ふたりの時間(斎藤)
竹刀、ではなく渡されたのは木刀。皆が稽古に励んでいるし、自分も何か体を動かしたいと思って斎藤に伝えたところ、今日は隊務もないし、稽古でもしたらどうだろうと提案された。名前はこの時代で剣術で敵うはずもないと思いつつ木刀を振り、今や数えて八人の隊士が倒れている。
「しかし、なるほど、衰えてはいるものの、筋は変わらんということか」
「何ぶつぶつ言ってるの?」
いやはや、名前殿はやはりお強いですな、と光る汗を垂らしながら名前の隣にやってきたのは三番隊の隊士である。「どうも」名前が笑うと、隊士は笑顔を崩さないままに斎藤の方に顔を向けた。「名前殿は、泥か何か食されたのでしょうか」「案ずるな 最近、性格を変えてみようかと提案していて……、ああ、そうだ。泥を食べた」苦しい言い訳は辞めにしよう。斎藤は名前に泥を食わせた。その名前の笑顔を見てか、他の隊士も集まって、次はぜひ自分と、と寄って集って来たので、名前は混乱して順番に相手することにした。倒れたらそこでお終いにしよう、と言って。
出るわ出るわの足技。現実世界でもよく沖田を転ばせていた蹴り技である。隙が出たところで胴に入れて脛を蹴る。もしくは踝を蹴る。沖田で期待上げた足技はここで役に立つとは思わず、十人の隊士にそれをしかけ終わった後にどっと汗が噴き出た。部活でもこんなに連続で相手をしたことがない名前は疲れて膝を折りその場に腰を下ろした。
「名前殿、お疲れのようですね。汗が噴き出ていますよ」
「あはは、お恥ずかしい限りでございますなぁ」
「これを機に、私達も親睦を深めませぬか?」
「はい……?」
「共に背を流しあいましょうぞ」
「はあ……え?でも、わたし」「名前!!」室内を裂くような声に隊士も名前を肩を震わせて驚いた。怒ったような、恥ずかしんだ顔の斎藤は名前の腕を掴んで外に出る。一体何事かと外の隊士達も斎藤と名前を見送り、人気の無くなったところでその足は止まった。
「名前……」妙に低い声である。「は、はい……」
「名前、お前は、女である事を隊士らに隠している。それはこちらも責はあるだろうが、記憶喪失とはいえ、忘れてもらっては困る。あんたが記憶を無くした初日に言ってあるはずだ。『男』として通っていると。それはなぜか、女では何かと都合が悪いからだ。こちらにも、あんたにも。だが男で通していると、そういう道の者が近付くわけでもある。それはうまく回避してもらわなければ困る」
「う……え、っと、うん……それは、なんとなく。事の重大さはわかってはいるけども」
「全然解ってないだろう!」
「ひい!」
「大体あんたは記憶を無くしてからというものどこか垢抜けていて、かといって記憶を無くす前のあんたが抜けているわけじゃない。だが先程の戦い方のように、どこからくるのか解らない戦法をしていて、隊士達も混乱していて、今までのあんたではなかったから、隊士達もいい気になって」
斎藤一と言う男、夢の中でも小言がうるさいのは変わらず。名前は顔を顰めて、こくんこくんと頷いた。適当に。聞いているのか!?という斎藤の問いも適当に頷く。
「俺は、あんたを助けようと……」
「………え?わたしを?」
沈黙が訪れ、いつのまにか斎藤は名前の前からいなくなっていた。
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