「んぎゃあ!」 「捕まえましたよ…さあ観念しなさい……」 「……んんんんんあのぉ…!いやそれわたしが悪いんじゃなくてっ………」 「ほう、では一体誰が悪いんです…?」 「…………あ」 「きみって人は!もうその手には引っ掛かりませんからね!」 上空に円を描く一羽の鳥、ピー・ヒョロロ・ピー・ヒョロロ、と鳴いている、その足には色暗号の紐が付けられている。 「あっ……!」 「こら名前、まだ話は終わってな…」 「あっ…あっ! 師匠…!師匠だ…!」 名前、どこ行くんですか!ジャーファルさんの腕を掃って鳥へと近づき色暗号を確かめる。 「シンドリア 港に 迎え」と色暗号に記されている。わたしはわき目もふらずに駆けた。港に、師匠がいる! たくさんの人を避けて港に向かい、大きな船を見つけると自然と綻んでいくのがわかった。師匠気付いてくれていたんだ!上空にいる鳥と一緒に港に着き、その姿を探す。 あっ!ほら……ほら! 「おう、名前!」 「しっ…師匠…!師匠師匠師匠!!」 「あーんだようるせっ…っておい、ひっつくなよなぁ」 「師匠!」 「ったくうぜえなホント。…ま、久しぶりだな名前」 久しぶりに師匠に抱きつき、師匠もうぜえと言いながらも、わたしの背中に腕を回した。そして頭をポンポン、と二度置いて、そのまま額を押してくる。剥がれた体をもう一度密着させようと腕を伸ばすとその腕を掴まれ背負い投げをされた。 「え、この人が名前の師匠?」 「てめー師匠『様』と付けやがれ」 「は、はあ……」 「師匠!途中で買ったアバレイカの燻製を食べましょう!あ、アバレヤリイカの方がいいですか!?大丈夫ですどちらもありますから!」 「ふっざけんな俺の金で買ったんじゃねーか誰がテメーにやるかよこの汚物女が!」 「………過激すぎる……」 顔を青くするジャーファルさんを尻目にわたしは師匠に途中で買った燻製類を机に出して食べようと誘っているのだが、師匠はうざいうざいとわたしを手で掃っている。久しぶりに聞いた『汚物女』になぜか興奮してしまう。え?いやわたしマゾではないけれど!とてもうれしくて! 「まさか師匠がシンドリアに来るとは!ちなみにわたしはここの食客として王に仕えている身です」 「…ハア!?お前暗殺の仕事どうすんだよ…」 「はい、しばらくしたらここから離れて少し暗殺業をしようと思っております。王に仕える八人将の方々がそれはそれはつわもの揃いでございまして、時間がある時には修行に手伝っていただいているのです。おかげで少し体術のほうに自身がつくようにもなりました」 「あくまで食客…なわけだ。……お前、ずっと探してる人がいるっていってたよな。そいつはどうすんだよ」 「はい!まさにその方がこのシンドリア国の王、シンドバッド様なのです!」 「……よく探せたなぁ。旅の途中で出会ったのか?」 「いいえ、仕事で!」 「…ふうん」 「シンドバッドを殺せという仕事で!」 「あっ……そうですか…」 「そうだ、紹介し忘れていました。この方は八人将の一人、ジャーファルさんです!一番お世話になっている方です」 「どうも、お師匠様。ジャーファルと申します。どうです?あなたも王に会われては。きっと喜びますよ」 「そうですね…、師匠、ぜひ王と!」 「俺は観光で来ただけなんだけどな……」 そういって師匠は手の甲に頬を乗せてわたし達から視線を逸らした。 師匠はわたしの暗号に気付き、自分の仕事をキリのいいところで終わらせて、ここシンドリアに観光に来たのだと言う。仕事内容はおそらく暗殺なのだろう。 師匠はシンドバッド王と会われるのに気が乗らないらしい。師匠はかなりの酒豪だし、王とお酒を飲むのもいいと思ったのだが、こうしてイライラと眉毛をぴくぴく動かしている時は何を提案しても首を振るばかりだから意味がないと思い肩を落とした。 「それなら師匠、わたしに修行をつけてください」 身を乗り出して言うと、師匠はわたしに視線を向けた。 「八人将でやってもらってんだろ?」 「やはり師匠との修行が一番だとこの身で感じています。わたし、魔法が使えなくなったんです」 そう言うと、師匠は目の色を変え姿勢を整えてわたしの眼を捉えた。初めてみる、悲哀な表情だった。わたしが奴隷だと知っていても、わたしの奴隷時代の話をしても、彼はこんな顔をしたことがなかった。なのになぜ、今、こんな表情を。 「お前……アル・サーメンと会ったのか」 「…師匠、アル・サーメンをご存じで?」 「バッカてめえ俺がアル・サーメンからお前を何度も護ってやったんだぞ」 「そうなのですか…?!」 「………そっか。…会ったのか。ルフも見えねえか」 「はい。でも魔力操作でなんとか。戦闘にも支障ないですし」 「んなら遠距離では、ちょいつらいってことね。ハイハイ。わかった。なあジャーファルさん、俺は食客になるつもりはねえけどコイツの修行には付き合ってやりてえんだ。この王宮に入るのはいいかな」 「…それならば、王と会われるべきですね。手配しましょう」 「お、よろしく頼むよ」 ジャーファルさんが扉の方へより、わたしと師匠は後ろに続いた。ジャーファルさんが王室へ入り、一言二言王と会話をした後に、「どうぞ、お師匠様」と扉の向こうへ手を差し出した。しかし、師匠はわたしにここに残るように言って扉を閉める。扉を閉める際にジャーファルさんと目が合ったが、彼は微笑んで頷いた。 そしてわたしはポツンと一人取り残されたのであった。 扉に背を当ててほう、と息を吐いた。まだドキドキしている。半年ぶりくらいだろうか。師匠に会えたのだ。一ヶ月と少し、長くも短い期間だったと思う。 また師匠と旅をしながら修行もいいかもしれない。でもシンドリアのこともあるし…。読み書きとかも、覚えたいしなあ。 「うぐっ」 「ハア?邪魔だよクソ女が」 「あ…お話は済んだのですか?」 「まあな。今からやるぜ。短剣あるだろ。斬り合い、しようぜえ」 「はい!早速ですか!」 「やあ名前、今日はおはようだな」 「はい王よ、おはようございます!」 「きみときみの師匠の事情はわかった。部屋も手配しよう。存分に修行に専念するといい」 にこりと笑うシンドバッド王に頭を下げるとベチン、と師匠が叩いてわたしを急かした。腰に付けている短剣を鞘から抜き、手すりに足を掛け師匠と同時に地面へ落ちていった。「名前はポンポンよく跳ぶなあと思ってましたけど…」「もしかしてもしかしなくとも、あれは師匠譲りだな…」 「俺ァ最近王宮剣術を会得したんだ。どうだ名前、お前は飲み込みが早くて覚えもいいから受けてみねえか」 「ぜひ!」 「知り合いに王宮剣術に携わってる奴がいてな、2か月間だが受けてたんだよ。そりゃもうそこらの王様達にゃあ負けないぜ。よーしハンデはいつも通り無し。本気で行くからな」 「もちろんです師匠」 「よぉく見とけよ。怪我しても俺は死ぬ直前までにならないとやめないぜ」 「把握しています!では!」 魔力操作をせずに地を蹴った。短剣を構え試しに師匠の足を目掛けて突き立てるが、師匠は片足を上げ最小限の動きでわたしに長い剣を差し向ける。短剣で受け止め、剣を持つ手へ短剣を振るが手首をうまく回されて持っていた短剣は少しだけ手から離れてしまった。握り直して師匠から一歩離れその姿を目に焼き付ける。 師匠は片腕を背に、そして剣を胸の前へ。無駄な動きは一つなかった。 間者としてたくさんの流派を持つことは決して無駄ではないし、手持ちに数があるほうが生き残る可能性が上がるのだと師匠は言った。 「二日だ。二日で会得してもらう。お前の飲み込みの良さだけは評価してるんだぜ」 「……上等です」 ニヤリ。ニヤリ。二つの笑みが重なり合っていく。瞬間師匠はステップを踏んでわたしに近付いて剣を突き立てた。それを短剣で受け流し、心臓へ短剣を向かせ突くがこれもまたひらりとかわされる。あまりにも綺麗なかわしだったので気付いた時には足が地に着いておらず体が地面に向かって倒れていくのと、後ろから剣が向かってくるのと、二つの情報が流れ込んできた。体を反転させ迎えうとうとするが、剣はわたしの足首に刺さり、背は地面に強く打った。 師匠は両手で剣を握る。右へ転がり脇腹を蹴って体制を整えるが刺さった足首に力が入らず、膝を折った。 「(あ、やばい)」思うと同時に師匠の剣が肩に入る。もちろん浅い。傷が残らないようにしてくれるのだ。それがせめてもの優しさ。 両足を揃えて足を蹴り起きあがった。隙がないのなら作ればいい。師匠はバク転で体制を整えて先程の構えに戻る。 「…素晴らしい。綺麗な構えだ」 「そうですね…。しかし名前は大丈夫なのでしょうか」 「足首いったからなぁ」 わたしも構え直し、息を吐き、足に魔力を込めて一気に間合いを詰める。「お、今度は向かってくるか」もちろん師匠の手の内はわかっていた。確実に剣を突き立てる予想がついていたのである。そして予想通りに剣はわたしに向かっている。 「!」 「名前…!」 剣の先を手で受け止めて師匠の動きを止めた。 「バッカやろお!手で受け止める奴があるか!」 「ええっ!? そ、そんな心配今まで…」 「修行が続けられねえだろ俺はまだ暴れたりねーんだよおお!」 「そっちかよ!」 「フンッ」 「ぎゃあ!そんないきなり抜かないでくださいよぉお…!」 「怪我した方で剣持て。続けるぞ」 「そんな無茶苦茶な!痛くて握れませんってば……!」 「うるせーよ口答えすんじゃねーぞクソ野郎があ!死にてーのかよてめぇ!」 「ぎゃー!持ちます持ちます持ちますってばあ!」 「…………過激すぎる…」 「おい手に貫通してたぞ?いいのかあれは…尚続けるのか?俺見てられない……」 「うぐっ…!」 「ああもう君達二人やめなさい!名前に関しては死にかけてるぞ!」 「あぁ…?あ、ほんとだ。よーし今日の修行やめー。名前ー寝とけよー明日もするぞー」 「はっ…はい師匠…」 「ちょいちょい待て!かなり重傷負ってるんだから明日は休みなさい!」 「甘っちょろい事いってんじゃねえぞシンドバッド王よ!こいつが俺の元にいた時はこんなん日常茶飯事だったぜ!傷の治りも早いから大丈夫だ!いいか名前わかったな甘えんじゃねーぞ!」 「はい師匠!もちろんです!明日もご教授お願いします!」 「…くく!よーし俺の部屋はどこだぁ!」 「大丈夫ですか名前」わたしの腕を肩に回してジャーファルさんは言った。使用人を呼んで師匠を部屋へと案内するように言った王は青ざめて傷ものになったらどうしようかと慌てたが、今更気にしないです、と言うと王もジャーファルさんも口を噤んだ。 王宮剣術はとても面白かった。接近戦が得意でないわたしにとって、これを手の内に入れればぐんと戦術の幅が広がるだろう。 「手の傷もあまり放置すると残ってしまいますからね。医務室へ急ぎますよ」 「うん、そうだな。失礼お嬢さん」 「え?……ぎゃあ!そんなシンドバッド王…!」 「ははは!反応が初々しくて可愛いな!」 シンドバッド王がわたしを横抱きにしておられる…!そんな、わたしの身分でそんな、こんなに王に近付くなど死んでも許されないことなのに! 「お、おろし…」 「ん?なんだ?いやいや!最近めっきり顔を合わす事がなくなったからな。久しぶりに話でもしようか」 「シン、あなたにはまだ仕事が残っておられるのをお忘れか」 「………また今度にしよう!」 後ろで顔を鬼にしているジャーファルさんに冷や汗を掻いたシンドバッド王は汗がだらだらの顔で笑った。ちょっと気持ち悪い。 シンドバッド王に横抱きにされたまま医務室へ入り、たまたま医務室へ立ち寄っていたシャルルカンさんが王とジャーファルさんに頭を下げ、わたしの頭を乱暴に撫でた。しかしわたしの傷を見てぎょっと目を見開き慌てだしたがわたしがヘラヘラと笑っていると、仕方ないようにシャルルカンさんはわざとらしく溜息を吐いた。 「シャルルカン、シン、仕事に戻りなさい。わたしは名前に説教をするので。あなたたちも少し席を外して」 シャルルカンさん、王、そして使用人たちを医務室から追い出したジャーファルさんはわたしと向きあい「フゥゥウウウ」と長い息を吐いた。その顔はまさしく、鬼だった。 「(ギャアアアまた殺されるうううう!)」 「名前」 「は、はいいい」 「手を出して」 「はいいい」 「ふん」 「いやあああああ消毒しみるううう!」 布で血を拭きとり、手に布を巻いていく手際が素晴らしいものだった。しかし痛みに耐えそのような事さえ言えぬ状況なのである。 「いくら修業とはいえ、傷が残ってしまったら、」 「…でも、」 「………心配するじゃないですか」 「は、はぁ…」 「あなたは女の子なんですから。そりゃあ暗殺者ですし傷をたくさん作るでしょう。でも女の子なんですから。私と違うんですよ。腰の傷は綺麗に消えてくれたからよかったものの…こんなに深い傷を負ってしまって…」 「大丈夫ですジャーファルさん!服で隠れてますけど傷たくさんありますし、もう傷の一つや二つ、」 「そう意味で言ってるんじゃねえよ!」 大声を上げるジャーファルさんに肩を震わした。感情のこもる大きな声に震えだしてしまい視線を落とした。 ――叩かれる…。 「ごめっ、ごめん…なさっ…」 「! あ、いや、その、驚かすつもりは」 「ごめんな、さいっ…ごめんなさ、いぃ…」 「……大きな声を出してすみません。私が言いたいのは、そういう事じゃないんです。あなたには体を大事にしてほしくて…。その、余計なお世話だとは十分承知の上ですが、…すみません、な、泣かないで…」 「た、叩きませんか?」 「え?」 「たたき、ま、せんか…?」 「………ええ。もちろん……叩きません」 ジャーファルさんはわたしの怪我をした手を両手でそっと包み込んだ。 「叩きませんから…!」 ジャーファルさんは包み込んでいる手を少しだけ強く握り、俯いた。それでは表情がみえない。 わたしはジャーファルさんの肩にそっと触れた。本来ならありがとうという所なのだろうか。それでもわたしは慣れてしまった「ごめんなさい」を、続けてしまった。いや、それしか言えなかった。 |