消えないで | ナノ


 名字さんに笑ってほしくて名字さんを送った後、レンタルビデオショップに行ってお笑いのDVDを借りてきた。お笑いのDVDってなんでか下ネタがよくはいっているからできるだけ下ネタが少ないと思うのをいくつか選んで、年末の笑ってはいけない24時を借りて、久しぶりに見たくなったアニメを借りて帰った。アニメなんて久しぶりだし見る時間なんてあんまりないと思うけど。
 お笑いDVDを鞄に詰めて、返すのは来週の水曜か木曜でいいからその間に一回でも見てと言って、空いた時間にどうだったと訊ける。それで、来週には感想もちょっと訊けるかもしれないし、一週間の間に笑った顔が見れるかもしれない。
 うあ 今回ちょっと良い感じかもしれない 手ごたえあるぞ

 多分お笑いDVDはベタだ。ベタだけどダジャレとか面白いことおれにはできないし、面白い発想とか持ってないからこういうのに頼るしかない。おれってばバレーくらいしかできるのないし。

 ブルブルブルブル
 携帯が震える。あっ田中さんからメールだ。
 そういえばおれ名字さんのケー番とアドレス知らないんだよな……。多分クラスのみんな知らないと思うし今更訊くのも……なんか照れくさいし。でも ほしい気持ちもあるけど。
「ううううん」どうしたもんか……。

「あ」
 DVDの感想訊きたいからアドレス交換しない!?



 これだ!!




「名字さんおはよー」
「おはよう」
「いきなりなんだけどお笑いDVDとか興味あるっ?おれ昨日借りて面白かったから名字さんにも見てほしくてさ」
「DVD? うん」
 わっ まじでっ おれ顔赤くないかな
「そ そんでさ あの」
「かん かか 感想とか 教えてほし い」
「から あ あの メメメメ メールアドレス お 教えてくんない?」
 これ絶対赤くなってるよな……?
「うん いいよ」


「ヤッターーーー!!!」






 授業も部活も終わって今は部屋のベッドの上で携帯を膝元に置き正座をしている。8割諦めているけど2割くらいは期待してたりする。いや やっぱり9割諦めておこう。ご飯もたらふく食べて風呂も入ってあとは寝るだけ。家に帰ったのが8時で、今は10時。うん やっぱり10割諦めで……。
 名字さんの家は徒歩で20分のところに住んでいた。自転車を飛ばせば10分もあれば余裕で着くくらい。大きな家で最近リフォームしたのかすごく綺麗だった。訊けば、つい最近東京から引っ越してきたらしい。中学三年生の時、烏野に受験にしきたんだって。家庭の都合でこっちにきたんだって。
 名字さんお風呂入ったのかな。それでDVD見たのかな。うっ ムラムラしてきたぞ。

 名字さん
 名字さん


 名字さん

 名字さん 今日はノートと筆箱がなくなってた。上履きもなくなって昼までスリッパだったけど昼過ぎてから上履きが見つかってて5時間目にはちゃんと履いてた。今日も絵描いてた。青いボールペンで忙しく手を動かしてた。チラッと机の中みたら綺麗に拭かれてたから多分名字さんが自分で拭いたのかもしれない。そういえば筆箱無くなってたけど、新しい筆箱出してたからもしかして予備に持ってきてたのかもな。ノートと筆箱隠した奴ら、どう思ったかなぁその光景見て。そういえばまたきもい絵描いてるよって言われてた。多分また目ん玉飛び出て手とか足とか変な形してる絵描いたんだろうな あれこわいもんな あれを無表情で描くってすごい ある意味特技なのかも。無表情かあ 無表情 名字さんっていつも無表情だから他の顔見た事ないな。おれは笑った顔が見たいな。ちょっとえっちなことした時の顔もみたいけど、笑った顔がいい。どんな顔するのかな、どんな風に笑うのかな。


名字さん


 名字さんのことばかり。おれは最近名字さんのことばかりだ。

 うう 眠い 眠い メールは 来てない。
 だめだ 明日もあるし 寝よう。





 今日はちょっと寝癖がひどい。直そうと思ったけど水じゃ直らなかったから、今日は風に直してもらおうと思って自転車をいつもよりも飛ばして朝練もやって濡れたタオルを顔に当てて制服に着替える。仕方ないから影山と一緒に途中まで帰ってやろうと思っておーい影山ーとだらしのない声だと注意されながら近付く。
 影山の顔はいつもの鬼のような面相でも怒っている顔でもなく、どこか思い詰めた顔をしていた。見覚えがあった。おーい影山、もう一度呼んで早くいこーぜーと声を掛けるけど、影山はゆっくりとおれの方に振り返る。その顔はさっきの思い詰めた顔から なんていうんだろう なんていう顔だ?

「ちょっと付き合えよ」



 影山がおれを連れて自販機のそばにやってきて影山は腕を組んでボソリと呟いた。「名字のことなんだけどよ」ああ そういうことで呼びだしたのか。
「名字っていじめ受けてんのか」知らなかったのかよ。
「お前同じクラスだよな」

 わかってる。
 影山の言いたい事は十分に解ってる。わかってるけどどうにもなんない事って世の中にあるんだよ。その中の一つだと思う。おれがどうこうしたって女子のいじめはとまらないと思うんだよな。でも護ってやりたいし でも 名字さんがやめてほしいって言わないといけない気がするんだよ。
 でも
 でも 痣増えてたんだ。手の甲に出来てて、内出血も少しだけあった。

 わかってんだよ
 わかってんだよ 名字さん

「なんでとめてやらねーンだよ お前同じクラスだろ 仲も良いんだろ!?」

 わかってるっつーの

「名字さん お前にどんな絵描いたんだよ」わかってるっつーの の前におれはずっと気になっていたことを訊いた。すごく気になっていた。影山は名字さんにどんな絵描いてもらったんだろうって 気になってたんだ。普通の絵だってことはなんとなくわかってる おれは知りたいのはそこじゃなくて

「俺が トスしてるとこだよ」
「……全身?」
「そうだよ。 なんだよ それと関係あることなのかよ」
「いや 別に なんもねーけど」
「あァ!?」



「は?」

 かっこわりぃ

「おい 日向 おまっ」


 おれってすごいかっこわりぃ
 なんでだろうなあ 名字さんの気持ちが流れ込んでくるみたいだ

「な なに泣いてんだよお前」
「なんでもねーよ!おれは教室もどる!」
「オイまだ話おわってねーぞ!日向!」
「おれはお前の話聞くよりも先に 名字さんにお笑いDVDの感想きかなきゃなんねーんだよ!」
「はぁぁああ!?」

 そうだ おれがクヨクヨしてられないんだ おれは おれは名字さんに笑ってほしいんだッ!!その為に残り少ないお小遣いでDVD借りて、やっとアドレスまでゲットできたんだ このおれに怖いものなんてない!!
 名字さんに降りかかる水だって、おれが名字さんの傘になる!バケツだってレシーブで跳ね返してやるんだ!!筆箱だって画用紙だって投げ捨てられても一番に教室を飛び出して拾うんだ!!

 おれは笑顔で教室に入る。
「名字さんおはよう!!」