色彩 | ナノ



「ホラ、次ィ!」

 只今銀塔にて数多の食客達をなぎ倒している最中なのであります!
 ジャーファルさんから返してもらった短剣で37人の食客達にひいひいと言わせ、中には「名前様!」とわたしを拝む者まで出てきたのだ!気持ちがいい!!魔力操作で強化した剣に敵なし!「もっとこいコラァ!」

「んなら…俺は行こうかね」
「シャルルカン様―!」「きたぞーシャルルカン様だー!」
「あなたは…」
「よう暗殺者。この間はどーも。今回はアンタの対戦相手なわけだが…」
「八人将の……負けるかも。やめる」

 ええええええ!!塔に男達の声が揃って響き、塔の外までも響きわたった。ほら、わたし負けず嫌いだから…


 噂によるとシャルルカンとヤムライハは喧嘩が絶えない…(ジャーファルさん情報)とのことだったので、木の陰に身を隠しながらシャルルカンさんの後ろをついていくとピスティさんとヤムライハさんと面倒くさそうに突っ立っているマスルールさんが談笑しており、その中にシャルルカンさんは腕を振りながら近づいた。
 あれぇ?何だ仲いいじゃん!

「あ、いたいたマスルール、名前の姿を見ませんでしたが」
「そこに」
「え!? 名前!?」
「え!? どこどこ!?」
「(ぎゃー!またこのパターンですか!)」




「ジャーファルさん、シャルルカンさんとヤムライハさん、仲良くないですか?というかマスルールさんとシャルルカンさんの方が仲が良くないと思ったんですけど…」
「まあ、そうですねえ」
「わーこの焼き菓子おいしー」

 わたしがシンドリアの正式な食客として仕えて一ヶ月が経った。シンドバッド王は半月の間スパルトスさんとシャルルカンさんと外交へ赴いたらしくシンドリアに残った八人将と文官、武官達とは少し顔が馴染んできたようにも思えるし、アミナとももっと仲が良くなったようにも思える。
 あの夜、ジャーファルさんがいなかったら、わたしは今バルバッドにいるだろう。それもよかったが、今が一番いい。今が一番、幸せだから。

「ジャーファルさんは色んな事を知ってますねぇ。美味しいお菓子とか」
「…お菓子限定ですか」
「あっ、勉強とか、計算とか…あと……。苦労、してるんですね…」
「まあシンの隣にいれば自然とね…フフ…」
「ジャーファルさん涙拭いて!」
「しかし名前も何だか板についてきましたね。武官も食客達も噂していましたよ。新しい食客の女が妙な動きで戦うから相手するのが楽しいって」
「あ、あはは…うん…。ここにいると、なんだかすっごく幸せな気分になるんです。これも、ジャーファルさんのおかげです」
「…改めてそう言われると照れますね。よくまあそんな恥ずかしい事が言えるものだ…」
「(殺したい…)」

 そして最近の口癖は殺したい。師匠の元で修行をしている時と同じ口癖だ。
 師匠の足取りを掴めずにいることも確かだった。鳥を呼びよせて師匠に自分の存在を知ってもらおうと足に色のついた紐を結び付けているのだが、何の連絡もないし、色暗号の紐を括って飛ばしても何の連絡もない。
「師匠が心配です。どこですか。わたしはシンドリアです 名前」と何通も何通も飛ばしたが、そろそろ諦めてしまおうかと考えていたところなのだ。もういいかも。今度シンドバッド王が外交に出かけられる時に間者としてご同行させていただこうかとも考えた。

 ちなみに、わたしはジャーファルさんが好きです。
 いやだってさ、だってそうじゃない?だって…そうじゃない?だって……そうじゃない…?

 ……。確かに薄い顔してるけどかわいいけど童顔だけど、でもやっぱり根本的の優しさっていうか、そうじゃん!だって仕方ないじゃん好きになってしまったんだから!わたしを奴隷として見てないからなのかな、そうなのかな?そうなのかな!ジャーファルさん見てると胸が苦しくなるしィ!!

「名前?」
「ハッ…あ、ごめんなさいついボーっとしてしまって」
「いえ、あの、声、出てましたよ?」
「あ?はあ声は出てますけど…」
「ですから…心の声、聞こえてましたよ?」
「…………は?」
「お茶でもいれましょうか。私の休憩時間も終わりますし」
「………」
「何飲む?私と同じので…」
「う、うわああああああああ!!」

 頭を抱えて机に額を思い切りぶつけた。慌てるジャーファルさんなどお構いなしに自分自身を傷つける。バカ!わたしのバカ!恥ずかしいバカ!死ねバカ!!恥ずかしい!!なんという失態を犯してしまったんだぁ…!

「いいじゃないですか。嬉しいですよ」
「忘れてください忘れてください!」
「ええ、まあ、尽力します……できるかな」
「してくださいぃ…」

 いつもこうだった。心の中で呟いていたと思ったら口にしていて想いを告げてしまって、時には心の中で呟こうと思ったのに思わず「殺したい…」を声に出してしまい一時間ほどジャーファルさんに追いかけまわされた。ここのところ失敗続きでいい事がない。あ、でも前にシンドバッド王がお小遣いくれた…。
 机に突っ伏しているとジャーファルさんがわたしの肩を叩いてお茶を出してくれた。それをゆっくりと飲みながら顔の火照りを冷ましていると一羽の鳥がわたしの手に止まる。またか。また師匠は見つけてくれなかったか…。

「見つかりませんね…」
「…気分屋ですから…」

 わたしからしたら大問題である気分屋。師匠は本当気分屋で困る。気分で優しくして、厳しくして、何度振り回されたことか。

「でももしかして見つけてくれてるかもしれないし…。師匠ったら意外にシャイなんで会うのが恥ずかしいのかも!」
「え?いやあのそういう問題ですか…?まぁ、いつか会えればいいですね。近いうちに」
「はい!」

 半年間師匠と会っていないのだが、その間も連絡と取り合う手段はいくつかあった。一番確実なのはこうして鳥の足に紐を括りつけて飛ばす事。師匠は鳥を扱うのがとても上手だった。連絡手段として好んで使っていたから、必然的にわたしも扱う術を教えてもらったのだ。知り合いに頼み師匠を探してもらおうとも思ったのだがおそらくこの国に知り合いなど一人もいないだろう、考えるだけ無駄である。
 と、まあ師匠のおかげで一日の半分はどうやって居場所を伝えるかで頭を悩ましていた。間にジャーファルさんとの休憩タイムを含め、空いた時間には銀蠍塔で鍛錬をしている…わけであった。

「名前の師匠は一体どんな人なんですか?一ヶ月間も姿を追うくらいだからきっと素敵な方なんでしょうね」

 よくぞ聞いてくれたジャーファルさん、よく聞きたまえ。
 わたしが奴隷から解放されたのは他でもない、師匠のおかげなのだ。ボロボロになったわたしに手を差し伸べ、町を出て山奥にある大きな洞穴でわたしを看病してくださった。その時だけ神様に見えたよ。そして隣町までおぶってくださった。
 お前痩せてるな。もっと食えよ。分けてやるよ。おい干物女。そんな事を言われながらおぶられていた。そして隣町の病院で約一ヶ月間お世話になった。何故かって、そりゃあ腕が折れていたからだよ。それに切り傷もかすり傷も、目も腫れていたし痣もたくさんあった。師匠は気を利かせて一ヶ月もわたしに休みを与えてくれたのだ。とても嬉しかった。頭を撫でられてホッとした。初めての感情だったからどうすればいいかわからなくなってしまって、ただひたすら泣いていた。
 そして完治し、次の国を目指そうとしていると聞いたのでわたしも一緒にお供させていただき、こうして暗殺術というものを会得したのである。師匠は元暗殺者で、たくさんの知識をお持ちになられた。そしてそれをわたしに伝授してくださった!だがしかし字の読み書きは別に良いだろめんどくさいしという理由で字の一つもかすっていないのだが、師匠はたくさんの知識を私に言い渡した。暗殺術、鳥の扱い、武器の扱い、魔力操作、魔法…師匠は一体何者なのか、それを聞くのは野暮ってもんよ!
 そして月日が経ち、また月日が経ち…、わたしは立派な暗殺者となったのである!
 お前貧乏そうな顔してるわあとケラケラ笑われても、だらけてんじゃねええ!と殴られても、お前ちょっと焼きそばパン買ってきてとパシられても、なんかお前ムカつくわーといきなり切りつけられても…………

「名前、涙を拭きなさい」
「………うっ…よく考えれば師匠わたしの事嫌いなのかも…」
「そっそんなことないでしょう!あなたにこんなにたくさんの知識を与えたのですから!大丈夫です!愛されてますよ!」
「でも食事中に『美味しい幸せ』って言っただけで『お前ムカつくわー』って切りつけてくるっておかしくありません!?幸せな顔見てるのすげームカつくわってひどくありません!?」
「…まあ、その…それは……人それぞれって事で」
「うわあああん!!やっぱりそうなのかもー!!」

 でもでもでも2年という長い期間を一緒にいたんだからそんな事はないと思う、わたしの事嫌いとか絶対ないと思う!だってたまにお前可愛いなあとか言ってくれたし!
 一人で机をバンバンと叩いていると迎いに座っているジャーファルさんがクスクスと笑い始めて、本当に、と口を開いた。

「本当に、あなたは暗殺者の時と普段の時とじゃ性格が180度変わっていて見ていて面白いよ」

 そりゃあ仕事の時の顔というものがあるだろう、ジャーファルさんだって結構変わる方だと思うけれど。この前シンドバッド王が仕事から逃げようとした時のあの表情なんてトラウマものだった。「聞こえてますよ名前」
 こうして普段の時はいつもニコニコしているし、ジャーファルさんと向かい合ってる時なんて、笑顔以外見た事がないのだけれど……。

「いや、もうひとつの顔がありますよね、あなたには」
「え?もうひとつ?あります?」
「奴隷の時の、ですよ」
「えっ…」

 なぜ思い出させるのだろう。心臓が強く胸を打って、心臓の音が耳を支配する。かと思えば目の前にいるジャーファルさんは別の笑顔を見せた。

「少し興味があるんですよ…。あなたが奴隷の時どんな表情を見せていたか…」
「そんな…やめてくださいよ。趣味が悪いですよ」
「ねえ泣いてましたか?」
「な……泣いて…ま、まし、」
「いいですよね、泣き顔って、ゾクゾクしませんか?」
「ジャ、ジャ、ジャッ…ジャーファルさん!」
「フフ、冗談ですよ。すみません、思い出させてしまいましたか?」
「よかったあ、本当に冗談ですよね?吃驚したぁ」

 ジャーファルさんはいつものように笑顔でいる。



「………冗談ですよね…?」




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