南部プラネタリウム | ナノ


 戦闘機に乗り2時間かけて第一基地へ到着した俺をバウゼン教官が出迎えた。俺は早速、このプロジェクトの概要は知らないが、バウゼン教官の力にどうしてもなりたかったことを伝え、そしてこれは立候補制だったのかということを尋ねた。教官は、きみは戦地でこそ、実力を発揮する兵士だ、だからこのプロジェクトの一員にはしなかったのだと答えた。だが、きみはそこまで言うのだ、答えなければ。と付け加えた。
 第一基地は宇宙開発がメインとなっている。もちろん兵士はいるし武器もある。タニが言っていたように宇宙でなにかおっぱじめるのも納得がいく。教官の後ろを歩きながら、基地内へ入った。俺の顔を知っている者は少ないはずなのに、この基地の兵士は俺の顔、そして教官の顔もまじまじと凝視し、ヒソヒソと耳打ちし合う者もいる。
「丁度人手不足だったのでね、君のような兵士が入ってくれて嬉しい。今回のプロジェクトの説明をしたいところなのだが生憎外せない用事ができてしまったので先に部屋に案内するからそれまで待機してくれるかな、スリードくん」
「了解」
「丁度腕の良い兵士が二人、殉職してしまったからね」
「……そう、ですか」
 腕の良い二人が殉職?教官は殉職など、そんな兵士の死を綺麗にまとめる人間だっただろうか?
「ここを左に曲がりP78が君の部屋だ。バタバタ落ち着かないがもう少ししたら落ち着くのでそれまでは待機していなさい。使いの者を寄こすから」
 テンプレートのように「了解」を繰り返す。
 左に曲がってP78の部屋の前で端末を起動させ、IDをスキャンさせるとドアが右に開いた。ベッド、机、枕、ソファー、キッチン、冷蔵庫、タンス、シャワー室、スクリーン、端末。一応、一日過ごせるくらいの生活用品は整っているらしい。
「待機か……」
 子どもではないのだから何時間かくらい何もせずとも待機できるし、ここの大元の端末へハッキングして情報を得ることもできる。ただこの基地の情報が知りたいわけでなく、知りたいのは今回のプロジェクトについてなのだ。プロジェクトを管理する端末へ接続したいが、それは難しいだろう。恐らく基地の端末とはまた別の端末が存在しているはずだ。
 上着を脱いでベッドへ背を預け仰向けになった。案外すんなりとプロジェクトへ参加することができてしまい、それが逆に不安な要素の一つとなった。
 名前に会えるだろうか?恐らく、いや、確実に名前が重宝されているはずだ。奇怪獣のソースを体に埋め込んでいる人間など、この世に2、3といないはずなのだから。

 俺は目を閉じた。




 部屋に、端末の音が響いた。目を開け上半身を起こすと、部屋の外にはバウゼン教官と名前が、いた。
 俺は飛び起きて部屋を開けると、平然と冷静な澄ました顔の教官と、俺の姿を見て驚く名前の顔が映った。特に名前の方を。名前は泣き出しそうな顔になって、バウゼン教官を見上げ、睨み、俯いた。
「詳しくはこの名前少尉に訊くと良いだろう」
「了解。ありがとうございますバウゼン殿」
 教官は頷き、名前を見下ろして踵を返した。
 俯く名前を見下ろし、肩に手を乗せた。手を乗せないとわからない震えは名前を支配していた。この震えを知っている、彼女は今なにかに怯えているのだ。
 俺か?
 プロジェクトか?
「名前?」

「なんでここに?」
「………え?」
「何故、バダップ殿がここへ?」
「何故とは……、一体どういうことだ? それは、何故このプロジェクトへ参加したのかということか?」
「すべてです、すべてですよ……!」
「……! 名前、一体、どうし、」
 名前が俺の胸に飛び込み、シャツを強く握った。
「なんで来たの、バカ……バカ!!アホ!スカポンタン!能無しっ!インポッ!!」
「イ、インポって……俺はインポテンツでは」
 酷い言われようだ。とにかく取り乱している名前をなんとか落ち着かせようと両肩を掴み、自分から離れさせる。名前の目には涙が溜まっており、拭うことなく垂らしたままの鼻水はシャツにべったりと付いていた。涙も一緒に。
「バダップさん……バダップさぁん………ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい…許して…わたしを許して……わたしを、許してください……ゆるして……」


「死にたく、ないよぉ」




 エスカバは死んだ。名前の弟のように四肢を切断されプラグに繋がれたまま逝ったのだそうだ。涙と鼻水を垂らしながら名前は告げた。驚きだけが、今の俺を支配している。あのエスカバが?エスカバは、かなり頭がキレる、頭脳明晰であって、鍛錬も怠らず努力家で、俺と共に数多の戦場を駆け生き残ったエスカバが?
「このプロジェクトで、何をしているんだ」
「………」
「名前、どうか 答えてくれ」
 名前が苦虫をつぶしたような表情で告げた。
「……奇怪獣との、戦争です」
 俺はわからなくなった。奇怪獣との戦争、といよりも戦いは、必ず起こっているもので今も行われているものだ。俺はますますわからなくなった。その戦争でエスカバは死んだ?
 一体どういうことなんだ?つまり、彼女はプロジェクト発足時から奇怪獣との戦争に加担していた、ということか?ネグリーのソースがあるからなのだろうか?彼女は傷を負っても死なないからなのだろうか?それならば、プロジェクトの人数はごく僅かなものでも構わないだろう。実際このプロジェクトにはあまり、必要以下に、人がいないのだ。
 そしてハッと気づく。
「『ゼクト』?」
 俺の発言に名前は飛び上って、俺から一歩引いた。蒼い顔をして俺を見上げている。タニシュウイチの言っていたことは真実。そして名前と深い関係にあり、このプロジェクトの本当の目的。「ゼクト」と戦う事。
 次々と憶測が生まれ、それは頭の中のノートに書き足されていった。エスカバはゼクトとの戦いで、死んだ。戦場で死んだのだ。
 名前の腕を掴んだ。ひどく怯えた顔は見えなくなって、俯いた名前は逃げようと腕を引く。しかしそれを許さなかったのはバウゼン教官に託された任を全うしろと伝えるためと、もうひとつ、抱き締める為だった。すでにタニはいくらかこのプロジェクトについてのキーワードを俺に残してくれており、説明がいらないほどよくわかる。あとは、名前を抱き締めるだけなのだから。

「名前、 おいで」
 俯いた顔があげられることがなく、俺の胸に飛び込んできた。




「…………信じられない」
 俺を馬鹿にするような笑みを浮かべ、視線を外したミストレの座っているベッドの端にある椅子に腰かけ、机に乗っている写真を眺めた。家族との写真と、俺の隊の集合写真と、……。
「なんでここにいるの?」
「自ら志願した。すんなりといった」
 長い溜息を吐いたミストレは「そう。じゃあ。また夕食にでも」と読みかけの小説を空中でヒラヒラと振り、俺を除けようとしているが、そうはいかない。「何故俺に、自分がプロジェクトの一員でないと、言わなかった?」ミストレはついに俺を睨み、薄く開いていた口は完全に閉じられた。
「ま、もう仕方ないと思うけどね」諦めたのか、ミストレは小説にしおりを挟んで机の上に置いた。彼は、端末で小説を読むよりもこうして紙媒体で読むのが楽しいだそうだ。ただ教科書は重いから端末でいいけど、とは言っていた。
 ミストレの長い髪が揺れる。
「写真のことは、他言無用だから。オレとバダップ、あんたとの間にもね」
 ここでは、と付け足した。
「ここでは訓練がまるっきり違うと聞いたのだが、どんなものなのか知りたい。ミストレ、案内しろ」
「スリード隊長?それこそ、あの彼女にでも頼んでみたらどうですか?きっとあの腕見ると、自分の腕が萎えてきますよ?」挑発的なミストレに挑発的な笑みを返し、「自分の腕が劣ると思ってるのか、ミストレ」。効果は十分だった。

 ミストレに勝つとは思っていなかった。これを扱うのは初めてであったし、機具の使い方も知らないままにシュミレーションを行ったのだから。予想通り、勝利したミストレは、腑に落ちない表情で、黒い箱の中から出てきた。
 この黒い箱は、シュミレーション訓練用の一つらしい。中にはコックピットを思わせる構造と、視界に広がるのは宇宙だった。黒い闇の中に浮かぶのは星と、空を飛ぶ奇怪獣だった。操作の仕方は適当に操縦桿を握り上下左右に動かしたら理解が出来たし、ミサイルもボタンを押せば発射させることがわかった。普通の戦闘機との扱いと似ていて少し違う。画面右上には赤い文字で敵を倒した数がカウントされ表示されていた。
「チッ」舌打ちをしたミストレはシュミレーション室の出入口に歩いて行った。まいった、俺はこの施設のことをよく知らない、ミストレを見失えば恐らく迷うだろう。
 この施設は地下に繋がっている。調べあげるにはあまりにも時間が足りない。名前を利用して、この施設のプログラムに入り込むのもいいが、ここは万全の態勢で施設の情報を護っているといっていい、恐らく彼女を使っても不可能に近いだろう。
 ミストレは、肉弾戦の方が得意分野。頼りのエスカバは死んでしまった。副官だった。
「なんで、お前までここに」
 手袋をはめたミストレが顔を覆う。手に握っていた手袋をはめて、「気に食わないのか?」と尋ねた。ミストレは俺を睨みあげる、その目は俺がよく知っている、嫉妬と悲壮と憎悪のものだった。
「きみは、クソ野郎だった」
 ミストレが胸倉を掴んで押し倒し、頬に拳を入れた。目の前が白くなり意識が戻った頃にはもう一発、反対の頬と頭に強い衝撃が襲った。こうして馬乗りになられて殴られるなんてこと、ずっと昔に経験して今ではなかったものだったし、相手がミストレなので、驚いて対応が遅れた。が、振りあげられる腕を掴んで今度は俺が馬乗りになりミストレの頬を殴る。反射的な行動で、ミストレが俺に向ける感情の出まかせからではない。
「オレは、きみが嫌いだ」ミストレの口の端から紅い液体が流れ落ちる。
「でも………、自分の事が嫌いだと言う、名前がもっと嫌いだ」涙が、流れる。

「それを救ってやれない、自分がもっと、嫌いだ」



 食堂のメニューは質素なものが多い。まだプロジェクトが発足されたばかりだから、と名前は言うが、一体それは真実なのだろうか。夕食のメニューは食券と言うものを買って、それを渡して料理が出来上がるのを待つ、というものだった。数年前にこういった食堂や店があったらしく、それを取り入れたのだそうだ。上の者が、そういう仕様にしたい、と作ったらしい。
「カレーライス……」勝手に選ばれた食券の名前を見つめ、小さな黄色い紙を食堂の者に渡した。「わたしは唐揚げ定食」同じく黄色い紙を渡した。
「大丈夫ですよバダップさん、美味しいですから!」そういう事を心配しているわけではないのだが。
「それより、あの、ミストレさんは一体どちらに?」
「部屋で寝る、だそうだ」
 そうですか、と名前は視線を外した。彼女とエスカバとミストレは、この施設に来てからずっと一緒に食事をとっていたらしい。行動は別々だったが、せめて食事だけでも、という名前の願いにエスカバは頷き、ミストレも渋々承諾した、と名前が言った。エスカバは、焼肉定食が好きらしかった。明日はこれを食べようかと、文字を見つめた。
「最近訓練続きで疲れちゃったんですかね……。でも今日は訓練も仕事も無いですし、ゆっくり休んでもらわないと」
「……そうだな」
「何かお話されたんですか?」
「少しばかり。大した話はしてない。それよりも、なぜそんなに距離を置く?」
「こ、ここは、人目があるからッ……!」
「今更だろう 基地内では噂をしてる者だっている」
「噂?」「恋仲であるという噂だが」
「えっ……!?」
「何か、不満でも?」
「……えっ?」
「だから、今更だろう?」
 俺はあなたを思ってここまで追いかけてきた。今までは自分の名誉やプライドの為だった。しかし、今は、あなた、ただ一人の為に。あなたを護ろうと、そう、心に決めて、救いたいと。
「こ、こういう所で言うものではないです。まず、ムードがない」
「だったら夜、あなたの部屋へ押し掛けるが」
「………。ばか」
 カレーライスとからあげ定食は既に出来上がっていたらしく、このような会話を裂いてまで「出来ましたよ」なんて言えない兵士は、俺達をチラチラと視界に入れながら声を掛けるタイミングを計っていたらしい。「出来ましたよ」やっとその言葉をきけた。「ごはんっ」顔と耳を真っ赤に染め上げた名前はからあげ定食を持って席を探しに走る。
「いただく」膳を掴んで彼女の背を追おうと振り返ると、その兵士から「あの」と声が掛けられる。知り合いだっただろうか?「なんだ?」
「エスカバさんはいらっしゃらないんですか?ミストレさんも」
「…………ミストレは、部屋に、いる」
「エスカバさんは? 焼肉、美味しく出来たんですけど」

「エスカバは……、いない」