クイッ。シャルルカンが名前の前でコップに入った飲み物を飲む真似をする動作に、名前は怪訝そうにそれを見つめる。 「オイッわかんねえのかっ!飲みだよ飲み!」名前はその言葉を最後まで聞き流してからテキトーに頷いた。シャルルカンに誘われることは毎日のようにあったが、いい加減誘いを断るのもめんどくさくなってきたし、断り続けるというのも申し訳なくなってくる。そう思った名前は顎に手を持ってきて、悩んだ結果OKサインを出した。その場で飛跳ねたシャルルカンはまるで子どものようだった。 勤務が終わったら、王宮出口の前に集合な!と張るような声でどこかに行ったシャルルカンの背中を見送った名前は近くの花壇に腰を下ろし、先程使用した短剣を見つめた。先程、とは、シャルルカンと手合わせした時の事である。 あの流れるような受け流し、そして斬撃、どれも名前にはないものだった。その手法を真似ようとこうして手合わせをしているのだが、剣技では彼が一枚上手なのだ。どうにか小細工など働かせて勝つ事もあるが、剣術のみならば、名前はシャルルカンには勝てない。 シャルルカンを、師匠のようだと名前は思う。常に笑みを浮かべているシャルルカンと名前の師匠であるムウはどこか似ている。自信に満ちた表情であったり、戦いになると余裕の表情を浮かべ、戦うということを楽しんでいるという感覚。性格こそ似ていないが、確実に『戦いを楽しむ』点では似ているのである。 そんなシャルルカンを前にすると緊張はするが、どこか安心感のようなものを感じるのであった。 「ちぇっ……、やりずらいんだよなぁ」 名前は頭を掻いて空を見上げる。遠くの、どこかにいるであろうムウを思いながら。 シャルルカンの配慮で、女性の少ない店を選んだのがまず間違いだったのだ。名前をつれ酒場に来たシャルルカンは一気に質問攻めにあった。今日はスパルトスやピスティでないじゃないか、新しい彼女か、おい名前さんじゃないか、などなどである。名前は一度南海生物を倒したことがあるので名と姿は知られているのである。 名前はここへきてやっと気付いた。二人きりではないかと。その時冷や汗が吹き出し体が小刻みに震え、みるみるうちに顔は青ざめていったのである。が、シャルルカンはそんな彼女の様子に気付けないでいた。 「ただ飲みするぜ!って時にここくんだよなぁ 落ち着くだろ?」 「ええ、えええああはい」 「?まあいいや飲め飲めー!!今日は俺の奢りだー!」 テンションMAXである。名前は仕方なく、現在仕事をしている最愛の彼に泣いて詫びた。こんなわたしを許してほしいと。そしてそこで酒をせっせと運ぶ従業員を呼びつけた。「生麦酒を!」「おっ!いくねえ!」ここのところしばらく酒など口にしていなかった名前だ。久しぶりに満足のいくまで飲んでやろうと決めた。 なぜ酒を口にしなかったのか。その理由はほかでもない。 「で、さっそく何だが……。実際ジャーファルさんとはどこまでいったんだ?もう最後までやったのかァ?」 「え?はい、まあ、恋人ですので」 「お前全国の恋人いない人間にリア充爆発しろと言われても仕方のない回答しちゃったよな」 「なんのことですか? っていうか、シャルルカンさんは一体どうなんです? ヤムライハさんとは」 「ブーーー!!」 「わあっ」 先に運ばれた水を拭きだし肩で息をするシャルルカンは名前を睨む。吐きだされる水を避けた名前は一体なんだとシャルルカンを凝視する。 「何勘違いしてんだっ!」 冷水のコップを机に叩く。名前は腕を組んでシャルルカンに問う。「え?付き合っていないんですか?まだ恋人承諾中?」「意味わかんねー事言ってんなよ!ジャーファルさんの噂は信じるなっつの!」名前は首を傾げた。 ジャーファルは名前に「シャルルカンとヤムライハは恋人同士だが、お互い素直になれなくてなかなか発展しない」と嘘の情報を与えた。それはなぜか、答えは決まっている。からかっているだけなのだ。シャルルカンにヤムライハ、そして名前を。それにジャーファルの情報なのだ、名前が信じないわけがなかった。 「そ、そうなんですか?わたしてっきり付き合っているものとばかり……へえ、そうだったんですかぁ…。まあ喧嘩は絶えないとは思っていたんですけど…うーん、やっぱりそうなのかあ。マスルールさんの言ってたことが本当だったんだなぁ」 「マスルールゥ?あー、アイツは直感で物事決めるタイプだからな。なんでも力づくだし、俺見たいにスマートに物事解決しなきゃモテねーよな」 「(なんで急にモテる話?)マスルールさんって結構王宮内で人気ですよねぇ。大男で口数少なくそれでいて体格もいいし、主君には忠実だし。かなり強いし……まあ、確実にシャルルカンさんよりかは人気ありますね」 「お前なんでそんな毒舌なの……?」 「興味が削がれた」ような表情をする名前が気に食わなかったのか、シャルルカンは口を尖らせた。勢いよく生麦酒を飲み、運ばれてきた焼き鳥を両手に持って交互に食べていく。何をそんなに不満な顔をしているのか。名前はシャルルカンが理解不能だったが、その光景を黙って見つめていた。まさか自分のせいでこんな顔になっているとは思わないのである。 そういえば、シンドバッド王もかなりの酒豪であったような気がするから、今度はシンドバッド王も誘ったらかなり面白そうだ、と考えた。 名前は酒には一方強い方なのだ。普段はシンドバッドやシャルルカンのように飲んではいないが、仕事柄アルコールには強くなるように鍛え上げられたのである。「すいませーん、樽で貰えますかー?」「お前破産させる気か!?」 「だって久々に飲んだんですもん!ジャーファルさんも弱くはないですけど、そこまで強い方ではないでしょう?それに、色々あって、飲めなくて……」 「んなっ……俺が毎日誘ってるだろうが!そしたらジャーファルさんにも気を使わないで飲めるだろ?!」 「すみませんおかわりください。 そうなんですけどぉ、でもよく考えてみてください?ジャーファルさんに嫉妬されると危害がどちらにくると思います?このわたし被害者ですよ?加害者じゃないんですよー?そりゃ、まあ、別に嫉妬とか無視してもシャルルカンさんと一緒にいるならジャーファルさん選びますし」 「なに?俺泣いていいのか……?」 樽が机の真横に置かれた。名前は完全に飲む気だ。久々のアルコール摂取、そして今後もなかなか摂取しないであろうと見越し、今この時思う存分飲んでおこうと思ったのだ。毎日飲んでいるといってもいいほどのシャルルカンはいささか心配した。いきなりこんな大量のアルコールを摂取していいものなのか、と。 気付けば野次が飛んでいた。ほんのりと頬を染める名前の姿を、シャルルカンに対し好意を持っていると周りは感じたのだろう。シャルルカンはそれに気付いていながらも、あえて反応はしなかった。名前は完全に聞いていない。 気付けば既に10杯は生麦酒を飲んでいる名前。シャルルカンはぞっとした。隣にはまだ樽があるのだ。 「だってぇ」 名前は唇を尖らす。目が潤う。その姿にシャルルカンの雄はドクンと鳴った。 「ジャーファルさん仕事仕事仕事仕事仕事仕事って、仕事ばっかり。ちょっとはキスしてくれたっていいじゃありませんか。なのに仕事終わってないのでって、気付いたら朝になってて、それでもジャーファルさん仕事続けてるし、この前なんて『集中できないので、すぐ終わらせるんで部屋で待っていてください』って言って、部屋に来たの3日後ですよ!?もうやだ!でもぉ、好きだから仕方ないかなあって。でもぉ、でもぉ!」 「おい、まだここにきて10分だぞ…?ペース早すぎやしないか?」 「わたしジャーファルさん大好きだから愛してるからぁ!部屋で大人しく寝て待ってるんですよぉ!仕事大変だってわかってますけどぉ!キスくらい、ディープキスくらいよくないですかぁ!?」 「こっ、声でけーよ!! あとディープキスしたら歯止め利かなくなるだろ!?っていうかお前ペース早すぎだっつの!」 「ああっ!」 まだこの酒場にきて10分。そして名前は10杯目。鬼である。シンドバッドであっても、このペースには驚くだろう。普段仕事ではゆっくりと話に付き合いながら酒を飲んでいくので簡単に酔う事はないが、このペースは非常に鬼である。鬼のようなペースである。酔うに決まっている。シャルルカンが頭を抱えた。 名前の手から酒を奪ったシャルルカンは机に突っ伏した名前の頭を撫でた。 「じゃあいつかジャーファルさんが仕事キリの良い日にでもお酒飲みましょうって誘えばいいだろ?」 「え?なんで……?」 「そしたら、ほら、こうやって本音で話せるかもしれねえし、」 「………ヤダ……」 「は? っていうか、お前さっきなんで飲めないって言ったんだよ」 「そ………、それ、は、だって……」 「……?なんだよ」 ジャーファルには前科があった。ジャーファルは酒に弱い方でもないが強い方でもないというのは名前の発言でお分かりになられたと思う。名前は恐れているのは自分よりも酒に弱いジャーファルに気を使ってしまうという事ではないのだ。 ジャーファルには前科があった。 ジャーファルが酔い潰れた日があった。もちろん名前よりも先に泥酔してしまい、名前が介抱しているその時に、してしまったのだ。互いに酒のにおいを部屋にまき散らしており、その体と体は密着している。ジャーファルがそれに対し、性欲を向けないわけがなかったし、名前だってそれは同じだった。しかし、問題は性欲を向けることではない。 そのプレイなのだ。 「っ……シャルルカンさんは、なんだかわたしの師匠みたいで、でもお兄ちゃんみたいで、なんだか話せるような気がします。結構兄貴分なところがあるなぁとは思ってたんですけど、なんだか、安心できますね」 名前が笑うと、シャルルカンの表情が強張る。 シャルルカンは頬が赤いのは酒のせいにしよう、と考えた。 「お、お兄ちゃん、ねえ………」 「あ 焼き鳥ください」 「色気ねえな」 ふ、とシャルルカンが笑みが零れた瞬間。 「!!」 「!?」 酒場の空気が一変した。 この冷たい空気は一体なんだ?シャルルカンは顔を上げ、名前は背後に近付いてくる冷気の原因であるオーラの方へ振り向いた。 「「!!!」」 「へえ、二人とも、どうしてこんな所で、一緒にいるんです……??」 シャルルカン、名前を含め、この場にいた者は本当の鬼を見た。 「あ、おはようございますシャルルカンさあーん」 「おう、昨日は……大丈夫だったか……?」 名前はあの後ジャーファルに連行された。シャルルカンはその時のジャーファルの表情を見て、半勃ちだった雄は萎えてしまうほど恐れを抱いた。名前に怒りを見せているのではなかった。ジャーファルの独占欲の塊である顔を見てしまったのだ。そして、こちらに顔を向けたジャーファルの顔、それは、紛れもなく雌を食らう雄の顔だった。 そして帰り際、ジャーファルは言ったのだ。 「私の恋人が迷惑をおかけしました」、と。シャルルカンは祈った。どうか、名前に幸あれと。 「う、うん、まあ、でも結果オーライ、かな?良くも悪くも、ありました」 「っていうかお前二日酔いしてないな?」 「いやいや、あれくらいで二日酔いなんてしないですよぉ?昨日そんなに飲んでないし」 あれで飲んでないだと?あのペースで飲んでいないだと?シャルルカンは目の前の女の底知れぬ腹を疑う。だが、本題はそこではない。名前が無事なら、まあ、いいじゃないか。シャルルカンは剣を握りしめる。 「ま、週1くらいは飲みに行こうぜ。な?」 「…………」 「……?どーしたんだよ」 名前の表情は固まる。 「やあ、おはようシャルルカン」 「!!あっ おっ おはようございますジャーファルさん!」 「名前、ほら、仕事に戻りなさい」 「はっ はいっ!かしこまりました!!」 「……?」 ジャーファルの後ろについていく名前。取り残されるシャルルカン。 シャルルカンは知らない。「何があったのか」それを知るものはジャーファルと名前しかいないのだから。 |