色彩 | ナノ





「驚いたな……まさかきみに子どもがいるとは思わなかったよ……」
「こいつのどこを見て俺の子どもだって思ったんだよ。拾って来たんだ」

 むすっとした顔で、ムウは目の前に座る男、リダーに言い放つ。隣に座る名前はじっとリダーを見つめその場を動かない。リダーは名前の視線が鬱陶しくなったりそうでなくなったりと、こちらはまた忙しい様子である。
 リダーは目の前に座る男の隣にいる少女を見てすぐに分かった。身形は綺麗にしているようだが、奴隷くささが残っている。やせ細った体や、目を視る限りそうだろうと確信した。しかしムウはなぜこんな奴隷を拾ったのだろうか?

「あんまジロジロ見てんじゃねーよ」
「いや、そうだな、すまない。しかし奴隷を拾ってくるなんて一体何があったんだ?」

 ムウと名前の反応を見る限り、本当に奴隷だったようだ。リダーは確実な証拠を掴んだ。名前は強張った表情をしているが、ムウはハアと溜息を吐いて「まぁそんなこたどーでもいいだろ」と椅子に座ったまま後ろの棚へ手を伸ばし、一枚のボロボロになった紙切れをリダーに見せる。

「これ、一昨日見つけたんだがこの島には金銀がどこかに埋まっているらしい。それの居場所掴んでくんねえかな。あとは初歩的な暗殺の仕事探してほしい。ちなみに俺じゃなくて、こいつのな」

 ムウは名前を指差し、名前はムウを見た後リダーに視線を送った。絵描きもしているリダーは「あ、ああ」と何かに気を取られていたのが、情けない返事をした。

「きみは隠し事が下手だな、ムウ。気に入ったのか?煙草のニオイもなくなった、その理由はその子か」
「依頼は以上。前金だ」

 ムウは机の上に前金と称して札束を置いた。リダーはムウを見たが席を立つ様子に、自分の話を聞いてくれないと判断し長い息を吐き席を立った。名前も一緒に立ち上がりムウの隣に立つ。リダーはその様子を見て、ふと笑う。

「お嬢さん お名前は?」
「オイ」
「え……わ、わたし、ですか?」
「もちろん」
「………名前です」
「名前……良い名だ」

 リダーが名前へ手を差し伸べる。「握手をしよう。これからよろしく頼むよ」名前はその手を見下ろし、ムウを見た。ムウは二人から顔を背け、窓から外を見ている。興味が無いといったところだろう。名前はどうしたらいいかわらず困ったが、求められているということはわかっていたので、同じように手を出して握手を交わした。
 リダーはその手をしっかりと握り、笑った。その笑顔に安心したのか、名前はホッとした表情に変わって、よろしくお願いします、と頭を下げた。やせ細った体の名前の手はなんとも頼りない。こんな手で暗殺などできるはずがない。リダーは絶えず笑顔であるがそう思った。
「それでは、また」
「ああ 呼び出して悪かったな」
「いいや?最近はずっと絵を描いていただけなんで、ちょっとした運動になるさ」

 ギィ、バタン。と閉められた扉。
「リダーさんは、絵をお描きになられるんですね」リダーが去った後、ぽつりと名前が零した言葉にムウは乾いた声で「ああ」と答える。
 今からリダーという男が家に来るが、あまり喋るなよ。と始めに注意を受けた名前はなるべく喋らないように我慢していた。余計な口を開けんじゃねえ、というムウの教えに名前は従ったのである。常日頃からムウは名前に暗殺をする場合、あまり余計なことを喋ると死ぬぞ、と言っていた。暗殺をしている間、もちろん依頼人にフレンドリーに話しかける暗殺者など、ただのバカがお調子者だけだろう。

「チッ あーイライラする」
「師匠はリダーさんの事を知っているんですよね?なぜですか?」
「……昔世話になった。 俺は直接依頼主に頼みこまれる時もあったが、ほとんどはリダーを通して依頼を受けたんだ。リダーはこの手に非常に詳しいし人脈も俺よりある。それに元暗殺者だが、今は違うからか信頼が勝ってるんだ。依頼主や依頼を見極めるのも、かなり信頼できる」

 つらつらと語るムウに、名前はリダーを一瞬で信頼するようになった。師匠であるムウがこうして絶賛するくらいであるから、名前も信頼できると思ったのだろう。

「オイ名前」
「はい」

「もし俺が居なくなったら、リダーを頼れよ」
「………、え?あ…… ど、どういうことですか……? 師匠、居なくなってしまうんですか?」
「つべこべ言わずに頷けよ!」
「…………。はい……」

 アル・サーメンに見つからないようにしているが、何があるかわからない。今はこうして名前を隠しながら過ごしているが、何があるかわからないのだ。それこそ、「マギ」と接触する場合を考えて。
 名前はアル・サーメンのことを覚えていない。ムウのことを知らない様子をみるとすぐにわかるだろう。マギであるジュダルのことも、育ての親であるアル・サーメンの者のことも。

「……今日はシチューにすっか」

 ムウはいつまでも外を見つめていた。





 名前の細い体は地面にぶつかり、跳ね、土埃が舞って、ぐったりと倒れた。
 名前ももうこうして修行していくうちに受け身の態勢がとれるようになってきたし、傷だって少しずつ今のベストで最小限にとどめることもできるようになった。
 名前は元々、傷を自然に癒すことができる特別な能力を持っていたからか、小さな傷は一日で癒えてしまう。大きな傷も日数は掛かるが完全に完治することができる。しかし、元主に付けられた腕の傷だけはどうしても消えることがなかった。擦り傷を作った名前だが気にすることもなくムウに飛びかかり、ムウに譲ってもらった短剣でない、どこかの店で買った安物の短剣を使っていた。
 ひらりとかわすムウに名前もすかさずに攻撃をしかけていく。
「うんまぁ悪くねえけど雑魚に変わりはねえな。お前は無駄な動きが多すぎる。俺を真似ろ。俺は人を真似てきた。お前だってできるはずだ。俺の弟子なんだからな」
「真似、ですか。わかりましたやってみます」
「お前は器用だ。俺よりも遥かに器用だ。お前のさっきの足運び、俺が昨日やってたのと同じだろ?ほとんど完璧にできてるよ。手先も意識すれば出来るようになるだろう。これ終わったら、魔力操作っつうのを教えてやる。これが使えるようになったらお前は一段レベルアップするだろうし、なっ!」
「っあ……!!」
「油断は禁物つったろうがカスが!!」

 ドスン!!
 背中を強く打った名前は痛みに声を漏らし腕で這いながら立ち上がった。膝に手を乗せ肩で息をし、ムウを見上げる。名前の足に蹴りをいれたムウは靴についた土を掃い、腰に付けているポーチから容器に入った水を手の平に出した。ムウの近くに寄った名前は、それは何かと尋ねる。
「まあ見てな」
 ムウは水に魔力を込めた。水は宙を浮き、一滴もたらさずに上へ上へと上げていく。ふ、と力を抜けるように魔力を込めるのを止めると、水は手の平の中へ落ちていった。
「これは魔法だ。お前は魔法の才能がある」
「ま、魔法!?」
「ああ。俺よりも遥かに魔力がある。だからお前は通常の人よりも少し体が弱い。しかし俺と一緒に修行してれば体も強くなるし魔法だって使えるようになる。こんな良い事ってないよな?」
「(わ、わからない………)でもわたし、魔法なんて一度も使ったことありません……」
「俺の周りに見える鳥みたいなもん、あるだろ?」
「はい」
「それはルフって言うんだ。魔法が使える者はこれが見える。つまりこれが見えるということは決定的な証拠。お前は魔導士なんだよ。 強制的に魔導士にするわけじゃねえけどさ………」

 ムウは手の上で水の塊を浮かせて遊ぶ。名前は自分の両手を見て、浮かんでいる水の塊を見る。

「わたしにもできるようになりますか……?」
「お前に教えるのはこれじゃねえ。魔力操作だ。その寂しい脳みそにしっかり叩きこめよ。これが出来るようになったら魔法も教えてやるよ」

 その言葉に名前は眼を輝かせ、元気よく挨拶をした。ムウの魔法を扱うのを見て、彼を神様のようにも思えた。ムウが安い短剣を指差し、名前は短剣を持ち上げる。「クズ ちげーよ 死ね」ムウが名前の頭を片手で握り、痛い痛いと涙目になるこの光景は十日間と少しよく見られるようになり、名前が重力魔法を教えてもらうところでリダーから依頼が舞い込んできた。金銀が埋まる島は見つからなかったが、名前に適任の仕事はいくつか見つかった。ムウと名前はお互いに吟味し、名前の初めての仕事は貴族の暗殺となった。


「過保護すぎるのもよくないぞムウ。名前が可愛いのもわかるがね、あの子はお人形じゃないんだ」
「何勘違いしてんだよ。別に過保護に接してるつもりじゃねえ。お人形とも思ってねえ」
「そうかなぁ。きみのことは昔からよぉく見てきたつもりだから、表情のひとつひとつわかるんだがね」
「てめーは俺の親父か何かか?」
「うん それも悪くないかもなぁ」
「悪いわボケ」
「………名前をどうして助けたのかな」
「……あ?別に 気まぐれだよ」
「そうか……。うん、そうか……。 ハハハ……」

 リダーの笑いにムウはクエスチョンマークを頭に浮かべた。笑い終えた後の視線の先、それは名前だった。いそいそとお茶の準備をしている。その視線を追ったムウは、リダーを不審に思い見つめる。しかし不審に思ってしまう正体を確認することはできなかった、確信となるものもなかった。ムウは名前の入れた紅茶の中に砂糖を二杯入れ、一口飲む。

「おいカス。味が薄いって何度言ったらわかるんだ?このバカ人生やり直してこい!!」




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