名字は日向を待つ。そして名字は日向に「おつかれさま」という。名字は日向の自転車の後ろに乗って、名字は日向に鞄を預けて肩に手を置く。 セックスをしても、毎日は変わらない。 昼休み、名字は日向と机を合わせて弁当を食べていた。日向は笑顔で名字に話しかける。話の大部分は自分が活躍した話とバレー部員の奴らの話。他は授業での面白かった出来事だった。名字はうすら笑みを浮かべて話を聞いていた。俺には見せた事ない表情で、嫉妬した。羨ましかった。 誰にも聞こえないようにシネと呟く。日向に対してだった。 本当は名字を誘うつもりだったが、あの表情を見れば誰だって邪魔したくないと考えるだろう、動物係の招集がかかっていた。しかも残りは俺と名字の二人、きんぎょの餌を取りに来いと四時間目の授業の時言われた。「昨日の昼呼びだしたんだがなあ お前と名字だけ来なかったぞぉ」と言われた。俺はひそかにガッツポーズを決め込んだ、名字と行こう、と。 階段を下り、理科準備室の扉を開く。大きな準備室で、先生がどこにいるか探すのにも手間取り、この準備室には先生がいないことがわかると、「ハァ?」と思わず声が漏れた。そして仕方なく餌を探す。職員室にいるのかもしれないが、ここにもあるかもしれない。黒い机の上にもない。化学製品においがする。しばらく生物に関わる部品の場所を物色し、汚い土だとか肥料だとかが手に着いたので適当に払い、机の上に座る。 ばかじゃねえの、と自分をぶったたく。 仕方ない。職員室に行こう。机から離れ出入り口のドアに視線を逸らすと、金魚の餌を二つもった名字がいた。 「これ 影山くんのクラスの分だよ」 名字があげて見せたそれは、俺が探していた金魚の餌。「ここにはないよ」わかってんだよそんなことは。 「悪い」 「ううん」 俺はどっちに「悪い」と言ったのだろう。セックスに?それとも金魚の餌を持ってわざわざここまで来た事に? 名字はどっちに「ううん」と言ったのだろう。 「それじゃあ」 俺が反応した時にはもう名字は痣がある太ももを見せて歩き出していた。 心が無くなったようだ。 拳を握る。 「シネ」 今度は自分自身にだった。 部活が終わった放課後、見慣れたシルエットが目に入った。意を決して、その後ろ姿に近づいた。 「日向、もう少し掛かるみてーだけど」 痣を見せる名字の後ろ姿に微かに声を張り上げて言う。名字は俺の方に振り返って、わかった、と言って前を向いた。日向はただ制服を反対に着ただけではなくボタンのかけ間違いなどもオプションとして追加された。名字は体操服でいいのにと言ったらしいが、名字が多分制服だから日向も着替えるのだろう。俺だったら、そうしてる。 「お 名字ー」菅原さんが手を振ると、名字は軽く頭を下げた。「悪いね、日向もうちょっとかかるんだわ」さっき俺言いましたけど。「はい 影山くんが」「えっ」あっ そうだった。日向は俺に言おうとしたが、即座に菅原さんに言い変えたのだった。「ああ そっかあ じゃあね名字」「はい さようなら」ぺこりと頭を下げる。 「なあ」名字を見る。「明日練習試合あんだけど」名字は頷く。 「観に来いよ」 と、言ったあと長い溜息を吐いた。そして言い直す。 「俺を 観に来いよ」 「名字さあーん!」出たなお邪魔虫。「ごめんっ またせっ あれ オイ。なんで影山がいんだよ」 「うるせえな俺の勝手だろ」 「名字さんに近付くな うん 名字さん帰ろう ちょっと待ってて自転車取ってくる!オイ影山!名字さん連れてくなよ!マジで!」 「ハッ どうだかな」 「名字さん 誘われても断れよ!」 あ ああ? なんだよ その顔 「どこでやるの?」 「明日の十時半から 烏野で」 「うん いく」 はあ。 はあ。そうか。 「俺を 観に来いよな」 名字は頷いた。「うん 観に行くよ」俺は多分笑っている。 |