色彩 | ナノ



「魔法が使えなくなった?でも今までは使えていたのよね?」
「重力魔法を使っていた。でも魔力操作は今まで通り使える」
「ルフが見えなくなればそうもなるわね…。ルフが見えない限り魔法を使うのは…無理ね」
「そうだろうとは思っていた。ありがとう。…魔力操作が使えれば…、それでいいから…」

 シンドバッドと部屋に入って来たのは「天才魔導士」であるヤムライハという女性で、わたしを見るや、笑顔を作ってわたしの両手を握って「私とお友達になりましょう!」と言った。隣ではシンドバッドがニコニコと笑っていた。お前だな。
 いや、しかし魔法が使えなくなったからといって困る事はひとつかふたつしかない。ただ、ルフが見えなくなるのがとても不安だった。魔力操作はおそらく今まで通りに使えるだろうし、今日の朝起きた時に両手に魔力を込める事も出来た。だが、ルフが見えない。
 アル・サーメンの仕業なのだろうか?

「名前、『アル・サーメン』と関わってしまったからには君にそれが何なのか知らなくてはならない。…いや」
「どの道必然的に知る事になっていたろうし……、あなたは詳しく知ってそうだしね」
「いやいや、実は俺もアル・サーメンが何なのかよくわかっていないんだ」
「あなたは依頼人を殺したと言った。ということはそれほどまでに危険な組織か何かなんでしょう?でもわたしはその組織で生まれ、育ったと依頼人は言っていた。ならばわたしをここで匿う必要はないだろう。食事の用意だってしなくていい」
「……いいや、これは、俺が君を助けたいからしていることだ」
「……いつかその慈悲で殺されるぞ」
「言ったろう?俺はこう見えて強いと。俺は七海の王なのだからな!」
「そう。わたしはもうここから出るよ。会いたい人もいるし。世話になった」
「え!?どういう流れ!?ちょっ、お嬢さん待ちたまえ!」
「なんだ。触るな暑苦しい」

 なるべく関わらないようにしなくては、わたしの恥ずかしい姿を見たのはジャーファルとシンドバッド。シンドバッドにだけは弱みを握られたくない。腰の傷が痛む。早く完治してくれないかなぁ…。
 シンドバッドはわたしの肩を掴んで言った。

「この国に留まりなさい!」
「い・や・だ!」
「何故だ!」
「もうシンドリアに用は無いからだ!師匠と一緒にいた方が何かと楽できる!離せジジイ!」
「ジ、ジジ…イ……」

 くそ、なんなんだ。ジャーファルがいる時は素直で大人しいのに、と床にのの字を書き始めたシンドバッドにヤムライハが肩に手を置きながら励ましの言葉を降らした。更に涙目になるシンドバッド。まだ頭痛がする。朝、夢は見なかったものの頭痛がひどかった。ルフの事を考えるともっと頭痛がひどくなった。

「おはようございます名前。…あれ、シンにヤムライハ、来てたんですか」
「おおジャーファルくんよ、今すぐ名前にシンドリアに留まる様に言ってくれないか」
「え?」
「名前はシンドリアからいなくなってしまうらしい」

 ぐすんと鼻を鳴らしたシンドバッドの頬を殴るとジャーファルとヤムライハは「ギャー!」と叫びわたしはヤムライハが、ジャーファルがシンを掴んで引っぺがす。イラァ…と効果音がつきそうなくらいにわたしがシンドバッドに睨みをきかせる。

「当たり前だろう。依頼人は死んだんだ、もうお前を殺す理由など…」
「行ってしまわれるんですか?」ジャーファルが言う。
「……え?」
「まだ腰の傷は完治していないんですから、もう少しここにいたらどうですか?」ジャーファルが首を傾げた。
「…………ハイ…」
「なんでだーっ!!」





「わあ、すごい!」
「でしょう!?これは水魔法なのよ!こうして自分の姿を消す事もできるわ!」
「わあああ!ヤムライハさんすごい!」

 突然姿を消したヤムライハさんは頬を赤く染めながら鼻を伸ばし胸を張って言った。なにやら天才魔導士であるし、八人将の一人なのだからそれはもうすごいことなのだろう。わたしの重力魔法なんてただ武器を操作するだけに覚えたものだから応用が使えるといっても手駒は少ない。ただ武器を操るだけ。まあ、今は使えないのだが。

「そういえば重力魔法を使ってた、って言ったわよね?どうやって使っていたの?」
「わたしはただ武器を操る程度の魔法ですよ。操作魔法をうまく扱えなかったんで師匠が重力魔法にしろっていって覚えたものですから…。普段あまり使わなくて…魔力操作くらいなら結構良い線いってると思うんですけどねぇ…。まあこれも普段からあまり使うなって言われてて…」
「…何故?」
「え?それは…なんででしょうね…」
「………名前、私急用を思い出したからちょっと席外すわ。ごめんなさいね」
「あっ……はい…」

 友達になれると思ったんだけどな…。少し期待しすぎたのかもしれない。きっと第一印象がよくなかったんだ。
「第一印象は大事だぞ名前。ちなみにお前の第一印象は俺は悪いと思った!もちろんみずぼらしい格好だったからだ!だが名前!今はどうだ!肉付きもよくなったしきちんと風呂にも入ってる!これで外見では友人ができよう!しかし性格に問題アリだ!」と何故か嬉しそうに言っていた師匠の顔が思い浮かぶ。師匠に性格も直してもらうべきだったのだ…。友達はアミナだけ…?それもいいかも。でもアミナは優しいからきっと友達たくさんいるんだ…。
 いやいやいや喜ぶところだ。奴隷だったアミナに友達がたくさんできるのって、すごくいい事じゃない。わたしだって嬉しい。でも、でも…。

 ここにいると何だか自分が普通の人間になったみたいに感じる。今まで友達なんてほしいとも考えなかった。親しい人など師匠だけでいいと思っていた。…でも、なぜだろう。わたしはまだこの感情の名前を知らない。師匠なら知っていたのに…。師匠もここに住めばいいのに…。

「え、あ?いやいや…完治するまでだから、うんうん。完治したらすぐにここから出てやるんだ…」

 何考えてるのわたし…

「ああよかった、探しましたよ」
「ジャ、ジャジャジャーファル…!」
「もうすぐお昼ですから帰りましょう医務室に」
「え?食堂ではないのですか」
「食堂は元々武官の為のものですので…本来食客たちは緑射塔にて料理が運ばれるんですよ」
「わたしのところ運ばれなかったんですけど」
「当然。わたしがそうするように言いましたからね。でももうあなたは食客です。今日からは緑射塔にてお食事を」
「……はい、戻ろうと…思います」



「なんだい名前、機嫌を直してくれよ」
「シンドバッドがいるなんて聞いてない!」
「えっ!」

 ガーン!
 またものの字をを書くシンドバッド、その肩に手を置いて励ましているのがジャーファルだ。しかし質素な料理が運ばれてきた。ジャーファルが言うにはまだ病人であるから喉に通りやすいものを用意させました、だそうだ。気遣いはとてもありがたいのだがもう少し豪華な料理を食べたかった。

「まあ。俺は話が済んだら出ていくつもりだ」
「話?」
「君の魔法はアル・サーメンに管理されているのかもしれない、とね」
「管理、アル・サーメンが?なぜ?」
「ヤムライハが言っていた。急に魔法が使えなくなることなはい、と。君の場合なんかは特にだ。魔力があるのに、今まで使えていた魔法が使えなくなるのはおかしい。それはつまり魔法の根本的なものが管理されていたからではないか…、そう考えたんだ。今までルフが見えていたのだろう?それはアル・サーメンによる力だったのかもしれない」
「ならわたし、もう魔法が使えないということ?重力魔法は…」
「そういうことになる」
「……仕方のないこと…か」
「ジャーファルと戦った時、武器に応用して重力魔法を使っていただろう?あれは見事だった。魔力がないとあの芸当はできなかっただろう」
「魔力は超人並みにあると言われて魔力操作も使える。だから重力魔法にこだわることもない。…ただ今まで見えていたルフが見えなくなったことが…怖い」
「…そうか。そうだろう。今まで見えていたものが見えなくなる怖さは、俺も十分にわかっている」

 魔力は健在なのは不幸中の幸いだった。魔力が消えてしまったらわたしは何の取り柄もない人間になってしまうから。もしかしたら師匠に会えずに再び奴隷にもどってしまいかもしれない。シンドバッドが依頼人を殺さなかったら魔力さえ扱えなかったのだ。今は扱える。だが、もう依頼人は死んだからシンドバッドを殺さなくて良い。

「…どうだ?味気ない食べ物ばかりだしフルーツでも食べないか?」
「………(…え?え? え?えっ…)」
「特注で取り寄せたんだよ。ああ、でも大きいね。半分にして食べよう!それなら食べれるだろう?」

「あっ……あ…!」


 ああ…!

「旅人様!」
 旅人様だ…!この人は旅人様だ!


 布団を剥いで両足を付けて額を布団に付け目を閉じた。
 シンドバッドは旅人様だったんだ…、絶対にそうだ、この人はわたしにフルーツを分けてくれた旅人様だったんだ!

「…名前」
「た、旅人様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、わたしに冒険譚を聞かせてくれ、そしてフルーツを分け与えてくださった…!やっと会えた…!あなたを探していました!」

「ああ、ようやく思い出してくれたか!」
「え?」
「俺は一目見た時…いや、君の声を聞いた時すぐにわかったぞ。久しぶりだな名前。よかった、思い出してくれて」
「えっ、あの、旅人様…わたしを覚えていらっしゃるのですか…?あんな小汚い格好をしていた、のに」
「何をいう名前!お前はあの時も、今も、何も変わらない!」

 旅人様…!!


 旅人様はシンドリアの国王だった。
 ………ん?……ん!?

「あわわわわ!!この度は大変失礼なことを…!」
「いや、気にしていないよ。君の俺に対する傷つく発言などもう…」
「あなた様を殺そうなどと…!刃を向けてしまった…たとえ依頼であってもわたしはしてはいけないことをしました…」
「あ…、そっち?」
「……自害します」
「えええええ!?ストップ!!」
「名前!待ちなさい!早まるな!止まれ!」

 魔力操作で指に魔力を溜めて首に振ろうとすると、シンドバッドとジャーファルが全身を使ってわたしを止めに入った。ピタリと行動を止めると二人からは長い溜息が吐かれ、疲れた様子で椅子に座った。
 二人がなにやら考え込んで五分。わたしはその二人の姿をじっと見つめていた。フルーツは机の皿に置かれたままである。

「……あなたに助けられるのはこれで二度目ですね。フルーツを分け与えてくれ、そして寝床を用意してくれた。感謝してもしきれません…」
「そんな大げさな、フルーツだぞ?」
「いいえ、あの時は一週間何も飲まず食わずでしたから、本当に、命を救われました…。本当に…」
「……ほら、泣くな泣くな」

 シンドバッドの指が頬を撫でてくる。涙はしょっぱい。

 ――この人主様だったらよかったのに。

「本当にありがとうございます」

 うまく笑えなかった。…涙のせいで。
シンドバッドも笑った。

「ならば名前、君は行く宛てがあるのか?」
「ええ。もう暗殺は終わりましたし師匠の元に帰ります」
「あるんかい!」
「とはいっても師匠は流浪の者ですので会える保証はないのですが…。幸い魔力操作が使えますしここの金になるものを盗んで売れば多少生活できると思いまして」
「いやいやあんたサラッといけない事言いましたよ?ダメに決まっているでしょうが。シンが許しても私が許しません」
「ですが権力を持つものはどんどんと金になるものを私物化するではありませんか。片付けられないでしょう?それならわたくしが片付けて差し上げましょう」
「黒い!黒いオーラが見えている!」
「ハハハ!まいったな!俺は今から君に仕えてほしいというはずだったのだがな!」
「…仕え…て、とは」

「あの頃、君は俺に言っただろう?あなたが主様だったらどんなによかったかってな。覚えているか?俺はいつまでも覚えていたよ、名前」
「……覚えてくださって…」
「ああ、もちろん。もちろんだ」

「………、でも、わたしは…あなたに仕える事はできません…」
「なぜ!」

 笑みが薄れて、俯いて、青ざめた。

「恥ずかしいから…」

「だ、だって、わたし、わたし…」

 奴隷だったのに…。

「………それでも、俺の気持ちは変わらないからな。気持ちを固めて、また返答を聞こうと思う」
「旅人様…」
「君はあの時、そう言った事を俺は片時も忘れたことはない。その時の表情もだ」

 シンドバッドは出て行き、ジャーファルも続いて部屋を出た。
 ポツンと机の上にはフルーツが残されていた。





 コンコンと扉が叩かれ、出てきたのは蝋燭の火でオレンジ色になったジャーファルだった。
「こんばんは。どうですか」わたしは曖昧に笑った。

「この後はどちらに向かわれるんですか?」
「…とりあえずバルバッドに向かおうと思って…。師匠はああ見えて優しい?人ですから…きっとスラムの子達に食糧を分け与えようと…」
「? 今クエスチョンマーク付きませんでしたか…? それにしてもシンは怒ってやけ酒を起こしました」
「はあ…」
「あなたの事を気に入っている証拠ですよ」
「そうですか…」

 それから、私個人で訊きたいことが。と、ジャーファルはオレンジ色に染まりながら言った。そして椅子をベッドの近くに持ってきてからゆっくりと座った。
 こういう雰囲気はあまり好きでないし慣れていない。何か嫌な事訊かれるのが目に見えてわかった。

「……わたし、」
「……」
「…わたし…奴隷、でした」

 ジャーファルは驚いて体をピクリと反応させた。

「気付いたら奴隷でしたし、なんで奴隷になったかも覚えていないんですけど…アハハ、笑えない、ですよね…。だから恥ずかしくって…」

 なぜジャーファルにこんな事を話したのかは自分でもあまりよくわからない。涙が流れて、シーツをぎゅっと握った。どうしよう。引かれた、よね?でもそれでいいかもしれない。だってそうしたら彼は、早くこの国から出ろと言うにきまっている。
 汚されたわたしを。何度も何度も叩かれたわたしを。鞭で叩かれナイフで傷付けられたわたしを。虫を食べたわたしを。人を食べたわたしを。人を殺したわたしを。こんなわたしを、国へ留めたくないだろう。
 親だっていないし、昔の記憶だってない。0歳も1歳も2歳も3歳も4歳も5歳も…。わたしの記憶は9歳からしかないんだ。10年間も奴隷でつらい事や悲しい事ばかりさせられ、してしまった。

「恥ずかしくて…、ずっと……」


「ずっと…、わたしを縛り続けている…」


 師匠に出会ってから、忘れないようにと自分自身で記憶を塞ぎこんでしまった。けれど奴隷の頃の記憶はいつまでもいつまでもわたしの記憶から抜けることはない。わたしをいつまでも、死ぬまでずっと縛りつけておくものだ。わたしが弱いから、何度も塞ぎこんでしまった。でも、弱いから、すぐに思い出してしまったのだ。そしてまた白を切って勝手に塞ぎこんでしまう。
 悲しみを感じたくないから。つらいと思いたくないから。

 そっと、手に何かが触れた。
 ジャーファルの手だった。
 シーツを離してジャーファルの方へ視線を向ける。



「綺麗な手だ、とても。優しい手だ。あなたは…とても綺麗だ」





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