色彩 | ナノ



 わたしを救ってくれたのは小汚い旅人だったが、小汚い旅人に偽った、元暗殺者だった。暗殺をしていた時に稼いだお金を使って旅をしていたそうだ。体に傷を付け、鼻血を垂らし、目は腫れ、右腕が折れていて、裸で、足首に深い傷を負っていたわたしはその旅人に命を救われた。
 見せしめだったのだろう。裸で足枷をして歩かせる領主様の従兄に町を歩かせられていた時だった。わたしが歩みを止めると従兄の男はわたしの背を思い切り蹴り飛ばし、力のない足は当然前に倒れ体を打ちつけ砂利が口の中へ入り、膝や頬に擦り傷を作った。殴られ、切られ、また殴られ、打ちつけられ、わたしは抵抗する力さえ無く、半分諦めきっていたし、死んでもいいかもと思っていた。
 視界が朦朧とし、暗くなった。






 わたしは現在鼻ちょうちんを作っている七海の覇王、シンドバッドの寝室の天井へ張り付いているのである。そう、わたしの今回の依頼は正体不明の黒いマントをかぶった男からのもので、その報酬額はおそらく一生寝て食べて遊べられるほどのそれはもう素晴らしい程の額なのだ。これを蹴るバカなどどこにいるだろう。しかしシンドリアへ入ってから気付いたが、シンドバッドの周りには相当な手練れがたくさんいることを知った。それもそのはず、わたしはシンドリアやシンドバッドの名は知っていても、詳しい情報など知らなかったのだ。別に関わる事はないだろう、と顔を背けていたわけだが…。
 しかし、手練れがいようとも、今までわたしの暗殺を止められた人間など誰ひとりとしていない。こうみえてわたしは結構な魔力を秘めているのだ。

 パチンとちょうちんが割れる。と、シンドバッドはもぞもぞと動き服を脱ぎ始めた。少々慌てたが、寝ているようである。
 昼間もちょこちょこと見張ってはいたのだが、迷宮を七つも攻略した者とは思えない。
 なんだ、拍子抜けだ。

「(こんな奴を殺してあんなにお金貰えるなんて…わたしは運がいい)」

 腰につけている短剣を鞘からゆっくりと抜いた。そして手から魔力を解放する。

「ふふ…」

 思わず、その報酬額に思わず、声を漏らしてしまった。

「…!」

 目を見開くシンドバッド王。
 だがもう遅い、わたしの暗殺は速い。

「おっと、可愛らしい声が聞こえたと思ったら、声の主もとても可愛いな」
「っ…!は、離せ!」

 刃先はシンドバッドへ向かっていたのに、いつの間にかわたしの視界は反転していて、目の前にはシンドバッドと天井があり、短剣を持つ手は拘束されている。
 まずい、失敗した。殺される。
 短剣を持つ手に力がはいる。力いっぱいに腕を振るがシンドバッドの力はわたしより上回っていた。魔力を込め、腕を二回振る。だがその振った腕はベッドに貼りつけられてしまった。

「ほう、そうか、なるほど。その目を俺はよく知っているよ。なんというか、どうだい?俺と朝まで語り明かすというのは」
「………」
「無視か?ひどいなあ。いや、今ここで君を殺す事もできるんだが…生憎俺は君を気に入ってしまった。というか、君のような人は放っておけないのだよ。知り合いに、とても似ていたから」

 この人がとても優しい人だとわかる。これは偽りのない本当の声だ。

「そうだな、帰る宛てはあるのか?」
「ない」
「ならば食客として君を迎い入れようじゃないか!ははは!そうだな、それがいい!」
「(なんてバカな人なの…)」
「…殺される、とは思っていない。なぜかわかるか?君は優しい子だからだよ。…と、こう見えて俺も結構強いんだがな」

 そうだろう、そうだろうね。あなたは寝てなどいなかった。わたしがこの部屋に入って来た時すでに気付いていたのだろう。しかしわたしの力量を計って鼻ちょうちんを作ったのだろう。

「…まず服着たらどうです、シンドバッド王」
「え?今から楽しもうと思ったのに」




prev next