南部プラネタリウム | ナノ


 アレグリが出歩いているからとわたしを置いて再度部屋から出て行ってしまい、両手に食べられそうなものを持って10分かけて戻ってきた。アレグリに見つかっては面倒だから、とレンジでできるパックご飯とふりかけ、そしてお菓子を机の上に置き、麦茶を手渡された。バダップさんは向かいの一人ようのソファーに座ってパックご飯の外袋を開ける。その光景を見ていると、バダップさんは「好きじゃないか?」と訊いてきて、すごく親切な人だなあ、と感心しながらわたしは笑って「大丈夫です」と言った。
 外袋を開けている時、バダップさんの手の甲に刺青があることに気づく。ピンクと黒の英語の文字が刻まれてる。それから外に出ている通信機器(形状はとても携帯に似ている)にも同じ文字が刻まれていた。軍の組織の証なのだろうか。軍人は自分を現す刺青を彫る者も少なくないらしい。彫るものは相当の手足れだと聞いたことがある。
「…なんださっきからジロジロみて」
「いっ、いや、べつに!」
「…ああ、これか」
 バダップさんは自分の手の甲にある刺青を見下ろし、「あまり見せるものではないな」と言った後「普段は手袋をしているから、それが癖になってしまって隠すのを忘れていた」「でも手元に手袋がないんでな。我慢してくれ」と言った。刺青を隠すように手で覆うと、バダップさんは立ちあがってテレビのリモコンを付ける。
「そうだ、思い出させるようで申し訳ないが、友人の件は俺が処理しておいた。君も話を合わせてくれるとありがたい。」
「え?」
「筋書きが出来上がっているから何の問題もない。ただ俺の言葉に頷いていればいい。明日、君を送り届けよう」
 軍人さんだからそのようなことが言えるのだと思って、わたしは頷いて、お任せします。と思ったよりも小さな声で発声した。もう少し大きな声を出して感謝の言葉まで繋げようと思ったのに、小さな声にびっくりして感謝の言葉まで、続かなかった。
「今日はもう寝た方がいい。疲れたろう」
 バダップさんは毛布を持ってきて、わたしの肩を押し寝かせた後、ワインレッドの色をした毛布をかけてくれて、ふんわりとわたしの額を撫でながら「おやすみ」と唇を動かした。




 バダップさんの服装は注目を集めるのは当然のことで、隣にいるわたしなんて誰も見ていないだろうとバクバクと動いている心臓をなんとか落ち着かせようと自分に言い聞かせるが、周囲の目はバダップさんだけではなく、わたしも同じように注目されていているようだった。
 向こうの方でお母さんと友人のお母さん、そして市長の、なんていったかな、わすれてしまったがハゲ市長(友人とそう言っていた)と、警察が見えた。
 お母さんと向かい合わせになったところで、バダップさんはこう言う。
「閉鎖区域へ興味本位で近づいてしまったらしく、付近でウロウロしていたところを敵兵に見つかってしまったので保護しました。その時はご友人の方は射殺されていまして、死体は野犬に食い荒らされていて敵兵もいたので申し訳ないですがそのまま、あの場へ放置しました。」
 淡々と言葉を並べていくバダップさんを隣に、お母さんの隣にいる友人の母は泣き崩れ、わたしはそれをただぼーっとして眺めているだけだった。
 周囲は慰める言葉も見つからない。ただ抱きしめ、背中を撫で、堅く口を結んでいるだけだ。どうすればよかったかなんて、わたしにも友人にもさっぱりわからなかったろう。実は今でもさっぱりだ。友人をどうにかして止めておけばよかったのにと思うことが、自分でも驚くほどないのである。
 けれども、大人たちはわたしを罵声を浴びせるかのような眼差しを向けるだろうとはわかっていた。でもわたしの陽気な性格はこういうときに力を発揮する。「今日は今日、明日は明日」と切り返しが案外さっぱりしていて、今日はコンビニに外に出歩くのもできないが明日になったら平気で外に出かけるだろう。こういう性格を、こういうときにだけありがたく思う。
「つらくは、ないか」
「もしつらくなったなら、星を眺めるといい。その時だけ、つらいことを忘れて勝手に神話でも作って、星空へ話しかければいい。」
「…バダップさんは…いつもそうしてるの?」
「俺はそんなことをする暇すらない。だが、君がするなら俺もしようと思う。…いや、世界の誰かがするのなら、俺も一緒に星を眺めよう」
「一緒の時間を共有してるみたいだね、素敵かも」
「ああ、素敵な時間になるだろう」
 トン、とバダップさんは背中を押し、わたしはお母さんの腕を掴んだ。振り返ると、バダップさんは市長と警察の方と肩を並べて背を向ける。
「バダップさん、ありがとう!」
 首だけを曲げて、バダップさんは笑う。昨日の寝る前に見せてくれた、ふんわりとした頬笑みだった。