征十郎に渡された一枚の、手書きで書かれた地図とお金の入る封筒を渡され一言。途切れ途切れの声で「この場所の、星マークに、男がいるから、これを渡して、薬を受け取ってきてほしい」と、苦しそうに顔を歪ませながら口を開き荒々しく息を吸ったり吐いたりしている。瞬間にわたしは食べられるのはないかという恐怖に取り付かれ黙ってしまった。征十郎の「返事は」という台詞にハッとして、顔を上げ、ハイ、と言うと、征十郎はわたしにキスをして、舌を吸って「行っておいで」、と言った。 征十郎が指定する場所は人通りが比較的少ない場所だった。星マークが書かれている場所までは後少しだろう。辺りを見回しながら歩いている。なぜ征十郎があんなに苦しそうにしていたのか理由は訊けなかった。征十郎が普段の様子なら聞けたかもしれない、ただ、あんなに苦しそうにしていて訊けるはずがなかった。喋るのもつらかったろう。 「あ…」 一人の黒髪の男、長身だ、細い目をわたしに向ける、鬼だ、すぐにわかった。 ポケットから折りたたんだ封筒を出し、男に差し出すと、丁寧に封筒を破った男は一枚一枚お金を数え、側にあったトランクから白い箱を白い袋に入れてわたしに渡す。手が震え、上手く袋を持つ事ができなかった。 男はたくさんの人間を食べていることがわかった。彼の目は人間を食う目であった。声はもちろん発することなどできず、目を瞑って軽くお辞儀をした。それだけで彼はわたしの顎を掴み腰を曲げて噛みつくようにキスをした。だが、彼はすぐにわたしから離れ咳込み、大きな手で口元を押さえている。 「くそ、所有物かよ」 「…?」 チッ、と舌打ちを聞きながら踵を返し一目散に、彼から離れるために息をするのを忘れるくらいに走った。抜けた先には先程よりも人通りが多くなっており、肩で息をしながら心を落ち着かせ来た道を振り返ってみれば、その道は路地裏に続く道だったということに気づく。地図を見て進んでいる時は気付かなかったが、ここはあまりいい場所でないと見ただけでわかる。はあ、と長い息を吐く。 帰ろうとポケットに入れていた地図を取り出し、帰ろうと一歩足を出すと、「あ」という声に二歩目は踏み止まった。 「きみは」 テツヤだった。スポーツバッグを肩に掛け、隣には肌の色が黒い男の子、肌の色が白い黄色い髪の男の子がそれぞれ立っていて、黄色い髪の男の子は「その子誰っスか?」とわたしを指差した。 「えっと…知り合いです。…今は一人なんですか?」 「お…お使い頼まれてて……。でも今から帰りますから」 「敬語に敬語ってシュールだな」 「っスね。君、名前なんていうの?」 「えっ…あ、えっと…、名前です」 「へー名前ちゃんかあ、可愛い名前っスね!オレは黄瀬涼太!で、この黒いのが青峰っち!」 「バァーカ、黄瀬。オレァ青峰大輝ってんだよ。別に覚えなくてもいいぜ。なんかこれから会わなそうだしな」 「えぇ〜青峰っち、そういう悲しい事言っちゃダメっスよぉ!名前ちゃん、オレはこれからも会いたいな〜…なんて」 「黙ってください黄瀬くん。僕この子を家まで送るので…それじゃあ」 「えっ、オレもオレも!」 「青峰くん、黄瀬くんを送り届けてあげてください」 「任せろ」 「任せろってそんな!青峰っちは黒子っち送ればいいんスよー!」 「行くぞ黄瀬」 「ああ〜じゃあね名前ちゃん〜」 「…あ、はい、あの、さようなら…」 青峰大輝に連れていかれた黄瀬涼太。ふう、と溜息を吐いたテツヤは「行きましょうか」と気まずそうに、震える手で、わたしの手を、取った。 「名前、名前、さんって、言うんですね」 「はい、征十郎、名前訊かないから言わなかっただけで…」 「そうなんですか…。あの、その袋は?」 「?なんでしょうねコレ、わたしもわからないんですけど…征十郎のお使い、これなんです」 「そうだったんですか。赤司くんは?」 「征十郎…すごく苦しそうで、汗も出てて、家、出れそうな状態じゃなくて、早く帰らなくちゃ…」 きっと今も苦しんでいるんだろう。 「名前さんがそんな苦しそうな顔をしなくてもいいと思います」 テツヤの声に顔を上げると、テツヤは気まずそうに、偽りの笑いを浮かべて言った。その笑みの理由を知りたくなかったし、探ろうとも思わなかった。ただ、人間を見つめているだけだと自分に言い聞かせて「そうですかね」と返す。テツヤはそのあと何も言わなかった。何か言ってほしいわけでもなかったからこれでよかったのである。 テツヤの言う通りだった。なのにわたしは。わたしは。 「今なら、逃げ出せますよね」 前 | 次 |