「黄瀬くんって一人暮らしなの?」 「うん。この間までモデルだったんスけど、鬼が増えてきちゃってさ。やめた」 「そうなんだあ……」 「でも人間は国から支援を受けるからお金には困らないんスよー。あと地下都市っていって、人間が住む場所も作ってる最中なんだって言ってたし?……ってかモデルってところはスルーなんスかあ?普通『えっ!?黄瀬くんモデルなの!?すごーい!かっこいいもんね!』とかなんとかあるっしょー!」 黄瀬くんにわたしは着いて行った。服とか、そういうのはいらない。また向こうで買おう、といった黄瀬くんはわたしの返事を聞かないまま手を引いて電車に乗り込んだ。駅を10個くらい抜いて、少し歩いた所のマンションに黄瀬くんは住んでいた。近くにショッピングモールもあっていい感じだ。 「ここには鬼は居るの?」 「ここ周辺にはまだ鬼はいないみたいらしいっスよ。まあ時期に増えるとは思うけど……なんだか住みにくい国になっちまったなあ……って思わない?」 「…う、うん。人間にしたら怖いよね。昨日征十郎も人間捕まえに行ってたし」 「ひーっこえー!鬼って人間しか食えないって聞いたんだけど、あれマジなんスか?」 「ううん、食べれるみたいだけど、味がしないんだって」 「へー……鬼って、なんだか不便っスね」 もうちょっとこっちおいでよ、と黄瀬くんは手招きをした。わたしは突っ立っていたから気を利かせてそう言ってくれたんだろうと思う。「うん」小さい声と小さな歩幅で、黄瀬くんと隣に腰を下ろした。 「これ食って」 黄瀬くんが鞄から取り出したのは栗だった。 「栗?」 「鬼のニオイを消すんスわ、これ。多分名前ちゃんは鬼のニオイがプンプンしてるからさ、ニオイ消したほうがいいと思って」 四粒ほど置かれた栗の一つを口に入れた。本当にこれでニオイが消せるんだろうか。 「学校さ、一週間休校になったスよ」 「へえ…そう、なんだ」 「学校もさ、多分、鬼が辞めさせられるか、俺らが違う学校に行かなきゃならないようになるかもって友だちがいってて、まあそうだろうなあと思って。仲良いメンバーから鬼、出ちゃったし」 「……それって征十郎?」 「そういうこと。学校に来ないのは赤司っちのせめてもの計らいってやつ?でないと俺ら、食われちゃうし?」 「………うん。そうだね」 わたしはポツリポツリと自分の家族が征十郎に食べられたことを話し始めた。征十郎が朝昼晩と人間を食べていたことを話した。でもたまに優しく扱ってくれたことも話した。冷蔵庫には人間の死体が入っていることも話した。けれどそれが普通の感覚になりつつあった自分がいやだったと話した。征十郎をほんの少しだけ大切に思い始めていたことも話した。黄瀬くんは何も言わず、うんうんと頷くだけだったが、しっかりとわたしの手を握ってくれていて、いつの間にか黄瀬くんの腕の中にいた。 単純に嬉しかったし、とても安心した。久しぶりに感じる人間のあたたかさに安心した。 「なんで助けてくれたの?」 「え?だって、黒子っちが、赤司っちが鬼になったって、それに、だって……監禁されてるって…。だから………もしかしてイヤだった?」 「……征十郎にバレたら、黄瀬くん殺されるかもしれないんだよ?」 「鬼が近付かないようにお守り持ってるし、赤司っちだってここまでこないっしょ?だからさ、大丈夫。俺は死なないし、名前ちゃんも死なないっスよ!地下都市出来るまで、一緒にいよう。黒子っちともまた会おう」 「………。うん。黄瀬くん、ありがとう。本当に。わたし、生きれるんだね」 「そういうことっス! お腹空かない?なんか軽くつくろうか?」 「あ、そんな、わたしは別に」 「いいんだって!これから俺たち、しばらくの間一緒に住むから、ここの家の住民になったと思って暮らしてほしいっスねー」 ねえ、よかったのかな征十郎。でもわたし、多分、わたしさ、鬼と一緒にいるより、人間と一緒にいるほうが、絶対に幸せになれると思うんだ。ごめんね征十郎。急に居なくなったら吃驚するよね。でも、本当にごめんね。ごめんね征十郎。 わたし、生きたいよ。 前 | 次 |