色彩 | ナノ



「ハァッ!」

 魔力操作をうまく扱えなくなってから、名前とマスルールの修行にはいまひとつ、覇気がない。二人はそれを理解しながらも、名前は失ったコントロールを取り戻すため、マスルールはただ単にそれに付き合うために、日々鍛錬を続けているのである。

 今日も名前が宙にひっくり返されて地面に背中を打ったところで鍛錬は終わった。イタタ、と呟く名前にマスルールは手を伸ばし、一気に引き上げる。
 腕が外れてしまう想定など考えもしていないからこのように思い切り引き上げることができるのだが。

「ダメだなぁ……マスルールさんには一生勝てない気がする。魔力操作さえあつかれば……!」
「あっても勝てなかったけど」
「わあもう今までは手加減していたんですよ!」

 ハイハイ、と適当に流したマスルールが近くの果樹から果物を採り、ひとつを名前に渡した。その場に腰を下ろしたマスルールの隣に名前も腰を下ろし、果物に口を付けていく。
 食べ物を食べる名前を見る事が大好きなマスルールだが、いつものように、何かを食べている名前の顔をじっと見つめている。そんなマスルールを名前は気にしたりしない。いつもの事なのである。

「しかし、今日はすごい暑いですね。水浴びしたい……」
「するか?」
「ううん、着替えないからしません。でもちょっと疲れたので、寝ようと思います」
「いつもの事だな」
「いつもの事ですね。それじゃあいつものように膝枕してあげましょうか?」

 ニッコリ笑う名前に、無表情のマスルールは身を倒して名前の膝に頭を預けた。
 これは、鍛錬の後にいつも行っているので二人は気にした事は一切ないし危ないとも思っていないだろう。
 この間なんて、マスルールの膝を枕代わりにして名前は寝たのだから。

 しかし、二人は解っていない。
 この行動が、とても危険であるということを。

「名前の膝は、枕よりも気持ちいい」
「えっ?ホントですか?お肉ついちゃったかなあ」

 静かに瞼を落とすマスルール、そしてそれにつられるようにして名前も瞼を落とした。パパゴラスが飛んできて、彼らも二人の周りに集まって、一緒に寝るようにして羽を休めた。





 一方、王宮ではマスルール、ヒナホホ、スパルトスを抜かした八人将と王が会議を行っていた。司会進行はもちろんジャーファルである。
「どう、思いますか」ジャーファルが振り向く。シンドバッドが挙手をする。

「マスルールに一年間の謹慎処分を」
「よく考えてください王よ。マスルールは常に何もしていません、寝ているか鍛錬しているだけです!」
「むっ…そうか……ジャーファルが言うんだからそうなんだろうな。ううむ……どうしたことか」
「はーい、マスルールくんに一週間鍛錬禁止令出せばいいとおもいまーす!」
「名案だ!」
「名案だわ!」

 シンドバッドとヤムライハが席を立って発言をしたピスティをほめたたえる。しかし、司会進行を務めるジャーファルは静かに、首を左右に振った。

「それでは生温い」

 凍てつく冷気を感じ取った皆は、静かに机に向かって「では、どうする」と話を始めた。
 なぜ彼らがこうして会議をしているか。それは、マスルールの異常なまでの名前の触れ合いによるものである。本人が自覚しているかしていないかが問題なのではない。
 ジャーファルが気にするか気にしないかの問題なのである。ジャーファル以外の皆はただ付き合わされていると言ってもいいだろう。但し王を除いて。

「いかにして、マスルールを撃退するかが、問題なのです。わかりますか」
「わかります」八人は声を揃える。
「私の知らぬところでマスルールは人の女に触れ、私もされたことのない膝枕をされていた。それに、膝枕を していた のです。これは由々しき事態。早急に対処せねば………マスルールが死ぬでしょう」
「まっまずいわ……!ジャーファルさん、本気よ……!」
「ジャーファルさんのあの顔…以前王が毎晩別の女を夜這いしにいき」
「やめろシャルルカン、ここではやめてくれ ジャーファルが思い出してしまう!」
「ウム……どうしたものか。マスルールはああ見えてとても頑固だからな……」
「マスルールくんねぇ……」

 ドン!と机が叩かれる。机の上で震えているのはジャーファルの拳。8人はマスルールが終わったと確信した。


「名前がいけない」


 8人は目をぎょっとさせた。そして8人は部屋の隅に固まり身を震わせた。
 まさか、まさかターゲットが名前に移るなんてこと……!?

「そもそも名前が断ればこんなことにはならなかった」
「ジャ、ジャーファルまて、早まるな!膝枕は男のロマンだっ!」
「黙ってろシンドバッド!」
「すいません!!」
「復讐は………必ず」

「まずい、まずいぞ名前を護れお前たち!」
「それは許されない」
「はっ ジャーファル様、あなたの仰せのままに!」
「うそだろお前らー!!」

「いいですか?いまから、そしてこれからも、名前にマスルールに膝枕をされ、すると、何が起こるのか。それを思い知らせるのです。 恋人である私を差し置いて、他の男に膝枕をさせた罪は、重いッ!」

 机が殴られる。

「汗を掻いている……汗を掻いているのだ。肌が密着しているのだッ!許されることではないッ!!」

 机が二つに割られる。

「私の部屋に、誰も踏み居ることのないように手配しなさい」
「はっ 仰せのままに!」
「(ジャーファルめ……!俺にとって最大の壁か…!)」





「え?今夜ですか?わたしマスルールさんとの鍛錬に疲れちゃったんですけど……」
「ええ、大丈夫。お茶をいれるだけですから」
「ホントですか?そういえば、異国のお茶をいただいたと言っていましたね。それですか?」
「ええ、もちろん、いえ、お茶よりも美味しいかもしれません」
「わー!楽しみです!夕食を食べ終えたら!今から執務ですか?」
「そうですね。ええ。それでは、私は執務を終えた後に夕食と、お風呂、に入りますので、名前もそれまでにひ通り終わらせておいてくださいね?落ち着いた雰囲気で飲みたいので。名前もでしょう?」
「了解です!それでは、ヤムさんとピスティと夕食を食べる約束をしているので、さらば!」


 ……計画通り(某少年漫画参照)

 一方名前は待ち合わせの場所にかけていき、ヤムライハとピスティに声を掛けて近付いていく。久々に食堂でたべよう、と二日前から約束をしていたのである。
 嬉しそうに二人の腕に自身の腕を絡める名前とは対照的に、笑い顔さえ作れないヤムライハとピスティ。

「今日なに食べようか、ねえ、今日のオススメなにかなぁ!」
「うん……、なんだっけ……」
「あっ、でも文官達が言ってたけど、確か、飲み物はココナッツミルクと……あと、うーんと、ソーセージとなんだっけ、肉団子、だったっけかなあ」
「ジャッ」
「ピスティ!いけないわ!私達が殺されてしまう!」
「?」

 この国の政務官、いや、ジャーファルは、恐ろしいのである。ピスティの口元を押さえたヤムライハは慌てて、「ジャージャー麺が食べたいのよね!」そして「楽しみね!」と名前に告げた。名前は汚れのない笑顔で
「うん!」と元気よく返事をする。ヤムライハ、ピスティの二人は、心の中で名前を拝んだ。
 どうかこの子に幸あれ、と。


 夕食のメニューはココナッツミルクとソーセージに肉団子、そして麦のご飯だった。鍛錬もしているからか名前の食欲は底を知らない。その光景をただ見つめる事しかできない二人は静かに合掌をした。
 汚れのない笑みを浮かべ「美味しい」と食べ続ける名前は知らないのだ。このメニューがジャーファルが仕組んだものであると。
 料理人と組んでいる事を、名前は、知らないのである。

「あっ、お風呂入らなきゃ!これからジャーファルさんと約束があるんだー」
「!……そ、そう……頑張って」
「やっだぁヤムさん、頑張るも何もないよぉ」
「っ……!くうっ!」
「名前、あの、今日大浴場使えないらしいんだ……女の湯の」
「………え!?そ、そうなの!?ど、どうしよう。あ、でもお茶飲むだけだし……いいかなあ…」
「ジャー…ファルさんに相談してみたら……?私達八人将の部屋には小さいけれどお風呂付いているじゃない…?か、かしてもらう、とか」
「………あ〜…そっかあ…。でも他の食客達はどうしてるんだろう?」
「さ、さあ?」
「うーん。とりあえず、ジャーファルさんに訊いてみる!ありがとう二人とも!また明日ね!」

 去って行く名前の後姿にヤムライハとピスティはただひたすら涙を流した。
 ごめん名前、本当にごめん!二人の思いは届かず、名前はジャーファルの元へと去って行く。
 ヤムライハ、ピスティとも、ジャーファルは組んでいるのである。

 ヤムライハとピスティは両手を合わせ合掌した。

「ごめん、名前……」



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