プウコギへようこそ | ナノ


 人間と生活する、とは言っても、わたしはあまり外に出たくなかったし、それは黄瀬くんも同じだった。
 黄瀬くんは料理が上手だった。一人暮らしに慣れて、慣れない料理を毎日やっていたから自然と身についてしまったらしい。わたしだったら多分コンビニ弁当とか外食とかで済ませちゃうんだろうなあ。なんて言ったら、手を叩いて「俺の方が女子力高いっスね」なんて言いながら笑っていた。笑顔なんて、久々に見た。

「とりあえず、俺の服でいい?買いに行くの忘れちゃったね」
「いいの?」
「ああ、うん、別に、下着洗うからちょっと待ってて」

 わたしはお風呂に入っている。扉の向こうには黄瀬くん。洗濯機の前で何やらわたしの下着を入れているようだ。しかもご丁寧にネットにまで入れて。「ありがとう」「いいえ」征十郎の所にいた時は毎日裸でいたからそんなに気にすることもなかったけれど、今は黄瀬くんの家だから気にしてくてはならない。

「黄瀬くん」
「なに?」
「わたししばらく下着着れないけど、どこで待ってたらいいかな?」

 あっ。潰れた声で黄瀬くんは体を硬直させた。既に洗濯機は動いている。わたしは笑うと、黄瀬くんは笑い事じゃないっスよおーと言い、ドライヤーで乾かす、と宣言した。
 黄瀬くんって面白い。
 黄瀬くんありがとう。

 本当はきっと、征十郎が怖いはずなのに。


 綺麗に乾いた下着を着て、大きなTシャツと大きなハーフパンツを履いた。ハーフパンツの糸を引っ張って自分の腰に綺麗にフィットするように強く結んだ。Tシャツの柄の文字に「LOVE ME」なんて書いてあるからまた笑った。きっと黄瀬くんが着たら似合うんだろうけど、わたしが着てもちっとも似合ってないみたい。
 脱衣所を出てリビングに向かうと、夕食の用意をしている黄瀬くんが「服小さいの選んだんスけど……やっぱり大きいか」確かに、征十郎と黄瀬くんは体系が違うもんね。
 黄瀬くんはオムライスを作っているらしい。食材は結構な量を買っておいているみたいで、食には困らないんだとか。

「ほら!涼太お手製ふわふわたまごのオムライスっスよー!」
「………」
「反応なし!?」

 黄瀬くんは料理が上手、わたしよりも上手。これからお世話になる気がしてきた。わたしの前に出された涼太お手製ふわふわたまごのオムライスの文字には「LOVE」だった。黄瀬くんのオムライスのケチャップは何の文字も書かれていない。黄瀬くんを見ると反応を欲している犬の顔で、尻尾があったら勢いよく左右に振っているだろう。
「美味しそう」黄瀬くんの顔を見て言うと、黄瀬くんは嬉しそうに笑った。
「久々に誰かと一緒に食べるから、多分美味しく感じると思う」黄瀬くんは少しだけ緊張したように言った。

「わたしも、久々にちゃんとした料理食べる気がするよ」
「えー?赤司っちの所では何食べてたんスか?ちゃんと栄養とんないと」
「ご飯に、スーパーで買ったおかずとか お茶漬けにキューリのキューちゃんとか」
「えええええー質素っすね……。…でも大丈夫!これからはいっぱい栄養あるもの食べよ?そしたら顔色とか、元気でるって!」

 黄瀬くんの作ったオムライスはとても美味しかった。久しぶりにオムライスを食べたから、少しだけ泣きそうになった。
 黄瀬くんと話しあって、食器を洗うのはわたしの係にしてもらった。黄瀬くんはそんな事しなくていいって言っていたけどそれじゃあわたしが嫌だからと言えば、黄瀬くんは渋々頷いて、でも料理は俺がするから、と強く念を押す様に言う。それから掃除の当番だとか、洗濯は誰がやるとか、そういうのも決めていった。一週間は同じ空間にいるし、こういう事を決めておいて損はないと思う。それに、これからも、きっと。


「名前ちゃんさあ、俺の部屋のベッドでもいい?」
「え?」
「あ、いや、布団無くて俺のベッドになっちゃうんスけど、寝るとこ」
「黄瀬くんどこで寝るの?」
「ソファー」
「わたしソファーで寝るよ!」
「名前ちゃん客人っスよ!?無理無理、俺が無理!絶対ダメ!」
「わたしいつもソファーで寝てたし、だから黄瀬くんはベッドで寝て!」
「だあああ!名前ちゃんは女の子なんだからソファーで寝ちゃダメ!」
「大丈夫だってばあ……!慣れてるの!」

 夕食を食べ終わって、テレビを見て、洗い物をして、黄瀬くんがお風呂を出て、またテレビを見る。征十郎の所でも確かに当たり前だったけど、当たり前だと感じなかったのはなぜだろう?なぜだったのだろう?怖かったからなのかな。
 テレビの画面は真っ暗だ。もうそろそろ寝る時間なのか、黄瀬くんはああやって話を出してきた。わたしはいつもソファーだったし、たまに床で寝る事もあった。征十郎のベッドの時もあった。だからあまり気にしない。けれどもうここは征十郎の家ではないからそうも言っていれないわけで……。

「………わかった」
 黄瀬くんは胸の前に拳を作る。

「い、一緒に、寝ればいいんスよね……!?」
 黄瀬くんの顔は真っ赤だ。


「ふふ……、そうだね」



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