付き合う前、それから恋人同士の男女はデートというものに行くらしい。今思えば修行が終わって師匠が体を綺麗にして町を出ていくことがあって、それもデートの為だったのかなあと右上に目線を向けながら考える。デートに行く前は緊張と嬉しさが混じり合って変な顔になる、とかヤムライハさんは言っていたけど、ピスティさんは行く前は楽しさ、終わった後はつらさしかない、と言っていた。デートというのは難しそうだ。 わたしは今までデートというものをしたことがない。年下のピスティさんだってしてるというのにわたしは…。まず人の事を好きになってもデートよりもまずさ先に修行をしなくてはならなかったから…。 「名前もデートに誘いなよ!ジャーファルさん仕事に区切りがついたって言ってたんでしょ?」 「迷惑じゃないかなぁ…。だってジャーファルさん仕事が次から次へと舞い込んでくるんですよね?それにツラそうな顔はするけど嫌いではなさそうだし…マゾなのかな」 「私たまに名前の天然の鋭いツッコミが怖いわ…」 「わたしも…」 「………あの、それじゃあ同性の友達とは何て言うんですか?デートは恋人間で使われるんですよね?」 「うーん、普通に遊ぶでいいんじゃないかなあ…?わたし同性の友達と遊んだ事ないし!」 「え?そうなんですか?じゃあ今から遊びましょう!ヤムライハさんは?」 「私パス!今研究いいところなのよ!」 「ピスティさん暇ですか?少し遊びましょっ………え、ピスティさん?」 ピスティさんは目に涙を溜めてわたしを見上げている。タオルか何か持っていたらいいのだけど、生憎そんな性格ではないから服の袖で涙を拭いてあげると、顔を真っ赤にしたピスティさんは勢いよく顔を逸らしてわたしに背を向けた。何かしただろうか…?耳まで真っ赤にしているピスティさんは手で顔をごしごしと擦って肩を小刻みに震わせる。 「ピスティ、交友関係の問題で友達いないのよ、わたしくらいしか。だからちょっと嬉しいんじゃない?」 「……わ、わたしも、友だちっていったらアミナとジャーファルさんくらいしかいないから…そのっ……えっ、と、ですね……この期に及んで何言ってるんだって感じですけど、ヤムライハさんも、もちろんピスティさんとも、友だちになりたいなって…、思ってました……」 今度はわたしの顔が次第に赤くなっていき頭を掻きながら視線を落とす。 「名前!」 「わっ!」 急に前方から何かが突進してきた。 それがピスティさんだとわかって肩に入れた力を抜く。 「とっ……友だちになろうね!」 「わたし友だちとこうしてお店回るの初めてなんです!ずっと修行の毎日でしたからこういうのに疎いんですけどね…」 「うんうん!それじゃあこのピスティちゃんがお勧めのお店を紹介しよう!わたしレームの布が好きでねっ、あ、名前私服持ってるのー?」 「いえ。わたし、本当そういうのに疎くて…服も動きやすい服しかないですし…自分に似合う服もよくわからないし…付き合ってくれる友人もいませんでしたから…」 「………うん!決めた!今日はうんと可愛い服買ってジャーファルさんに見せてやろうよ!そんでもって惚れさせる!」 「ええ…? ジャーファルさんそんな簡単に落ちますかねぇ…」 「落ちる! だって名前可愛いもん!」 友だち。それこそわたしには一生か関わりのないものだと思っていたから、師匠にできたときどうすればいいか聞いたことがなかったし、考えたこともなかった。でもこうして友だちという存在が生まれて、関われて、わたしは今言葉にできない感情を抱いているし、こうして一緒に笑って歩きながらお店を見て回ったり、恋のお話をしたり、一瞬一瞬がとても大切だということを知れて幸せだと思うのだ。昔から考えていれば、きっと会話がもっと弾んでいたりするのかもしれない。 ピスティさんは服の話。わたしは食べ物の話。対照的な話の内容だけど、でもやっぱり、会話がつまらなくたってこうして友だちと一緒にいることが何より楽しい。 それにピスティさんだって、すごく楽しそうで、嬉しそう。 「ピスティさん、すっごくいい顔してますよ」 「んー? そっかなあ」 「はい」 「名前もすっごい幸せそうじゃん」 「へへへ…あ、これ…、かわいいな」 「えーどれどれー? あ、こっちなんかもいいんじゃない?」 奴隷じゃない平民はこうして友だちとお店に回って、可愛い服を見つけて、友だちと一緒に話をしながら、一日を過ごすんだろうなあ…。 「あとね、もう友だちだから敬語いらないよ?」 「そ、そんな! ピスティさんは八人将でわたしは食客です! そんなこと…!」 「ヤダヤダヤダヤダ!わたしは名前に敬語使ってほしくないんだよー! 友だちだよ!?と・も・だ・ち!」 「…………でも…」 「ねねっ お願いー! わたしこうして喋れる女友だちヤムと名前くらいだし、もっと仲良くなりたいの!あとその低姿勢!もっとガッと!ガッときてよ!もうピスティったら〜ってはたく勢いで!」 「はははははたく!? 何言ってるんですか! そそそそそんな事できません…!」 「あ、これなんか名前に似合うんじゃなーい?」 「どれですか? あ、本当。かわいい」 「うん似合う似合う!これ買おうよ!お金私が出してあげるから!」 「あ、わたし持ってきてます。お金の計算できないから足りるかわからないんですけど」 暗殺業で貯めていたお金はまだある。一年間暗殺をしてお金をもらっていたから約一年とちょっと、師匠の飲み代以外での出費はなかった。お金の計算はできないし、お金の表面に書いてある文字も読めないから使う機会がなかったのだ。 「わあ…名前お金もちー…さすが暗殺者」小袋を覗くピスティさんは苦笑いしながら腕を差し出してくる。どれくらいで足りるのだろう。これは高い服なのか安い服なのか。それさえもよくわからない。ただこの服の肌触りは元主様のものよりは悪いものであって、師匠やわたしの服よりも良いものであるかくらいはわかる。 「ううんとこれくらいかな。店主さーん!この服ください!」 「ピスティ様に名前様じゃないですか! どうぞどうぞ。ありがとうございます。サイズからして名前様のですか?」 「あっ ちょっとひどい事言ったよ店主さーん? うん、これ名前のだよ!」 「うん、よく似合います。名前様がより一層輝きますなあ」 「ふふ…デート用だよー?」 「おや? なるほど。名前様にも恋の予感が…!?」 「やっ やっ やめてください…!」 すごく恥ずかしいんですけど…!ピスティさんの服を掴んで後退させ紙袋に包まれた服を受け取った。 店主さんに挨拶をして今度はピスティさんのお買いものの時間だ。さすがなのだろうか、ピスティさんはあれやこれやと次々にお店を見て回り、気に入ったものをチェックしながら他のお店を比べている。案外節約家なのだろうか。ちょっと可愛い。いや、かなり可愛い。 「うーんあれとこれが可愛かったなあ。名前もう一回お店もどっ……」先程可愛い服がたくさんあった場所のほうへ指を差したピスティさんだったが、笑みは次第に消えていき顔を青くする。 「これがいけないのかも…」 ピスティさんは呟いた。 「だから…友だちが出来ないんだろうなー…」 「……え? なんでですか?」 「ほら、今振りまわしちゃって…」 「? そんなの気になりませんよ。だって友だちなんですし、たった今わたしの買い物に付き合ってくれたし、気にすることないじゃないですか」 ピスティさんは口を噤む。 なぜそんなに気にするのだろう。わたしは知らないことがたくさんあるから、だからわからないんだ。だけどわからないから知りたいと思うし、知らなくてはならないと思う。こんなに悲しそうな表情を作るピスティさんは似合わない、笑っていてほしい。 もしかしたら敬語をやめたら笑ってくれるかもしれない。だって今ピスティさん、すごく傷ついた顔してるんだもの。 「ピスティ! 早く服買おう? こんな事してたら売れちゃうかもよ?」 「! ………名前、け…敬語…」 「さっきのすっごくピスティに似合っていたし、逃しちゃうと勿体ないよ! ほら、早くピスティ!」 「あっ、う、うん…! うん…!」 ピスティさんって、あ…違う、ピスティって悲しい顔よりも笑っている顔のほうがとっても似合うから笑っていてほしい。 ほら、今すごく良い笑顔! 王宮に戻り、数回ピスティと会話を交わし、紙袋を抱いて自分の部屋に戻る。殺風景な部屋にひとつ、大切な宝物がで生まれた。友だちと初めて一緒に遊んで、買い物をした、初めての私服。 「いやぁ…照れちゃいますなぁ…」 布団に腰を下ろし窓の外を見る。まだまだ陽は昇っているし銀蠍塔で皆と手合わせしようかな、とすぐに腰を上げて目的の塔へ向かい足を速めた。 剣と剣がぶつかりあう光景を膝を抱えて見ていると、隣の食客らが「シンドバッドの冒険書」という単語が聞こえ視線だけを向かる。なんでも、シンドバッド王の冒険譚を綴るものがあるらしい。熱く語る食客達。面白かったよなあ、やっぱりシンドバッド王はすげえよな、と高揚感が伝わってくる。 なんだろうそれ。 以前、わたしが奴隷だった時の記憶が蘇る。 シンドバッド王の冒険譚ってことは、わたしにも話してくれたのと一緒だから、きっと話の続きがそのシンドバッドの冒険書にあるのかもしれない。 読みたい。 でも師匠は反対するかもしれない。師匠はわたしに読み書きなんてできなくていいと言った。だから教えてもらえてない。でも、読みたい。 ジャーファルさん、前に教えてくれるって言ってたし、ちょっと聞いてみようかな。 仕事に区切りがついたとも言っていたから遅くなったらまた仕事が増えて声も掛けられなくなるから、今しかないだろう。立ち上がって窓から地上へ飛び下りると、塔で休憩中の兵や食客らは窓から身を乗り出して「名前ちゃーん!」と大声を上げた。わたしは振り向いて片手を上げ、静かに着地して執務室へ向かう。 シンドバッドの冒険書、読めるようになったらどんなに楽しい事か 「ジャーファルさん!」 「うわっ 吃驚した……なんですかまったくドアも叩かないで」 「わたしに読み書き教えてください!」 「ああ…またですか。今度は何でです? あなたはいつも突然すぎるんですよ」 「(ムカ……)わたしシンドバッド王の冒険書が読みたいんです!」 「シンの? 話を聞けばいいじゃないですか。シンもたまに話されるんでしょう?」 「でもその冒険書にはたくさんのお話が詰まっているんですよね!?」 「そうですね……そりゃいろいろと…」 「だから読みたいんです!」 ジャーファルさんはにっこりと笑い席を立ち本棚へ移動していく。後ろに着いていき、一番上の段の端にあるボロボロの本を一冊手に取った。そしてわたしに差し出し言う。 「これはわたしが幼い頃、シンに読み書きを教わった時に使用した教本です。使い込んでしまって今では黄ばみんで、表紙も破けている部分がありますし中に書き込んでしまいましたが、私はこれで読み書きを覚えました。どうぞ。名前が読み書きをしたい時ここへ来てお好きなように勉学に励んでください」 中をパラパラと捲ると、黒いインクが滲んでいたり、よれよれの文字が書いてあったり、インクのつけすぎなのか丸く破けている部分があったりと、わたしからみてもかなり使い込んでいることがわかる。 ページの終わりに進むにつれ、文字もしっかりと形になっているし、インクが滲んでいることもない。 「お仕事の邪魔になりませんか」 「邪魔になるならばまず言いませんね」 「そっか……。そう、ですよね。わたし、その……頑張ります」 「ええ。応援してますよ」 「……あ、あのっ、そうだ!今日ピスティの遊んだんです!街に出てお買いものしてですね、美味しい食べ物も食べて、友だちとこういうことするの初めてだったのですごく楽しかったんですよ!」 「へえ、ピスティ、ねえ」 「あっ」 「あ、いえ、仲が良くなったんだと思ってね」 「………えへへ…、はい。うん。へへ……ピスティすっごく喜んで、楽しそうで、嬉しそうで、友だちとこういうことできるのがすっごく楽しいって、それでまた遊ぼうね、って言ってくれて……、」 不思議だと思う。友だちができて、笑いあえるっていうのは、不思議なことだと思うのだ。 「……名前」 「わたしも……すごく、嬉しくて……!」 泣くなんて格好悪いのに。嬉しくって涙が勝手に溢れ出てくる。止めようとも止められず、教本を持っていない手で涙を拭いていく。 「幸せだなあ……って……!」 |