プウコギへようこそ | ナノ


 征十郎がたくさんの袋を抱えて帰って来たのは午後二時四十六分。ただいま、買ってきた。と袋をわたしの目の前に広げ、その中から一つ封を開け、二着の服を持ってわたしの体で照らし合わせると、滅多に見せないようなキラキラと輝く目を細めて、うん、と一言。側にあった袋の中身を見てみると、中にはたくさんの洋服があった。
 わたしがここへきてから数週間が経つが、わたしの着ている服はどれも彼のもので、パンツと下着と大きなTシャツしか着ていないわたしにとって、これらの贈り物は本当に涙が出るほど嬉しいものだった。ペットに洋服を着せるのはどうかと思っていた数年の感覚は今この時、まっさらなものになり、わたしも目を輝かせて彼を見上げる。

「これ、どうしたんですか」
「君の為に買ってきた。どう?着替えてみるかい?」
「わたしの為に?」
「そう、君の為に。気に入ってくれたかな。今日は好きなのに着替えて一緒に本屋行こう。僕と一緒にいれば鬼に襲われることはないから平気だ。さ、どれがいいかな。僕はこれがお勧めなんだけど」

 征十郎がわたしの為に買ってきてくれたこと、そして外に出られる嬉しさから溢れんばかりに涙が頬を伝った。思わず征十郎の腕を掴んで顔を当てると、いつもわたしを叩く手は優しく頭を撫でて、「これにしようか」と今までにない優しい頬笑みをわたしに見せた。一体どうしたのだろうと思ってしまうほど、それはわたしの中の征十郎を塗り替えていくものだった。


 征十郎に選んで貰った服を着て、征十郎と手を繋いで、征十郎に引かれるままに本屋へやってきた。大きくもなく小さくもなく、個人経営の本屋なのだろう。文房具もいくらか数があり、文房具を売るコーナーを過ぎれば漫画本を多く取り扱う本のコーナーへ足を踏み入れた。老舗なのだろう。壁が黄ばんでいる個所があるが、どことなくいいにおいだった。
 手を離し、互いに料理の本を手に取って適当にページを捲る。材料さえあれば何だって作れるだろうと思いながら文字を追いかけていくと、その考えが一気に変ってしまうのが本のすごい所だと思った。

「決まった?」
「え?あっ、ちょっ…と、征十郎は決まったんですか」
「うん。これでいいかなと思ってね。なかなか面白いと思う」
「料理の本に面白いもなにもありませんよ…。えっと」

 表紙に「簡単!10分で作れるお手軽レシピ集」と書かれている本を手に取り征十郎に恐る恐る手渡すと、これだね、と言ってわたしの手を握ってレジへ向かった。

「あ…赤司、くん」

 細い、声変わりの境目の男の子の声が後ろから聞こえた。わたしと征十郎は後ろを振り向いて声の主を見ると、水色の髪の毛を揺らす男の子が目を丸くして右腕に雑誌と文庫本を抱えて立っていた。征十郎はごくんと唾を飲み込み、彼に「やあ、テツヤ」と口角を上げる。
 彼、テツヤの視線はわたしにへと移った。

「…赤司くん、その子は」
「………、まいったな。今日は休日だったのか?部活」
「ええ、まあ、そうです。赤司くん、君が部活をやめてしまって、緑間くんも黄瀬くんも、僕も、困っているんです。学校へ来ない理由も聞かされていないですし、当然、」
「テツヤ、それを聞くのは野暮だと思わないか?」
「どういうことですか?…学校で配布されたプリント、僕が持ってるので、後で届けに行きます」

 テツヤはそう言ってわたしと征十郎を避けてレジへ向かった。征十郎を見上げると、彼とそんなに背丈が変わらない事に気付き、同時にどこか似ているとも思った。けれど、征十郎とはまったく別のものを彼は持っている。似ているのは、顔の雰囲気だけだったのだろうか。いや、似ていない。前髪が同じように長いだけだった。
 「…帰るんですか?」「いや、少し散歩してから行こう」「いいんですか?彼、家に来るって言ってましたけど…」「いいんだよ。早く買って近くの喫茶店にでも入ろう」
 嬉しさと同時に申し訳なさと、征十郎が「鬼」である事実を知らない彼に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。征十郎も自分が「鬼」であることを言えないでいるのだと思うと、征十郎に対しても悲しい気持ちを抱いた。
 彼はわたしを見た時何を思ったのだろうか。



 わたしは抹茶フラペチーノ、征十郎はコーヒーを飲み、征十郎の学校の話や友人の話を聞いた。征十郎はバスケ部に所属していて、テツヤもバスケ部の一員なのだそうだ。笑わない征十郎を見て、征十郎は、本当は学校へ行きたいのではないだろうかと思った。しかし、行ってしまっては、征十郎にとって学校は餌の宝庫にすぎない、結果は見えている。
 買ってきた本を読んでいるわたし達の耳にインターホンが鳴った。征十郎は溜息を吐いてから本を閉じ、机に置いて玄関へ向かう。わたしも本を閉じて玄関へ向かう征十郎の背中を見つめ、そしてドアが開けられてから彼の姿を目に映した。

「これ、プリントです」
「わざわざすまないな。礼を言うよ」
「……赤司くん、ひとつ、僕の質問に答えてませんよね」
「…ああ、彼女か」
「はい」
「そうだな、まあ…家畜っていったところかな」


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