに覚めないのか、髷の沖田もいいけれど、長髪の斎藤もいいけれど、ポニーテールの雪村もいいけれど、やはり現実世界が一番である。布団をかぶって涙を堪える名前は襖の隙間から見える陽の光に落ち込む一方で、隊士達の声を聞くのも億劫なのである。夢ではあるが、見知らぬ土地でいきなり数日間生活をしているわけなのだからストレスが堪らないはずもなく。
 稽古は嫌いじゃない。皆で食べるご飯も、嫌いじゃない。格好が少し変な皆も、嫌いじゃない。和室も、嫌いじゃない。性格が変わらない皆も、嫌いじゃない。けれども、やはり、現実世界の皆がいい。土方先生と、沖田と、斎藤と、藤堂と、原田先生に永倉先生、後輩の千鶴ちゃんに、苦労の絶えない山崎君。怪しい実験をしている山南先生に、近藤先生。
「名前ちゃん、起きてる?」
 襖から顔を出したのは髷のある沖田総司だった。涙を目に浮かべていた名前は布団の中に顔を埋めた。沖田は名前が起きているのを確認すると襖を開けて、名前の目の前に腰を下ろした。
「泣いてるの?」
「…………」
「名前ちゃんは僕の前でしか……それでも滅多に泣かないから、ちょっと眼福。役得だね。ハイこれ」
 沖田がなにやら後ろに手を組んでいるなと思っていた名前は目の前に現れたモノに視線をやった。
「………お花?」
 一本や二本ではない。たくさんの花弁に涙は引っ込んだ。
 実は、名前が最近落ち込んでいることを近所の子ども達に相談していた沖田は、子ども達がお花をあげれば元気になるかもしれないからと、子ども達と一緒にありとあらゆる花弁のついた草花を集めたわけだ。手の平が大きな沖田が子ども達と自分が集めた草花を両手で持ってきた。
「うん、この子達とね」
 沖田の後ろには数人の子どもがいる。沖田が名前ちゃんのお見舞いに来る?と誘い、屯所に招き入れたのだ。
 沖田の両手を包み込んだ名前は嬉しそうに笑って、驚いた沖田も段々を笑みを浮かべ、後ろにいる子ども達のほうへ振り向いた。
「ありがとう、沖田。きみ達も、ありがとう。とっても可愛らしいお花だね、嬉しい」

 その後、庭で子ども達と一緒に遊ぶ沖田と名前の姿があった。

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掛け替えのないあなた(沖田・オール)

「いッ……!?」
「す、すまない…!?」
 籠手を外した斎藤は後ろに倒れた名前に手を伸ばしたが、一歩遅れたようで面をかぶっているが名前の後頭部は体育館の床に思い切りぶつかった。側にいたマネージャーである山崎が咄嗟に名前の上半身を起こして、もう一人のマネージャーである雪村に救急箱を持ってくるように伝えた。山崎は面を外し、後頭部に触れる。
「ああよかった、コブは出来てない……」ホッとした山崎と、大きな足音を立てて近付いた沖田は睨み合った。
「ちょっと山崎君、名前ちゃん離して」
「いや、これはマネージャーの仕事だ」
「仕事とかそういうの関係ないと思うけど」
「名前の身の安全を願うのであれば、ここは俺に任せてほしい」
 グッと言い返せない沖田は名前の側にしゃがんで、名前の頬を撫でた。どうやら痛みに顔を歪めている……様子ではない。はておかしい、沖田は山崎と目を合わせて、救急箱と氷のうを持ってきた雪村に、休める場所を確保してほしいと頼んだ。
「名前ちゃん、意識ある?」
 暑さでやられてしまったのだろうか?いつも以上に名前が垂れているので、沖田はステージに上がって自分のスポーツバッグから真新しいタオルを持ってきて名前の顔を拭いた。氷のうを額に当てる。藤堂も寄って来て、他の部員達も集まって来た。見世物ではないが、ギャラリーを追い払う事よりもまず先に名前を安静にしなくては。
「土方先生に報告してくる。沖田くんは保健室に。そこが一番安静にできる場所だろう」
「わかった」
 名前を横抱きにして、沖田は保健室へと足を運んだ。


「……ん…、あれ……ここ、保健室?」
「あ、名前先輩が目を覚ましました!」
 ドタドタドタと複数の足音が名前のベッドを囲み、名前を見下ろす。左から土方、山南、斎藤、藤堂、原田、永倉、山崎、沖田、千鶴、の順である。名前は一人ずつ顔と服装と髪の長さを確認していって、変わってないのは山南先生と山崎君だけかと呟いた。他数名は首を傾げる。「頭おかしくなっちゃったかな」沖田が笑った。
 どうやらここは保健室、で間違いなさそうだ。上体を起こすと、永倉が「大丈夫か?」と声を掛けた。名前は首を傾げ、その質問の意味を考える。
「何がですか?」
「何がってお前……、斎藤に面食らって倒れたんだろうがよ」土方が呆れ顔になった。
「え? っていうか、いつの間に学校来てたの?」
 名前を覗く皆は驚き、名前がおかしくなったと慌てふためき、落ちつきなさい、と山南が皆を静かにさせた。山南は指の数を数えさせ、左から順に名前をフルネームで答えさせた。ばっちり山南の課題をこなした名前だが、あるひとつの点に不満を持った。
「面食らったって、もしかして部活中?」
「そうですよ、それで部活が終わったところです」
「はあ……部活が終わったところです……『部活が終わったところです』ゥ!?」
 よく考えてみろ。家に出たのは朝、玄関の扉を開いたら、あの光景。しかし今は部活が終わった放課後で保健室で斎藤に面を食らって倒れたと。急に焦り始めた名前は自分の服装と腰に手を当て頭に手を持って髪を掻きむしり頬を抓った。名前、頭がおかしくなったと本気で考え始めた一同は、一旦ベッドから離れ作戦会議を始める。病院行きか、いやそうとも限らないだろう、ちょっと実験してもよろしいですか?待ってくれ山南さん、名前は起きたばかりで混乱してんだ。再びベッドを書こう一同は名前に落ちつくように言う。
「一応、大丈夫なんだな?ああ、お前は入学初めからおかしかったから大丈夫だ」こめかみに汗を垂らした土方。
 名前は沖田一点を見つめる。
「沖田に髷がない…………」
 沖田と斎藤は目を開いた。
「……夢だったんだ………夢から、覚めた……」
「え?名前お前夢見てたの?」
「夢って、部活中に何眠ってんだよお前は」
 藤堂と原田は溜息を吐いて安堵の表情を浮かべた。
「藤堂の髪が……原田先生は胸元開いてない」
「えぇ?」
「なんだって」
「土方先生髪ない」
「あるわ」
「山南先生は変わらない」
「はい?」
「永倉先生も……変わってない」
「はあ?」
「山崎君は制服だし」
「え?」
「千鶴ちゃんはポニーテールじゃない」
「え、えっと……」
「斎藤は髪の毛ないしマフラーしてない………」
「…………」
「………なんか中二病患者みたいできもい」
 心配して損したわ。一同の声が揃った。
「名前、着換えろよ?送るか」
「あ、いいですよ土方せんせ。僕が送りますから」
「そうか?なら頼むな」
「名前ちゃん、着替えに行こうか」
「う、うん」


 着替えを済ませ、電車に乗って名前の家に続く一本道を歩いている二人の間に会話はなかった。いつもなら何かしら、ほとんど沖田が話題を吹っ掛けるのだが、沖田が口を閉ざしてだんまりだ。名前は沖田をちらちら見ながら、早く家に着かないかとポケットに入れていた携帯を交互に見ていた。
「ねえ名前ちゃん」
「なに?」
「今日の見た夢、今度僕にも教えて」
 髷が気になったのだろうか?名前はいいよと頷いた。沖田は笑っているが、少し寂しそうでもあるし、嬉しそうでもある。少し複雑な表情だ。
「沖田が髷してた」
「髷って、昔の人がしてたみたいなの?」
「そう 夢だからそういう沖田見たいとか思ってたのかな?それから着物も来てたし、えっと、」
「いいよ、整理が付いてからでも遅くないんだから」
「そっ……そう、だよね」
 男の手の平が女の手の平を覆い、指をからめて握った。女の手の平も男の手の平を覆って握る。もちろん言葉も会話もない。これ以上の会話はもうないのだろうか、いつもまかせっきりだった為に話題をどう出せばいいのか悩んでしまう。話を変えてもいいけれど、生憎今日の記憶はない。あるのは、夢の数日間のみ。
「大丈夫だよ」沖田の手の平が名前の手の平を強く握った。

「今まで出来なかった話、たくさんしよう?」

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