南部プラネタリウム | ナノ


 ゲリラ戦は続き、基地には緊迫した空気に覆われ、俺だけではなく、エスカバやミストレまで苛立ちを隠せていなかった。小隊長としてこのように感情に捕われては示しがつかないの、だが。援軍が来るまでこちらから攻撃をしかけることも出来ず、敵がいつこちらに乗り込んでくるかと恐れながら偵察部隊の帰りを待ちながら、三日、この基地へ居座っている。
 偵察部隊が帰ってきたところで、援軍としてやってきた部隊の武器を合わせ最後の攻撃という作戦を立てたところまではうまくいっていたのだが、偵察部隊は二日で帰ってくると言っていた。それを考えるともうまず偵察部隊のことは考えないほうがいいのだろう。
 夜はアレグリが基地中を歩き回り、昨日はセルスが出てきて二人が死んだ。敵の攻撃を恐れながら奇怪獣に用心しなければならない。死者が出て基地を出た少しのところに埋めたことが間違いだった。(こればかりは自分の失態だったと言える。)
 銃弾も少なくなり、ミストレは「これは肉弾戦しかないかな」と自信を含めた笑みを浮かべていたが、エスカバの「相手は武装してるだろ。それに敵の数を考えろ」という声に動揺した声をあげていて、緊迫した雰囲気が和むかと思ったのだが、それは俺だけのようで、周りの軍人たちはさらに顔を強張らせる。
「バダップ隊長!援軍からの伝達です。あと半日経つ、とのこと。アレグリの群れに囲まれ処置に手間取っているとの報告が。どうなされますか。」
「向こうの隊長からか?連絡手段は?」
「それが、鷹を使って」
「…随分と古風なことをする援軍だな。了解したと伝えろ」
「了解」
 基地のテントの近くにあった木に止まっているのは鷹だろうか。鷹など特別天然記念物だと知っていながらこんな戦場に連れてくるとはどれだけ頭が足りない援軍なのだろう。あまり援軍自体には期待はできないが武器が届くのならそれだけで十分だ。偵察部隊のことは頭の片隅に置いておいて今から時間を計ることにしよう。
「鷹、だってよ。ある意味撃たれないかもしれねえよな」
「ある意味、ではね。ある意味では撃たれてしまうだろうけど」
「援軍が差し向けたんだろ?面白いな」
 後ろでエスカバとミストレが言い、俺は振り返り二人を見た。
「どう思うよ、隊長さん」
「頭のネジが足りない」
 どっと湧きあがる笑い声に眉が皺を作っていくのが自ら気づいてしまうとはどれだけ不快なのだろう。自分に疑問に持ちながら右手に持っていたペンを机に置いた。




 手元にある懐中時計はこの間の紛争で見つけたものだ。とても年代物で、今でも動いているのが不思議なくらいだ。きっともうすぐにでも止まってしまうだろうけれど。約束の半日が経とうとしていた。陽も落ち、橙色が空に広がる。この空がいつまでも続いてくれるのならどれだけ平和で幸せなことだろう。
「遅くなりました。只今到着いたしました、援軍『鷹』でございます。バダップ殿。」
 振り返るとライフルを担いでいる女性が敬礼をして立っていた。階級は俺とそう変わらないようだ。見るからに自分よりも少しだけ年上だろうが、その顔にはまだ幼い表情があった。
「バウゼン殿から状況は聞きましたがバダップ殿より直接訊いたほうが正確かと思いますので、出来る限り戦況を教えていただきたく」
「君が隊長か」
「…はい、申し遅れました。『鷹』隊長、名字名前です。短い間ではありますが、この身を持って全力で援護させていただきます。」

 これが彼女との出会いだった。




 名字名前、現在21歳、俺と2歳し差がないのは驚いた。確かに、年上だとは思うが幼さは残っていたので納得はできるのだが、俺と大して変わりないのが。
 ミストレは彼女の後姿を眺めて「頭のネジいってそ〜」と笑いを浮かべながら、俺に視線を合わし同意を求めていた。ミストレから視線を離し、机の上に置いていた地形表を彼女の元へ歩き、差し出すと彼女は小さなメモに何かを記していた手を止め俺を見上げる。
「地形表だ。現在敵の基地へ送った偵察部隊の連絡を待っているが諦めている。武器を新調して時期をみて敵地に乗り込む。」
「偵察部隊が捕虜になってる場合は」
「もちろん見捨てていく。助けられる者は助ける。それだけだ。」
「…わたしはあまり戦場を経験していませんので、あなたの期待に添えるかどうか」
「あなたの実力には期待していない。武器があればそれで十分だ。」
 そういうと、彼女の後ろの援軍『鷹』から非難の声が上がった。しかし彼女はそれを宥めるわけでもなく、それでて怒りを見せることもなく、微笑んだ。
「そう言っていただけて光栄です。運んできた甲斐がありました。」
 やはり頭のネジが飛んでいるみたいだ、と彼女が言った後振り返り机に戻る際にふとミストレに伝えるとミストレはクスクスと肩を揺らして笑った。
 今の状況でゲリラ戦を行えるかどうか。答えは否である。互いに基地を構えている場所を把握しているのにも関わらず場所を移動しないのはただ単純に勝負をしてみたくなったからだろう。いつ死ぬかわからない戦場において、何事も悔いなく過ごすのが一番利口なやり口だ。ゲリラ同士の対決も悪くはない、おもしろい。そう思うことが大事だ。
 援軍『鷹』は5人にも満たない小部隊。こちらの部隊は俺、エスカバ、ミストレ、そして生き残った者を入れ7人。計12人。敵はこちらに小部隊を送り込めるほどの大部隊。その部隊同士がゲリラ戦を行おうとしている。俺の部隊が大ダメージを受けた時にはもうゲリラ戦と呼ばれるものではなかったのだ。しかし、俺達と敵は上辺のゲリラ戦を続けている…。
「『鷹』は狙撃の名手たちが揃う部隊、確実に敵を仕留めます。その点では、足手まといにはなりません。」
「……その点、では?」
 彼女ではない、部下の者が俺に向かってそう言った。彼女はハッとして部下の方へ振り返り、口を開けたが、言葉は出てこなかった。
「その点では、とは、どういう意味だ?」
「…確かに隊長は戦場慣れをしていませんが私たち4人よりも遥かに腕は立ちます。そしてゲリラ戦ならかえって都合がいい。前線に立って攻撃をしかけるよりも背後から奇襲し援護する実力には長けています。」
「もっ…もういいってばっ」
 彼女は部下の口元を押さえ、焦る顔を表して俺に謝罪の言葉を降らした。「部下が失礼なことを」「申し訳ございません」彼女は本当に軍人なのだろうか?この年になって戦場慣れをしていない、というのは本当のことだろうが、それが本当ならば焦ったほうがいい。すぐに死ぬぞ。という思いは口には出さず、黙って彼女を睨み続けた。彼女は悪いわけではないが、部下の教育がなってねえなあというエスカバの言葉に息を吐き、「まったくだ」と続ける。
「やはり、実力はないのだろうな」
 虐めているわけではない。本心で、忠告だ。



「敵の基地の土地と作戦は把握しました。わたしたちは四方に分かれて追撃します。」
「……それだけか?」
「…それだけです…けど」
 ミストレはついに腹を抱え笑いだしエスカバは口元を押さえ下を向き肩を揺らす。
彼女の背に担がれているライフルがキラリと光り、初めて見るものの彼女に似合っていた。
「一体何を習んできた。ディベートやディスカッションをしたことがないのか?そんな猿でもわかるくらい簡潔な作戦を伝えられても理解するどころかかえって頭が痛くなる。どこをどうするのか、これはこうするのか、それを、」
「奇襲に難しい作戦は必要ですか?敵の基地を襲撃して抵抗能力を失わせるのが今回の目的ならば、難しい作戦は不要なのでは。それに、バダップ殿の動きに合わせて追撃します。わたしたちは援軍ですから」
 肩を揺らし笑っていた二人は彼女の言葉に顔をあげ、じっと凛とした瞳を見つめていた。
「…なるほど。如何なる事態にも動じず、それでいて動きを読み、合わせるということか」
「バダップ殿の言葉が難しくて仕事の内容が難しく感じますね、いつもしている事でも。でも、そういうことです。武器はこちらが運びますので、バダップ殿は最小限で抑えてください、現地でお渡しします。こういうのも慣れていますので」
 ぜひそうしてもらいたい。俺が言うと、彼女は戦場では似合わない笑顔を見せるのだった。


 たとえ奇襲が夜中であれ、何百年前の戦国時代でもない限り情報はすぐに伝わる。狙撃手を隠すために夜中を選んだ。しかし夜中の森は静かで、物音に関しては動くこちらが不利となるが、それを越えれば有利になる。これを踏まえた上での行動だった。
 以外にも彼女は身軽でいて、ライフルを装備しながらマシンガンも構え、弾が入っているリュックを背負いながら最小限の物音で移動していた。部下も同じだ。こちらは最小限の武器を持ち移動している。先頭にいるエスカバが明りを灯し、合図を出して後に続く。
 エスカバの誘導で敵の基地のそばへとたどり着いた。この時点ではぐれた者が1名いて、この場にいる者は俺とエスカバにミストレ、部下2名、援軍、計10名。このメンバーで奇襲を仕掛けることになった。
 『鷹』が運んだ武器は十分すぎるほど有り余っている。この点では、ありがたい。
「各自でお願いね。何かあったらインカムで連絡入れるから」
 彼女が人差し指と中指をクロスさせ腕をあげた。すると『鷹』は各々最小限であろう装備をして散っていく。彼女もまた、茂みにへと隠れ、予め俺が伝えておいた、「見張りの兵士を仕留めろ」という命を確実に遂行し、四方に隠れた部下たちもそれぞれが兵士を撃つ。ミストレは基地を見下ろし、エスカバは彼女が隠れている茂みの方を振り返り、俺のほうへ身を寄せて言った。
「できるバカだったな」
「…くだらない。」
 まったく、くだらない。これくらいの命は遂行しないと本当の足手まといになる。援軍の隊長だ。隊長の実力が「足手まとい」ならば、部下たちは「クズ」だ。敵はテントから顔を出す。捕虜がどこにいるのか確認する時間さえ惜しいので、手っ取り早い方法で行動に移ろうと思う。
 左手に持っていた手榴弾のピンを抜き、目に着いたテントに投げる。これが突撃の合図だった。敵はこの森に隠れるように、そして狙撃手を探しに俺達がいた場所へ侵入してくるだろう。それならそれで構わないのであって、支障もないのであって、俺達には関係ない。
 援軍が運んできたマシンガンを握り攻め続け、横から襲いかかってきた兵士に銃を向けるが、襲いかかってきた兵士は左に飛んだ。方向的に彼女だろう。
「……ふん」
 前を向き進もうとすると森の方からマシンガンを撃つ音が聞こえた。彼女のほうではない。俺に反抗してきた部下のほうだった。死んだが、殺したかのどちらかだろうが、その方向から狙撃がなくなったとしたら終わったと言えるだろう。
 マシンガンを撃ち前方の兵士を撃ち、本部と思えるテントのそばに身を低くした時、彼女がいる方からマシンガンの音が聞こえた。俺はすぐに立ちあがってテントの中に入り撃つ。敵が撃つ前にこちらが撃ち、腕に弾がかすっただけで済んだ。
 偵察部隊は見つからない。
 彼女は…。
 空に閃光が上がったのを合図に俺は森へ一目散に走って行った。
彼女がいた場所へと辿り着いた時には彼女はマシンガンを肩にかけ、体育座りをして基地を見下ろしていたのだ。
「………」
「…バダップ殿…、よかった、ご無事でしたか」
「それは……こちらの台詞だ」
 彼女は目を開いて微笑む。
 肩が震えていて、うまく笑えていなかった。
「礼を言う。」
「あ…いえ、そんな、バダップ殿にとったら大したことではなかったでしょう」
「ああ」
「ああって…随分と正直者だこと」
「素直と言ってくれ。それより、」
「…バダップ殿、腕が」
「……これか?」
 先程の弾がかすったのを言っているのだろう。
「今は止血しかできませんけど…基地に戻ったらちゃんと診ますね」
 彼女は内ポケットから布切れを取りだして俺の腕の強く巻きつけた。「そんなものは必要ない」「いいから」むっとした声で彼女は俺を黙らせ、慣れた手つきで布切れを結び終え、顔をあげた。
「うーっす」エスカバだ。俺と彼女は声の方へと顔を向け、足を引きずっているエスカバに「ひどいな」と蔑んだように笑うと、隣の彼女は「あっ」と声を出してエスカバの元へと走り「あっ、あっ、足が」と相当の火傷に慌てた。
 そういえば、戦場慣れをしていなかったことを思い出し、なぜか面白くなって口元が歪む。
「このくらい大したことねー…」
「本当ですか!?」
「いちいちでけえ声出すなうっせえ!」
 エスカバがよろけ、彼女はすかさずエスカバを支え腰に手をまわした。その顔は慌てていて、エスカバとは非対称である。
「おいバダップ、お前からも何か言えよ、こいつうるせえ!」
「…ふふ、彼女を黙らすには口を縫うか、殺すしか方法はないだろう」
 彼女の顔が強張りエスカバの腰に回した手が強くなる。
「冗談、ですよね…?」
「俺が冗談をいうようなタチに見えるか?常に本音だが」
「……バカってうつるのか?」
 なんだと。