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 十月にもなると五時ごろになれば陽は落ちていき、六時には真っ暗だ。今年の十月はとても寒く、マフラー無しでは生活できないほどである。
好きなアーティストを音楽プレーヤーで流しながら部活動に熱を注いでいる彼らを待って二時間が過ぎ、青を帯びる空には白く輝く星がキラキラと輝きを揺らしながら浮かんでいた。何も毎日殺しをしているわけではない。一週間無い時もあれば、一週間毎日する時だってある。纏まりがない組織に纏まった仕事内容などあるはずがなく、わたしの生活もまた纏まりがなかった。あるとするならば学校生活だけ、比較的まともだろうか?

「…名前」

 ポン、と頭に手を置かれた。部活の後だからか、彼、真太郎の頬は赤く染まっており、その頬に指を添えると真太郎はわたしの手を掴んでポケットに入れていたホッカイロを握らせた。

「体育館で待てばよかったかも」
「バカか。鼻が赤いのだよ」

 いつもわたしは自分の事をバカだと罵っている。それは自分の仕事に対してもそうだが、主には真太郎に対しての態度だったり言葉だったりする。真太郎には、赤司と比べて素直に接しているつもりだ。それに自然と素直になっていると自分でも実感しているが、こうして真太郎が何気ない事をしてくれると、わたしは自分にバカだなあ、と言ってやるのだ。
 真太郎はわたしに「今日も自転車か?」と問い、それに頷けば、その足は自然と自転車置き場の看板の下に向けられて、わたしはその後ろ姿を追いかけた。

「キミはその汚れた手で真太郎に触るつもりなのかな」

 オッドアイの彼の台詞が頭の中で微笑んで耳元に唇を寄せて、静かに告げる。耳を覆いたくなる、覆いたいのに彼を拒むことができないでその台詞を何度も何度も呟かれ、キスをされて押し倒されて服を脱がされる。赤司はとても、人間とは言い難い何かの化身のようだった。欲望の化身、とまでは言わないが、妖怪のようなそんな類のものに似ていた。
 それでもわたしは真太郎のジャージを掴んでその背中を見つめる。そして、いつものように下り坂に近付くと腰に手を巻いて、大きな背中に頬を寄せるのだ。

「紫原が言ってたんだけどね、赤司がいない部活は楽だけど楽じゃない、って言ってたんだ」
「ああ…赤司がいると自然とまとまりが生まれるからだろう」
「それは…皆が恐怖で?」
「否定はしないのだよ」
「ふふ…真太郎も怖い?赤司のこと」
「怖くて副部長をやってられるか」
「どうだろう、真太郎ならやりそうだけど」
「ふん」

 真太郎はバスケ部の副部長をしていて、よく赤司と意見を交換している姿を見かけていた。赤司も、真太郎を頼っている。わたしにはわかっている。赤司が真太郎の事を快く思っている事を知っているし、わたしを前にすると表情がみるみるうちに変わっていって、今にもわたしの仕事のことを喋り出しそうになるその口元に、わたしが目を伏せるのを面白がっていることも。
 真太郎を前にしたキミは、ひどく綺麗で可愛くて、誰にも渡したくない。そう赤司はわたしの腕を掴んで裸になって繋がって、言うのだ。
 わたしと真太郎の関係がひどく綺麗で壊してしまいたい。こうして裸になって抱き合っているのに、キミは僕のことを見てくれない。泣きそうにいう赤司を、わたしは見たくなかった。

「真太郎ってさ、セックスしたことないよね?」
「ふっ…ふざけてるのかお前は…!」

 男子高校生にこういう会話はNGだったのだろうか?友人と会話をする時も時にこういう話をするものだから普通だと思っていたのだが、セックスをしてことがない童貞くんにはこういった話題はまだ早すぎたようだ。

「ふざけてなんかないですー今日友達と童貞誰だろうねって話してて緑間じゃない?って話が出てさ」
「それのどこがふざけてないと言える…?馬鹿にするな!」
「え……じゃあした事あるの…?」
「……そ、それは」

 ないが、小さく呟き、真太郎が否定した事によってわたしが正常な意識を取り戻した時には心臓が胸を突き破ってしまうほど、波を打っていた事に気付き大きく深呼吸をして意識を落ち着かせる。
 ああ、よかった、と泣きたくなるほどに嬉しかった。それと同時にわたしはとてもズルイ人間だと思った。彼を縛りつけておきたいわけではない。わたしも自由が大好きだから。

 わたしは理解しているつもりだ。わたしが真太郎と結ばれることはないということを。

「なら名前、お前はどうなんだ?」
「わ…わたしに話しふるの?」
「当たり前だ。俺も答えたのだからお前も答えてもらわねば困るのだよ」
「デリカシーないなあ!女の子にそういう事聞いちゃダメなんだからね!」
「…そうなのか?」
「もししてるよって言ったらどうする?」

 まだ、わたしの腕は真太郎の腰にある。大きなその背中にわたしの頬はまだ寄せてある。

「別にどうもしない。名前は名前だろう」
「真太郎らしいや」腕を解き、頬を離した。

「それなら真太郎にいい事教えてあげよっか」真太郎の横顔を見ると、彼は視線をこちらに向けて「なんだ?」と訊いてくる。あのね、と続けると真太郎は自転車のライトを付けた。

「童貞だったら可愛い、って思われるよ。主にわたしから」
「…ふざけるな。可愛いと思われて嬉しい男がいるか。俺で遊ぶのをやめろ」
「遊んでないってばー!」
「騒ぐな、鬱陶しいのだよ」

 そんな汚い手で真太郎に触れるんだ、僕には触れずに、触れるんだ。でも気付いているんだよね?触れれば触れるほど、真太郎から遠退いて行くんだよ。赤司が言う言葉に間違いなどなかった。赤司が言うように、わたしは気付いていた、十二分に理解していた。それでもわたしは真太郎が好きだった。
 好きだから触れていたいし隣にいたい。話をずうっとしていたいし笑いあいたい。そう思うのは人間として当たり前のことなのだと思うから、本能なのだから、それが生きる理由の一つだから、背を向けたって気付けばわたしの目の前には彼がいる。

「寒い」
「え?」
「寒いのだよ」
「……、うん」

 気付いてはいけない。
 気付かせてはいけない。
 好きと言ってはならない。
 好きだと言われてはならない。

 真太郎に抱きついた。真太郎は振りほどこうとはしない。
 バクバクと心臓の振動だけがわたしを支配した。赤司が言ったように、人の心がわかったらとても便利なのにという一言が頭の中でグルグルと渦を巻いていた。
 ああ、生きるって結構つらい。