色彩 | ナノ





 堕転をした。元々体内に蓄積されている魔力が人並みの倍あったから、自分でもルフが黒くなっていくのがわかった。意識はあった。理性もあった。まず手から黒いルフが発生し始めた。
 俺は人を何度も何度も斬り殺しているから、そこから浸食されていっているのだと思った。汚い手だった。血だらけだった。
 ………まあ、俺の話をだらだらと長く続けてもつまらないと思う。
 ただ言える事は、俺は本当の人間でないこと。半分人間と半分黒いルフから生まれた存在だった、ということ。

 俺は元々、堕転をしていた。
 人間ではなかったのだった。
 それを知ったのは恩人が死んで3日後のことだった。アル・サーメンの元に戻った。



 偽りの両親の元を離れ、アル・サーメンに戻ると新しい子どもが仲間となって追加されていた。しかしその子どもは生まれた時からアル・サーメンが隠していて、7歳になってやっと外に出る事ができたらしかった。俺とあまり年が変わらずに興味本位でその後ろ姿を眺めていた。
 あの「マギ」と一緒に居る所を見ると、彼女は特別、アル・サーメンから愛されていると思って殺してやろうかとも考えた。

「気になるのかい」
「あ?」
「あの少女だよ」

 指差す先は「マギ」と手を繋いで歩いている彼女。

「気になんねーし」
「ふふふ、お前もまだ子どもだな。まぁ話しかけてみるといい。きみは「マギ」とも話していなかったね?これを機会に少し交流を深めておくといいだろう。将来、マギらに忠誠を尽くしてもらうんだよ、お前には」

 マギは黒い少年。


 マギの成りそこない、それが名前だった。


 俺は自然と名前に魔法を教える先生のような存在になっていた。名前の笑顔を見ると俺も自然と笑顔になって、忘れていた子どもという存在を俺の中に書き足していってきれた。俺もまだ子どもだったんだ、名前を見るとそう思えて、自然と素直な自分が見えるようになってきた。
 ありがとう、ムウ。そう言ってもらえるだけで俺は幸せな気持ちになった。名前のルフが汚れていない。俺はそんな名前の側にいて、ルフが浄化されていくのがわかった。アル・サーメン側もこれには驚いただろう。「マギ」であるジュダルはそんなことがないのに、なぜ俺は浄化されたのだろう?

「ムウはあったかいねぇ」
 腕に抱きつき頬を寄せる名前のことが、愛しかった。
 頬が赤みを帯びるのがわかる。腕を振り払おうにもそれができない。抱きしめられている腕と名前の脳天を見つめ、俺は決意を抱いた。
 同時にどうしようもない事に悩んだ。

 「マギ」の成りそこないの名前は、ひどい扱いをされながらアル・サーメンに殺されるだろう。
 名前はあたたかい。
 名前の側にいると幸せな気持ちになる。
 名前は優しい。
 名前が愛しい。
 名前を護らなくてはならない。

 俺は名前を連れ、アル・サーメンの元から離れた。名前を養う金などなかった。
 名前を奴隷商人に売り、金をもらった。これで商売を始めようと思ったが、それでは何年経ったら名前を奴隷から解放できるだろうと思い、服や武器を買って暗殺者になった。ここまではよかったのだ。俺は呆気なくアル・サーメンに見つかり、6年閉じ込められた。7年目にしてやっと外に出て、暗殺をして金を稼いだが、名前を見つけることができなくて、外に出て4年目にして名前を見つけた。死に物狂いで探した名前の姿は変わり果てていた。
 閉じ込められていた6年間、俺は自慰を何度もした。名前を思い浮かべながら、時に笑いながら、時には泣きながら、名前を思い続け魔法を勉強しながら6年間を過ごし、そのあとの4年は暗殺をしながら名前を探して駆け回った。
 俺はやはり、幸せにはなれないのだと、実感した。
 そして名前も、幸せにはなれないのだと、実感した。
 けれど俺も名前も、ルフが汚れることはなかった。だから俺は、名前と共にあることを誓った。





「吐いても食え死んでも食え!!」
「うええええっ……!吐いたら勿体ないです!!死にたくないですもう無理です!!まず吐いたら意味が無いじゃないですか……!!」
「うるせーテメー俺のやり方に文句あんのか!?アァ!?」
「ありません!ありません食べます死んでも食べます!!」

 「スパルタ教育」とはどういう意味だっただろうか。涙を流し鼻水を垂らしている名前はムウの作ったシチューを無理矢理食べさせられていた。ムウの家というのは街を2つほど超えたところにあり、周りは自然で修行場所に最適な所に小屋を立てていた。ただアル・サーメンからの妨害を免れるために日々魔力を込めた木材で作ったもので、特別な命令式を組み込みアル・サーメンには見つからないようになっているのである。それも6年間閉じ込められていた時に考えた命令式から成っているのであった。

 今のままでは、名前はアル・サーメンにいい様に使われてしまうだろう。と考えたムウはとりあえず胃袋でもでかくしてみるかという軽い気持ちでこのような言動をとっているのである。名前は被害者だった。
 血も涙もないスパルタ教育である。
 名前はムウの気も知らずにシチューを食べ続け、ムウは名前の気も知らずに鬼の形相で睨んでいる。

 強くする。
 自分がいなくても戦えるくらいに強くする。

 ムウの意思はかたく、その思いだけは譲れなかった。


 ムウが名前へ食育という暴飲暴食を無理矢理させて4日が過ぎた頃だった。名前に目立った様子もなく、熱も無いし段々と食べ物が食べれるようになってきたのは喜ばしいことだが、時折太陽を見上げてぼーっとすることがある。太陽を見つめるせいで、名前はハッとして目を押さえる光景も一日に何度かあった。

「太陽は眩しくて見れません。でもずっと見ていたいです」
「………お前には眩しいだろ」
「……眩しいです。けれど……」
「目、悪くすっぞ」
「………あっ」
「ったく、言わんこっちゃねえ」

 ふらり。名前が後ろに倒れそうになるところをムウが受け止め、その頭をぺシンと叩いた。随分中身がないらしいな、とムウは笑ってやったが、名前は何も言わずに目を押さえている。その様子にムウは顔を覗いた。
 垂れる前髪を撫ぜる。耳元で名前の名を呼ぶ。

「お前は嫌なことはハッキリと嫌だと言え。いいか?受け入れられない事は受け入れるな。そのほかは黙って従えばいい。それは誰にだってそうだ」
「……師匠にも、ですか?」
「そうだ。まあ、俺の場合はそうさせないがな……。なんせお前を強くする。お前を奴隷にしなくて済むように強くするんだ」

 普通に生きている人間であるならば、普通に奴隷で生きてきた人間であるならば、きっとムウの言葉を疑うだろう。そして嘘吐きと言って罵るだろう。しかし、ムウは名前の救世主なのである。ムウを悪い人だとどうしても思えないのだ。だからムウの言うことは正しいと感じている。それは、主に対して苦しいや痛いなどの感情なのではなく、また別のものだ。
 あの太陽のような旅人様ではなく、また別の太陽なのだ。
 救世主なのだ。

 ムウは目を押さえている名前の手に触れて、隠れた唇を見つけそっと触れる。名前の様子を伺い、もう一度触れた。名前は「嫌だ」とも言わないし、「受け入れない」とも言わない。「いい」と「受け入れる」である。ムウはもう一度触れ、二度目は舌で歯を舐め、割った。逃げぬ舌に自身の舌を絡めると、名前はムウの服を握って震えた。恐怖から、ではないようだった。
 ムウも名前の服を握った。我を忘れ、夢中で舌を絡め、唇を吸って舌を吸って、もう一度唇を合わす。

 好きだと言いたかったのだ。
 愛していると言いたかったのだ。

「嫌だと言え」

 ムウは服を握る力を強めた。

「嫌じゃ、ありません」



 俺は誰かに望まれて生を勝ち取ったわけではない。生まれることに意味などない。
 そんな俺が名前をあのようにつらい思いをさせてしまった。
 今更名前のそばにいようなど、こんな残酷なことはない。

 それでも、名前のそばにいたかったのだ。




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