南部プラネタリウム | ナノ


「これさあ、よかったら買ってくれないかなあ」
 暑い夏の日のことだった。白いワンピースに麦わら帽子、どこの映画の撮影だと言いたくなるくらいに涼しい格好をした女性…、いや、少女にそう言われ、汗を拭っていた俺は無意識に開いていた口を閉じた。その手に握られていたのはガリガリくんであり、しかも半分以上溶けている。
 俺の格好を見て驚いた様子はなく、むしろ、俺の存在(というより軍という存在)を知らないように思えた。ここは治安のよい区域だからさほど内戦は起こったりしないのが幸いだった。こんな格好をしていればすぐに標的にされて射殺されるか、戦場に出始めの少年兵の練習台にされるか、裸にされて好き放題にされるか、だろう。
「ああ、いいとも」
「ほ、本当?ありがとう、お腹がもう限界だったから…」
「アイスよりもパンやおにぎりの方がいいんじゃないのか?」
「えっ…でも、」
「俺は軍人だから、そこらの大人よりかは持ち合わせているつもりだ」
 上着を少女の肩に羽織り、白いワンピースから出ていた肩を押して近くのコンビニへと向かう。少女の頬はうっすらと赤く、緊張したように口を噤んだ。
 きっと少女は軍人であると知った俺を恐れている。これから死ぬという覚悟で俺の隣にいるだろうと思い、少しは気楽にしてていい、俺の上着を着ている間は平気だ、というのだが、少女は視線を下に向けたまま「は、はい」と強張った声で言う。
「そんなに緊張しなくていい、俺たちはここを守りに来てるんだ」




 先日、隣町が砲撃を受けたが住民の死傷者はゼロ、兵士が3、4人死んだと聞いた。そろそろわたしの町にもミサイルが飛んでくるのかと家の二階の窓から空を見上げながら考えているのだが、空には鳥が一羽だけが飛んでいてミサイルは飛んでいない。治安が悪い区域は現在閉鎖されていて、そこにあったショッピングモールに行くのが大好きだったが出入りが閉鎖されているとなると内緒に区域に入ろうとは思わないだろう、普通の人だったら。
 昨日の肌の色が濃く、髪の毛の色が白い兵士の名はスリードというらしい。それが本名なのか偽名なのかはわからないが、あの人は悪い人なのではないと確信できる。友人は「そんなの建前だよ、兵士なんてクズな野郎ばかりなんだから」というのかもしれないが、スリードさんを見てみればきっとその考えも消えるだろうと思う。でも、やっぱりそんなことないかもしれない。
「名前!遊びに行こう!」
 ちなみに、アイスひとつ買うのも出来ない、わけではない。ちゃんとお父さんは会社で働いているし、お母さんはパートで働いている。弟は高校二年生でわたしは大学に入学して3ヵ月になる。
昔も今もやんちゃ娘とお父さんとお母さんに飽きられるほど自分でもやんちゃ娘だと思っているのだ。スリードさんを騙したつもりはないのだけど、きっと貧相な女だと認識されたろうなあ。と今になって少しだけ後悔したのだが、アイスのほかにもお菓子を買ってもらったからプラスマイナスゼロということにしておこう。
「うん行く行く!ちょっと待ってて!」
 階段を駆け下りて、パートが休みのお母さんはソファーに横になり煎餅を食べながら笑って!いいともを食い入るように見ていた。
「遊んでくる!」
「あんまり遅くならないようにねえ」
 ぼりっ、といい音が鳴る。
 タンクトップに短パンという簡単な格好が夏にはよく似あう。なにより動きやすいから夏は何かと動き回ってしまって怪我をしたり、日焼けをしたりしてしまうのが醍醐味というものだ。
「今日隣町に行ってみない?」
「え?でも閉鎖されてるじゃん」
「ショッピングモールにたくさん服残ってるって話だよ?先輩がいったらしいんだけどあそこお店腐るほどあるじゃない?危険だって言って行かない人もいるけど、何人かはそこに行って服盗んで…うーん、貰ってるらしいし!」
「盗んでるであってると思うけど…電車で二駅だしとりあえず閉鎖地区前まで行ってみよっか!」
 やんちゃ心に火がついたのか、先ほどまでは乗らなかったわたしだが服が無料で貰えるということに胸が弾む。治安が悪いと聞くが、行ってすぐに帰れば何の問題もないだろうと、昔お母さんが注意したことを忘れ、友人と駅に向かった。




「(もったいない、調教すれば便利になるものばかりだったのに)」
 ライフルを肩に担ぎ餓死している犬や猫を避けながら食品売り場に向かってエスカレーターを降り、冷凍食品、飲み物の棚を見向きもせずに菓子売り場にやってきた。昨日あの少女に菓子を買ってやらなくてもよかったかもしれない。ふと頬が緩み口角が上がるのが自分でもわかった。駄菓子やチョコ菓子、スナック菓子を買い物かごに詰め込んで、腰に巻いた上着を地面に広げ、そこにも菓子類を詰め込み、口を縛って、おつまみ類をかごに少し入れてチューハイも4本程度放り込み、2階のダイソーにある紙袋にかごから物を詰め込んで店を出た。これだけあれば小腹が空いても少しずつ食べていけばお腹が空いて困ったりはしない。アルコールはもちろん、夜に飲んでぐっすりと寝るためだ。
 電気の通る場所を探し、ショッピングモールを抜け、少し高いデパートに足を踏み入れる。ここにも食糧や雑貨などがあるから困ったりはしなさそうだ。電化製品売り場にあった電子レンジを試しに起動させてみると、ここは電気が通っているらしく、機械音をたてて動き出した。これはいい。
 私室にできるような場所があるかと1階から4階までエスカレーターを上り、スタッフルームなどを抜けていくと、小さな個室がそこにはあった。ゆっくりとドアノブをひねり、押すと、黒いソファーに机、テレビが置いてあり、その大きなソファーはひと一人分は余裕に寝れそうなスペースまであった。
 よし、ここにしよう。と紙袋を机の上の置き、コンセントを探して見つかったところで電化製品のレンジと冷蔵庫を持ってこようと一息をつきながらソファーに座る。
 意識が段々遠退いていき、袋から顔を出しているチョコ菓子が、昨日少女、名前に買ってあげたものだと気づいてからは景色は真っ黒になっていた。