色彩 | ナノ



今名前は最大の修羅場に遭遇してしまった。目の前で繰り広げられる鬼と鬼の睨み合いに一歩、また一歩と後退し、振り返ったところで脚を上げたが名前の師匠による長い腕が上がった脚を掴んで、名前は顔面から地面と思い切りキスをする。

 名前の師匠とジャーファルの間に激しく火花と雷が落とされた。




 師匠の言い分はこうだった。
「こんなヒョロイ男に名前を任せる事は出来ねえ。俺みたいに男気があって筋肉もあって、色々な武器も使えて魔法も使えて俺みたいにかっこいい男でないと名前は任せられない」と。それに付け加えて「下半身にはどでかい立派なものが付いてないと名前を満足させることなんて到底不可能だ」と胸を張って主張する。

 その師匠の言い分にジャーファルは高らかに笑った。
「随分と自分自身を過大評価しているが、そんな余裕で大丈夫なのですか?大体、名前はあなたとは恋人同士にはならずにこの私、ジャーファルとなったのです。ここが明らかな差でしょう。それから言わせてもらうと、私も筋肉が無いとは言っていない。それに魔法は使えないが、あのシンドバッド王の眷属であり、シンドリアを守護する八人将という立場で更には政務官で頭も悪くない」と。それに付け加えて「私の下半身事情を知らずにそんなことまあ言えたもんですね」と胸を張って主張した。

 その言い合いを見ている名前は眉を八の字にして「めっちゃくちゃどうでもいい」など思いながらも口にはせず、二人の言い分に「へえへえ」と頭を下げていた。
 師匠、この先ムウと表記する。
 ムウは地団太を踏んだ。魔力操作を使ったため、地面に足が食い込む。

「俺のちんこは勃起したらピーッセンチだぞコラァ!!!」
「やめて師匠!放送禁止用語ですっ!」
「ハッ……その程度ですか?」
「やめてジャーファルさん!あんまり食いこんでいかないでください ややこしくなるから!」
「なら今見せてみやがれ!」
「エッ……この人…変態だ。早く国から追放しなくては」
「武器を持て!!」
「もうやめて!もうやめて二人とも!」

 しかし名前の必死な制止の声に全く耳を傾けないムウとジャーファルは腕を組んでバチバチと火花を散らす。

 ムウは負けたくなかった。
 今まで手塩にかけて可愛く育てた名前がこんなに「ヒョロイ」男に奪われてしまうのが嫌だった。
 今まで何度も男の魔の手から名前を守るために武器を持ったことだろう。
 ある日は街を歩いていて、名前をいやらしい目で見ていた男の額にナイフを投げた。
 またある日は任務中に友人の暗殺者とバッタリ出くわしてしまい、「何その子可愛いじゃんちょっと貸してくれねえ」と言われ思い切り腹パンした。
 またまたある日は花束を持ってきた男を門前払いにし、その花束を名前にやった。
 またまたまたある日は遂に求婚を迫ってきた男をほんの手違いで殺してしまった。
 そして短い期間の間に名前の体の成長を見送って来た。
 今まで付けられていた傷に薬も塗ってやったし包帯も巻いてやった。
 粥を作って食べさせた。
 汚れた体を濡れた手ぬぐいで拭いてやった。
 暗殺者になるため、初歩的な事からすべて叩きこんだ。
 時には厳しくした。
 時には優しくもした。
 優しく抱きしめたし、セックスもした。


「師匠……もういいじゃないですか…ホラ、修行しましょうよぉ」
「チッ……今回は名前に免じて引いてやる。だがな、次からは本気の殺し合いしてやるからな」
「もう師匠、本当に勘弁してくださいってばぁ。わたしが怒られるんですよー…っていうか呆れられるんですよぉ、シンドバッド様に……」
「うるせー殺すぞ」
「もおー……」

 名前がムウの背を押しながらジャーファルに頭を下げる。ジャーファルは困ったように笑って、返す様に頭を下げて宮中に向かって行った。
 先程までいた場所は大きな庭園。花の咲く、綺麗な庭園だった。




 短剣を構え深呼吸。そして瞼を開く。同じ構えをするムウを眼に捕え、短い息を吸った名前はステップを踏んでムウに近付いた。名前が持っているのは短剣なので、ムウのように長さのある剣ではないのだ。近付かなければ刃すら届かない。
 名前のステップに合わせムウは後ろへステップを踏んでいき、地を蹴ったところで流派を変えて名前に飛びかかった。名前はしばらくの間王宮剣術のみ使用を許されているので、今までの剣術は使用が不可能なのである。

「クッ……」
「オラオラどうした?踏み込みが甘いぜ」

 自分で剣術を工夫しなくてならない。名前は右足を軸にして体制を低くした。そして短剣を構え軸にした右足に魔力を込めてムウから距離を取り、着地が完了していないムウの懐に一気に距離を縮めていく。
 ムウは目を開き、笑い、「いいじゃねえか」と呟いて名前の頭に手を伸ばし、思い切り殴る。

「うあっ」
「甘いんだよ」

 頭を擦りながら名前は短剣を振るい踵を回した。しかしムウには当たらない。名前はハッとして体制を整えてムウの姿を探すがその姿はどこにもいない。
 名前はしまった。と短剣を強く握る。

「(いない……)」

 こうなると、ムウの姿を探すのは困難である。上下左右に眼を動かしながら背後に集中する。

「(いない、いない、いない、どこ……?)」




「ハーイ、殺された」
「! ………まっ 負けました……」
「ざけんな俺に勝つのは百万年はえーっつうの。でも俺の気配ぐらいは感じるようになんねえと」
「師匠は気配を消すのが世界一です。わたしでは到底敵いっこありません」
「ハーイ、マイナス思考マイナス発言は原点でーす」
「ッッいっっったぁあああ……!!」

 ゴツン!!
 といい音を出したのは名前の頭の音である。口笛を吹いて楽しむムウに涙を流して苦しむ名前。
 もういや、いやと名前は地面に座って頭を擦る姿をムウはじっと見下ろした。


「……その、なんだよ」
「え?」
「お前、ホントにあの政務官が好きなのか?」
「え……。あっ え、あ、は、ハイ」

 急に顔を真っ赤にする名前の隣にムウも腰を下ろし、真っ赤に茹で上がった名前の顔を確認する。顔を覆う手を外し、その茹で上がる顔色にハアと溜息を吐いた。

「ならあの政務官がここにいたとして、俺とそいつにキスをせがまれたらどっちとする」
「そういうの、ほんと、勘弁してくださいよぉ」
「なぁ」
「し、師匠ってば、ほんとに……」
「名前」
「いやぁそういう雰囲気……ほんとに、やめましょうよ、外ですよ……?」
「関係ねえよ。なぁ名前」

 こうしてムウが段々と名前の耳元に息を吹きかけるように話し始めるのはある合図でもあるのだ。


――セックスしようぜ。


 と。
 しかし名前は立ち上がった。驚いたムウは名前を見上げる。
 名前は大きな口を開いた。


「ジャーファルさんとキスします!!」



 ムウはその夜、枕を涙で濡らしながら眠りについた。




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