南部プラネタリウム | ナノ


 隣町がミサイル攻撃を受けたことにより、わたしの市は一ヶ月間の間外出を禁止している。けれどそれが適用されるのはその市の学校、職場に通っている者達だけであって、他市、他県へ通勤通学している者達は毎日電車に乗って汗をかかなければならない。お父さんは一昨日から二ヶ月間の間海外へお仕事に行っている。非常な危険な仕事なのだが、断るに断れないらしく海外へ向かってしまった。あまり詳しいことは言っていないが、家を出るときいつもより引きしまった表情だったから、危険な場所なのだとわかった。
 一日経って、予想通りにわたしの陽気な性格は朝起きてパンにジャムを塗って、雑誌を買いに行こうと着替えて玄関に向かうと、苦しそうに笑ったお母さんは顔を背けてテレビを見つめる。
 おかしな娘、とでも思ったのだろうか。そうであったなら仕方がない、気味悪がられても、確かに仕方のないことだった。
 あの後バダップさんはどこへ行ったのだろうと考えながらセミの鳴き声が響く公園を横切った。近所の人はわたしのことを昨日よりも不思議そうには見ていなかった。バダップさんに送られている時に「周囲は、君を次の日から今日のように見たりはしない」と意味不明なことを言われたのだが、このことだとわかると、再度バダップさんは不思議な軍人だということを知らしめさせられる。
 魔法使いかなにかかと思うと、自然と苦笑いが浮かんできて「(やめたやめた)」と頭を振ってコンビニに入った。
 外出禁止と言われていても警察はわたし達を見つけても何も言ってこないのだ。それは、ここが段々と治安が悪くなっている証拠らしく、このまま進めば無法地帯となって荒れ始め、ミサイル攻撃を受けても周囲の市にもなんの影響にもならない。隣町のように。それに市の端っこは少しずつ無法地帯となっているらしく、比較的治安のいい場所と言われているが、それも時間の問題。
「(イマイチ昨日のことが非現実的すぎてよくわかんないな…)」
 物心がついたころから戦争のニュースは絶え間なく、それが当たり前となっているから不思議には思わないし、身近に肝心ながらもそうではなかった。しかしアレグリに関しては見たことも聞いたこともなかったのでマンガの世界にトリップしたのかと思うほどだった。それに、バダップさんと一緒にいた時間がとても短く感じた。
 この世界にはアレグリのほかにもたくさんの怪物がいるのだと思うと寒気がして鳥肌が立つ。

 友人が一人死んだというのに、わたしの心はひどく落ち着いている。これは異常なのだろうか。自分ではあまりよくわかっていない。それに初めて聞く怪物の名前、そしてその実物を目にしたのはわたしとバダップさんと、それから軍人さんたちなのだろう。本来知らないはずである一般人のわたしは少々事を知りすぎたように思った。
「バダップさん」
 自分にしか聞こえないようにバダップさんの名を口に出してみた。なんだかすぐにでもバダップさんが飛んできてくれそうな気がして、わたしの中の「軍人」さんの姿はバダップさんのものになり始めている。でも、まあ、他の軍人さんを見ればその考えもなくなってしまうのだろう。誠実でかっこいい、軍人さん。
 コンビニに出かけ、雑誌とお菓子を買って家に帰って部屋に上がり携帯をいじくり、ゲームをして、読みかけたマンガと小説を読んで、たまにバダップさんのことを考えていたら、あっという間に夕方になっていた。
 今日は綺麗によく星が見える日らしい。
「これもバダップさんが起こした魔法、だったりして…」
 彼はこの星空を見ているだろうか。彼が言ったように神話を考えようと思ったけれど、この乏しい頭が神話という物語を作られるわけがなかった。バダップさんは意外とロマンチックなことを言うなあ。星の知識なんてそこらの幼稚園生よりないんじゃないかと言われるわたしは適当に人差し指で星を繋げて星座をつくってみた。「あれはプリン座、スナック菓子座、うまい棒座、じゃがりこ座…」どれも出てくるのはお菓子ばかりなありがたい脳みその中身に今は感謝しなければ。
「オリオン座しかわからないや…」
 宙に浮いている人差し指を握り、膝を抱えた。
「バダップさんは今何してるのかなあ」




 俺はひどく泣きたくなっていた。オレンジと群青に染まる空を眺めながら携帯に手をかけ通話ボタンをかけた。「昨日に続き今日も悪かったな。…まあ、俺のポイントもこれでほとんどなくなったわけだが。…ああ、そうだな、努力しよう。」通話を切り、自分の所持しているポイントを確認した。
 32ポイント。昨日は1000ポイントは優にあったというのに、昨日でこんなにもポイントが消費されてしまうのか。
「もっと有効に使うべきだったか…」
 名字名前の姿を思い浮かべて、自然と笑みを零し、携帯をポケットに入れた。
 やはり、初めて見たときからそんな気はしていて、勝手に決め付けている部分が多々あった。確認し、それが本人だと気付いた時には、当然ながら驚いて、胸に流れてくる暖かいものと、胸を締め付けるものの双方に襲われ、言葉がでなかったものだ。
 ポケットに入れたままの手をあげて、二度目の通話を始めようと通話ボタンを押しかけるが、直前で止まり、これは正しいことなのかと画面を見つめる。にっこりとわらった「ニコちゃん」が俺を嘲笑うかのように笑っているのだ。こんなバカげたゲームを始めたキミが悪いんだ、とでも言うのだろうか?
 さあ、次はどこに行こうかとすっかりと群青に染まる空を見上げ携帯をしまい、閉鎖区域に向かい足を進めた。いっそここでアレグリに食われて死ぬのも人生だと、自分に見せてやるようにニコちゃんの嘲笑いをやってやれば、無表情の自分がぽつんと立っていた。

「…今日は随分と星がよく見えるな」
 彼女も、この星空を見ているのだろうか。俺が言ったように神話でも作って、それを脳内で音読して、笑うのだろうか。俺も少しだけロマンチストになって作ってみようとは思ったけれど、仲間たちがこれを知ったら腹を抱えて転がり、息が出来なくなるまで涙と涎を流しながら笑うだろう。
 もう一度ポイントを確認する。ため息が出る。




 さて、ここでひとつ話していきたいことがある。人生とは長く、短いものである。その中でどう生きようが、その人の勝手であって、善人でいようが悪人でいようが、誰かに愛されるものなのだ。自分では気づいていないだけであり、人は人をなくして生きてはいきられない、そう思っている。
 誰かに求められるのであればそれはとても幸せなことであり、求められているものはそれに全力で対応すべきだ。後悔しないために。
 生きて人を愛すべきだ。後悔しないために。
 真っ白だった世界に赤い絵の具が落とせば、その世界はたちまち赤い絵の具だらけになる。何も描かれていない世界にとったらそれが尚更に目立つ。そればかりになる。それしか見えなくなる。その色を大事にしていきたいと、思うのだ。
  (ある軍人の手記にて)