昨日は仕事がなかったおかげで宿題に専念できた。おまけに宿題の内容がいつもよりも多くって仕事があったらいくつかサボっていたところだ。赤司については問題ないだろう。あの人は何をしても完璧なのだから心配はいらないはずだ。 サドルを跨いで学校へ向かう。資料を鞄にいれて。 「おはよー名前ちん。宿題やったー?見せてー?」 「見せてもらう前提なの!?まあ昨日たけのこの里貰ったし…」 鞄の中から資料を避けて英語のノートを紫原に差し出した。ありがとーと心のこもってない声で自分の机に座ってノートを広げた。紫原がシャーペンを持つと、わたしのでもとても小さく見えるのだ。シャーペンが折れてしまいそう。それでも折られることはないシャーペンは小学生の頃から使っているものだという。 真太郎はシャーペンにこだわりを持っていた。人気なものからマイナーなものまで持っていて、どれも100円や200円で買えるものではなく、もっと高いやつだ。けど最近近くのスーパーに90円で売っているものを使っていたけれど。 「名前」 名前を呼ばれ、顔を上げると頬にガーゼを付けている赤司がわたしを見下ろしていた。 「…その怪我」 「放課後話がある。…真太郎には断って図書室においで」 赤司とはクラスが違うために連絡手段はメールか電話、そしてこうして相手のクラスに出向くことだ。珍しい、赤司が怪我をしたのはいつぶりだろうか。赤司の姿をノートを写していたはずの紫原も視界に移していて、教室から出て行く赤司を目で追っていた。 「仕事」の事だとはわかった。けれど学校で仕事の話を持ち込むのは稀なことで、あの頬の傷もあるから、きっとヤバイ組織にでもあたっちゃったんだろうな、と思いながら鞄から電子辞書を出し机の上に置く。鞄で電子辞書に触れた表紙で銃が動いた。 「……」 席に座った。真太郎はどうせ部活で遅いんだし、わたしが断らなくとも平気だろう。先に帰ったことにすればいいのだ。 「名前ちんさあ」 「んー?」 「…ま、いーや。なんでもない」 「えー?何、気になるんだけど」 「別に、大したことじゃねーし気にしなくていいよー」 手を振る紫原の握るシャーペンは小さい。 「わたし今すごくワッフルが食べたいんだ」 「学校帰りにでも買おうか」 電子辞書をいじくる赤司の向かい側の席に座って頬杖をついてその光景を眺める。電子辞書、といっても電子辞書、と、パソコンを兼ね揃えているハイテク辞書なのだ。もちろんわたしが持ってきているのも赤司と同じものだ。 「昨日」赤司が辞書から視線をわたしへ移す。 「あの組織の一人を殺した。幹部でもないのにかなりのやり手だった」 「そうでしょうね、あなたにそんな怪我をさせるんだもん。わたしじゃ到底太刀打ちできない相手かも」 「…僕を買被るのはどうかと思うけどな。キミも相当のやり手じゃないか」 「事あるごとに怪我を作ってちゃ怪しまれるよ」 「そうだね。それはキミも同じだ。僕も、キミも、同じだ」 「……組まされるね」 「ああ…。大丈夫、中学の時も組まされた。あの時と同じようにやり過ごせばいい。ただ今回は相手が違うけどね…」 電子辞書を鞄に入れた赤司は立ち上がる。 「部活行くの?」 「ああ。あまり遅くなると部員に反感買うからね。ここで待っていられる?」 「…ん。頑張って」 「真太郎に言っておくよ」 わたしの親はボスに殺された。わたしが小学生の頃、学校から帰ってきてドアの鍵が開いていてなぜだろうと思いながらリビングのドアを開けた瞬間、聞いたこともない音がリビングに響き渡る。洋画ものでも聞いたことのない音、銃声とは少し違う音。その音でお母さんは飛んだ。飛んで、顎だけを残して顔が破裂した。銃を持った髭の男はわたしを見てニタリと笑い、そしてわたしに近付いた。 真太郎と別れた直後だった。わたしは思わず真太郎の名を呼んで玄関へ走ろうと、逃げようと思ったのに足が動かない。そのまま床に転がって、髭の男がわたしに覆いかぶさり、おいで、と耳元で息を吹きかける。真太郎、もう一度彼の名を呼んだ。 真太郎は、来てくれかなかった。 元々母子家庭だったわたしの家庭は、ボスが母親を殺したことにより一人となった。けれど普段の生活をボスは望み、わたしは家に一人で過ごした。たまにボスが家にきて、小さい胸や乳首をいじくって、秘部を舐めて、そこに汚いものを挿れて、お金を置いて帰って行って、そうしてわたしは生きてきた。何度も泣いた。いつか殺してやると思いながらソイツに何度も何度も従った。人を殺すやり方も、セックスも、何から何までボスに従いながら。 「名前、名前」 目を開けると、ぼやけた視界に赤い髪が映る。 「…あかし」 「どうしたんだい?」 わたしの目元にそっと指をよこした赤司は優しく笑ってわたしの隣に座った。わたしはいつの間にか寝ていて、そして泣いていたようだ。 「真太郎は?」 「帰ったよ」 「自転車は?」 「僕が移動しておいた」 「そっ、か。それじゃ行こう」 赤司はわたしの頭を優しく抱いた。いいこいいこ、お母さんのように優しく。わたしは赤司の胸に頭を預けて赤司の腕をぎゅっと掴んだ。赤司はわたしの事を知っているから。わたしがボスの事を殺したいほど憎んでいることを知ってくれていて、わたしの過去も知っている、ただ一人の存在なのだ。 「ね、行こう。遅くなったら怒られるよ、ボスに」 赤司がわたしの頭をひと撫でし汗ばんだシャツで顔を拭く。背中が少し汗で濡れていた。 |