生物の授業で金魚を育てることになった。そこでクラスで一人、金魚の世話をする動物係というものが作られて、昨日名字さんの事をいじめていた女子の一人が、名字さんは生き物の世話をするのが好きだと言っていたので名字さんが適任だと思います名字さんも承諾してますと担任に言って、担任も名字さんにいいか?と疑う様子も見せず、名字さんはハイと答えた。 「それじゃあ放課後ちょこっと生物の先生のアー…の話があるらしいから準備室に集合してくれな えー このあとすぐにな」 ハーイきりーつ れー さよーならー 名字さんは教室を出た。 昨日部活遅れたから 今度は間に合うぞ 名字さんは我慢できる人なんだと思った。 今日はバケツ一杯の水を教室で掛けられて、水だけならよかったけど、水だけじゃなくて昨日の掃除で絞ったぞうきんの水も掛けられた。そのあとバケツで殴られてた。画用紙がビッチョビチョになってしまってたけど、気にしていない様子だった。おれは部活で使うからいつも多めにタオルを持ってきてる。真新しいタオルを丁度持ってきていたので、名字さんに渡した。使っていいよコレ 小さい小さい声で言うと、名字さんは無表情でありがとうと言って髪を拭き始めた。顔から拭いた方がいいと思う というと、名字さんはしばらく髪を拭いて、顔を拭いた。 体育の授業は男子はハードル、女子は体育館でバスケットボール。体育館の扉が開いていて、ちらっとみると、やっぱり名字さんは一人でポツンとコートの隅っこに立っていて、皆の動きをじっと見ていた。動く様子はなかった。女子を見る先生がたまたまこっちに来ていて先生と話していた。その隙に女子は動けよ!って叫んで名字さんの髪の毛を引っ張って、脚を蹴っていた。名字さんは転んだけど、泣いてはいなかったし悔しそうな顔もしてなかったし、悲しそうでもなかった。女子はハア!ほんとにさあ いい加減にしろよ!とカンカンに怒った。 放課後、HRが終わって、名字さんは教室を出た。 おれは心が痛かった。なんで名字さんは我慢するんだろうと不思議で昨日の夜はちょっと眠れなかった。女子も男子もなんで名字さんのことあんなにいじめるのか知りたかった。でも知ったところでどうなるわけでもないかもしれないとも思った。だって、名字さんだし。 昨日の名字さんの絵を見て、なんでああやって呼ばれているかも納得した。 でも心が痛かった。 護ってあげたいとも、思った。ちょっとだけ。 おれたちの「しつれいします」はしつれいしますじゃない。言葉になってない。けど成り立っているから、慣れ親しんだ言い方で部室に入って、着替えて、昨日の分を取り返すために一番に体育館に入ってネットを張った。それからランニングをして、次第に先輩達が集まってきて、いつも通りの部活が始まる。 アレ 影山いなくね? 「影山?なんか動物係らしいよ」 え? 動物係だって? 「(名字さんとおんなじだ……)」 モヤモヤする。動物係って土曜日も来なきゃなんないって先生言ってたよなぁ。影山は部活があるからいいけど、名字さんはめんどくさいだろうなぁ。土曜まで学校くるの、めんどくさいよなぁ。 「日向ー!まえまえー!」 少しくらい休む時間くらい あげればいいのに いや、あれ、違うよな。普通、やめろよなって思うところなのに。それだけ日常化してるってことなのかな。名字さん、つらくないかな 「日向ッ 日向ってば 前向けよ!」 「オバァッ!!」 ッテーー!! 「ちわース」 「おっ 影山来たぞ」 田中さんがおれに教えてくれる。「おい影山!遅いぞ!男ならはや く きが え………」 名字さん? 影山の後ろに名字さんがいる。画用紙を抱えて影山の後姿を見つめている。影山は大地さんに何か言って、名字さんを指差した。キャプテンは「あ」って顔をして、ニコーと笑ってOKサイン。 名字さんが頭を下げて体育館に入った。 「名字さんっ」思わず声を掛けて駆け寄ると、名字さんは不思議そうな顔をしておれの名前を呼んだ。知ってたんだって言おうと思ったけど、でもやめといた。ちょっとかっこ悪いから。 「どうしたの名字さん なんでバレー部にいるの?」 「うん 練習風景を見たいって影山くんに頼んだら先輩に訊いてみるって それで大丈夫だったから 見てるの」 「そっかー…… その あんまり 昨日みたいな絵 描かないでほしいなって 思ったり………?」 「………うん わかったよ 描かないよ 大丈夫 うん」 「おっ おう!」 あれ やる気が湧いてきてやる気100倍 いや1000倍だ! 田中さんがおれを呼んでいるので再びレシーブの練習。影山が戻ってくるまでの間田中さんが打ってくれる。レシーブかあ。もうちょっとかっこよく決まるところを見せたかったかもしれない。 名字さん、いつまでここにいるんだろう。影山が、戻ってくるまでかな。 「ブワッ!」 あーもう かっこ悪ィ!! 「あれって歩く狂気名字さんでしょ?なんでこんなとこにいんの?」 月島が呟いた。呟いたと同時に影山が体育館に戻ってきて名字さんを見たあと、すぐにおれのほうに寄ってきて田中さんにお礼をいってボールを受け取った。いつものスパルタが始まる。少しはかっこいいところ、見せたいし、影山にドヤ顔だってしてやりたかったりする。 名字さんはひたすらおれ達の光景を見つめていて、たまに画用紙に向かって鉛筆を動かした。「日向!テメーいい加減にしろこっち向け!」 名字さん 腕に 痣できてる。 あしにも できてるよ。 みてろ おれのスパイク見せてやる 「影山 トス トス!」 しばらく名字さんのことを忘れてバレーに集中していた。スパイクを打つ今の瞬間、あ、そういえば名字さんがいるって気付いてチラリと名字さんの方を見る。名字さんはおれのことをじっと見つめていた。鉛筆も止まってる。 ようし、いつものように速攻だ! 「おう え 描いたのかよ ……で?帰るのか? じゃあその絵 丸めて下駄箱に入れとけよ」 「丸めたくないんだ 待ってる で 渡す」 「はっ!?………まっ待ってるって」 「変な風には描いてないの だから丸めたくない」 「言ってる事意味わかんねえ…… じゃあどうすんだよ」 「部活終わるまで待ってる もう邪魔だと思うから校門で待ってるね」 「は おい まだ部活おわんねーぞ」 「うん 待ってるよ 待っていられるから」 「……遅いと思ったら先帰っていいからな 絵だって別に明日渡してくれりゃいいし」 「………。うん 待ってるね」 部活が終わった。少しだけ残って練習をして、影山は今まで見た事のない早さで部室に戻って用意を済ませて校門に向かう。おれも影山になんて負けたくないから急いで部室に戻って用意を済ませて校門に走る。けど少しだけ校門に近付いた時、少しだけ速度を落とした。先に影山と名字さんがいて、二人は肩を並べて歩いていたからだ。影山は画用紙を持っていた。丸めないでもっていて、名字さんの事を見下ろしていた。 おれなんか話しかけられないくらい 二人の距離はこれっぽっちしかなかった。 今日は 名字さん 影山に見せるのかな |