色彩 | ナノ



 アルが主に殺されたことを知った名前は隅に座り込んで泣いていた。
「どうしてアルを食べたの」と一人呟いたが、奴隷達は誰一人返事をしなかった。

 アルは主に首を引き千切られて死んでしまった。頭は捨て、体を切り刻んで奴隷達の牢屋に入れる。人数分とはいかないので、奴隷達は分け合いながらアルを食べた。それでも足りない時は牢屋の隅を這う虫を捕って食べた。
 朝、名前に覆いかぶさっていたのは女性の死体であった。女性の死体はそのまま牢屋の中にある。まだ、牢屋を誰ひとりとして巡回に来ないからだ。

「なんで誰もこねえんだ…?」奴隷の一人が呟いた。続いて他の奴隷もなんでだろうな、まさか何か祭りでもあるのか、などと零しているが、奴隷達の予想は何一つとして当てはまるものはなかった。
 主の屋敷に従兄が訪問した。前々から約束がされており、奴隷を貰いに来たのだという。従兄とは国境を挟んで、隣の国同士であるために、頻繁に会う事はない。
 それに、従兄の国では奴隷の売買が週に一度あるかないかであるために、こうして奴隷を貰いに来たのである。
 使用人が出払っていて、こうして巡回に誰ひとりとして来ないというわけだった。

 奴隷達が会話をしていると、人間が階段を下りる音が聞こえる。
 奴隷達は口を閉じ、牢屋の隅へ移動する。
 一人の奴隷は名前の隣へやってきて、自分を隠すように、名前の後ろへ縮こまる。
 そして足音が止まり、名前のいる牢屋の前に一人の男が止まった。そして主が名前を指差す。

「アイツが?」
「いくら兄さんでも名前はやらねえよ?」
「んだよ散歩くらいいいだろ。首輪付けてさ」
「絶対返すんだな?だったらいいけど……」

 死んだ女性を気にする様子もなく、扉を開けた主は名前の右腕を引っ張って牢屋から出した。そして重い首輪を付けた。
 そして、従兄は持っていた鞭を名前へ叩きつけたのだ。

「ッ……うっ」

 左腕を顔を覆い、右腕を地面へ打ちつけないように背中で護る。
 従兄の鞭打ちは止む事なく、名前は体を赤く染め上げ、内出血をし、蚯蚓腫れができ、右腕を地面に打ち付けた。
 名前は苦しむ声が出なくなった。
 そして従兄は鎖を引っ張り、名前を引きずって階段を上がって行った。
 奴隷達は蒼白になる。
「名前が死んでしまう」奴隷達は呟いた。




 よろけながら名前は裸で街を歩く。
 行き交う平民、貴族、奴隷が、名前を見ていた。
 しかし、今の名前には恥ずかしさもなにもない。

 ただ、死んでもいい、と思っていた。
 もう耐えられない。
 死にたい。
 殺してほしい。
 生きたくない。


「遅いんだけど」
「! あっ……」

 突然の痛みに名前は前に転がった。足首に力が入らない。名前は足首を見てみると。赤い血が流れており、顔を上げると、主の従兄の手には剣が握られている。
 名前は恐怖で体が言う事をきかなくなった。
 その光景を見ている平民、商人は顔を背け、手を止めた。

「くっせーし」
「きたねーし」
「人間食うし」
「虫食うし」
「ガリガリだし」
「なんだよそれ。お前同じ奴隷の中で一番くせーしきたねーよ?風呂入ってんだろ?きたねえ、ほんと、ゲロ吐きそうだわ。あんまり見ないでくれるか?くさいのが移っちまいそうだよ」
「腕折れてるし、足も結構深いし、腕にも傷あるし、もう使えねーな。俺が言っといてやるから、そこでのたれ死んだ方がいいよ。どうせ死ぬぜ、そんなんじゃ」

「まっ、待って……」
「近付くなよッ!!」

 最後の力を振り絞り立ち上がった名前、主の従兄に近付くが、従兄は名前の腹を蹴り上げ、名前の貧相な体は地面に打ち付けた。

「誰が近付けっつったよ!調子こいてんじゃねえぞ!」

 従兄は首輪の鎖を引っ張って名前を起きあがらせ、痛む足が崩れ、地面に横たわった名前の髪を掴み頬を殴った。殴り、蹴った。あまりの痛さに思わず顔を覆った名前だが、従兄の剣が胸を斬りつけた痛みにかすれた声で叫び、胸を抑える。

「立て。命令だ」

 名前は足を振るわせて立つ。

「背を向けろ」

 言われる通りに、背を向けた。
 そして従兄は名前の背中を思い切り蹴り、名前は前に倒れていく。
 砂利が口の中に入る。胸の傷に砂利が入る。足にはもう力が入らなくなった。鼻血が流れた。


 わたし、なにかしたのかなあ。
 なんで生きているのかなあ。
 早く死んでしまいたい。
 わたし、どうして、生きているんだろう。

「あーあ、こんな骨ばっかりの体じゃ何の抵抗もできねえよな。ま、いいや。首輪も足枷もしてあるし、どうせ盗賊に拾われて好き勝手されるだろうな。助かったとしても、体がぼろぼろになって、また奴隷として生きてくんだろうよ」

「そんでまた、殴られて、蹴られて、こうして傷がついて、最後は死んでいくんだ。いいか、お前はな、一生、」


 わたし、なにか、したのかなあ。
 どうしてこんなに、こんなに……。

 名前は、意識を手放した。


「こうされて生きてく運命なんだよ!」

 従兄が名前の頬を殴った時だった。

 従兄の体が後ろへと飛んでいく。

「な、なんだっ……!?」

 従兄の目の前には横たわっている名前と、膝を上げている男が立っていた。
 男は無表情で従兄に近付き、顔面を蹴り、仰向けになったその顔面を踏みつける。従兄が制止の声を上げるが、男はそれでも顔面を踏み続けた。
 そしてやがて従兄の声が聞こえなくなり、腕も力なく下ろされた。ただ意識が飛んでいるだけだが、鼻は折れて、眼球にも傷が付いた。

「………」

 男は振り返り、横たわった名前を横抱きにして静かな街から遠ざかっていった。
 街から離れ、山に入った男は洞窟の中に入る。布団を用意して名前を包み、火を焚いてその近くに名前を抱いて濡れたタオルで体の汚れを綺麗にしてやった。
 名前は意識を取り戻す気配はない。
 男は名前を抱きしめ続けた。




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