征十郎は寝ている。昨日夕方から夜にかけて人間を捕まえにいっていたからだ。黒いごみ袋を引きずって家に帰ってきた征十郎はお風呂にそれも持ち込んで三十分かけて血を洗い流していた。わたしはその後ろ姿をほんの数分間だけ見つめた後、リビングのソファーに座ってテレビのリモコンで電源を付けた。流れるシャワーの音を耳に入れながら。 部屋を覗いてみると、征十郎はまだ眠っていた。顔を見てみると、起きる気配はない。前髪が顔に掛かっていたので邪魔にならないように横にはけて、掛け布団を直して部屋を出る。 あれから征十郎は元気を取り戻した。今は疲れているだけで、起きればいつもの征十郎に戻る。 お尻が痛い。昨日の朝、セックスをしている時に征十郎に叩かれた。 「今日何曜日だっけ」 もはや曜日感覚がないし、番組を見たって曜日がわからないのだ。まあ別にテレビを付けて、お天気の番組で確認できたらラッキーくらいにしか思わないからあまり重要な事じゃない。 トイレに行こうと思って折角持ったテレビのリモコンを机の上に置くと、家のインターホンが鳴った。肩がビクッと上がった。征十郎はまだ寝ている。起こすと機嫌が悪くなって叩かれると思うから、安易に起こす事ができない。知り合いでもない限り無視すればいいんだろうけれど、もし大切なものを届けにきた人だったら、どうしよう。どうするべきなんだろう。 ゆっくりと玄関のドアに視線を向ける。ドアホンの画面には頭しか映っていなくて、誰かもわからない。 「征十郎……」小さな声が出た。征十郎は起きない。 「………」わたしは玄関に向かって、小さな穴からドアの向こうにいる人物を見た。 「あっ!」 わたしは急いで玄関を離れて服を着た。わたしの部屋にも設けられた部屋に置いたタンスの中の服を適当に着て、スカートをはいて玄関のドアを開けた。 「名前ちゃん」 音符が付きそうなくらいにご機嫌の、この間外に出た時に会った、あの、ナントカって人だ。綺麗な髪色に長いまつげでイケメンだったからよく覚えている。 「こ、こんにちは。どうしてここに?」 「いやね…、ちょっと黒子っちから相談があって」 「テツヤから?」 「うん。………赤司っち、鬼なんでしょ?」 え?なに? こわい。 ドアを閉めようとしたが、この人はドアの間に足を入れて、おまけにわたしの手を引いてドアも開けた。力で敵わないのは男と女という時点ですでに明確で、ドアのチェーンをしておけばよかったのにそれさえしないくらいにバカで、まず、安易に開けてしまったことが、バカだった。テツヤだったら開けてもよかったんだろうと思う。わたしはバカだ。大バカだ。 「大丈夫、俺、名前ちゃんを助けにきたんだって」 「………え?」 「鬼って人間食べるんスよね?最近、鬼が増えて来てニュースになってよく知ってるし、俺の学校も人間と鬼で校舎が別れるくらいに鬼が増えてるんスよ。……ね、逃げよう?」 「え……あ、で、でも、わたし……」 「鬼はさ、薬がないと死んじゃうんだって。それから鬼が苦手なものも人間は知らされてるし、逃げる術は結構あるんスよ。ニュース見てる?まあ、名前ちゃんはもう赤司っちにマーキングされてるから他の鬼は近付かないと思うんスけど……。俺なんかはホラ、準備OKだし?」 目の前の男の人が見せてきたのはお守りだった。 「これ、鬼が近付かないよう作られたものなんだって」ウインクをした男の人は部屋の中を覗いた。 「赤司っちは?」 「えっと、」 もしかして、逃げられるんではないだろか? 「名前ちゃん、君、食べられたくないんスよね?だったら、俺と逃げよう?」 「た……食べられない?」 「うん。食べられない」 それ、本当? 前 | 次 |