南部プラネタリウム | ナノ


 彼女は銃を持ちながら部下たちと談笑し合っていて、銃器が恋人という俺の部下もその輪の中に入っており、戦場とは思えぬほどの和気藹々として、俺を含めエスカバにミストレはそれを茫然と見つめていた。
 戦場に異性がいるってだけで少しテンションが上がる、それがどういう奴でも。とエスカバは昨日の晩、寝る前にそれを俺に伝えて寝床に就いたのだが、今の状況を彼は如何にどう思うのだろうか。昨日のようにテンションが上がる対象なのか?一方ミストレに関しては眉の皺を深め口角をひくひくとさせている。そして言うのだ。「なんだアイツ」と。
「加入者のくせにここを自分の基地と勘違いでもしてるのか?」
 確かに、とエスカバは漏らし彼女を見る。
 昨日、やはり死んだのは俺に反抗してきた部下だった。それ以外は軽傷や彼女のように無傷で済んでいたため、技術、能力、実力共に申し分ない。実際この援軍のおかげで奇襲は速やかに行えたのだから。
 エスカバは彼女を気に食わないと称しいつもの癖で指に髪を絡ませる。
 昨夜基地に戻り、彼女は光の速さで救急箱を取りだし俺とエスカバを座らせた。俺の方は怪我が浅かったために消毒と包帯を巻いて終わったのだが、エスカバのほうは俺よりも重傷と見なされ、俺よりも遥かに丁寧に、処置が施された。この手際には俺もエスカバもぼうっと彼女を見下ろしていた。

 彼女の行動には俺も驚くことばかりであり、思わず目を瞑ってしまうほど手の施しようがないと感じていた。
 そして思ったのである。「軍人」ではなく、ただの「戦う人間」だと。
 今日の昼に帰る事を伝えると、『鷹』、並びに俺の部下はホッとした表情で「了解」と一言、そして彼女は立ち上がり外に出た。外にいる鷹の様子を見るらしく、俺は彼女に続いて外に出た。鷹に興味が湧いたからだ。
 ポケットに餌であるネズミの尻尾を掴み、鷹の前で振って空へと放り投げた。鷹は鋭くネズミを追い、鋭い爪足でそれを掴んだ。
 彼女はこちらに振り返り、微笑む。
「あれ、レプリカなんですよ、鷹の」
「…ほう。本物ではなかったのか」
「名前は鷹丸って言うんです」
「センスのない名だな」
 先程軍にヘリコプターを要請したのだが、案外予定よりも早く到着するとの連絡が入る。端末をしまい、彼女と、そしてテントの中にいる者達にそれを伝え、そして帰る準備をするように伝えて自分のテントへ入って行った。
 テントに戻ってからまずすることは彼女が鷹の事を教えてくれた時から既に決まっており、椅子に座って端末を机に置き、軍のプログラムにログインした。機密事項であるから、俺のような地位ではログインできないのだが教官、そして両親の都合で機密事項であるプログラムにログインすることができる。未来を担う軍人として、一目置かれているからだ。実際他人からの評価が直接自分の耳に入るので、それで活気になる時もある。
 『鷹』についての情報が画面に表示される。主に援軍として活躍する射撃部隊。隊長は名字名前、一昨年隊長が戦死し、彼女が新しい隊長となった。彼女のデータをクリックし、生年月日を確認してから、戦場での記録や士官学校の経歴までを確認しようとしたのだが、生年月日や戦場での活躍の記録はあるものの、士官学校での経歴、記録はまったくない。どこのデータを確認してもないのだ。普通、軍人になるために士官学校を義務付けられている世の中に対して彼女は全くの異質である。
 鷹の目と称される部隊の中で彼女だけ欠けたデータに俺は疑問を思ったのは当然のことで、そしてはっきりとわかることがあった。このプログラムデータの中に、欠けている部分が生じている場合には、機密事項より更に上である極秘事項のプログラムの中にデータが入っている。士官学校へ通わずに戦場へ出るなど無謀であり、戦場での敗北が決定するのだから、学校へ通っていないなどありえない。更には彼女は『鷹』の隊長になってからの記録しかなかったのだから。
 やはり俺よりも年上だったが二つしか変わらない。20にしてはとても幼い。これは偽造だろうか。いや、生年月日までは極秘事項に入ることはないだろう。まず機密事項のプログラムにログインできる軍人はそういないのだ。
 そして、彼女は少尉であった。
「(もう少し…探ってみるか…?)」あまり深追いをして規制をかけられるのは困るので、今はここまでにしてヘリを待つことにしよう。
 立ちあがろうと机に置いた腕に力を入れた瞬間だった。銃声が聞こえ固形物が地面へ落ちる音がした。テントの中からの銃声ではなく、外からの銃声だ。俺の部隊に鷹の部隊は同じテントにいるので二つの部隊ではない、となると、そうである。敵だ。俺が動くよりもまず向こうのテントの中の誰かが動く。そしてまた倒れる音がした。
「武器を捨てろ、身ぐるみをはがしてもらおうか」
 やはり敵だった。俺の方のテントにへと一人の兵士が銃を構えて近づいているのが気配でわかる。テントの入り口を少しだけ開けその姿を確認し、地面へ落ちたものへと視線を動かした。
 彼女に「鷹丸」と命名されたレプリカである鷹が血を流して死んでいる。ミストレが言ったように、特別天然記念物であるからか撃たれたのだろう。テントから身を乗り出し近づいてきた兵士の額を撃ち、アサルトライフルを鷹丸を撃ったと思われる兵士に向けた。
「武器を捨てろ、そして身ぐるみすべてはがしてもらおうか」
 先程の台詞を復唱するように、はっきりと伝える。向こうの数は4人、と思った矢先、テントの中からもう一人、そしてプラスに彼女が腕を押さえられて出てきた。中の者達はこれで手が出せなかったようだ。
「武器を捨てろ。さもないとこの女も、この中にいる奴全員の首が跳ねるぜ」
「…それはこちらの台詞だ。その女を離さないというのならば俺がお前たちの首を跳ねる」
「一人でか」
「その鷹はレプリカだ。残念だったな」
 俺の返事が期待に添わないものだったらしく、彼女の首に突き付けられたナイフが首に赤い筋を付けた。戸惑いも無しに傷を付けた兵士の目に向かって発砲し倒れる兵士を見送った別の兵士の首に穴を開けた。敵を、彼女やテントの中の兵士たちを殺す前に撃つことは簡単だったが、最後に突っ立っていた体格のいい敵は違い、俺や彼女を見据えている。
 敵はゆっくりと銃を彼女に向けた。隙は一切なく、俺が発砲する前に、敵は彼女を撃つと脳が俺に信号を送ったのだ。そうなると俺はもう手出しはできない。彼女と敵は見つめあう。しかし、助けないでなんとする。
 俺は今彼女を守ろうと銃を向けた。そして彼女も銃を向けた。

 一瞬の出来事だった。音も何も、動作もなしに、彼女の体が揺れ、敵は倒れた。彼女は汗を拭い、死んだ鷹を両手で掬って腰を下ろし、テントの中から飛び出したエスカバの顔を見上げる。何度か会話を交わした後、彼女は俺の方に振り返ったが、何を話すかと思いきや口を固く閉じて何も、発することはなかった。俺は彼女の傍へ行き、膝を追って視線を合わせた。
「俺は誤解をしていた。あなたはとても勇敢だ。勇気がある。」
 彼女、名前の瞳の奥には確かに、あの頃の「勇気」を宿していた。

 レプリカの鷹は土に埋め、彼女が拾ってきた木の枝と、萎れた花が添えられた。彼女の言うことをよく聞く、いいパートナーだったらしい。土へ埋めるときに彼女は眼球を潤していて、唇を固く結んでいた。泣くことを我慢することが強いということではない、と言ったのだが、彼女は俺の言葉に耳もくれずに、ずっと鷹丸の墓を見つめていた。
「あなたには有り余る勇気があり、とても勇敢だ。軍人として申し分ないだろう。そして生物を労る優しさも持ち合わせている」
 名前の肩を抱き、手を持って立ち上がった。
「もうヘリは着いている。第三部隊基地だと聞いた、俺も第三部隊基地だ。帰るぞ」




 医療室へ赴き、膿んでいた腕の傷を見せて彼女よりも正確に包帯を巻かれた。どうやら彼女は銃の腕以外はあまり評価はできないようだ。第三部隊基地へ帰ってきたときには彼女は目を瞑ってすーすーと眠っており、やはり彼女の部下が言ったように戦場慣れはしていないのだろう。
 彼女の性格だ。部下に好かれているのは当然のことだった。眠っている彼女を見る部下の目は保護者の目だったと、俺のほかにエスカバ、ミストレも口を揃えて、俺以外の二人は少なからず、薄く 笑っていた。

「戦場で活躍することが立派というのならば、戦場で死んでいく者はなんという?クズか?ゲスか?」
「それは…答えの出ない質問だな。お前らしくもない。あの女に影響されたのか?」
「いや…単純に、昔から感じていたことだ。彼女を見ていると、あまりにも軍人に見えないからふとそう思ったんだろうな、軍人ではなく一人の人間として」
「ま、確かに軍人には見えねーな。けど死体臭のする戦場にああいう『純白』な奴がいると結構見違えるもんだぜ」
「純白ぅ?きみ詩人かなんかにでもなるつもりかい」
 腹を抱えて笑うミストレにエスカバは食べていた干物を投げつけ、投げつけられたミストレは立ちあがって拳を振り落とした。これはいつもの光景なのですぐに対処法を知っている、その場からいなくなることだ。
 食堂を後にし、自分の部屋に戻った。読みかけの本がそのままになっており、そういえば今回の戦闘は急に報告されたものだったと思いだし、やっと感じ始めた体の重みをベッドに預けた。腹の減りも感じない、感じるのはただ疲れだけだ。
 目を閉じようと次第に暗くなっていく視界の中にドアを二回ノックする音が響いた。ひどく疲れているようだった。重い瞼をやっとのことで持ち上げ、更に思い体を持ち上げるのには大変苦労した。エスカバかミストレか誰かだろうと、沸々と込み上げてくる怒りの矛先をどのようにぶつけてやろうかと考えた。一発目には低い声で返事をして睨みつけてやろうとドアノブに手をかけて捩じりながらドアを引き、口を開く。
「…バダップ、殿」
 エスカバやミストレではない、彼女だった。
「……なぜ」
「この度は大変お世話になりました。お礼をしに…」
「そんなもの…大したことはしていない。むしろ俺が礼をする立場だ…、部屋に」
 あまり、他人と干渉しているところ、というよりも異性とこうして「二人きりで」会談しているところを見られたくない。それにもしありもしない噂を流してしまってはこれからからのことを考えると面倒なことに巻き込まれたくないのだ。
 部屋に入ろうとしない彼女の方に振り返って「どうした」と訊くと、目を泳がせている彼女はおずおずと
「すぐ済みますので」と言って後ろに組んでいたものを前に差し出した。
「…これは」
「えっ、と、あ、アップルパイ作ったんですけど…甘いものは大丈夫ですか?」
 言葉を失っていた。異性に手作りのものを貰うことはあった。しかし、なぜなのだろうか。目線の先には彼女が持っている手作りのアップルパイに視線が動かない。体も、同じように動く気配はない。
「バダップ殿?」
「!…あ、ああ。甘いものは苦手ではない」
「そうですか!よかった!よかったら食べてください!」
 食べやすいように切ってくれているようで、彼女の性格が滲み出ているかのようだ。俺が感じた彼女の優しさはこういうところにあるのだろう。
「それじゃあ…本当にお疲れ様ですバダップ殿」
「…あなたは本当に軍人には向いていないようだ。戦闘があるたびにこんなことをするつもりか?」
 豆鉄砲でも食らったかのように彼女は目を大きく開けて、頬を染めて、どこか、なにかをバカにするように笑った彼女は
「そう、ですよね」
 と頭を人差し指でかいた。
 俺はなにか、癇に障ることでも言ってしまったのだろうか。しかし弁解しようとも疲れた体はそれを許さなかった。
「貴重なお時間を割いてしまって申し訳ございません。ありがとうございました。」
「…あなたも、ご苦労だった」
 俺は今少しだけ、優しい気持ちになれたのだ。