プウコギへようこそ | ナノ


 もし、もしもの話だ。地球に宇宙人が侵略して、その宇宙人を倒すためにわたしが選ばれてしまったら。ロボットの操縦者を探して、偶然居合わせていたわたしが偶然操縦者になってしまったら。いきなり人間を食べてしまう鬼が現れ、わたしが食べられてしまったら。
 どれもわたしの考えるもしもの話なのだけれど、それも遠い未来ではないのだと思う。最後のもしもの話。あれは、現実なのだから。
 昔、映画や漫画、アニメ、小説で見るような怪奇現象をバカにした覚えがある。こんなのありえないでしょうとテレビに向かって言い放った一言を両親はどう思っていたのだろう。

 ある日、家のインターホンが鳴った。日曜日の昼頃だったので両親とわたし、久しぶりに部活がない妹の家族全員が居間で談笑していた時だった。お母さんはエプロンで手を拭きながら玄関へ向かっていく。この時、誰も誰がインターホンを鳴らしていたかなんてこと気にしていなかった為に、流れる玄関先にいる人物らの映像など目にもくれなかった。
 突然お母さんの悲鳴で家族は飛び上る。一目散に玄関へ走って行った父も叫び声を上げてドサリと音を立て、ソファーに座っていたわたしは身を乗り出して廊下の方へ向かい玄関を覗いた瞬間、床に赤い血が散乱し父の生首が転がった。気付けばわたしの服には血がべとりと赤く染めあげていて、足の力で体を支えきれなくなりその場に尻をついた。妹は逃げた。

「君、くさいね」

 赤い髪に赤い血はひどく目立ち、わたしは見上げて彼を見つめたまま動けず、彼が妹へ視線を向けた時にはもう遅く、妹の皮を剥いで美味しそうに食べるその姿を見た時、一年前家族みんなでみた「鬼の子」という映画を思い出し、わたしは何も理解していないのに涙を流していた。

「泣き虫さんか」

 赤い彼はわたしの頬をペロリと舐めた。舐めた後、とても鉄くさいにおいがして眉を顰めたが、この血はたった今食べられた妹のものだと気付いた途端に手に震えが止まらなくなり視線を落とした。
 彼は頬、首筋、手の甲、太もも、足の指を舐め、指を顎にもっていき「ふうん」と何か考ている様子を見せる。逃げなければと思うのに、恐怖が買ってしまって動けない。床を押すも、震えて力がうまく出せないでいた。

「美味い人間は社会に適合できる人間。不味い人間はそのまた逆、もしくは特異な体質を持つ人間。きみは臭いから特異な体質を持っている。そういう人間を美味しくするためにはふたつの方法があるんだけど、僕は後者を選ぼう。調理して食べる方法、そして弱らせてから食べる方法」

 顎を掴まれて唇が噛まれ、鉄の味と彼の唾液の味が混ざった。

 わたしは次の日から学校を休んだ。家を出た。彼に連れて行かれたのは彼の家。家族の死体はそのままにして出た。彼に手を繋がられたまま、わたしは弱り食べられ死んでいく。

 彼のような人間を、世界は鬼と呼ぶ。


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