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 わたし真太郎のお嫁さんになりたいな。
 と、何気なく告げたのは小学4年生の時だった。4年生にもなれば自然と異性を意識し始める年ごろだし、もちろんわたしも真太郎を異性として見ていた。それは確かだった。けれど、自分が汚れていることには気付けなかった。わたしの最大の汚点とも言えよう。4年生の時点でセックスは済んでいて、ボスにはセックスがいけないことではないと何度も何度も言い聞かせられていたのでその時は、セックスは悪い事ではないと認識していたため自分より遥かに年老いている大人とセックスをしようとも何とも思わなかったのだ。キスだってなんだって誰しもがするものを年齢に縛るべきではない、とボスは言っていた。
 ボスの厚ぼったい、やらしい、しつこい、熱い、舌が、わたしの舌にまとわりつく。



「おはよー名前ちん」
「おはよう紫原。……風邪?」
「ん?あー、まあそうっぽい。鼻声って言われた」
「確かにそうかも。ちゃんと布団かぶって寝たー?」
「ずっと裸だったじゃん」
「……あ、黄瀬おっはー」
「あ!名前っちおはようっス!紫っちも」
「オレついでかよ」

 紫原に風邪を貰わなくて本当によかった。風邪をひいてしまったらわたしの計画が変更になってしまう。
 出席だけは取っておいて、授業には出ない。猫を探すためだった。
 わたしが昨夜掴んだ情報は、猫は昼夜問わずに出没するというもの。場所も大体予想はついているから、予想した場所を手当たり次第に探していこうと考えた。時間はいくらかかっても構わない。殺すことができるならばそれだけでいい。きっと殺せばボスだって許してくれるはずだ。
 銃も道具もあるだけ鞄に詰め込んで持ってきた。殺す。猫を。

 HRが終わって鞄を肩に掛け制止の声にも振り返らず教室を出て、一気に階段を下りて昇降口、校門へと出た。今日の計画実行の為に愛用の自転車は家に置いてきてある。人気のない場所へ腰を下ろし、髪を縛り前髪をピンで上げ、スカートを短くして鞄のチャックを開けて、猫がいると予想した南港町へと小走りで向かうが、当然猫はいなかった。次のポイントに向かおうと振り返る。
 昨夜、わたしは制服のまま夜の街へと足を向けて、ビルの陰に隠れながら、知り合いの情報屋を回って猫という人物がどんな性格なのかを聞いて回った。誰もが口をそろえて言ったのが「猫のような奴」だった。だから「猫」と呼ばれているらしく、性格そのものが猫なのだと言う。つまりは気分屋といったところか。
 わたしと猫が初めて接触した場所へ足を運んでみた。猫のおかげで随分と苦労したものだ。肩の傷は後何日経てば癒えるだろうか。そしてボスがわたしに殺意を向けなくなる日はいつくるのだろうか。殺せるだろうか、ボスを。

「あんれ、名字名前だ」
「……、猫、」
「俺の名前、知ってるんだ。なら話が早いや。ねえ俺と一緒にホムンクルスになろ。キミなら絶対に幹部にだってなれるよ。あんな小さなとこじゃなくてさ、こっちの方が絶対楽しいって。ねえそうしよ?俺悪いように言わないし」
「…わたしはアンタのせいでッ」
「知らないよそんなの。ね、今から行こう。きっとみんなの事も気にいると思うよ」
「わたしアンタの仲間殺してるんだよ!?」
「この世界に居ればそんなこと日常茶飯事だろ?それにその時は敵同士だったんだから仕方ないじゃないか。殺さなければやられるしさ」

 ポケットからピッチコックを出し猫に向かって放り投げる。猫は眉を顰めてピッチコックを避けた。「あーあ、やめときなって。マジで殺すよ」静かに猫はそう言った。わたしは半歩後ろに下がって猫の出方を伺うが一向に攻撃をしようともしない、しかし、目に見える殺気はあった。
 確かに、猫は本当に、猫のような性格かもしれない。わたしの頬を殴ったのも猫パンチだと思えば可愛いものだ。鞄から二刀の銃を取り出して猫へ銃弾を放った。猫はステップを踏むように銃弾を避け、ビルの陰に隠れていく。わたしは鞄のチャックを閉めて後ろへと下がって行った。猫とある程度の距離を取り、殺していく作戦なのである。幸い、わたしの腕は赤司に劣るものの、そこらの殺し屋よりは腕が立つ。なんせ小学生から仕込まれてきたから。
 遅れて、地面に埋め込まれた銃弾が小爆発を起こした。わたしはピッチコックを握る。

「わたしの夢は、真太郎と結婚して素敵な毎日をおくることです!」
 小学生の時、同じクラスに真太郎がいるのにも関わらず大きな声で作文を読み上げた。先生が「それでは宿題の将来の夢、出席番号順に発表していこうね」と笑顔で言うので、わたしも笑顔になった。わたしの夢だった。真太郎は顔を真っ赤にして、その日の放課後頭をパコンと叩かれて、お前はバカかと言われた。それでもわたしは笑顔だった。真太郎と居る時、いつもボスが頭の中に浮かんでいた。

 音は最小限に抑えるようにボスが何度も何度も改良を重ね、特殊な弾丸を中井さんが作ったことにより夜に小競り合いを起こしても最小限の音と範囲で済むように出来たのがわたしと赤司が持っている銃だ。名前は忘れてしまった。別にいらないし覚えなくともとわたしも赤司もこれから覚える気は無い。
 猫の銃弾を壁で身を隠して交わし、態勢を低くして猫へ撃つ。壁を二発抉ったが猫には当たらなかった。

「くそ…名前の通りすばしっこいな…」

 身長も真太郎や赤司に比べて小さく、わたしとあまり大差がないのではないだろうか。リロードする時間を補うためにピッチコックも持ち合わせているが、わたしはこれの扱いが赤司のように上手くはない。元々投球が苦手なために好んで使わないのだ。しかしこの場合はそうも言っていられないだろう。
 次の攻撃がきたら投げる。リロードして20発は撃てる。いける。
 ポケットに入れていたピッチコックを二つ握った。地面を見つめる。タイミングを計る。

「敵が動いて二秒、そのあとまた二秒待って、撃つ、撃つ、撃つ」

 猫との実力の差を感じていた。わたしよりも経験を積んでいる。わたしよりも強い。

「教えてあげようか?いい事」
「っ猫」
「ひとつ、紫原敦は僕の友人。ふたつ、敦は僕の右腕。みっつ、敦はきみを殺す機会を伺っていた。まあさあ、僕は敦じゃないから彼の心情がわかるわけじゃないんだけどー、きみ気に入られてるみたいだからさあ、まあ、僕もいいかもって思ったわけだし、どう?」
「…うそ」
「きみんとこでバイトしてるのもきみの事殺すためだったんだよ?けど変に情が入っちゃったみたいで昨日電話で『名前ちん仲間にしたいんだけど』って。こっちのボスに殴られるの確実だけど、きみが入ってくれるなら喜んで殴られるってさ。で、どうすんの?」

「あ、そうそう、敦とエッチしたんだってね。どう?よかった?結構上手なんだってね。僕ともやろうよ。ねえいいでしょ?今更誰とやったってどうもしないでしょ?敦すごいクセになりそうだって嬉しそうに言うからさ、ちょっと興味あるんだ。僕したことないんだ。まだ13なの。ネットで16だとか17だとか出回ってるけど、僕まだピチピチの中学生!どう?よくない?ちんこまだ小さいけど」

 わたしはいつの間にか目の前にいた猫の額に銃口を向けたが、猫は変わりなく笑ったままわたしを見つめている。子どもの瞳のはずなのに、猫は違った。世界と反対側にいるようなそんな感情が見えて、どこか真太郎と似ていた。
 銃を下ろし、何も掴んでいない右手を握り拳を作り猫の頬を思い切り殴ってやった。紫原の事を考えずに、ただ目の前にいる猫に怒りを感じただけのただのペットとして殴った。
 逃げようのない社会にわたしは逃げようとただひたすら走り、泣いて、立ち止まる。