色彩 | ナノ



「と、いうことでこれからは食客としてここに身を寄せることになった名前だ。よろしく頼むぞ」
「よろしく頼むぞ。じゃないですよシン!あなた自分が何を言ってるかわかってるんですか!?この方は!あなたの!命を!狙ったんだ!」
「おいおいジャーファル…お前がそれ言うか?」
「うっ…」
「と、いうことだ。それから名前は字を書けない。ジャーファル」
「シン…いくらあなたの頼みでも私は」
「命令だぞ、ジャーファル」
「…………のやろ…」

 後ろで腕を組み短剣の鞘を人差し指で撫でながらジャーファルと呼ばれている人物をじっと見つめていた。一目見ただけでわかる。彼はわたしと同業者だったのだろう。わたしを一目見た時の目、それはわたしを敵とみなしながらもそれを悟られないように笑顔を作っていた。だが、シンドバッド王の話を聞いていくうちに耐えられなくなったのか、ボロが出始めた。まあ、殺そうと思うのならボロが出るだろう。わたしはそれほどにナメられている。
 シンドバッド王はこのジャーファルに、読み書きを教えろと言うのだろう。ちなみにわたしは読み書きが得意ではない。奴隷だった期間が長かったのものだから喋るのならそりゃあ平民と変わらない。だが読み書きは学校へ行っていない平民と同じか、それよりも…。

「失礼ですがシンドバッド王。わたしは読み書きができなくとも生きていけます。どうぞこの方に面倒事を増やさぬよう」
「ははは、名前は礼儀正しいな。だがな名前、君には読みも書きもどちらもジャーファルのように会得していってもらいたいんだよ」
「はあ、なぜでしょう。殺しに読み書きなど関係ないと思いますが」
「えっ!まだ俺を殺そうとしているのか君は!」
「………わたしがなぜここに身を寄せるのかといいますとね、昨夜もお伝えした通りに、あなたを暗殺するためにいるのであって、何も学ぶためにいるわけではないのですよ」
「だが素敵なスキルだと思わないか」
「いいえまったく」
「シン、あの、本当に、まったく、なんと言えばいいのでしょうか、お願いしますシンあなたはもっと王の自覚を…」

 完全に除け者状態である。
 背にある窓の方を振り返り太陽の光を見つめる。いや、わたしはあきらめない。何故ならお金がほしいからだ。家を買って遊んで食べて寝ていたい、一生。余るのならば奉仕に使いたいとも思っている。それがどれほど汚いお金だとしても、奴隷からしたら、そんな事情関係ない。助かりたいのだから。
 まあ、出来ることなど限られているし、わたしはもう奴隷から解放されているわけだがら最近興味がなくなってきた。そういうものなのだ。自分が助かればいいし。うんうん。
 服の裏に隠れている、黒い短刀を服の上からなぞった。

 殺せるだろうか?ここにはシンドバッド、従者であるジャーファルと無言の大男。きっとかなりの実力者だろうが、わたしはシンドバッドの首を跳ねて逃げればいいだけの事だが…。殺せるのであれば…。

「シンドバッド王よ。あなたが私を救ってくれたように彼女もまた救いたいと思っているのでしょうが、彼女はかなりの腕を持っていると思いますよ」
「ああ、俺も思うよ」
「ならばシン、あなたも私ももう大人だ。そして彼女も大人だ。わかりますか?子どもではないのですよ」
「ああ、そうだな。もちろんわかってる。でも見てみろ彼女の瞳を。綺麗だろう、とても優しい色をしている」
「いえあのあなたを殺そうとギラギラしてますが」
「だろう、キラキラしているだろう?俺はこの瞳を守りたいと思ったんだよジャーファルくん」
「いえ、シン、ギラギラです。よく見てください」

 おいおいジャーファルが倒れそうになって大男が支えたけど…。

「…くだらない。権力者のくせにこの体たらく」

 挑発をしてみた。ジャーファルがピクンと顔を上げる。ああ、その目をわたしはよく知っている。
 こんな王を何故人は好くのだろうか?どうせ奴隷でも買っているのだろうに。何故だろうか。金を持っているからだろうか。なにが七海の覇王だ。奴隷を買う奴なんてどいつもクズだ、カスだ。どれほど従者に好かれようとも、わたしは信じない。

「ジャーファル。抑えろ」
「いや、別にわたしは食客でなくともよいのですよ。あなたを殺せるのであればね。宿に泊まれないい話ですからね。きっと彼もそう思いましょう」
「いえ。私は今ここで殺すべきかと」
「…シンドバッド王」

「………いや、君は食客だ!」





 どれだけお人好しなのだろう。いやお人好しなどではない。バカなのだ。わたしに寄こした使用人はきっちりかっちりと寝具の準備をしている。

「ねえお姉さん」
「は、はい」
「こんなことをしていてつらくない?あなたは、奴隷ではないの?」

 心の底からの疑問であった。使用人は驚いたように顔を上げ、焦った表情で首を横に振った。

「滅相もない!シンドバッド王はわたし達を家族と言ってくれる方なのですから」

 この人も騙されているのだろう。


 黒いマントを着た男はこう言った。シンドバッドは奴隷を利用していると。シンドリアの民を我が家族と称しているが、ただ自分のいいように利用しているのだと。そこでわたしが選ばれたそうだ。奴隷を買うことを最も憎むわたしを。わたしはそうして黒い短剣を渡された。とても不思議な短剣であって、少なからず惹かれた。マントの男は続けてこう言う、それは魔剣である、と。

「へえ、そうなの。あなたはこの国が好きなのねぇ」
「ええ、ええ。もちろんですとも。シンドバッド王もこの国も、わたしの宝物ですもの」
「あなた名前はなんていうの?」
「アミナと申します、あのう、その、差し支えなければ、あなた様のお名前もお聞かせしてもらってもいいでしょうか?」
「聞いていない?」
「ただ部屋を整えろとしか言われてませんので」
「そう、危険人物だって言われたでしょうに。でも大丈夫、わたしはあなたを殺したりしないよ。目的はシンドバッド王だからね」
「ふふふ、王は死にませんよ。ええ、わたしにはわかります。あの方は死んだりしませんから」
「……信頼してるんだね。わたしは名前だよ、よろしくねアミナ。またお話できたら嬉しいな」
「ええ、ええ。もちろんですとも。なんででしょう、あなたはとてもお優しい方だわ」

 アミナの手を両手で握った。アミナは驚いて腕を引いた。ああ、やっぱりか、と思いアミナを見てみると、顔を真っ赤にして口を震わせていた。触った感触でわかった。彼女は奴隷だったのだと。カサカサに乾いた肌、そして傷ばかりの感触。わたしはもう一度握った。優しく潰さぬように。

「綺麗な手だね、アミナ」

 彼女はなぜか、泣いた。




 アミナの背を撫で、部屋を出て外に向かった。すぐに殺そうと思っていたから何も調べていなかったから建物の名前も知らないし、どういう施設であるのかもわからない。昼間からこんな場所へいることも想像していなかったから何やら新鮮なのだ。ああ、ここはそうか、食客達が集まっている、あそこから本をたくさん持った男が出てきた、と木の上に登って眺めていると下から「名前さん」と声を聞こえて顔を向ける。
 ジャーファルがわたしを見上げていた。

「シンドバッド王があなたを呼んでおります。連れに参りました」


 シンドバッドから簡単に建物の説明を受け、施設の機能も教えられた。そして最後に念に念を押されたのが、
アミナのことだった。

「彼女から聞いたよ。名前さんは本当に暗殺者なのかと。優しく手を握ったそうじゃないか。彼女は嬉しそうに笑っていたよ、涙を浮かべながらね」

 何故コイツはこう嬉しそうに言うのだろう。溜息を吐いて。足を崩した。

「名前さん」

 ジャーファルが後ろから声をかけてくる。

「腰に付いている短剣を預からせていただきたい」
「いいよ。これなくてもここじゃそこらじゅうに武器あるし。こう見えて結構器用なの」

 腰につけていた短剣をジャーファルに手渡した。

「昼はジャーファルと共にしてくれ。そのあとはジャーファルに従うように」
「……」

 なぜ指図する。

「さて、挨拶も済んだし、俺も仕事に移るか」
「本当ですかシン。見てますからね私は」
「おいおい信用されてねーな俺は…」
「当たり前です」
「ありがとう三人共。それでは、もういいよ」

 大男、おそらくマスルールと言う。それを軽く避けてドアを開け通路に出た。部屋に戻るもここがどこだかもわからないなあ。アミナを探そうかなあ。
 まあ、一人で散歩でもいいか。きっと迷うけれど、すぐに慣れると思うし。
 三人に手を振って行く宛てもないから好きな方向に足を向けた。朝食はシンドバッドがこれでもかと持ってこさせこれでもかと食べさせられたからかお腹は空いていないし…。朝から何時間たったろう。シンドリアの空気は案外心地いいものだが、やはり権力者の敷地の空気は好きじゃない。
 昼まで一人。そのあとジャーファルの行動することになる。でも、ジャーファルと待ち合わせしなくていいのだろうか。先程のように彼はわたしを見つけるのだろうか。さっきの部屋の近くに腰かける。

「はあ」

 溜息を吐く。後ろで腕を組む。
 吐き気がしている。




prev next