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 ボトリと血が地面へ落ちていき、わたしは鼻に手を乗せた。瞼が重くなっていて、吐血もしている、鼻血まで出て、腹部が青ざめていて、カッターナイフで肩に傷を付けられた。痛む肩で息をすれば、わたしの肩を掴み、全体重を乗せてきたボスは優しくない手つきで胸を鷲掴みにし、爪を立てた。
 殺される、と悟った直後、ボスは髪を掴んでわたしの名前を呼んだ。
 事の発端はやはり、わたしが猫へ直接会ってしまったのと、顔を認識されたことだった。そして、すぐに連絡をしなかったことがこの、今起こっている状況の引き金となっているのだろうが、よく考えれば連絡してもしなくとも、こうなっていたのだろうと今更になって、肩の傷とボスの表情に眉を顰めた。
 遠藤さんや中井さんはわたし達の様子を生気のない顔で眺めていて、遠藤さんに至っては表情と行動が釣り合ってなくて、右手で赤黒く太いソレを握って白い液体を流していた。ポトリと白い液体が黒い地面に落ち、その色が目立つ。

「遠藤、上の様子見てこい」
「……おー、いいとこだったのに」
「もう終わる」

 パシン、と猫に叩かれた方の頬を平手打ちにされ、ボスはわたしの上から退いて奥の部屋へと太く引きしまった足を向け歩いて行った。無口な中井さんは姿勢をパソコンの方へ向けて、慣れた手つきでキーボードを打っていく。
 よろける体を無理に動かし、ブラウスを着てスカートを履き、上着を手に持ち放り投げられた鞄を持って階段を上がる。力なくドアを開け、バイト先の休憩室へと出て、パイプ椅子を掴みドカリと音を立てて座り、鞄を机に置いて身を突っ伏した。鼻血の痕も、吐血の痕も、肩の血も、当然拭いていなかった。血が白いブラウスに滲んでいるのがわかる。でもそれ以上に、わたしはボスの怒りに身を震わせていた。怒らせてしまった。わたしはもう生きていけない。誰の援助も受けられない。学校にも通えなくなるかもしれない。こわい。
 息切れがこんなにも苦しいとは想像もしていなかった。とにかく、わたしは家に帰って猫について調べて殺さなくてはならないと力が入らない拳を握って、未だ垂れ流れる鼻血を鞄に染み込ませる。

「…名前ちん…!?」
「……、」

 顔を少しだけ向けると、いつものだらけた目を大きく開いた紫原が顔を青くして制服で立っている。ハッと体を揺らし、ロッカーへ、昨日置いていったのであろうお弁当箱を鞄に詰め込み、制服を脱いでわたしに羽織って、肩を抱いて裏口のドアを開けた。

「むらさき、ばら」
「…いいよ、喋らなくて。とりあえず、タクシー来るまで我慢してて」
「ごめん…ごめんなさい、ごめん、なさい」

 紫原が唇を噛んだ。ドロリ。鼻血が、出る。



「あ、起きた」

 目を開けると、白い天井があり、掛け時計が見える。後ろで声がしたので上半身を起こして振り返ってみると、私服に着替えた紫原が救急箱を持ってこちらに近付いてきていた。ここはわたしの家でも赤司の家でもない、他人の家。慣れた様子であるから、ここは紫原の家なのだろう。

「…ここ、紫原の家?ごめん、なんかもう、色々と」
「あー俺あんまし傷の手当てとかしないから上手くできるかわかんないけど…服脱いで」
「うわぁいきなり…?大丈夫、慣れてる、自分でできるよ。ちょっと見苦しいけどごめん」

 狭い部屋、スポーツバックに雑誌、漫画、タンス。紫原の部屋だ。紫原のにおいがする。ブラウスのボタンを取って肩を出し傷を確認すると、居づらそうに紫原が立ち上がった。わたしは震える手で紫原の手を取って、「ここにいて」と、言えば、紫原はわたしを見下ろして、わたしの隣に座り、肩の傷を射殺す如く、睨んだ。
 ティッシュで血を拭う。ついでに少し垂れた鼻血も拭う。ティッシュを丸め手握り、救急箱に手を伸ばすと、突然強い力で肩を掴まれ、救急箱を避けて、わたしの体はベッドへと沈んでいった。
 紫原は舌を伸ばして肩の傷から流れる血を吸う。ひりひりと痛みで身体が麻痺したような感覚と、快感は少し似ている。熱い声が漏れて、傷のない腕を伸ばし、紫原の肩に手を乗せその手を滑らせてうなじに持っていくと、唇と口内に熱いものが当たって、厚ぼったい舌がわたしの歯茎をなぞり、舌へ絡ませ、鉄の味を共有した。
 唇と舌が離れれば、紫原はすでにその気になっていて、やんわりと胸を揉んで、ブラウスを履けて突起を摘んで、舌で包み込んで舐め取った。
 今更紫原から抜け出せる力が出せるはずない。わたしだって、女なのだ。鞄から銃を取り出して殺せるのならばそうしている、相手が紫原でなければ。

「いいの?オレ、赤ちんに怒られない?」
「気にするならしなければいいよ。今更紫原を殴る力なんて今のわたしにはないもの。飢えてるあなたには絶好のチャンスってこと」
「セックスくらいしたことあるっつーの」
「わたしでクセにならないでね?」
「さーそれはどうかなー」

 痛い。痛いよ。泣きたいよ、本当は。お腹も肩も、心も、痛いよ。真太郎。
 なんでわたしのお母さんは殺されなければならなかったのだろう。なぜわたしはこんな事をして生きなければならないのだろう。わたしだって、普通の女の子として生きていきたいよ。お母さんのお弁当が食べたいよ。お母さんと一緒に買い物がしたいよ。おかえりなさい、ただいま、って、したいよ。
 つらいよ、お母さん。

 両端から涙が流れた。紫原は親指で涙を拭って、今まで経験したことがないほどの優しい、しんしんと降る雪のように、静かに、唇を合わせた。初めてのキスだった。すぐに離れて、次はいつも受けている欲望のままのキスを降らす。傷がある肩を動かし痛みを感じながら紫原の首に腕を巻き付けて肩を噛み、首を舐め、耳たぶに舌を這わせ、薄く開いている唇にキスをした。

「あまり痛くしないでね」
「…ごめん自信ない」
「肩をね」
「……そっちも、自信ねー、し」

 体を離し、スカートを捲り下着を下ろされて躊躇いなく割れ目に太い指をなぞらせる。

「うわあ、インランだね名前ちん。すごいよここ」
「赤司はそこ舐めるよ」
「え?ここ舐めれるの」
「うん、それに甘いんだって」
「マジ?」
「あっ も、単純すぎ…」

 紫原はまた躊躇わずに割れ目に舌を伸ばし、クリトリスを鼻の頭に当てながら小さく顔を動かし粘りを持つ透明の液を舐めていった。クリトリスにも舌の先を当てながら、そして噛みながら、液が出てくる部分を吸いながら、音を小さく立てながら、わたしの喘ぎ声が部屋に小さく響きながら、熱い体温をベッドへ沈ませる。
 顔を上げ、顔に粘り気のある液を広げた紫原は顔を顰める。

「甘くねーじゃん。しょっぱ、すっぱ……ほとんど味ねーし」
「知らない、赤司に文句言ってよね」
「じゃーさ、俺はどんな味すんの?」
「人によるんじゃないのかな?」
「へー…ふーん、そ」

 指についていたわたしの液体を舐める。「…不味いんじゃないの」「甘くないとは言ったけどー、不味いとは言ってないんだよねー」紫原はズボンのチャックを下ろして大きくなったちんちんを出し、先っぽに溜まっている透明の液を人差し指に付けてわたしの口へ突っ込んだ。

「ど?」
「…うん、美味しい。もっとほしい。ね、立って。舐めさせて」
「身長、足りないと思うけどなーオレ」
「ならベッドに座って?わたし地面に膝立ちして舐めるから」

 悲しい現実だと思った。嫌な性癖だと思った。肌と肌で触れ合っていると、安心してしまって嫌な事も忘れることができる。そして、いつも相手を真太郎として見ているし、見ることができる。ただ、名前を呼ぶ時だけは相手の名前を、きちんと。それでもこの頃、赤司を真太郎として見る事ができなくなってきていた。気付けば思い描いていた真太郎の顔はぼやけた後、赤司に戻っている。

「っうわ、名前ちんそれやば…赤ちんいつも、こんなこと、されてんの…?」
「きんたま触られるの好きだよあの人」
「生々しすぎて萎える」
「あはは、ほんと、ちょっとへにゃった」

 ポタリと落ちたのはわたしの涙だった。わたしも紫原も時間が停止したようにピタリと止まり、数秒間の間だけであったが、性欲など一気に消失してしまい、紫原の勃った大きなちんちんと亀頭は下を向き、わたしは紫原の筋肉質な太ももに寄り掛かって流れる涙をカーペットへ落としていく。
 セックスがいやだったわけじゃない。

「いたい」

 肩も心も痛かった。紫原はわたしの頭を撫でて腕を引き寄せて一緒にベッドに沈んでいった。引きしまった紫原の腕に抱かれて、ここにはいない真太郎、そして赤司の後姿を思い描きながら紫原の背中に腕を回した。
 わたしの名前を呟く紫原の綺麗な色の髪を撫で、紫原はわたしの傷に大きな手を置いて、大きな胸でわたしを包み込んだ。