「へえ…なんか…二人ともいいなぁ……」 「何言ってんの名前!名前はジャーファルさんが好きなんでしょ!」 「そうよ、恋愛は数じゃないんだから!」 「……でも…もし付き合うことになったら何したらいいかわかんないし…」 「ジャーファルさんだしいつも通りでいいんじゃないかな?」 「私もそう思う!」 今わたしは恋愛経験が豊富のピスティさんと髭男好きのヤムライハさんとベンチに座ってお話をしている。わたしがずっと憧れていた恋バナというやつだ。 ピスティさんには宮中にたくさんの彼氏がいて、ヤムライハさんはおっさんが好きらしいのだ。待ってまともなのわたししかいなくねえ…?指を組んでハア、と溜息を吐く。ちなみに詳しく言えばピスティさんとヤムライハさんがベンチに座っていて私は地面に座っている。何故かって、そりゃあこんな位の高い人と一緒のベンチに座るなど…わたしは…。 「そういえばジャーファルさんって恋愛経験あるのかな」 「………ジャーファルさん、紙とペンが恋人だと思う」 「……あの、お二方にお聞きしたい事がありまして…」 お金の入った小袋を持って王宮から一歩出て向かう先は、そう、ここだ! 文房具店!「あのぉ…」とカビ臭いおじいさんに声をかけると、おじいさんは肩をビクンと上げて「おお、おお…名前様じゃ…」と手を合わせて両手を擦り合わせている。何故か拝まれているが気にしないでおこう。 なぜわたしがここにいるかって?そりゃあ決まっているじゃないか。ジャーファルさんに贈り物をするからである!と、いうより、お詫びにと思っている。先日ジャーファルさんから頂いた髪飾りを本人の目の前で踏みつぶし粉々にしてしまったのだから。 なるべく、安くもなく高くもなくて、それでいて書き心地もよくて滅多に壊れない頑丈なものを、と伝えると、おじさんはニコニコと頬を上げ「贈り物ですか」とわたしに問うた。一気に恥ずかしくなってしまって、どもりながらええ、まあ、はい。と言うと、おじさんはスッとこの店で一番高いペンをわたしに差し出す。 「料金の半額でいいですよ」 「えっ!?でもそんな、ならっ」 「名前様はこの間の南海生物を倒してくださった。わしらのお礼と受け取ってくださいな」 「でも…こんな高価なものなのに…」 「わしらの好意と受け取ってくださいませ、名前様」 足りるでしょうか。 ええ、もう足りますよ。 すみません、ありがとうございます。 これからもご贔屓に、名前様。 わたしはお金の計算ができない。わたしはお金の価値もよくわかっていないし、お金にかかれている文字も読めない。だからわたしの小袋に入れたお金はいくらなのかもわかっていない。あれで足りているならばいいけれど、足りていてほしいけど……。 箱に入った羽ペンを抱えて再び王宮に戻り、壁を伝って自分の部屋へと戻った。せめてお金の計算くらいはできないとこの先困るだろうと思った。 そしてわたしはこの買い物で初めて、他人へ贈り物を買ったのだ。心臓がバクバクと胸を打っている。ピスティさんとヤムライハさんに助言をしてもらおうと思ったけれど、いつものベンチに彼女らはいなかったし、仕事もあるのだろうと思ってこれ以上捜索する必要もないだろう、捜し出すのはやめておこうと踏みとどまった。 試しに部屋を出てみた。もちろんジャーファルさんがいないことは知って… 「あ、マスルールさん」 「……っス」 「どうしてこんなところに?」 「………体術、」 「体術?」 「修行、誘いに」 「……あ、はい!もちろん!喜んで!」 まさか渡す前に汗を掻くとは想像していなかったなぁ…。何度も蹴りを入れるがマスルールさんの筋肉の塊である腕に防止され首に届かないわけだ。しかも自分より身長が遥かに上だから跳んでから蹴りを入れないと首に入ってくれないし、この前足に入れてみたら堅くて死ぬかと思ったし!魔力操作で筋肉を強化してもダメージを食らわないだなんてファナリスは末恐ろしい。 マスルールさんが構えた。反応して地に片手をついて体を上げ、手に力を入れて跳んだ。 わたしは接近戦があまり得意ではない。本来は遠距離で戦うタイプで、師匠とも修行中に「お前は遠距離で戦うのに適してる」と言われたから接近戦で戦うことに慣れていないのだ。暗殺をする時はいつも気配を消して短剣で一発だし、長く戦う事が今までに二、三度程だったので修行しても意味のないことだと思っていた。 「(気配、消してみるか)」着地し、精神を統一させじっとマスルールさんを見つめる。マスルールさんも気付いたのか動きを止めてわたしをその眼で捕えている。しかし、わたしは常にニオイを消しているからマスルールさんにわたしのニオイを嗅ぐ事はできない。そして気配を消せば、暗殺業の始まりの合図だ。 ――そして気配を消した。 これならなんとか一発首へあてる事もできそうだ。音を立てずに地を蹴る。 「(よしっ!)」 と、思ったのも、束の間だった。 マスルールさんは大きな口を開けた。 「な、なに…!?」 「名前、いい加減出てきなさい。マスルールも反省してるんですから」 「ちょっと加減すればよかった。…すまない」 マスルールさんはいきなり叫んで、わたしは驚いて足を踏み外し、マスルールさんに胸倉を掴まれて投げられた。投げられるなんてしょっちゅうだったしこの事でショックを受けているわけではない。マスルールさんがいきなりあんな大声を出すからいけないのだ。 まさかあんな大声がマスルールさんから出ると思わなかったしなんだか場所の特定までされてしまったしもうわたし暗殺者としてやっていけないしマスルールさんの声が耳から離れてくれないし! そして布団をかぶってガタガタと震えています。 「…まったく力ずくで開けてしまいますよ?マスルールが」 「えっオレっすか」 「ほら名前、出てきなさい。私とお茶でもしましょう」 新しくトラウマとなったマスルールさん。 が、扉の向こうにいるのである。出れるわけないだろ! 「わ、わわわかりまましたあから、わたし執務室にいきますからぁ殺さないでぇぇ…」 「本音が見え隠れしてますが…。マスルール、そりゃああんな大きな声だせばだれでも驚くだろう。宮中でも噂が立ってるぞ?名前様をお叱りになられたって」 「はぁ…すいません」 「ハァ……溜息を吐きたいのはこっちなんだが…」 「ああああのわたしの事はほっといてくれてか、かままいいまあせんからあ!」 「…マスルール。後できちんと謝るように。今きみがいたら名前が出てこれないだろうから」 「はぁ…すいません」 「よし、じゃあまわれ右!」 ほ、本当に回れ右してくれたのだろうか。耳を澄ませばゆっくりと歩いていくマスルールさんの足音。次第に静かになっていった。 「ジャ、ジャーファルさぁん」 「…ええっ、涙目!?」 扉を開けてそのまま部屋にお通しした。ドウゾ。ああ、ありがとう…。小さな歩幅で歩きわたしの部屋へ入る。キョロキョロと周りを見渡したジャーファルさんは困ったように 「何もない部屋ですね…」と呟いた。重い石がドン!と頭に落ちてくる。 「ええ…まあ寝るだけの部屋ですから…。それはそうと…」 なぜジャーファルさんを部屋へ入れた理由はひとつしかない。羽ペンを渡すためである。もう羽ペンの入った箱を持って執務室に行ったら何を噂されるかわからないし。と言いつつも執務室でお茶をする時はあまり文官達もいないのだが…。 突発的に何か思い、衝動的にそれを行ってしまうのがわたしの悪い癖だ。部屋に招きいれたのはいいものの、どうやって羽ペンを渡そう。 「ヘイボーイ、これをユーにプレゼントだぜ」 「ジャーファル様、わたしが一ヶ月間溜めたお金で購入しました羽ペンでございます。どうかお使いになられてください」 ………いやいや堅苦しいというか一番初めのは絶対にないだろう…。大事な時に決行できないのも、いけないよなぁ。 誰かに贈り物をするだなんて初めてでどうすればいいかわからない。読み書きもできないわたしが羽ペンだなんてちょっと図々しいのにも程がある。 「これなんですか?」 「えっ…あっ!」 ジャーファルさんが不思議がって机の上に置いていた箱を手に取ってしまった。 「開けてもいいですか?」 「……名前?聞いてます?都合が悪かったですか」 「…………ジャッ…ジャーファルさん!あの、この間の髪飾り本当に申し訳ございません!お詫びと言ったらなんですが、よかったら受け取ってください!」 「え?あ、これをですか?」 「お気に召したら良いのですが」 「それじゃあ失礼します」 うう…!もうだめ……! 「わっ、これは羽ペンですね。すごくいい素材でできている。名前、これはって名前!?え!?どこいった!?まさか窓から飛び降り…!?マ、マスルール!マスルール!今すぐ名前を救出に行きなさい!」 「はぁ……一体なんだ…」 「ここにいたのか」 「………。ぎゃああマスルールさんごめんなさいお願いです叫ばないでぇえ!」 「俺も何もなければ叫びはしない。で、なんでこんなところで蹲ってた?」 「あ、あああのですね……いや別になんでもないんですけど…何でもないです!」 「?」 腕に顔を沈めている光景にマスルールさんは首を傾げて頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。 「顔が…」 「い、言わなくてもわかってますからぁ!」 「なんで顔が赤い?辛い食べ物でも食べたとか…」 「マスルールさん意外と天然!ち、違いますよぉ…ちょっと、あの、その…ひ、秘密です!」 「(イラ…)」 「黙秘!」 「(イラ……)」 「そ…そんな顔して見つめないでください!」 「イテッ」 「あ、ごめんなさい叩いちゃいました…。ああ、なんでだろうすごく胸が苦しい…ドキドキしてるし…何なんでしょうこれ…」 「(………イラ)」 「またその顔!」 ** 「マスルール、名前は無事だったんですか!?」 「まあ、いつもよりかは元気だったと思いますけど」 「ああよかった…」 「胸が苦しいとかなんとか言ってたっすね」 「なんだって!?一大事だ!誰か薬を!もしや胸を強打して…!?私がついていながら何という失態!」 「あと、俺も痛いっすね」 「え?」 「胸が…(叩かれたから…)」 「……あ、はい」 「………」 「…え、どういうことですかマスルール」 「さあ」 「ちょっと待ってくださいどういうことですかマスルール」 「………マスルール!オイこらマスルール逃げるなマスルール!」 「(名前連呼……)」 |